第10話 湊

 「さて、湊について、知ってもらおう」

天音は有無を言わさず、想の手を握る。

「今から君には僕の記憶の中に入ってもらう。記憶の中には干渉できない。けれど、鮮明に、目の前で出来事が起きるから、手っ取り早く、いろいろと知ることができるはずだよ。時間も進まない。長くて十秒程度の経過だ」

大丈夫だよ。そう話す天音の手は、冷たくて。アズールに初めて対面した時に味わった、あのぞくぞくとした感覚と似たものがあった。


 __人間じゃないから。


 いつしか天音の発言が、頭をぎる。

 想はを、親友を失ったことを自覚した瞬間、不安が押し寄せ、恐怖にむしばまれた。

 ここには、想以外に人間がいない。

 きっと本来の天音なら、今の想の不安に気を遣えていた。それができないのは恐らく、なのだろう。


 「目を閉じて」


 天音の指示に従う想。想の手は震えていた。

 しかし、天音の手によって、その震えは抑え込まれた。


 「……いいよ、目を開けて」


 天音に言われるがまま目を開けると、目の前には、天音と、自分によく似た男子生徒が下校していた。

「彼が湊。湊優真みなとゆうま

「あの人が……」

確かに、優しそうな雰囲気がある。

『……止まれ、天音』

『どうした? みな……』

湊が歩みを止めたその時、想が体験したものと同様、強い光が二人の目の前に現れた。

『下がれ!』

天音が待っていた傘を構えつつ、湊を後ろへと隠す。すると、ヴァイオレットとよく似た衣装を身に纏うアズールが、光の中から姿を見せた。

『……お前たちか』

アズールは、二人に近づくと、片膝をついて頭を下げた。

『英雄殿。我々に力をお貸し下さい』

アズールの言葉に戸惑う二人。すると、それを了承と捉えられたのか、再び、強い光が三人を包み込んだ。


 「これで、目が覚めたらあの城だったわけ」

天音が懐かしそうに呟く。

「意外と、あっさりとしていますね」

「いやいや! 結構混乱したよ!? 割愛しているだけだからね!? この時はまだ、僕人間だから!」

想は、仲良さげな二人を見て、少し悲しそうな顔をした。

「……どうしたの?」

天音がその理由を聞く。

「いえ……お二人は、本当に仲が良いんだなと思いまして。その点、僕は……」

その後の言葉は、言わなくてもわかった。想と湊の絆は、偽りだった。作り物の絆だと、そのことを知ってしまった。今までは劣等感に悩まされていた想だが、いざ、失ってみれば、心に穴が空いたような感覚がして、悲しかった。


 場面は変わって、この城の図書室になる。

『ねぇ、この世界に来たことで価値観が変わることって、あると思う?』

湊は、おずおずと天音に聞く。

『なんだよ、急に』

『いや、お前は頭がいいからさ……』

『アズールか?』

『なっ!?』

バレバレだ、と笑う天音に、湊は赤面する。

『い、いつから!?』

『割とすぐに。傷だらけのアズールを手当したことがあっただろう? その時には確信した』

本人ぼくより早いじゃないか……』

照れながら本を抱く湊は、まさに恋する乙女。アズールが惚れたのも納得がいくほど、可愛げがあった。

『アズールもきっと、お前に気があるよ。今度打ち明けてみたらどう?』

『でも……』

『あー! 面倒くさい奴らだな! わかった、わかった。こうしてやる。僕はお前が腹をくくるまで、ヴァイオレットさんに告白しない。さぁどうだ? お人好しのお前に僕の恋路を邪魔ができるか? あぁ!?』

『天音……』

湊は少し俯くと、くすぐったそうに笑って

『やっぱりお前には敵わないな』

わかった、伝えてみるよ。そう言って図書室を後にした。


 「まぁこの後、見事にくっついて、僕がそろそろ告白しようかなぁ、なんて考えていた時にあっけなく死んだんだけどね」

天音の瞳から、光が消える。

「あいつの死を、僕は見ていないんだ。話には「魔力耐性がないのにアズールを庇って死んだド阿呆」と聞いているけど。そこらへん、詳細を知りたかったらアズールに聞くと良い」

「目を閉じて」と、再び指示が出される。目の前の幸せそうな湊を脳に焼き付け、想は、胸が苦しくなるのを感じた。


 「目を開けて。終わったよ」


 「少しはわかったかな?」

天音が問う。想は何も言わずに頷いた。

「……その様子だと、記憶は戻らない感じか」

残念そうな天音だったが、次の瞬間にはもう、切り替えて

「さて、それじゃあ、想くんの想いを聞こう」

そう言って、ふわりと、優しく笑った。

「僕の、想い?」

「そう。君の想い。君は……」


 「蒼くんとアズールのこと、どう思っているのかな?」

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