第3話 新たな住居は

 「う、わぁ……」


 想は女性の家に着いて早々、少し後悔した。

「立派なですね」

湊が言う。女性はさも、当然かのように

「まぁね。一国を防衛する機関のおさともなればこんなものでしょう」

そう話した。

「そういえば、自己紹介がまだだったね。私はこの国の防衛機関の一つ、『策花さくか』の副隊長を務める、ヴァイオレット=アスターよ。わかりやすく言えば、戦略家、かしら? まぁ、気軽にヴァイオレットとでも呼んで」

堅苦しいのは苦手なの、と笑う彼女。その顔は少し寂しそうにも見えた。

「井狩想です。よ、よろしくお願いします」

「蒼井湊です。よろしくお願いします」

交わした握手から伝わる手の温もりは、少し、冷たく感じた。あぁ、人間じゃないんだ。そう改めて感じさせたのが、どうしてか、不思議と落ち着かせる。


 「さて、早速で悪いけど、私は仕事に行かなきゃ。アイリス、彼の治療と案内をお願いね」

ヴァイオレットに呼ばれた少女・アイリスは、何もないはずの場所からポンっと現れた。

「はい、ヴァイオレット姉様」

アイリスは丁寧にお辞儀をすると、想たち二人に微笑みかけた。

「行ってくる。あとは頼むわ」

「いってらっしゃいませ」

ヴァイオレットを見送ると、アイリスは改めて二人の方を向き、ひらりとスカートをなびかせて見せる。

わたくしは、アイリスと申します。ヴァイオレット姉様の従者をさせていただいている者です。湊様ですね? 失礼ですが、そちらの方は……」

「えっと……確かに湊なんですけど、俺らって初対面ですよね?」

「……なるほど。“理解”しました」

先ほど同様、何故か名前を知っているアイリスに、湊が聞くと、アイリスは意味深に微笑み、ヴァイオレットにした丁寧なお辞儀を、二人に対してもした。どうやらアイリスは、人を選ばないらしい。

「大変失礼致しました。私アイリス、人違いをしていたようです。では、改めましてお名前を」

「蒼井湊です」

「湊様」

「井狩想です」

「想様。はい、かしこまりました」

何故か機械的なアイリスに違和感を感じつつ、想は先ほどから気になっていたことを聞いた。

「あの、さっきからこいつが『湊』だっていうこと、何故みなさんが知っているのですか?」

アイリスは、少し言いにくそうに答える。

「湊様は、『昔』我々を救ってくださった英雄と、瓜二つだからです」

「『昔』ですか? 今は?」

湊が食い気味で聞く。すると、アイリスは顔を歪めて、大きく間を取り、

「……中には、憎む者もいます。特に、『空白の百年』の悲劇を知らない若者は……」

と、目線を逸らした。

「空白の、百年……?」

深まるばかりの謎に想が首を傾げる。アイリスは、少し居心地が悪そうに、話題を変えた。

「とりあえず、怪我の治療を。それから、ここを少し歩きましょう。私の使命はあなた方の案内です。昔話はその後で」


 「……以上、こんな感じでしょうか」


 一通りの案内が終わる。最後に選ばれたこの庭園には、様々な花が咲いている。しっかりと手入れも行き届き、美しい庭園だ。小鳥たちの合唱が、実に優雅で心地良い。

「お茶にしましょう」

そう言って出されたのは、紅茶と花の形をしたクッキー。二人は、何故かこの二つに懐かしさを感じながら、まずは談笑を楽しんでいた。

 この世界のこと、現実世界のこと、想や湊のこと、ヴァイオレットやアイリスのこと。


 しばらくの雑談の後に、アイリスは、覚悟を決めた様子で口を開いた。


「さて、『空白の百年』と『湊様』について、そろそろお話ししましょうか」


 二人は、息を呑んでその話に耳を傾けた。

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