第8話 繰り返される悲劇
__三百年前
「……湊が死んだ」
その日、顔を引き
誰もが泣き喚く中、ヴァイオレットは一人、図書館へと足を運んだ。そして、一冊の本を、今にも壊れそうな弟へと渡した。
「これは……?」
掠れた声で聞くアズール。
「禁忌の書。こちらから、あちらの世界へ行く方法の書かれたもの」
「また、湊に会える……?」
母親に
「ただし、これは試練でもある。一回の失敗につき、あなたが死んでいくの。感情だったり、記憶だったり、今のあなたがいなくなる。それだけじゃない。失敗が許されるのは十三回までなの。十四回目には、精神が崩壊してしまう」
そうなったら、私はあなたを殺す。そうアズールに話すヴァイオレットは、本気だった。
「ありがとう。やってみる」
一度、禁忌を犯した経験があると、失ったものがあると、恐れがなくなるのだろうか。覚悟を決める時間もなく、アズールはやり直しを開始した。そこに迷いなど、微塵もなかった。
一回目のやり直しは、早々に拒否された。
そのまま湊に会いに行ったところで、記憶があるわけではないため、無論、上手くいくはずもなく。気味悪がられたショックで出直そうと戻った後、漸く湊の記憶が戻った。急いで戻ると、湊は「愛するアズールを拒絶した自分を、僕は許せない」と残し、首を吊っていた。
アズールは、失敗の代償に痛覚を失った。
戦闘を避けることができないアズールには、致命的な代償だった。これ以上、何かを失うとなると、どうなってしまうのか未知数。天音はアズールに諦めることを薦めた。が、アズールは、天音の警告を聞き入れることもなく、次のやり直しに向かった。
二回目のやり直しは、やや上手くいった。
湊と同じ『人生』を歩み、ゆっくりと理解を得ていった。記憶も戻った。
しかし、湊は気に入らなかった。それは今の『自分』ではなく、過去の『湊』を愛しているということ。長く時を過ごしたせいで、『湊』ではなく、『今の自分』を愛して欲しいと願うようになった。
それが叶わないことは、自分自身が一番よく知っていた。『湊』は、アズールに溺愛されていたのだから。死んでなお、二回も会いに来るほどだ。勝てるはずもない。
そうして、湊は失踪した。失踪した先で通り魔に遭っていた。帰ってきた時には、既に死体だった。
二回目の代償は、余裕だった。
二回目にも関わらず、焦燥に駆られたような、そんな気分を与えられたアズールは、たしかに狂っていった。優しいという言葉の代名詞でもあったアズールの面影は、失われていた。
三度目のやり直しは、かなり上手くいった。
騙す形にはなるが、無理にこちらまで連れて来て、ここで探していた。しかし、神隠し的なことをしたために、両親が恋しくなった幼い湊から拒絶された。
何度か粘ってみたものの、最終的に「嫌い」と言われたことが傷となり、アズールの精神が崩壊した。
アズールの権力は大きい。精神状態が不安定なアズールを放っておけば、いつ国が滅んでもおかしくない。しかしルールでは、アズールに勝たなければ、その座から引き摺り下ろすことはできない。アズールに勝てる力のある者は、そう多くない。力加減のわからないアズールの相手役は、その中から見つからなかった。
仕方なく、ヴァイオレットは二人を引き剥がした。つまり、失敗とカウントされた。
代償として、魂と体がバラバラになった。
いち早くそれに気がついたヴァイオレットにより、なんとか魂を繋ぎ止められたが、体だけは湊を探しに行ってしまう。なかなか魂を戻すことができないまま、四回目に突入した。
四度目は様子を見た。だが、どうやら家庭内暴力を受けていたらしく、いつのまにか、自殺していた。
五度目はこちらの世界を受け入れてくれた。一番、始めと近い形だった。かなり近すぎた。守る対象が、アズールから小さな子どもに変化しただけだった。子どもを庇って、死んだ。
六度目は監禁してみた。血迷っていたことは確かだった。そんなことをして好かれるはずもなく、全ての記憶が失われた。人形と化した湊を見て、天音はヴァイオレットに相談し、話し合いの結果、あちらの世界に帰してあげようということになった。
七度目も、八度目も、九度目も、十度目も、十一度目も、十二度目も……。
何度も、何度も繰り返しては、失敗し、代償に傷つけられ、ボロボロになり……誰しもが、諦めかけていた。
しかし、アズールだけは、湊のことを決して諦めなかった。代償のせいで感情を失っても、感覚を失っても、記憶を失っても。どれだけ、心が折れただろう。だが、その中でも、湊との約束だけは忘れなかった。湊を好いていることもまた、ないものにはできなかった。とっくに失われているはずの感情なのに。
「もう、諦めたら?」
天音がアズールに言う。始めは、もう一度湊に会えるなら、と思っていた天音も、ついに諦め始めた。
「これ以上はお前が危ない。あいつは死んだ。その事実は変わらない。悲しみも、事実として受け入れよう。あいつは優しいんだ。絶対に、優しさに殺されて死ぬ。そういう運命にある」
親友の言葉なら、そうなのだろう。でも。
「諦められたら、とっくに諦めている」
アズールの顔は、清々しいほど笑顔を形作っている。泣きそうで、でも、悲しそうではなく、怒っていそうで、でも、雰囲気は柔らかい。「あぁ、狂っている」と、天音は思わず、初めて戦場を見た時同様、体を震わせる。一度愛したものを諦められるほど、アズールの愛は、浅くなかった。
「俺がどうなろうと知ったことか。何度でも繰り返すよ。アイツなしの俺は、考えられないからね」
こうして、実に、十三回目になるやり直しが始まった。
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