第14話 面影
「ルドベキア! さっきの、想の能力の話と今回の事態に関係は!?」
ヴァイオレットが走りながら問う。
「ある! と、思う!」
「確信はないわけね!?」
「能力はある! が、何故このタイミングで、彼が倒れたのかはわからない!」
「アズール! 心当たりは!?」
「そもそも能力がわからないんだ! しかも、今の俺は不完全、わかるはずがないだろう!」
「結局、彼の能力は何なの!?」
「……加護だ」
小さな声で紡がれたルドベキアの言葉に、二人の足が止まる。
「お二人とも!? 一刻を争うのですよ!?」
そんな二人を、アイリスは注意する。が、二人は顔を青ざめながら、微動だにしなかった。
「……オレが先に行く。アイリス、お前は二人を頼む。安心してくれ、天音の力を借りる」
アイリスの了承を得ずに、走り去るルドベキア。アイリスは、ルドベキアの背中に一礼をすると、二人に話しかけた。
「どうされたのですか、お二方……」
「…………だろ」
「はい?」
「加護って……湊の加護ってことだろ……?」
アズールが、恐る恐る言う。
「そう、ですかね?」
「倒れた理由が、加護の強制発動だとしたら。無理矢理、想が、体を奪われたのだとしたら。それって、この事態を起こしているのは、誰ということになると思う?」
ヴァイオレットの問いで、よくやくアイリスが気がつく。
「湊、様……!」
では、何故……。三人は、薄暗い廊下で、座り込みながら頭を悩ませた。
もし、本当に湊がこの状況を、混乱を望んでいるのであれば、目的は何なのか。もし、このまま放っておけば、湊は想の体を強奪して復活するとでも言うのか。いや、まさか。あの湊に限って、そんなことするだろうか。
湊を忘れられない三人は、想について、どうすべきなのか。正直、わからなくなっていた。
__一方で。
天音と共に、ルドベキアは、想の元へと駆けつける。
「……大丈夫、全て正常だ」
天音は想を看ると、ルドベキアにそう伝えた。
「だが、問題ばかりだ。お前の言う通り、これは湊の加護のせいで間違いない。が、同時に、本人が無意識に能力を使い続けているせいでもある。何か他にも持っているな。言われるまで気が付かなかった。……要するに、魔力耐性のない奴が、魔力を使い続けてこうなったわけ。起きてもすぐに倒れるだろう。何か原因を取り除くこと。それから、一番早いのはアズールと結ばれて、あいつの魔力をもらうことだな」
天音の見解を受けて、ルドベキアが盛大に溜息をつく。
「ったく、人騒がせな奴だな、あいつら」
ガリガリと頭を掻くと、ルドベキアはギラリと目を開き、遠くを見つめる。
「……いいぜ。一肌脱いでやる。汚れ仕事は、攻花隊の得意分野だ」
天音が部屋を出た後、ルドベキアは想に魔力を少し注いで、無理矢理に想を起こした。
「……う、ぁ」
苦しそうな呻き声が、想の口から漏れる。
「おはよう、想」
ルドベキアは、とびきり優しい声で想に言う。
「覚えているか? 倒れた時のこと」
「たお、れた……とき……?」
意識がまだ朦朧としている想。しかし、そんな想でもお構いなしに、ルドベキアは質問攻めをした。
「あぁ。あの時、何を考えていた?」
「……まもられつづけるのは、いやだなって」
「なるほど。他は?」
「アズールさんと、みなとさん、いいなって」
「何故?」
「ぼくは……ひとりになっちゃったから……」
「孤独が嫌だった?」
「うん……みなとがいなくなったのが……」
「あぁ、蒼井湊の方か。アズールじゃ嫌か?」
「アズールさんは……みなとさんの、こいびとだから……ぼくは、かてない」
「なるほど」
言い終わったあたりで、廊下から足音が四つ、聞こえてくる。ルドベキアは口角を上げると、扉の開くタイミングを見計らい、
「想!」
「想、オレじゃダメか?」
アズールが見ている目の前で、想に、口付けをした。
想の顔が赤く染まる。アズールは、言葉より先に手が出ていた。ルドベキアの頬に、一発、本気の拳を入れる。しかしルドベキアは、してやったり顔で笑っていた。
「なんだ、アズール。お前が好きなのは湊なんだろ? なら、想はオレがもらっても良いじゃねぇか。オレは、こいつを愛してやれるぜ? もちろん、本気でな」
ルドベキアの発言に、アズールは無言で怒りを
「こいつの能力も、オレと相性が良さそうだ。『解放』だろ? 力を封じたいお前には無縁のものだ」
「ひょっとして、オレの相棒かもな!」とまで言われれば、アズールの怒りは頂点に達する。
「可哀想にな。お前に騙されて、絶望しているらしい。こいつにも人生はある。お前のせいでめちゃくちゃだ。信じていた奴に裏切られる、その気持ちがお前にわかるか? 共感力のないお前に」
アズールの目が、大きく見開かれる。
図星だ。今のアズールにないもの。それは、共感。人が楽しんでいようが、悲しんでいようが、怒っていようが、今のアズールには、共感できない。禁忌の代償として残っているそれは単純で、差し支えないもののようで、なければ致命的だ。アズールは恐れていた。バケモノに成り下がることを。自分本位な、偽りの優しさしか持たない、本物のバケモノになってしまうことを。
「ルドベキア……!」
何も言い返すことのできないアズールの手は、ぐっと、ルドベキアの首元へと伸びる。流石に見ていられなくなったヴァイオレットたちが、アズールを止めに入る。しかし相手は実力者であり、『バケモノ』の異名を持つ者。そう簡単には止められなかった。
頭が回っていなかった想が、ようやく事態を把握する。何が起きているか、原因こそわからなかったものの、とにかく止めなければ、それだけは使命として心にあった。
「アズール!!」
想の声が、アズールに届く。手を伸ばし、彼を止めようとする想。ゆっくりと、時間が進んでいく感覚。アズールは、想の姿に、目を大きく見開いた。
あの時の光景と、今が、重なっていく……。
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