第32話 本当にそれでいい?




 地下牢



 

「…………む、地上が騒がしいな。もう来たのか」


 転移者の一人に隷属刻印を刻みながら、トバスはそう呟いた。

 先程から断続的に地下牢全体が揺れている。揺れ方的にどう考えても地震とかではない。いったい何が起きているのだろうか?


「この揺れは……? 」

「多分めぐる達が助けに来たんだ」

「っ! 」


 フリスタの言葉を聞いた氷牙は、天井を見上げる。

 めぐる達が来ている。

 ……だが、間に合うのか?

 こちらから何もせずに彼女達を待っていても大丈夫だという保証は全くない。だが、手足を縛られたこの状態で何ができるというのだろうか?

 すると、奴隷商人グループのうちの一人が不安そうな顔をしながらトバスに尋ねてきた。


「ど、どうするリーダー。俺たちも早いとこズラかったほうがいいんじゃないっすか? 隷属刻印なんか後からでもできますし」

「安心しろ、ここら一体には既に自爆用の魔術トラップを敷設している。ワシらが離脱した後にあのクソ犬どもを纏めて吹き飛ばすのさ」

「で、でもよぉリーダー。隷属刻印刻んどかないといつ逃げられちゃうか分かったもんじゃないっすよォ。せめて上玉連中だけでもやっておかねえと、万が一反抗されたりして取り逃したらマジで最悪じゃあないっすかァ」

「一理あるな」


 仲間の意見に渋々ながらも首を縦に振ったトバスは、牢獄内の転移者達を一瞥する。

 全てを手に入れることは叶わなくとも、確実に欲しいモノだけはなんとしてでも手に入れる。トバスの選択は端から決まっていた。


「じゃあそこの2人、貴様らに隷属刻印刻んでやるからこちらにこい」

「ッ‼︎‼︎ 」


 トバスが指差したのは、セーラー服を着た中学生くらいの少女とフリスタだった。

 2人はトバスの部下達によってなすすべなく牢獄から引き摺り出されると、眼前に白煙を発している焼きごてを突きつけられる。


「無駄な抵抗はするんじゃあないぞ! 俺たちの仕事はな、帰る当ても行く当てもないテメーらに対する慈善事業といっても過言じゃないんだ。つまりっ、俺たちは善行を成してるってことダァアアアアアッ‼︎ 」

「いやだっ、離してっ! 」

「ギャーギャー喚くな猿かテメーはッ! 女のくせに騒ぐなよ首へし折られてーのかッ‼︎⁉︎ 」


 泣き喚きながら抵抗する女子中学生を、奴隷商人は容赦なくぶん殴る。すると、カランと音を立てて石畳の上に少女の口から抜けた歯が転がり落ちる。


 氷牙は、連れ去られてゆくフリスタ達を無言で見つめていた。

 転生者や転移者は皆ろくでなし。助けたって意味なんかない――筈だ。


 だが、この居心地の悪さは一体なんだ?

 自分の感覚は間違っていない筈なのに、それを元に決断を下すことを躊躇ってしまう。

 転生者共に助けるだけの価値なんてない。そう結論付けるべきなのに、なぜ寸前で立ち止まっている?

 

 牢獄の中からフリスタ達が連れていかれるのを目にしながら、葛藤する氷牙。

 

 その時。

 連れてゆかれている女子中学生が、涙目でこちらを見つめてきた。

 

「………………………………助けて」

「‼︎ 」


 ――その声が、氷牙の正義感こころを呼び覚ます。


(…………そんな声をぶつけないでくれよ)


 助けたくなんかないと思っていた筈なのに。

 転生者も転移者もどうしようもないカスばっかりで、助ける価値なんてないと決めつけていたかったのに。

 そんな顔で助けを求められてしまったら。


 ――





    ◇    ◇    ◇






 氷牙が己の内で葛藤に直面している前で、悪夢はつつがなく進行していた。


 牢獄から引きずり出されたフリスタと女子中学生は、奴隷商人達に取り囲まれる。

 彼らの後方には、既に隷属刻印を刻まれて自我を奪われた転移者達が棒立ちになっている。直立したまま微動だにしないその様子は、マネキン人形とほとんど変わりない。今の彼らと人形との違いといえば代謝の有無くらいだろう。


 それらに取り囲まれる形で、フリスタ達とトバスは相対していた。

 トバスの両脇には、隷属刻印を焼き付けるための焼きごてを携えた奴隷商人達。

 

「助けてっ…………いやだいやだいやだいやだ奴隷になんかなりたくないッ!!!! 」

「喚くんじゃあねえよゴルァア!!!! 」

「ブゴフッ」


 奴隷商人は泣き叫んで抵抗する女子中学生を怒りのままにぶん殴った。

 少女の泣き喚く声がよっぽど気に障ったのか、奴隷商人はそれはもう執拗に殴打を繰り返す。

 

「ったくよぉっ、商品の分際でギャーギャー喚くんじゃあねえよこのカスッ!!!! テメエらはどうせこの世界じゃ根無し草ッ、心配してくれる家族も助けてくれるお友達もここにはいねえんだよォッ!!!! 」


 執拗に、執拗に。殴りつけている拳の感覚がなくなるほどに、奴隷商人は少女を殴り続ける。

 ゴシャバコベキベコンッ!!!! と人体から出てはいけない音が地下に響き渡り、牢獄内の転移者達は皆その光景を前にすくみあがっていた。

 それを制止したのはトバスだった。

 

「おい、あんまり殴りすぎて気絶させるんじゃあない。隷属刻印は意識を失ってる時につけても効力を発揮しないんだぞ? 」

「チッ…………分かってますよ」


 トバスに制止させられた奴隷商人は、振り上げていた拳を渋々と下ろす。

 数分にわたって顔面を殴られ続けていた女子中学生は、見るも無残なまでに晴れ上がった顔となっていた。ギリギリ意識は保っているようだが、一思いに意識を奪われていた方が本人にとってはましだったのではないだろうかと思ってしまいそうなほどの有様だ。

 

「ならとっとと隷属刻印を刻まんか。ワシはこっちのハーフエルフの娘をやる」


 トバスは血塗れとなった奴隷商人にそう命じると、部下から焼きごてを受け取ってフリスタの前に立つ。


「…………久しいな小娘、10年ぶりになるか」

「その鼻かんだティッシュみたいなクソしわヅラをまた目にする羽目になるなんてね…………ほんと反吐が出るよ」

「フン、この期に及んでまだ減らず口を叩く余裕があるのか。流石転生者といったところだな」


 全く臆するそぶりを見せないフリスタに、トバスは苦虫を潰したような顔をしながら焼きごての先端を突きつける。

 数センチ動かせば刻印が焼き付けらてしまうほどの至近距離。常人ならば自我を奪われる恐怖で壊れてしまいそうになる状況であるにもかかわらず、フリスタはそれでも動じない。


「エルフはその長命故に人外種族の中でも個体数が少ない。その上人間とのハーフとなると希少なんて言葉じゃ足りないくらいじゃ。貴様ら転移者の文化圏でいうところの……そう、“ゲンテイエスエスアール”といったところか」


 トバスはそう言うと、気持ち悪い笑みを浮かべながらフリスタの頬を指でなぞる。

 欲に塗れた皺まみれの指が、フリスタの綺麗な肌を汚してゆく。見ているだけで吐き気がしてきそうな光景だ。

 

 そして、フリスタの顎に指をかけながらトバスは囁く。

 

「だからこそ、だ。フリスタ、貴様だけはなんとしても手に入れる。価値の分からぬマロメルクのゴミになんぞ勿体無い。ワシこそが貴様の価値を真に分かっておるのだぞ」


 トバス・セルラーはどこまでいっても他者の価値を損得でしか測れない。愛だの絆だのを解する心を持てなかった、人の姿に生まれた哀れな怪物こそが、この男だ。

 それがフリスタからすればどうしようもなく哀れに思えた。


「…………哀れな奴」

「ほう、まだ減らず口を叩けるか。だがそれも終わりだ。この焼きごてを押し当てれば貴様の身体に隷属刻印が刻まれ、その自我は封じられる。貴様はもう詰んでいるのだよ」


 しかし、フリスタがいくらトバスを蔑もうとも、トバスの言う通り、フリスタがこの場を切り抜ける手段は存在しない。

 フリスタも一応転生者のはしくれなので、転生特典がわりの異能を持ち合わせてはいるものの、生憎彼女の能力はこの状況では役に立たない。

 それでもせめて抵抗の意思だけは最後まで絶やすまいと、フリスタはトバスを睨みつける。

 

 それを鼻で笑いながら、トバスは焼きごてをフリスタに押し付けようとする。

 回避不能。

 これを焼き付けられたら最後、フリスタの人格は封じられ哀れな奴隷人形となってしまう。

 

 フリスタの肩に、隷属刻印が焼き付けられる。



 

 その寸前。


 ゴバァンッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎  と凄まじい音を立てて、トバスめがけてひしゃげた鉄格子が吹っ飛んできた。



「え」


 トバスの傍に立っていた奴隷商人達は、飛んできた鉄格子に反応することができず、そのまま全身を鉄格子に叩きつけられて意識を失う。

 トバスだけは咄嗟に手にしていた焼きごてで鉄格子をガードすることに成功するが、その衝撃で焼きごてはひしゃげて使いものにならなくなる。


「――貴様、なんのつもりだ」

「あれは………………」


 トバスとフリスタは、揃って鉄格子の飛んできた方に目を向ける。

 

 そこには。

 足の拘束を自力で解いた氷牙が仁王立ちしていた。

 

「ッ、なんだお前ッ‼︎  拘束をどうやって――」

「んなもんぶった斬ったよ、この足で」

「足だと…………? 」


 トバスはそこで、氷牙の変化に気づいた。

 氷牙の両足は、銀色に染まっていた。まるでその部分だけ銀の像と化してしまったかのように、だ。

 

 ――自由断在・脚刃式カッターライフ・タイプブレードランナー

 腕ではなく足へと能力行使の起点を変更したことで誕生した、氷牙の能力の発展形。

 両手で触れた対象を強度を無視して切断する“自由断在カッターライフ”。破壊力という点では圧倒的なこの力には、両手を起点とするが故に手を封じられれば能力を行使できないという単純明快な短所が存在する。

 だが氷牙は、既に能力発動の起点を素手から手に持った刃へと移し替えることには成功している。それが可能ならば足に起点を映すことだって理論上は可能。

 結果としてその目論見は見事に成功し、氷牙は両足の拘束を解いたのだ。

 いまだ両腕は縛られている為使えないが、足が使えるだけ先ほどよりはマシだ。

 

(何しょうもないことで悩んでたんだ俺は…………! 転生者だから助けたくないとか馬鹿な考えはやめだッ!! 転生者だからとか関係ない、理不尽に虐げられてる奴に手を差し伸べる、それがヒーローじゃないのかっ⁉︎ )


 転生者は悪い奴ばっかり?

 だからどうした。それを理由に目の前で虐げられている人を見捨てるのが本当に正しいとでも?


 そんなことしたら、いつか元の日常に帰る術を手に入れた時に、胸を張って帰れなくなる。そんな状態で帰ったところで、そのうち罪悪感とも後悔とも判別つかない感情に押しつぶされてしまう。

 

「何が“貴様の価値を分かっておる”、だ」


 だからこそ、迷う前に動け。

 助ける前に考えてたら何もできない。


 ダンッ‼︎‼︎ と一歩強く踏み出し、氷牙はトバスに対して吠える。

 

「損得打算でヒトを分かった気になってんじゃねーよ、この銭ゲバジジイッ‼︎‼︎‼︎ 」

 

 転生者だどうだのとかいうレッテルで判断するのはやめだ。

 この場で一番の悪をぶちのめす。

 その他のことは後から考える!

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