第30話 人身売買を無罪にするたったひとつの方法


 雪に覆われた山中に存在するとある廃城。

 その地下に広がる薄暗い牢獄に、フリスタと氷牙はぶち込まれていた。

 手錠と足枷をつけられているせいでまともに身動きができない。

 氷牙の自由断在カッターライフなら容易に拘束を解けるのだが、そのためには切断対象に手のひらを接触させなければならないし、刃を具現化した所で縛られた状態では使えそうにない。


 辺りを見渡すと、他にも何人かが牢獄内に雑多に投げ捨てられている。服装が学ランだったりスーツだったりするあたり、恐らく彼らはアスターの言っていた“異世界転移者”のようだ。


「せっ、せっかく異世界転移してさあこれからだって時にぃっ…………こんなのってないよおっ! 」

「何がどうなってんのよ⁉︎ なんでウチがこんな目にッ…………! 」


 ジャージ姿の少年が泣き叫び、セーラー服姿のギャルが悪態をつく。

 ここに集められたのは老若男女合わせて20人余り。その誰もかれもが不安そうな顔をしている。こんな状態にいきなり放り込まれたら誰だってそうなるだろう。


 そこに近づく、数人分の足音。

 

「気分はどうかね、我が商品達」

「うぇッ…………」


 壁掛け松明に照らされながら現れたのは、異様に脂ぎった顔をした中年男性だった。

 きっと世の若者たちに「キモイオッサンってどんな感じ?」と尋ねたら間違いなくこの顔が出てくるであろう。

 グヘヘと気持ち悪さ以外を感じようのない笑い声を出しながら、男達が近づいてくる。

 そこに、

 

「これ、若造の癖にリーダー面して出てくるでない。ワシがリーダーなんじゃぞ? 」

「あぐっ」


 太った男を押し除けながら、小柄な老人が現れた。

 ミイラのように皺だらけのその老人な顔を、忘れるはずがない。何故ならば、彼こそが先程氷牙達の前に現れた奴隷商人のリーダーだからだ。


「さっきのジジイ…………! 」

「ジジイではない、ワシにはトバス・セルラーという立派な名があるのじゃからな」


 老人――トバス・セルラーは杖で地下牢の床を軽く突きながら、品のない笑みを浮かべている。


「トバス・セルラー…………お前まだこんなこと続けていたのか」

「知ってるのか? 」

「昨日話しただろ、昔奴隷商人に捕まって売られそうになったことがあるって。コイツがその時の奴隷商人だよ」

「ッ⁉︎ 」

「懐かしいのぅ、そこのハーフエルフ。親を亡くして塞ぎ込んどったお前を売り飛ばそうとして、マロメルク家にボコボコにされた時の事。ワシはつい昨日の出来事のように思い出せるぞ」

 

 ギョロリと眼球を動かしながら、恨めがましい声でトバスは語る。杖を持つその手はプルプルと震えていた。


「その辺の人間を攫ったら余計な騒ぎや報復を生みかねないが、異世界人なら話は別。もともと存在しなかった異物をどう扱っても誰も文句は言えないッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ワシってマジ天才じゃあああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

「おまけにハーフエルフときた! こりゃあイイ。リーダー、ちょっと味見してもいいか? 」


 興奮を抑えきれなくなったのか、トバスの背後に控えていたスキンヘッドに男が、下品な笑みを浮かべながら牢獄内へと足を踏み入れてくる。

 鼻息を荒くながら近づいてくる様を見れば、男が考えていることは一目瞭然。

 

(くそっ、女になってからこういう輩ばっかり出くわすっ‼︎ なんなんだっ、世の中の男ってそんなにピンク頭の奴ばっかだったのかよッ!? )


 心の中で悪態をつく氷牙だが、拘束されている状態ではそれしかできない。

 息を荒くしたスキンヘッドの男は、氷牙の隣に転がされているフリスタに手を伸ばそうとする。


 ――その時。

 


「何考えてんだ猿、殺すぞ」


 ババババババババババババババババババリィッ‼︎‼︎‼︎‼︎  と。

 トバスのドスの効いた声と共に、彼が持っていた杖から黒い稲妻が飛び出し、スキンヘッドの男を貫いた。


「かっ――」

「黙れエロ猿。こやつらは大事な商品、つまみ食いは厳禁だと言っておろうが。また指の爪剥がされたいかのぅ? 」


 稲妻に貫かれた男は全身が黒焦げとなっていた。

 医者じゃなくてもわかる。彼はもう死んでいる。


 立ったまま感電死させられたスキンヘッドの男の遺体が、ぐらりとその場に倒れる。全身が炭化しきっていたそれは、地面に接する前に跡形もなく崩れ去っていった。


 牢獄に入れられていたた者達は、その光景を前に声も出せなかった。

 氷牙やフリスタを除いて、ここにいるのは荒事とは無縁の一般人。ただでさえ理不尽な状況にぶち込まれている上に目の前で人が死んだとなると、平静さを保つことなど不可能に近い。

 結果。

 転移者達の恐怖が爆発した?


「俺はただ学校から帰ってただけなのに…………いつの間にかこんなとこに迷い込んで、挙句の果てには奴隷送りだって…………⁉︎ 」

「嫌よッ!! あたしを元の世界に帰してッ!! 」

「わたしには家族がいるっ、頼むッ! 」

 

 錯乱した転移者達は、思い思いに泣き叫ぶ。

 こんな状況で泣くなと言う方が無理だろう。

 が、


「ごちゃごちゃ煩ぇんだよ商品の分際でっ‼︎ あんまり煩くしてっと喉の3,4個潰すぞっ‼︎ 」

「ゴビュッ――」


 抗議の声に激昂したトバスは、一番近くにいたサラリーマンの喉を杖でぶっ刺した。

 喉を潰されたサラリーマンは、血を吐き出しながら地面に崩れ落ちて痙攣する。あれではもう助からないだろう。

 

 更に死体が増えたことで、転移者達は沈黙を余儀なくされた。

 この場にいる人間の生殺与奪は、全てトバス・セルラーに握られている。彼の不興を買えば待っているのは死。それは嫌だ。

 死の恐怖が、牢獄内に静寂をもたらした。

  

「……マロメルク家には煮湯を飲まされ続けてきた」


 静かになった地下牢に、トバスの独白が反響する。


「AMOREとかいう余所者のせいで、ワシら人売りは無情にも狩られていった。ワシらはただ身寄りのない異世界転移者を売り飛ばしてただけじゃっ‼︎ それなのになぜ罰せられねばならんっ‼︎ それも全部AMOREを引き入れたマロメルクと、奴らの意見を鵜呑みにしたこの国のせいじゃっ‼︎ 」

「ッ………………」

「だからこれは正当な復讐なのだ。調子に乗っているマロメルクの駄犬共に教え込んでやるのだよ、ワシらのやっていることは必要なことであり、それを切り捨てようとしている貴様らが悪だということをな」


 ギョロリと、トバスの眼孔が大きく開く。

 彼の言っていることに、現代人である氷牙が共感できる要素は一つもない。

 転移者をモノのように扱うことを悪いとは微塵も思っていない上、胸糞悪くなるほどに徹底した被害者面。これを聞いて首を縦に振れる奴はきっと人間社会を脅かす悪党の素養がある。


 先程から黙り込んでいたフリスタも、今のトバスの言葉には我慢ならなかったようで、反射的に反論した。


「ッ、ボク達は物じゃない! 」

「異世界に飛ばされていく宛のないお前ら転生者に、ワシらが居場所を与えてやってるんだ。慈善事業と言ってくれてもいいくらいだと思うがね」

(ダメだ……話が通じない)


 トバスのその言葉に、氷牙は心の底から嫌悪感を抱いた。

 これまで氷牙が対峙してきた転生者達と同じだ。

 根本的に価値観が違いすぎていて理解の取っ掛かりがまるでない。異星人と会話している気分だ。


「おいリーダー、さっさとやることやってしまおうぜ」


 グヒャヒャと笑い続けるトバスに、顎髭を生やした男が苦言を呈する。

 その手には、焼きごてのようなものが握られている。


「そうだな。いい加減奴隷どもの悲鳴も聞き飽きたし、そろそろ済ませるか」


 トバスは顎髭の男の手に持っているモノを目にすると、気持ち悪い笑みを浮かべながら頷いた。


 ガサッ。と。

 仲間だったはずの塵の山を踏みつけながら、顎髭の男が牢獄内に立ち入る。


「フリスタ、あれは……? 」

「隷属刻印――他者の自我を抑制する魔道具だ。当然ながら法律で使用は制限されている」

「名前からしてロクな感じがしないな……」


 物騒な見た目に隷属とか名付けられてる時点で危なっかしいことこの上ない。見える爆弾がそこにあるようなもんだ。


「コイツさえ刻んじまえば奴隷どもに抵抗される心配もない。まずは……そうだ。そこの派手な髪色の女ァッ! 」

「ひっ⁉︎ 」


 顎髭の男はそう言って、近くにいた転移者に焼きごての先端を突きつける。

 哀れにも選ばれてしまったのは、見るからにギャルっぽい服装の女子高生。

 泣き叫ぶ女子高生だったが、手足を縛られているために抵抗しようもなく、あっけなく顎髭の男に掴み上げられる。

 

「テメーに隷属刻印コイツを刻んでやっからよぉ、大人しくしろよォッ! 」

「いやっ、離してッ‼︎ 」


 顎髭の男は泣き叫ぶ女子高生の服を容赦なくひん剥くと、うつ伏せになるように押し倒す

 そして、露わとなった少女の背中に白い煙を吐いている焼きごてを強く押し当てた。


「ぎゃあああああああああ熱いいいいいいいいいいいいいいいッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ 」

「ッ‼︎ 」


 あまりの熱さに絶叫するギャル。

 その凄惨な光景に、他の転移者達は皆目を逸らしたり閉じたりしていた。が、両手を縛られているために塞ぐことのできない耳に、少女の悲鳴が容赦なく注がれてゆく。

 悶え苦しむ少女のその姿は、氷牙の目にしっかりと焼き付けられていた。

 

 そして、数秒ほど経った頃。

 少女の悲鳴は急速に沈静化していった。


「気絶した……? 」

「いや違う、あれは――」


 焼きごての熱さに悶え苦しんでいたはずの女子高生が、まるで電池の切れたおもちゃのようにピクリとも動かなくなったのだ。

 顎髭の男は少女が動かなくなったのを確認すると、彼女の拘束を解く。


 すると、ゆらりと。

 少女が立ち上がった。


「……………………………………」

 

 その顔からは、一切の表情が抜け落ちていた。

 彼女から感じられるのは、まるで人形にでもなってしまったかのような無機質さ。人間から感じられて然るべき生気といった類のものが、今の彼女からは微塵も感じられない。


「これで此奴はワシらの奴隷となった。ほれ、こちらに来い」

「了解しました」


 少女ははだけた服装のままトバスの方を向くと、病的なまでに機械的な動きでトバスにひざまずいた。

 発せられた声には抑揚や感情なんてものは全く含まれていない。生物が発したとは到底思えないほどに、無機質で冷たかった。


「――ワシを癒せ」

「承知しました」


 トバスにそう命じられた少女は、表情ひとつ変えることなくトバスの靴を脱ぐと、彼の足を舐め始めた。


「うっ………………何やってんだっ⁉︎ 」

 

 その異様さを目の当たりにして言葉を失った氷牙に、フリスタが囁く。


「あれが隷属刻印だ。ああなってしまえば刻印を取り除くまでずっと自我を封じられ、身も心も人形になってしまう」

「くそッ……ふざけんなよッ…………! 」


 隷属刻印の力を目の当たりにした氷牙は、憤りを露わにする。

 いとも容易く人間から人間らしさを奪い取ってしまうその存在を、認めてはならない。

 

「さあ、次はどいつダァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜? 」

(冗談じゃないッ…………あんなモンつけられてたまるかっ‼︎ )


 トバス達の気色悪い笑みを目にした氷牙の全身に、金輪際感じることの無いであろうほどに凄まじい悪寒が走り抜ける。

 こんなゲス野郎達の奴隷になんか死んでもなりたく無い。

 だが、この状況でどうすればいい?どうやったら打開できる?



 そのためのピースは、まだ氷牙の中には無い。


 


 


     ◇     ◇     ◇



 同時刻 マロメルク邸




 橋本からの連絡で氷牙達が捕まったことを知っためぐる達は、マロメルク領のパトロールを打ち切り、屋敷で緊急作戦会議をおこなっていた。

 

「そんなっ…………氷牙ちゃんとフリスタちゃんがっ!? 」

『ああ。こちらから手助けをしてやりたかったんだが、生憎フリスタのやつを人質に取られてな。思うように動けずこのザマだ。ホント不甲斐ねえ、オペレーター失格だぜ』

 

「思っていた以上に行動が速いですねェ。めぐるさん達が来たのを知って焦ったんでしょうか」

『年季を重ねた悪党は無駄に危機回避能力が高いからな』


 さてどうしたもんか、と考え込む一同。

 人質がいる状況下で迂闊に動くと人質に被害が及ぶのは自明の理。この状況下でとるべき手段は、相手を刺激しないように動くか、相手が動く間すら与えずに瞬殺するかの二択。当然ながら後者は現実的でない。そんなのができるのはよっぽどの実力者だけだ。


 が。

 この場には“よっぽどの実力者”に該当する人物が既にいた。

 その人物――輪道めぐるは、わかりやすいまでに不敵な笑みを浮かべていた。

 

「…………いや、これは逆に手間が省けたと考えるべきだ」

『「え? 」』


 めぐるの言葉に困惑する悠希と橋本。


「敵さんの巣穴を探す段階すっ飛ばしてくれた上に、わざわざ向こうから手ぇ出してきてくれたんだぜ? これはもう“どうぞ我々を一網打尽にしてください”って言ってるようなもんじゃないのか」

『発想が蛮族ッ‼︎‼︎  』


 通信器越しに橋本のツッコミが炸裂した。

 お前一応秘密組織のエージェントのはずだろ。言わんてしてることはわかるが、いくらなんでも短絡的すぎやしないだろうか?

 ……と追加で言ってやりたかった橋本だったが、めぐるがこれまでの任務をだいたい力押しでやってたのを思い出し、言っても無駄だと言うことを悟って黙り込んだ。


 肩をぐるぐるとまわしながら、めぐるは部屋から出て行こうとする。

 それを見たアスターは間髪入れず、めぐるの後についてゆく。


「ワタシも行きますよ。気兼ねなくぶちのめせるカスを相手取るのは久しぶりですし、ストレスを発散するいい機会ですフヒャヒャヒャヒャヒャッ」

「…………ごめんついていけない」

『ついていけなくていいんだよ』

 

 意気揚々と出撃していった蛮族2人の背中を眺めながら、悠希と橋本は揃ってため息をこぼす。

 だが、どのみち戦いは避けられないのだ。ここは腹を括って進むしか無い。


「………………よし」


 悠希は一回、深呼吸を入れる。

 そして、意を決してめぐるとアスターの後に続くことにした。

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