第4話 『空白の百年』と、元『英雄』
「空白の百年。
その時代があったのは、実に、三百年前にもなります。今のこの街の様子を見れば、信じられないかもしれません。しかし、三百年前、我々花の精霊たちは、仲間内で殺し合いを余儀なくされていました。
原因は、魔族の『精霊支配』だと言われています。
我々の力は、花の精霊ならではのもの。どれほどの修行を重ねたところで、習得することはできません。ですから、必要とあらば奪うしかないのです。花の精霊、そのものを。
ただ、各国で必要な力は違います。単純に武力が欲しい国、優れた策略家が欲しい国、回復のできる者が欲しい国、或いは、暗殺のできる力が欲しい国。花の精霊たちは、各国に
「ならば、その事態を収束できたのでは?」と思うかもしれません。しかし、花の精霊は、群れをなす生き物です。群れで行動しなければ、その効果は最大限に発揮できません。唯一の策があるとすれば、誰かに利用されること。
……完全に、八方塞がりでした。
この状態が百年続く中、ある精霊の一人が、禁忌を犯しました。「このままでは全滅する。どうせなら、禁忌を犯してでも国を守ろう」と。それが、アズール=アスター様。
アズール様は英雄をこちらの世界に召喚しました。罰を受ける覚悟を持ち、勇敢にも禁忌に触れたアズール様は、素質を持っていました。そのため、禁忌を犯しても、その時は、影響がありませんでした。
えぇ、その時は。
呼び出された英雄というのが、みなさんもうご存知、『湊様』です。湊様は一般の高校生? ということでした。体も弱く、とても戦士には向いていません。しかし、流石は英雄、策略を考えることや統率力、医学分野には
空白の百年に終止符を打つため、アズール様と湊様は、
そこからは早かったと聞いています。一年すら必要とせず、瞬く間に敵を一掃、殲滅したと。
……代償も、大きすぎましたが。
湊様がお亡くなりになられたのです。
以降、アズール様はだいぶ変わってしまわれました。無断で会議は欠席し、仕事も放棄し、現在は逃亡中。消息が絶たれました。
これも、湊様が関係しています。もし、ただの主従関係であれば、アズール様も割り切って、湊様の死を受け入れられたことでしょう。
それが叶わなかったのは、お二人が、心の底から愛し合うような恋仲だったからです。
戦いが収束した暁には、お二人の式を挙げる予定でした。それが、死別という、最も残酷な形で取りやめになり、精神が崩壊してしまったのです。
それと、もう一つ。湊様の死因が、アズール様を守ったことによる戦死だったこと。これもまた、アズール様を壊すには、十分すぎるものでした。「愛する人を守れなかった」だけではなく、「愛する人を殺した」という、自責が、アズール様を失踪まで追い込んだのでしょう。
精霊たちは、そんな恩も背景も知らず、湊様とアズール様を責めました。「ミナトという人間が原因で本来のアズール様が死んだ。ミナトを殺せ」「アズール様は叛逆者と見なす。叛逆者は殺せ」と。怒りの矛先はお二人に向きました。
このままでは、禁忌をきっかけに流れ込んで来た適合者……英雄候補たちが危険に晒されてしまう。
それだけではありません。今や花の精霊の長であるアズール様に剣を向けてみなさい。全面戦争が勃発するでしょう。アズール様お一人でそれだけ力をお持ちです。正常な判断ができない今なら、なおさらその危険が大きい。
お優しいヴァイオレット姉様は、私たちに、直接
「異世界人を、見つけ次第保護しなさい」と。
その中に、きっと湊様はいらっしゃいます。
適合者は数少ないのです。
湊様さえ戻ってきてくだされば、アズール様もまた、正気を取り戻し、あの頃のアズール様に戻っていただけます。
私たちは信じているのです。お二人を。
想様、湊様。
先ほどお話しました通り、まだ、他の愚かな精霊たちに殺される可能性があります。我々に、しつこく恨みを持つ魔物もいます。
決して、この城から出ないでください。ここが、あなた方の新たな居場所です。たった唯一、ここだけが、安全を保証できます。
くれぐれも、この城内の者以外との接触は、しないこと。
末永く、よろしくお願いします」
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