第29話 転生者について本気出して考えてみた
“――アタシのこの想いは全てに対して優先されるべきなのよっ‼︎ 〇〇くんを手に入れるためならアタシは世界だって敵に回してやるわよ! “
2週間前。
好意を抱いた異性を独り占めにするために、その人物の友人や家族を皆殺しにした女性転生者と相対した時。
“俺が悪だと⁉︎ ふざけんなよっ、たかが魔族の一匹や二匹殺して何が悪い! 魔族は悪って世界常識だろっ⁉︎ “
10日前。
魔族を一方的に悪と決めつけ、平穏に過ごしていた魔族の集落をたった1人で滅ぼした勇者気取りのカス転生者と相対した時。
“やめてよね、俺が叡智の賢者だからって嫉妬してるのかい? 転生者って一度死んでるんだから、これくらいの見返りはあって然るべきだと思うけど”
善政をしいていた国王を支離滅裂な理由を盾に殺した挙句、めちゃくちゃな暴政で国を食い潰した賢者な馬鹿転生者と相対した時。
氷牙の胸には、常にある考えが巣食っていた。
――コイツらが更生なんかできるのか?
◇ ◇ ◇
翌日。
アスターとの話し合いの末、まずは手分けしてマロメルク家の領地をパトロールする事となった氷牙達。
昨日はあれほど酷かった吹雪は止み、雪原は眩しく光っていた。
「…………なんでまだメイド服? 」
「まだ服乾いてないんだとさ。それで我慢してくれ」
「いやこの格好めちゃくちゃ寒いんだけど⁉︎ 」
昨日同様のメイド服スタイルの氷牙は、本職メイドであるフリスタと共に雪の積もった街中を歩いていた。
……正直言ってめちゃくちゃ寒い。メイド服の露出が無駄に多いせいで、コートを羽織ってもなお容赦ない寒さが襲いかかってきている。昨日もそうだったが、何でフリスタはコートも着ずに平気な顔していられるんだろうか。
「何ガタガタ震えてるんだ情けない」
「お前の方がおかしいんだよ! 防寒具無しで何で平気なんだよ⁉︎ ひょっとしてエルフって寒さとかに強かったりしますかねッ⁉︎ 」
「ごちゃごちゃ言ってないでパトロール行くよ。ほらカイロあげるから」
「ありがたいんだけど異世界感皆無なんだよなぁ」
フリスタから渡されたカイロで暖をとる氷牙の真横を、馬車が通り過ぎてゆく。
和洋折衷……もとい、現幻折衷というべきか。これだけでこの世界がしっちゃかめっちゃかなのがよくわかる。
そして、懸念点が一つ。
「つーかよぉ、めぐるの奴遊んでたりしてないだろうな? アイツ半分くらいその場のノリで生きてるようなもんだしなぁ……」
「大丈夫だよ、彼女はふざける時はふざけるけど、仕事はちゃんとこなしてくれるから」
フリスタはそう言っているものの、氷牙は懸念を捨て去れなかった。
めぐるとはまだ半月程度の付き合いだが、氷牙の中では既にめぐるへの信頼度(主に日常面)は低空飛行している状態。仕事はちゃんとするというのはなんとなく頷けるのだが、それにしても昼行灯が過ぎるんじゃないだろうか。
「こんなんでいいのかなぁ…………」
思っていたよりも緩く進んでいる任務に、漠然とした不安を抱く氷牙。しかし、それを共有できる相手がいない。
氷牙の気持ちとは裏腹に、パトロールは進行していく。
◇ ◇ ◇
同時刻
星間都市ネオスC地区 AMORE第9遊撃隊”リンカーネイションズ”基地。
AMOREの各隊には専用の拠点とオペレーターチームが用意されており、隊員達が出撃している間は、ここで任務に関連する情報収集や分析、並びに隊員たちのバイタルチェックが行われている。AMOREの任務は過酷極まりないため、こういったサポートは必要不可欠なのだ。
それはめぐる達も例外ではなく、“リンカーネイションズ”の基地地下に存在するオペレータールームでは、橋本をはじめとするオペレーター達がひっきりなしに働いている。
「ふぉおおおおおおおおおああああああああああああああ…………いまんところ特に異常はないな」
チーフオペレーターの橋本は、大あくびをしながらモニターを眺めていた。
モニターに映るのは、積雪の目立つ街中を歩く氷牙達の姿。ここでは今、氷牙達の行動がリアルタイムで記録されているのだ。
そして橋本の隣には、基地で留守番していた栄華の姿があった。
ここ数日ほど自室に篭って何かしらやっていたようだが、何をやっていたのかは誰も知らない。当人に訊ねても「話してる時間が惜しい」と言う始末。
――だったのだが、こうしてオペレータールームに顔を出したあたり、その“何か“はひと段落したらしい。
栄華がオペレータールームに来てから数十分。
無言でモニターの映像を眺め続ける栄華に、橋本が若干茶化し気味に声をかけてきた。
「なんだ、アイツらが羨ましかったりしたか」
「別に。もともと私は裏方みたいなもんだしこれが普通よ」
「いやでも、お前鍋パーティーの映像食い入るように観てなかったか? 」
「総入れ歯にでもなりたい? 」
「ご勘弁願いたいッ‼︎ 」
栄華のゾッとするような冷たい声に思わず縮み上がる橋本。10歳以上年下の少女に対して何やってんだと思われるだろうが、栄華の声色的に普通に有言実行しかねないので、ここは謝った方が得策だ。
閑話休題。
橋本は改めて、栄華がここにきた理由を訊ねる。
「…………で、何の用だ? 」
「鹿山百人が殺された」
「なっ――」
さらりと述べられたその事実に、橋本は驚愕した。
「鹿山百人…………お前らがこの間捕まえた奴だよな? そいつ確か海上監獄“アトランティス”に放り込まれた筈だったろ。まさか獄中で殺されて……」
「ええそうよ。獄中でバラバラ死体になっていたのが発見されたって話。囚人や看守達には皆完全なアリバイがあったみたいだし、間違いなく外部犯の仕業よ」
「マジかよ……アソコは100年近くもの間脱獄はおろか生きて出所した奴すらいない鉄壁の監獄の筈だ。そんな所で殺しをやった挙句まんまと逃げ仰るとは……一体何処のどいつの仕業だ? 」
海上監獄“アトランティス”。
AMOREが逮捕した転生犯罪者を収監するその監獄は、まさに鉄壁。一度ぶち込まれたら死ぬまで出られないと言われるその難攻不落っぷりは転生者の間で広く恐れられている。
そんな所で外部からの侵入者による殺人事件が起きたのだから、その衝撃は計り知れない。
「これが犯行現場に遺されてた。これを見れば、誰の仕業かなんて一目瞭然よ」
栄華はそう言うと、一枚の写真を橋本に見せる。
そこに写っていたのは、鉄扉に血で描かれた不気味なエンブレム。
――己が尾を喰らう蛇竜を現したそれが何を意味するのかを、橋本はよく知っている。
「――まさか、コイツらだってのか? 」
「そのまさかよ、ヤツらが遂に動き出したの。転生者の中でも指折りの犯罪組織――“ウロボロスの尾”がね」
◇ ◇ ◇
氷牙とフリスタがパトロールを開始してから数時間後。
道中子供たちの雪遊びに付き合わされる羽目になったり、腰の曲がった老夫婦に雪かきの手伝いを要求されたりと、寄り道に寄り道を重ねた末、二人は一時休憩に突入していた。
近くの店で買った焼き立てパンと熱いコーヒーを手に、氷牙はベンチに腰掛ける。
「……………………」
「どうした、さっきから黙り込んで」
「…………転生者ってなんなんだろうな」
無意識のうちに、氷牙はそう口にしていた。
「なんだいきなり、話題振るにしても脈絡なさすぎないか」
「いや、さ。転生者って一度死んで特別な力を手に入れただけの、ただの人間なんだろ? なんであんなに傲慢になれるんだろうな」
「……………………」
「…………そんな奴ら、守る価値なんてあるのか? 」
今回の任務内容は“異世界転移者を人身売買の被害から救う”といったもの。つまり、彼ら転移者を守るということだ。
はっきり言って、氷牙は最初からこの任務に乗り気ではない。
元は現代日本に住まうごく普通の現代人だったはずなのに、転生というワンアクションを挟んだだけであそこまで良識を捨て去って欲望全開になれる理由がわからない。というか分かりたくない。
もし転生者があんな奴等ばかりだというならば、捕まえるのではなく片っ端から殺した方がいいんじゃないだろうか。わざわざ生け捕りにして更生の機会を与えたところで、彼らがまともになるとはどうしても思えない。
悪い転生者ばかりじゃ無いというのも理屈としては分かる。だが氷牙は“良い転生者”を知らない。そんな状態で転生者という存在を信頼しろというのが無茶な話だ。
「あー、もしかして君、転生者を嫌い始めてる? 新人には結構多いらしいんだよね。AMOREエージェントって仕事柄悪人とのエンカウントが多いからさ、それでだれも彼もが悪人に見えてしまって病んでしまうってのが」
「事実だろ」
「難しいな……こりゃあ実際にまともな転生者との触れ合いでもないと見方を変えるのは無理だぞ」
辛辣な氷牙の返答に頭を悩ませるフリスタ。
マトモな転生者の実例を知らない氷牙を相手に転生者の悪性を否定するのは骨が折れる。よっぽど弁が立つ人物でないと氷牙の考えを変えるのは難しいだろう。それならば、実際にマトモな転生者と引き合わせた方がまだ簡単な気がする。
フリスタはしばらく考え込んだ後、おもむろに口を開いた。
「今の君にボクから言えるのはこれだけだ。世界ってのは君が思っているほど腐り切ってるわけじゃない。性善説とまではいかないけどさ、せめて性悪説は捨てようよ」
「…………何が言いたい? 」
「よくわからないうちから一括りに悪者にするってのはよくないってこと。だってそうだろ、今の君がたまたま大凶を引き続けているだけかもしれないじゃん。だからさ、全ての転生者が悪いって結論づけるのはもうちょっと後回しにしてもいいんじゃないかな」
そう言いながら微笑むフリスタの顔を、氷牙は直視できなかった。
人によっては苦し紛れの言い訳にしか聞こえないのかもしれない。だが彼女の言葉は、今の氷牙にとっては必要なものなのだ。
たった数例で見切りをつけるのは早計。まだ考えるべきだ、と。
「さ、仕事といこうぜ」
フリスタは伸びをしながらベンチから立ち上がり、一歩先へと進む。
――その時。
「“フレイムシュート”ッ‼︎ 」
「ッ⁉︎ 」
ボグワンッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ と。
何処からともなく飛来した火球が、フリスタの身体を勢いよく押し飛ばした。
「フリスタッ⁉︎ 」
「ッ………………なんだ⁉︎ 」
火球に吹き飛ばされて積雪に頭から突っ込んだフリスタに、氷牙は慌てて駆け寄る。
一体誰が何を仕掛けてきた?
火球は結構派手に爆発したにも関わらず、フリスタは大した怪我を負っていないように見える。よくわからないが、その点だけは良かったと言えるだろう。
「くそっ、何処だ⁉︎ 何処から――」
臨戦体制に入る氷牙。
だが氷牙が行動するよりも早く、その喉元にナイフが突きつけられていた。
「おっと動くなよ、テメェらには人質になってもらわなくちゃあならないんだ」
「ッ……………………‼︎ 」
ぬっ、と氷牙の背後からローブに覆われた顔が伸びて来る。
いつの間にか、氷牙達は包囲されていた。
道端に積まれた木箱の陰から、雪の残った路地から、ぞろぞろとローブを纏った集団が姿を現す。一体何処にこれだけの人数が隠れていたのだろうか。
「リーダー、こいつマロメルク家のメイドですよ! 網張ってたら案の定、向こうから来てくれましたね! 」
「んふふふふふふふふ……この時を待っておったッ!! 」
コツコツと、乾いた足音を立てながら、ローブの集団の中から小柄な老人が現れる。
一見すると笑顔を浮かべた好々爺だが、よく見ると目が全く笑っていない。
完全に此方を値踏みしているかのような目付きだ。
「大人しくしてもらうぞ、AMOREの害獣」
そう言った老人の顔には、無理矢理貼り付けられたような笑み。まるでリアルな仮面でもつけているかのようだ。
一眼見ただけでわかる。コイツはヤバい。
コイツの言葉に従ってはならないと本能が叫んでいる。
故に、氷牙の行動は速かった。
「このっ! 」
「ばごっ…………」
氷牙は自身の首にナイフを突き立てていたローブの男に頭突きをくらわせてダウンさせると、
が。
それと同時に、老人がフリスタの頭に杖を突きつける。
杖の先端では、黒い電光がバチバチと激しい音を立てている。よくわからないが、恐らくアレに触れたらタダじゃすまない。
「抵抗するのは構わないが、彼女がどうなってもいいのかい? それが嫌なら大人しくすることじゃ」
「っ…………」
今の氷牙の実力でも何とかなりそうな相手だが、フリスタが人質になっている以上、迂闊に動けない。
「………………クソが」
仕方なく、氷牙は刃を下ろす。
今氷牙に出来るのは、悪態をつくことだけ。
「ふざけんな」
「威勢がいいのは口だけかァ? 正義の味方とやらはつくづく不便なもんだ、人質ひとり取っただけでこうも容易く縛り付けることができる。人質ってのは実に効果的だ、特に
老人が指を鳴らすと、ローブを纏った男達が手に縄を持って氷牙とフリスタに近づいてくる。
氷牙が抵抗すればフリスタに危害が及ぶ。そして氷牙は、こんな状況で動ける人間ではない。
「おいお前ら、よーく縛っておくんだぞ。薄汚ぇ異能者だ、何をしでかすか分からんぞ」
「分かってますよ。おらっ、大人しくしとけよ
「ッ……! 」
抵抗という選択肢を早々に奪われた2人は、なすすべなく縛られてゆく。
――正義の味方であるが故に、氷牙は戦わずして負けたのだ。
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