第31話 奴隷商人をぶっ飛ばせ


 廃城付近




 氷牙とフリスタが捕らわれている地下牢、その真上に位置する廃城。

 付近には奴隷商人連中の仲間と思わしき男たちがたむろしている。これで何もないというほうがおかしいだろう。


 めぐる達は木の影に隠れながら、突入のタイミングをうかがっていた。

 彼女達の傍らには、ガタガタと全身を震わせている男が一人。

 彼もまた奴隷商人一味のひとり。めぐる達は道中襲いかかってきた奴隷商人の一団を返り討ちにし、そのうちの一人を脅して道案内させてここまできたのだ。

 

「――ここか」

「はいはいはいそうですだから俺を解放してください殺さないでくd

「案内ありがとうございました。じゃあもう用済みなので大人しくくたばっててくださいネェッ!!!! 」

「ガュッ」


 アスターは笑顔でそう言うと、用済みと言わんばかりに奴隷商人にトドメを刺す。

 なんか明らかに人体から出ちゃいけない音が出ていたのだが大丈夫なんだろうか。

 意識を失った奴隷商人は、アスターの手によって瞬く間に身ぐるみをはがされてゆく。

 

「念のため身ぐるみ剥ぎ取ってその辺の木に縛っておきましょう。ぐひゃひゃひゃひゃっ、樹液にかぶれる様を想像しただけで快感が走りますネェッ! 」

「…………怖いよ」


 ゲヒャヒャヒャと品のない笑い声をあげながら全裸の奴隷商人を木に縛り付けてゆくアスターを、悠希は遠巻きに眺めていた。この人が味方サイドでよかったと思う反面、味方サイドでも怖いなとも思ってしまう。

 めぐるは手首に着けている次元転移装置の通信機能を立ち上げると、オペレータールームの面々との通信を始める。


「橋本、敵の本拠地に着いたぞ」

『ああ、こっちでも確認してる。周辺の地形情報は既にスキャン済みだからな、道案内は任せとけ。人質もいるんだし慎重に行けよ』

「オレが慎重に行ったことあるか? 」

『開き直るなッ! 人質危険にさらす気かお前ッ!!!! 』

「そうなる前に片付けりゃ問題ねーだろ、攻めは最大の防御って言うだろ? 」

『それができるのはモノホンの強者だけだよ…………』

 

 相変わらずのめぐるの脳筋思考に、橋本は呆れるしかなかった。

 めぐるがAMOREに入ってから10年。彼女とは入隊当初からの付き合いだが、この脳筋っぷりにはほとほと呆れるしかない。

 だが、それを可能にしてしまえるだけの実力を持ってしまっているのも事実なわけで。最近では橋本も半ばめぐるには呆れ疲れてきている。


 それはそうと、だ。


「氷牙達はこの下にいる……さて、どうすっかなぁ」


 橋本からのナビによれば、氷牙達がいるのは廃城の地下に現存する地下牢とのこと。しかし、これだけ見張りがいるとなると、全員相手をするのはめぐるといえども骨が折れるし、相手している隙に氷牙達に何かをされたらおしまいだ。

 ぶちのめすにしろ忍び込むにしろ、あまり時間はかけたくない。


「うーむ、どこからぶちのめせば楽に――」

「そこで何をしている‼︎ 」


 めぐるが攻め方を考えていたその時。

 廃城にたむろしていた奴隷商人達がこちらに気付いて一斉に顔を向けてきた。

 咄嗟に森の中に逃げ込もうとしためぐる達だったが、背後の木の影からもぞろぞろと奴隷商人の仲間たちが姿を現す。どうやら完全に誘い込まれてしまったようだ。

 

「のわっ⁉︎  見つかった⁉︎ 」

「バーカ、探知魔術だよ。こんなもんも知らねえとか、やっぱり異能者バケモンは遅れてんなぁ」


 奴隷商人の集団の中から、ケラケラと笑いながらローブ姿の男が姿を現す。

 どうやら奴隷商人だけでなく、彼らに雇われた魔術師までいるらしい。

 

「俺達の商売の邪魔をするんじゃねえよ。てめーらはこいつらとでも遊んでやがれッ!!!! 」

 

 ローブ姿の魔術師は、懐からカードのようなものを取り出すと、それを地面へと突き刺す。

 すると、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と激しく地面を震わせながら魔術師の手前の土が盛り上がり、ひとりでに姿形を変え始めた。

 そして、地響きが収まりだした頃。

 めぐる達の前には、土で出来た巨人がそびえ立っていた。

 それを何と呼ぶのかは一目瞭然。


「ああああれってもしかしなくてもゴーレムだよねぇっ⁉︎ 」


 そう、みなさんご存知のゴーレムである。

 突如として目の前に現れた全長5〜6m程はある石造りの巨人の群れに、悠希は完全にビビり散らしていた。

 

 が、彼女達は違う。

 凄まじい威圧感を放ちながらゆっくりと近づいてくるゴーレム達を前に、めぐるとアスターは随分とのんびりとした様子だった。

 

「AMOREに入って半月経ってんだから今更ビビるなよ。あんなの雑魚だよ」

「ゴーレムですかぁ……ただデカいだけで面白みに欠けるんですよね。まさかこんなのでワタシ達を止められると思ってるのかなぁ馬鹿なのかなぁクヒヒヒヒヒヒッ‼︎ 」

「圧倒的強者の感覚ッ‼︎ 」

 

 アスターはゴーレムの群れを前にゲラゲラ笑っているし、めぐるに至っては欠伸までしてやがる。強者故の余裕というやつなのだろうが、悠希にはとてもじゃないがついていける世界では無い。


「大抵のゴーレムはどっかにコアがある筈、そいつさえ砕いちまえばイチコロだ」

「じゃあ勝負といきませんかッ‼︎  この中の誰が一番多くゴーレムを倒せるかのネェッ‼︎  」

「いいぜ乗ったッ‼︎  たまにはテメーと競い合うのもわるくねーな! 」

「いやわたしそんなことしてる余裕ないですぉうわあっ! 」


 直後。

 ゴーレムの腕が振りおろされたのを合図に、3人は駆け出した。


「とーりゃあっ! 」


 ゴーレムの初撃を難なく躱しためぐるは、その勢いのまま軽やかな身のこなしでゴーレムの肩に上ると、その側頭部を思いっきり殴りつける。

 めぐるの裏返りの円環リバーシブル・メビウスの能力をモロにくらったゴーレムは、殴られると同時に頭部がぐしゃぐしゃにひしゃげ、ただの土塊に戻ってゆく。


「どどどどぉーんっ! 」


 コアを砕かれたことで崩れゆくゴーレムの隙間をすり抜けるように走り抜けたアスターは、歓喜の声をあげながら流れ作業のように、奴隷商人達を蹴り倒してゆく。

 星間都市で最初に対峙した時もそうだが、アスターの動きにはまるで無駄がない。圧倒的な強者達の蹂躙劇を前に、悠希は身を震わせていることしかできなかった。


(ふたりとも凄い――わたしなんかとは大違いだ)


 果てしない差を目の当たりにし心が折れそうになる悠希だが、なんとか踏ん張ってゴーレムの攻撃を避けてゆく。

 このままだとフレンドリーファイアで死にかねない。悠希は瓦礫の雨から逃れるべく地下道の入口へと飛び込む。

 が、そこは奴隷商人の巣窟だった。


「おーいそこの小動物感溢れるガール、おじちゃんたちの商品にならなーい? 今ならいいご主人様の所に売ってあげるよー? 」

「っ! 」


 数にして10人。その全員が下品な笑みをうかべながら槍やボウガンで武装している。

 まるでナンパでもするかのようなノリでとてつもなく気持ち悪いことをほざく奴隷商人を前に、悠希は本気で鳥肌がたった。

 死の恐怖とは別種の恐怖。自分はそこに踏み込んでしまったのだと。


 ジャキリと、奴隷商人達がボウガンを悠希に向ける。


「つーかよぉ、女の癖におじさん達の仕事邪魔するとかさぁ……犯されても文句ねぇよなぁッ⁉︎ 女の癖に生意気なんだよっ‼︎ 」

「うわあっ‼︎⁉︎  」


 奴隷商人はキレながらボウガンをぶっ放した。

 反射的に屈んだ悠希の頭上すれすれを空気を貫く音がぶっ飛んでゆき、壁に矢が突き刺さる。

 悠希はガタガタ震えながら壁に刺さった矢のほうを振り向く。するとそこでは、煙を上げながら壁が溶けていた。


「溶けっ…………ええっ!? 」

「この矢は猛獣の唾液を塗ってある。人体がヨーグルトみてえにグズグズになっちまうくらいのなぁっ!!!! 」

「ひょわああああああああああああああああっ」

 

 驚く間もなく、次々と悠希目がけて矢が飛んでくる。

 当たったら痛いどころでは済まない。あの石壁のようにぐちゃぐちゃグズグズの人間ヨーグルトになるなんてまっぴらごめんだ。たとえ死に方を一つ選べと言われてもこれだけは断固拒否したいぐらいだ。

 横殴りの矢の雨から悲鳴を上げて逃げる悠希の姿を見て、ボウガンを連射している奴隷商人達はゲラゲラと笑い声をあげる。

 

「おいおいおいおいっ、AMOREの雌犬ってのはそんなもんなのかよ? テメエみたいな泣き喚くことしかできねぇガキが一丁前に戦場に出てくるとかよォ、AMOREってのはガキのお遊戯かなんかなのかよ‼︎ 」

「どーせ遊び感覚でやってんだろぉ? ならおじさん達が現実見せてやるヨォ! 」

「ッ! 」


 ギュンッ‼︎‼︎ と。

 嘲笑いながら放たれたボウガンの矢が、空気を切り裂きながら悠希の側頭部ギリギリを掠める。


 が。

 悠希はその場から動かない。


「ようやく諦めたか。なら一思いに殺して――」


 ボウガンを持った奴隷商人達は、悠希が諦めたと思いながらボウガンの引き金に指をかける。

 しかし、それは間違いだった。

 

「誰がガキのお遊戯だって…………? 誰が遊び感覚だって……? 」


 バチバチ、と。

 悠希の全身から火花が飛び散る。

 そして、

 

「わたしはめぐるちゃんの隣そこに並び立つって決めてるんだッ! お前たちなんかにかまけてる暇はないっ! 」


 瞬間。

 悠希の全身から紫電が飛び出し、奴隷商人達の身体を貫いた。

 

「ばがばばばざばばばばばばあっ‼︎⁉︎ 」


 奴隷商人達は何が起きたのか理解する間すら与えられずに、焦げ臭い匂いを発しながらその場に崩れ落ちる。

 ――とりあえず手加減はしたので、死んでないことを祈ろう。

 

 そして、悠希は一呼吸おいて、

 

「っ…………ああ~怖かったぁあ~~~~~~~~っ!!!! 」

 

 安堵の声を漏らしながらその場に崩れ落ちた。

 AMOREに入って半月ほどが経ったが、それでもまだ実践の空気は慣れない。いつだって戦う時は心臓がバクバクして仕方がないし、生まれたての小鹿のようになる足をなんとか抑えつけながら対峙している。

 でも、着実に強くなっている。

 めぐるのことを思っているから戦える。


「ってまだ終ってない! これからこれからっ」

 

 ――と。

 今の奴等はほんの前座。氷牙達のもとにたどり着くまでは休んでいる暇なんてない。

 悠希は自らの頬を叩いて鼓舞すると、震える足を立ち上がらせる。

 

 が、その直後。

 地下道の天井を突き破って悠希の真横にゴーレムの残骸が落ちてきた。


「………………………………」


 びっくりしすぎて声を失う悠希。

 そんな彼女の前に、ゴーレムの残骸の上からめぐるが飛び降りてくる。

 

「よしゴーレム10体目っ、こいつら図体デカい癖に対したことないなぁ」

「め、めぐるちゃん…………」


 ぐるぐると肩を回しながら物足りなさそうに呟くめぐる。

 どうやら彼女はゴーレムの残骸と共にここまで落ちてきたらしい。

 

「おう悠希、そっちも頑張ってるようだな」

「めぐるちゃん…………この人達の相手してる場合? 氷牙ちゃん達捕まってるんだよ、なら一刻も早く――」

「フリスタがついてるし心配いらねえよ」


 起き上がってきた奴隷商人を殴り飛ばしながらめぐるはそう言った。


「…………放任主義と無責任は違うと思うんだけど」

「どっちも違うっての、これは信頼だよ」

「いったいどんな根拠が――」


 そこまで言いかけた悠希だったが、めぐるは言わなくてもわかるだろ? とでも言うかのような顔をしている。

 ――だからそれを無責任というんだっての。

 こりゃ言っても無駄だと判断した悠希は、呆れながらも先に進む。ツッコミを入れるよりも仲間の救出が最優先だ。


 だが、相手側もただ黙ってめぐる達を素通りさせてはくれない。

 地下道の奥の方から奴隷商人一味の増援がぞろぞろと姿を現したのだ。

 数多くの仲間を倒された彼らは、めぐる達に本気の殺意を向けている。仲間意識が高いのは認めるとしても、彼らのやってることは間違いなく悪。邪魔をするというならば叩きのめすしかない。


「またぞろぞろ出てきやがって…………おい悠希、こいつら全員蹴散らすぞ」

「う、うん! 」

 

 めぐるの言葉に慌てて頷く悠希。

 ――戦いは始まったばかりだ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る