第9話 俺はあいつで、あいつは俺で

 「気分はどう? アズール」


 ヴァイオレットに声をかけられ、湊、もといアズールが目を覚ます。

「……最悪だ」

「あら? どうして?」

「代償の残りが……まだ、ある……」

「……嘘」

ヴァイオレットが息を呑む。

「あぁ。体と魂は結合し、記憶も戻った。今の俺は、昔の俺とほぼ同じ状態であることは確かだが……ダメだな、何かが足りないんだ。何が足りないのかは、わからないけど」

頭を抱え込むアズールは、数十分前の、威圧的な軍人ではなく、優しい、本来のアズールへと雰囲気を変えていた。

「……とにかく、十三回、生還したことに感謝しましょう。お疲れ様。でも、もう無茶は許しません。民にどれほどの不安を与えたか、反省しなさい」

アイリスにも謝るのよ? とヴァイオレット。アズールがアイリスの方を向くと、アイリスは少し小刻みに体を震わせていた。

 ことの重大さに気づくアズール。血の気が、サァーっと引いていくのがわかる。顔を青白くさせながら

「……ごめん、アイリス」

と、アズールが謝ると、アイリスはようやく、元のアズールに戻ったと認識して

「いえ、ご無事で何よりです」

安心したように、ふわりと微笑んだ。


 「私は良いのです。アズール様も不完全となると、問題は湊様かと」


 __一方その頃。


 「さて、お目覚めかい? 湊」

天音が想に問う。しかし、想は複雑そうな顔をしたまま、俯いていた。

「何か喋ったらどう? 最愛のアズールが、君のために命をかけてくれたんだ。思うことも、いろいろあるでしょ」

「天音さん」

「なんだよ……え? 天音?」

ようやく口を開いた想に、違和感を持つ天音。勘の良い天音はすぐに気がつくと、

「まさか……想、くん?」

「……はい」

「記憶、戻らない……?」

「はい……」

「え、えぇ!? えええぇー!?」

信じられない、といった様子で、咆哮にもよく似た叫び声をあげた。

 それを聞きつけた花の精霊たち三人が、部屋に駆けつける。

「どうした、天音!」

血相を変えたアズールに、天音が全て、事情を説明する。すると、アズールはこの世の終わりのような顔をして、フラリと座り込んだ。


 「状況を整理します。アズール様は若干代償が残っていながらも、なんとか元のアズール様に戻られました。しかし、湊様……いえ、想様はまだ、湊様の記憶が戻られない……と。これでよろしいですね?」


 アイリスが状況を整理し、考え込む。

「一応、十三回という上限は超えていますし、もうやり直しはできないはずです。それに今回、アズール様が元に戻られたのです。必ずそれには意味があるかと。代償の返却がなされたということは、やり直しが成功したのだ、と踏んでいますが……」

「まぁ、成功と言えば成功にもなるだろうね。君たち次第で、失敗にもなるだろうけど」

天音の発言に、アイリスとヴァイオレットが、深く頷く。

「え、どういうこと?」

アズールと想だけが、わからない様子だった。


 「とりあえず、こうしていてもアレだ。僕は、僕のできることをするよ」

天音は立ち上がると、想の手を引いて

「アズール、自分と向き合いな。僕は想くんに湊について話すよ。少しは思い出せるかもしれないからね」

そう言って、部屋を後にした。


 取り残されたアズールに、ヴァイオレットが問う。

「ねぇ、アズール。あなたは想について、どう思っているの?」

「想のこと?」

「えぇ、『湊』じゃなくて、『想』のこと」

「……親友?」

「それは『蒼井湊』から見た『想』でしょ? アズールから見た『想』は? 眼中にない?」

「俺から見た、想……? いや、俺は俺だろ。アズール=アスター、偽名・蒼井湊。どっちも俺だ」

「それなのに『想』のことは、『湊』とは別人だって見なすの?」

そういうことよ? と言われ、アズールは何も言えなくなる。目を伏せながら葛藤する弟の頭を、少し意地悪だったね、とヴァイオレットは優しく撫でる。

「……これは、あなただけの問題ではないわ。時間をかけなさい。今までとは違う。これが、最後のチャンスなのだから」

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