第13話 最悪の事態

 城門の前では、両腕を組み、仁王立ちをしたヴァイオレットが二人を見下ろしていた。その背後からは、ゴゴゴゴゴ……、という効果音が聞こえてきそうなほどである。鬼と化した彼女に怯えてか、鳥たちはピィピィと鳴きながら、空高く、逃げるようにして飛んでいった。


「いやぁ、悪かったってぇ」


ルドベキアは悪びれる様子もなく、ケラケラと笑いながら謝罪を口にする。一方で、アズールはきちんと正座をしたまま、口を閉ざし、下を向いていた。


「あなたもよ、アズール。まったく。男って、本当に自分たちの身の危険にうとすぎて困るわ」

「……ごめん」


返す言葉もなく、細々と謝罪を口にする。今のアズールは、まるで小動物のようにも見えた。叱責を受け、反省し、悲しみに垂れる犬の耳が見える。しかし、そんな弟に対しても容赦なくヴァイオレットは、盛大な溜息と共に、静かに怒りを吐き出した。


「許可もなく、勝手に外出して……。しかも、湊のお気に入りだったあの喫茶店にも入ったんですって? もし、想くんの身に何かあったらどうしていたつもり? 確かに、あなたたちは強いわ。でも、とは言え、数の暴力に苦戦したあの過去を忘れた?」

「まぁ、一理ある。が、オレたちは隊長クラスだぜ? 救援が来るまで耐えられるだろ」

「あ・な・た・は・ね!! 想くんが! 危険だったって話!!」

「いやいや、大丈夫だって」

「そう言って守れなかったおバカは誰!?」

「オレじゃなくね?」

「……ごめん」

「あーあ、アズールの傷えぐったぁ」

「いいの、事実だから。反省しなさい。あと、戒めなさい」


大の成人男性二人を叱る華奢な女性という構図は、はたから見れば、かなり滑稽だっただろう。ルドベキアはのらりくらりと彼女の叱責を躱しつつ、その怒りが止むまでを耐えていた。


 ヴァイオレットの怒りが落ち着いてきた、というところで、ルドベキアは


「でも、あいつは湊と違って能力者だろ?」


さも当然かのように話す。だからそんなに過保護になることないんじゃないか、と。しかし、


「……それは本当なの?」


ヴァイオレットは目を丸くし、震えた声で彼に聞き返した。まるで未知のものに遭遇したかのように。


「あぁ、確かにあったぞ。……えっ、まさか、気づかなかったのか? オレより長くあいつと一緒にいたのに?」

「あの子は湊と同じ、ただの人間じゃ……」

「はぁ? まさか! あいつ、始めから能力を使っていたじゃないか! あいつからは、確かに魔力を感じたぞ?」

「始めからって……。一体、どんな……?」


ヴァイオレットとアズールが困惑する様子に、ルドベキアは一人、何かを確信したようにして頷く。


「そうか、あいつの能力は……」



 ***



 唯一、ヴァイオレットからの叱責をまぬがれた想は、アイリスと共に、城の奥深くへと向かって歩いていた。


「あの……、良かったんですか? 僕」

「何がです?」

「本来なら、僕もおとがめをいただくかと」

「ヴァイオレット姉様は、客人を咎めるほど、怒りに身を任せる方ではございません。むしろあなたは守られるべき存在。おそらく、心配がまさっているかと」


アイリスは、微笑みを浮かべながら話す。


「ヴァイオレット姉様にとっても、湊様は……いえ、今は想様でしたね。想様は、弟のようなものですから。変に気負う必要はありません。それに、何より想様はあの『人間』ですから。守らせてください。恩返しのためにも」


我々にとって『人間』は神様のような存在なのですから、と言うアイリスに、想は笑っていたものの、その目にはやはり「守られ続けるのは嫌だ」という思いが強く込められていた。



 「さて。本日はこちらにて休息を……」


アイリスが、いかにも『鉄壁の守り』と言わんばかりの部屋に案内した時、突如、想の視界はぐらりと揺らいだ。


「……想様?」


目の前が真っ白になる。声が出ない。立つことすらままならない。そのための、力の入れ方がわからない。


「想様!」


突如、何の前触れもなく倒れた想に、アイリスが悲鳴に近い声をあげる。


 想が、目を見開いたまま、動かなくなった。


 最悪の事態が起きたのでは、と、アイリスは血の気が引いていくのを感じ、すぐにアズールたちの元へと走り出す。

 一方、想は回らなくなった頭のまま、小さくうめき声をあげていた。それ以外に、できることはなかった。

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