第33話 破魔の魔眼
一般的に、人間は見下していた相手から反撃されると激しく怒る。
それはトバスにとっては予想だにしていなかった、否、考えたくなかった事態であった。
「貴様如きがワシに歯向かうってのか? ふざけるんじゃあないぞ…………商品の分際でワシに逆らうとどうなるか思い知らせてやる」
「あの目は………………」
トバスとフリスタは、揃って氷牙を凝視している。
トバスのほうは明確な敵意を向けているが、フリスタはというと、氷牙の吹っ切れたような表情にどこか安堵していた。
(そうか……キミは答えを見つけたんだね、氷牙)
それは、転生者の先輩として、純粋に後輩の成長を喜ぶ気持ち。
もう心配はいらない。
迷いを捨てたヒーローほど強い奴は居ないのだから。
「でりゃあああああああああッ‼︎‼︎ 」
ダンッ‼︎‼︎ と地面を強く蹴り、氷牙はトバスに飛び蹴りを放とうとする。
“
全てを切断する必断の刃が、トバスの喉元に迫る。
が。
ガキンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と甲高い音を立てて、氷牙の放った”
「なっ」
「足だけでワシに勝てる気でおるとは随分と調子乗ってるじゃあないかッ、エエッ⁉︎ 」
弾かれるはずのない一撃を弾かれ、動揺する氷牙。
そこに間髪入れずトバスの
「が、は…………⁉︎ 」
氷牙の全身から骨が軋むような音が発せられ、口から塊のような血が吐き出される。
その場に崩れ落ちそうになるのを、なんとか壁にもたれかかりながら耐える。
先ほどの”
「くそッ…………なんだ今の一撃はっ⁉︎ 」
「
トバスはそう言うと、着ていたシャツのボタンを外す。
シャツの下は、傷一つない固い岩で覆われていた。
おそらくこれが、氷牙の攻撃を弾いたものの正体。彼の言っている通りならば、岩と魔力でできたパワードスーツを下に着ているようなものなのだろう。
「奴隷商人ってのは危険と隣り合わせ、奴隷の反抗を抑え込むだけの力がなければ寝首を掻かれる。故にワシは対人戦闘を極めたのだ」
「くそっ…………」
「嘗めるなよ小娘。こっちは
皺くちゃの顔を怒りで更に皺くちゃにしながら、トバスは氷牙に向かって突進する。
普通ならば難なく抑え込めるはずの一撃なのだが、今のトバスはゴーレムを身に纏って身体能力を底上げしている上、氷牙は未だ両手が縛られていて使えない状態。
故に、氷牙が取れる行動はひとつだった。
ゴブアッ‼︎‼︎ と。
思い切り足を振り上げ、剥き出しのトバスの顎に全力の膝蹴りをかましたのだ。
「ぶげっ…………」
「斬れねえならぶっ叩くまでだよこのクソジジイッ! 」
顎に強烈な一撃をくらったトバスは、口から噴水のように血を噴き出しながらよろける。
そこに間髪入れず、氷牙はトバスを思いっきり蹴飛ばした。
だが、決定打は与えられない。
「転生者の分際でッ…………魔術のまの字すら知らねぇ
「ぐうっ…………!!!! 」
空気に風穴を開けるような勢いのトバスのパンチが、氷牙の頬をかすめてゆく。
間一髪で避けられたが、もし直撃していれば首なし死体待ったなしだ。
とにかく、まずは壁際に追い詰められた状態から脱さなければならない。
氷牙は左右から挟撃してきた奴隷商人達を蹴り飛ばしながらトバスの追撃を躱すと、そのまま放置されていたフリスタのほうへと一直線に駆けてゆく。
「フリスタッ、ちょっとじっとしてろっ‼︎ 」
「!!!! 」
氷牙が片足を振り下ろすと、そこから銀色の斬撃が放たれ、フリスタの手足の拘束を破壊する。
フリスタの拘束が解かれたのを見た奴隷商人達は、慌てて彼女を押さえ込もうと走り出す。
「なっ、逃すかよっ! そいつは俺たちの大事な――」
「触んじゃねえ気色悪い」
が、身体の自由を取り戻したフリスタになすすべなく殴り倒された。
そしてフリスタは、奴隷商人に暴行を受けて気絶している女子中学生を安全なところに退けながら、氷牙の腕の拘束を解く。
これで完全復活。
「他の皆はボクが逃すから、君は思う存分トバスをぶちのめすんだ。いいね? 」
「言われなくてもそうさせてもらうさ。
「それはそう」
自分達に向けられる、奴隷商人達の敵意と下心の混ざった視線に対して軽口を叩き合う氷牙とフリスタ。
……まあ、氷牙もフリスタも転生する前は男だったのだが。こんな形で女の子の気持ちを知りたくなんてなかったというのが正直なところだ。
「ゴーレムには決まって身体のどこかに核が存在する。それはトバスの
「無茶言ってくれるなぁ……まあやってやんよ。散々胸糞悪いもん見せてくれたんだ、容赦なく憂さ晴らしさせてもらう! 善人面した極悪人ほど後腐れなくぶった斬れるヤツはいねぇからなあっ‼︎ 」
フリスタからの助言を受けた氷牙は、今一度壁を強く蹴ってトバスに突撃する。
蹴りの衝撃で背後の壁は粉々になって崩れ去り、周囲にいた奴隷商人達はなすすべなくその崩落の巻き添えになってゆく。
自身に再び向かってきた氷牙を目にしたトバスは、その無謀さを笑い飛ばさずにはいられなかった。
「馬鹿かっ‼︎ 貴様のワシの防御術式を破れないのをもう忘れたかっ‼︎ ひょっとしてダチョウの方が賢いんじゃあないのかこの腐れ脳味噌がっ!!!! 」
「人の心捨てたミイラ野郎に何言われても効かねーんだよっ‼︎‼︎ 」
両手に “
しかし両者共に有効打を与えられず、甲高い音と共に両者の身体が反対方向に弾き飛ばされる。
ズギャギャギャギャギャッ‼︎‼︎‼︎‼︎ と脳みそを直接弄ってくるような雑音を立てながら、氷牙は着地する。
その足元には、長く伸びる二列の傷跡。
「核はここじゃないっ、か! 」
「ブーハハハハハハハハっ! やれるものかっ、異能使いの猿ごときにワシの魔術が破られてたまるかっ! 」
ゴワァッ‼︎‼︎ と、再びトバスの拳が氷牙の鼻先ギリギリを掠める。
攻撃の直前に足の “
その隙をトバスが逃すはずもなく、無防備となった氷牙の
「そこダァッ‼︎‼︎ 」
「ぶごっ、ぐへゃあっ⁉︎ 」
ミシミシと全身の骨が軋むような音を発しながら、氷牙の身体が横に吹っ飛ぶ。これがもし野球だったらツーベースヒットは確実だろう。
全身をくまなく反響する痛みに耐えながら、氷牙は起き上がる。
これ以上トバスの攻撃を受けるのはまずい。次の一撃をくらえば今度こそ手足の1,2本は持っていかれかねない。
(そういえば――フリスタはどうなった? ちゃんと他の皆を逃がせたのか? )
立ち上がりながら、氷牙はあたりを見渡す。
しかし、周囲には気絶した奴隷商人達ばかり。どうやらフリスタは無事に転移者達を逃がしているようだ。
それよりもまずはトバスを倒す。
ここで奴を倒さなければ、活路は開けない。
「まだ立つか。常人なら既に内臓破裂で死んでるはずなのだが……流石
「
「知らんのか? 貴様ら転生者の持つ異能の事だ。今までに売り飛ばした奴らは自分らの力をそう呼称しておったのだがな」
「今までって……一体何人売り飛ばしたんだよ」
「ざっと4000人だな」
平然とそう言ってのけたトバスに、今日何度目になるのかわからない嫌悪感を覚える氷牙。
やはり、話すだけ無駄だ。というかこれ以上コイツと話しても無駄に怒りが募るだけだ。精神衛生的にも早くケリをつけたい。
「じゃあさぁ……4000回ぶった斬ってもいいって事だよなッ‼︎ 」
ダンッ‼︎‼︎ と床を強く蹴り、氷牙は駆け出した。
両手に持った“
だがその一撃はトバスの
弾かれた刃は氷牙の手を離れ、近くの床に突き刺さる。
「どぅらあっ! 」
しかし氷牙は、攻撃を弾かれた直後に空中で体勢を整え、次は“
が、それもトバスに避けられる。
「学習能力ねぇのかよ阿呆ッ、テメェの攻撃は効かねえって言ってんだろーがッ! 」
直後。
トバスの足元の床が音もなく円形に切り抜かれた。
「ぬあっ‼︎⁉︎ 」
突然できた落とし穴に足を取られ、トバスの体勢が崩れる。
そこに続け様に、ズババババババっ‼︎‼︎‼︎ と、トバスの周囲の壁や床がバラバラになって崩れ落ちてくる。
時間差による切断の適用。
トバスに当たらなかった“
「――これからテメェが動くたびにテメェの周囲の床を斬り落とす。もちろんテメェのことだから瓦礫による圧死は期待できないが…………ここからは根比べといこうか」
「舐めてんじゃねえぞ………………商品の分際でよォ、ワシを嗤うんじゃあないっ、内臓シェイクしてやるからなあッ‼︎‼︎‼︎ 」
トバスは怒りに満ちた表情で、自身の身体に乗った瓦礫を押し除けながら氷牙に掴みかかろうとする。
――許せない。商品の分際で、魔術を知らない異能者の分際で、楯突く奴の存在を認めない。
子供の癇癪に近しい激情が、トバスを突き動かす。
が。
既に運は彼を見放していた。
なんとか床に開いた穴から這い上がったトバスが、氷牙に向かって走り出した直後。
凄まじい速度で飛んできた拳が、トバスを後方へと吹っ飛ばした。
「ッ……………………え」
トバスが自身に何が起きたかを理解した時には、既に彼は床にぶっ倒れていた。
今の攻撃は間違いなく氷牙ではない。
氷牙の攻撃手段は殴打ではなく切断だし、そもそもトバスには氷牙の攻撃は通用しないはず。
つまりは、第三者。氷牙に味方する何者かが加勢してきたと考えるべきだ。
そう考えながら顔を上げたトバスの視線の先には、
「やあ、5年ぶりデスねぇ。トバス・セルラー」
奴隷商人達を踏みつけているアスターとフリスタの姿があった。
「アスターにフリスタ⁉︎ お前らいつからここに⁉︎ 」
「ッ……貴様、マロメルクのッ――」
そこまで言いかけて、トバスの動きが止まる。
否、止められた。
突如として凄まじい質量がトバスの全身を包み込む。まるで見えない重量物に全身をくまなく押さえつけられているかのような感覚だ。
「な、んだ…………身体が重い………………! 貴様っ、何をした⁉︎ 」
「破魔の魔眼――100万人に1人の割合で宿るとされる魔眼の中でもとびきりの逸品。その力は、視界に映るあらゆる異能を無効化する」
「視るだけで無効化……⁉︎ 」
明かされたアスターの能力を聞いて、氷牙は思わず息を呑んだ。
アスターと戦った際、氷牙や悠希が放った異能の攻撃がが唐突に消滅させられていたが、恐らくあれも魔眼によるものなのだろう。
――彼女が味方でよかったと、心のそこから思う。
「この世界の連中って魔術以外の異能をとことん見下す傾向にあるので、あんまり
「うご、けない………………くそっ、この化け物がッ! 」
ケヒャヒャと笑うアスターを、トバスは恨めしいそうに見つめる。
それを破魔の魔眼で無効化されてしまえば、ただの重たい石の鎧。
車で例えるならば、急にガソリンタンクが空になってエンストを起こしているようなものだ。おまけに下車は不可能。
堅牢な鎧は一転して、トバスを縛る枷となった。
「今です氷牙さんっ、ワタシの魔眼でトバスの術式を封じている今がチャンスですっ‼︎ 」
「おうっ‼︎ 」
魔力を通すことで氷牙の攻撃をものともしない防御力を実現していた
おまけにトバスは、
――氷牙が負ける要因は完璧なまでに無くなっていた。
「どゅらああああああああああああッ‼︎‼︎ 」
もう、避けられない。
動きを封じられたトバスの
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