第11話 亡霊
「僕は……」
想が言いかけた時、扉が叩かれる。
「大丈夫そう?」
ヴァイオレットの声だった。天音はあからさまに表情を明るくさせ、扉を開ける。
「あぁ! とりあえず、湊については、だいたい知ってもらえたと思うよ」
その言葉に微笑みを浮かべるヴァイオレット。天音はそれにウインクで応えると
「さて、ここからは、二人の時間にしようか。お互い、自分の言葉で話し合った方が良い」
天音はヴァイオレットとその隣にいたアイリスを誘導する。取り残されたアズールに、天音は
「上手くやれよ」
そう耳打ちすると、イタズラの成功した子どものように笑い、そそくさと部屋を後にした。
部屋に沈黙が訪れる。時計の針が、ただ鳴り響いている。
「……湊について、どこまで知った?」
始めに沈黙を破ったのはアズールだった。
「どこまで、と申しますと……」
「天音のことだ、何か必ず、俺の口から伝えろと言って、伝えていないことがあるはず。どこまで知った? 何を吹き込まれた?」
「……え? そもそも口頭では何も聞いていませんが。天音さん、自分が見たものの記憶しか見せられないと言っていました。他に、何か、彼の見たことがないものは、口頭で伝えられる予定だったのでしょうか?」
「は……?」
思考を停止したアズールの横から、剣が、音を立てながら倒れる。アズールは、冗談だろ、と小さく呟くと、顔を手で覆った。
「人間というのは……意地が悪い……」
このまま全てを話しておいてくれれば良かったのに。アズールの深いため息が床に向けて放たれる。しかし、彼はすぐに覚悟を決めて問う。
「想、湊の最期を見る覚悟はあるか?」
天音と違い、一応、想の意思は尊重してくれるらしい。彼が優しいという噂は本当のようで。想は、
「お願いします」
アズールのためにも、そして、自分のためにも覚悟を決めた。
天音にやられたものと同じ方法で、記憶の中を覗く。アズールの手は、ヴァイオレットたちと同じ人ならざるものであるはずが、どうしてだろう、温かさを感じた。
「ここが、俺たちがいた戦場」
アズールの指を差す先には、確かに、アズールと湊がいた。
火、水、氷、風、土、光、闇……たくさんの魔法が飛び交う中、湊は負傷した精霊の手当てをしていた。
『アズール! 負傷者はあとどれくらい!?』
『ざっと数えて五十だ! 軽傷者は俺が治癒をしておく! 重症者の命だけ繋いでくれ!』
『数が多い! 天音に防衛ラインの強化をしてもらえないか!?』
『姉さんに頼んだ! が、今ので最大だ!』
恐らく、最前線で戦っている精霊たちの手当てをしているのだろう。二人は慌ただしそうに、その手を動かしていた。
しばらく発展はなく、一生懸命な二人が映し出される。目の前の二人は、心の通じ合った、相棒という感じだった。
しかし、その数分後
『アズール! すまない、戦えるか!?』
二人の元に現れた男が、アズールに言う。
『ルドベキア! 大丈夫なのか!?』
満身創痍のその男__ルドベキアは、小さく首を縦に振ると
『アズール、オレは自分でなんとかする。だが今の戦況を変えられるのはお前だけだ。お前が頼りだ。元・攻花隊長候補の力、見せてくれ』
そう言い残し、アズールの肩を叩いて、ふらりと後ろへ下がって行った。
『……俺、は』
『大丈夫だよ、アズール。君がバケモノでないことは、僕たちがよく知っている。だから』
君の大切なものを守って。そう言って笑った湊に勇気付けられたアズールが、剣を抜き、戦場を駆けていく。先ほどの窮地が嘘のように覆るその強さは、その場にいた多くの精霊を安心、鼓舞した。
勝利が確定した。誰もがそう思った。
アズールが最後の魔物を斬り、剣をしまおうとしたその時
『まだだ! アズール!!』
言葉よりも先に、湊の体は動いていた。魔力に耐性はないし、体も弱いはずなのに、誰よりも早くアズールの元へと走った。時間がゆっくりと流れていくようで。アズールは湊に気がつくと、すぐに湊を庇おうとした。だが、意思とは反して、体は上手く動いてくれない。アズールを押し倒す湊。魔力に当てられて、脱力する。人間に耐えられるようなものではないと理解が追いついた時には、すでに湊に息はなかった。
『み、なと……?』
ありえない、といった様子で、アズールが気を狂わせる。無自覚だろう、アズールの魔法で、周囲は瞬く間に、業火に包まれていく。まさに阿鼻叫喚。制御の外れたアズールたった一人の力で、一瞬にして敵は全滅した。
「……失望した?」
アズールが問う。アズールの顔は、ただでさえ白いのに、更に青白くなっている。握られた拳からは、悔しさ・やるせなさが、よく伝わってきた。
「いいえ」
はっきりと言う想の顔をアズールが覗き込む。その顔には、確かに、湊の面影があった。
「アズールさんは、自分にできる最大限のことをやりました。湊さんのことは残念でしょう。でも、だからこそ、守られたものもある。民を守る、あなたの役目は果たされました」
アズールは、そうか、と呟くと、顔を見せないまま涙を流した。頬を流れるそれは、バケモノが流すようなものではなく、心優しい花の精霊だからこそ流す、温かなものだった。
(湊さん、こんなに愛されて……いいな……)
想は、アズールの涙をハンカチで拭いながら、ふと、心の奥底に、鉛をゆっくりと地に落とすような、鈍い痛みを感じるのであった。
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