第28話 鍋+コタツ=親密度急上昇


マロメルク邸 廊下



 

 着替え終わった氷牙達はフリスタの案内の元、アスターの部屋へと向かっていた。

 

「うー寒っ、冷えるなぁ…………」


 コツコツと廊下を歩きながら、氷牙は身震いした。

 吹雪くほどの天候というのもあるが、この寒さの原因の半分くらいはオフショルダーのミニスカメイド服という服装のせいだ。

 極寒の湖に落ちたせいで着てきた服がびしょ濡れになり、代わりとして渡されたのがこのメイド服。人から貸してもらっているものだからあまり文句は言えないものの、やはり冷えるのは困る。


 そんな感じに寒さに苦しみながら歩く氷牙を、執事服スタイルのめぐるが揶揄からかってくる。


「そりゃあ寒いよな、オフショルダーにミニスカだもん。オレは好きだけどな」

「じゃあ交換してくれ」

「やだよ寒いじゃん」

「殴ってもよろしいでしょうかお嬢様ァ? 」


 氷牙がそう言って拳を出すと、めぐるはわざとらしくキャーと叫びながら氷牙から距離を取った。寒さで気が短くなってやがるのだ。


「てか格好だけならフリスタもほぼ同じようなもんだろ? 何で平気そうな顔してんだ……? 」

「ボクにとっては普段着みたいなものだからな」


 氷牙が服装について疑問を呈するが、おかしなことを聞くな、とでも言うかのような顔をするフリスタ。

 ……なんか納得いかない。


 無駄に広い屋敷の中を歩くこと数分。

 階段を上がり、二階へと足を踏み入れたタイミングで悠希がふと口を開いた。

 

「にしても、随分と現代チックだよね」

「……………………確かに」


 悠希の言葉に頷く氷牙。

 最初にこの世界に訪れた時には、普通のファンタジー系の世界なのかと思ったが、アスターの屋敷に足を踏み入れてその認識は覆った。

 なんせ、屋敷に普通に電化製品が置いてあるのだ。

 脱衣所には洗濯機置いてあったし、客間には馬鹿でかいテレビが置いてあったし、兎に角ファンタジーと現代文明が乱雑に入り混じっていやがる。世界観がバラバラすぎる。

 

「うちの世界は別世界との交流も盛んだからな、異世界の技術が流れてくるのさ。まあ家電はまだまだ高いから、庶民には到底手を出せないのが現状なんだけど」

「いや………………なんというか、夢の国で現実見せられた気分というか。テーマパークでゴミ箱とか見ちゃったような…………」

「わかるかも」

「この世界に来た人は皆そう言うんだ。まあ便利だからすぐ何も言わなくなるんだけどな」


 氷牙と悠希の困惑気味の反応を受けて、フリスタは苦笑する。やはり彼女もヘンだと思っているようだ。

 そうこうしているうちに、一行はアスターの部屋の前にたどり着いた。


「お嬢様ー、めぐる様達をお連れしましたー」


 フリスタはノックをしてから扉を開け、氷牙達に入室を促す。


「お、おじゃましまーす」


 おっかなびっくりしながら、氷牙は部屋に足を踏み入れる。

 そこに広がっていたのは、いかにも執務室といった感じの内装の部屋。クローゼットもソファーも、全てが華美なヨーロッパ風の装飾。

 だが何よりも目につくのは、部屋の中央に鎮座しているでかいコタツ。アスターはそこに入っていた。


「コタツだ…………」

「前にオレがあげたんだよ」


 洋風な部屋の中にどーんとコタツという和風要素がデカい顔して居座ってやがるので、なんだかチグハグ感が否めない。まるでハウジング要素のあるゲームのとかで適当に家具を置いた時のようだ。

 そして、コタツの上にはあったかい湯気を吐き出している土鍋がガスコンロ上に置かれていた。

 

「ここにくるまで吹雪の中を歩いてさぞ疲れたでしょう? そんな状態で任務遂行なんて到底無理無理。ここはひとつ、英気を養ってからにしませんか? 」

「鍋だ! 」

「我が領地で取れた山の幸をふんだんに使った鍋ですよ。ほら、日本人ってこういうの好きなんでしょう? クシャヒャヒャヒャッ」


 会話だけ聞いてたら親日家の外国人と話してるような気分になるんだが、彼女は外国人どころか異世界人だ。

 とはいえ、腹は減ってるし寒いしで氷牙にとっては渡りに船。ここは喜んで好意を受け取ることにしよう。


「フリスタも一緒にどう? 」

「ボクは一応メイドだ。主人と一緒というのは――」

「まあまあいいじゃないか。知れた仲だろ? 」

「主人であるワタシが許可します、どうぞお入りください」

「そう仰るならば…………」

「よし、じゃあ鍋パーティーといこうぜヒャーハハハハハハァッ! 」


 箸を高く掲げて高笑いをするアスター。

 かくして、どう聞いても団欒の場で出ないであろう笑い声と共に、鍋パーティーの幕が上がった。


 


   ◇    ◇    ◇


 


 そうして

 コタツに入りながら鍋をつつき合うことになった氷牙達。

 メイドという立場ゆえに最初は遠慮していたフリスタだったが、めぐるやアスターのしつこい誘いに根負けし、彼女も鍋囲みに加わることになった。


「ほらポン酢です。やっぱりきのこにはこれが合いますよねーっ! 」

「ポン酢まであるのか……ここって本当に異世界? なんかさっきから現代日本の味しか出てこないんだけど」

「故郷の味だぞ喜べよ」


 めぐるはそう言っているが、星間都市ネオスでいくらでも現代日本の料理は食べられるので、正直言ってあんまり喜びようが無い。

 というかなんでヨーロッパ風な異世界に来てまでコタツで鍋食ってるんだ? 感覚的には旅行先でチェーン店入って飯食ってるのと同じだ。


「しかしこの肉……なんの肉? 随分とぷりぷりしてるけど」

「ワイバーン肉ですね。煮てよし焼いてよしの万能食材なんですよー。ちなみにこっちは人喰いキノコで、そっちはポイズンフロッグの肝、こっちはアルティメットデス豆腐で――」

「まってそれ後半食べても心配ないやつかッ⁉︎ 」

「てゆーかアルティメットデス豆腐って何⁉︎ 名前すんごい物々しいんだけど⁉︎ 」


 アスターから鍋の具材の説明を受けた氷牙と悠希は、その明らかに危ない名前の数々に戦々恐々としてしまう。見た目は普通の鍋だから気づかなかったが、どうやら異世界食材たんまりと入っていた模様。

 当然ながら箸が止まってしまう氷牙達だったが、めぐるは慣れてるのかぱくぱくとキノコやら豆腐やらを摘んでゆく。

 

「ぎゃーぎゃーうるせーな美味いんだから別に――ごぶへぇっ‼︎ 」


 が。

 豆腐やらキノコやらを咀嚼していためぐるが、唐突に吐血しながらぶっ倒れた。

 

「ぎゃああああめぐるちゃんが吐血したあああああっ! 」

「えーとどれだ? キノコかカエルか豆腐か――どれにあたったんだ? まさかお嬢様、使用人達の食材チェック通さなかったのか? 」


 フリスタは慌てて鍋の食材をチェックし始めるが、どう考えても全部の食材が原因だろう。そもそも、名前にポイズンとかデスとか入ってる時点で危険でしか無いと思うのだが。

 ……まあ、めぐるは不死身だから毒飲んでも死なないのだが。

 事実、めぐるは顔が紫に変色しながらも普通に飯を食べている。いやもうちょっと慌てろよ。



 そんな感じで鍋パーティーが進んでしばらく経った頃。

 アスターがこんなことを訊いてきた。

 

「しかし…………氷牙さんって本当に男の子だったんですか? 」

「それしょっちゅう聞かれるよ…………まあ本当なんだが」


 一応ながら、9番隊“リンカーネイション”の面々は全員氷牙の性転換事情を知っている。

 まあ、男だったころの氷牙を実際に目にしているめぐるや栄華は理解を示してくれてはいるものの、そうでない悠希などは半信半疑なのが実情なのだが。

 とにかく、性転換云々に関しては説明がかったるいので、現時点ではチーム外にはほぼ伏せている。

 

「あんたは信じるのか、俺が男だったって」

「見ればわかるよ、細かい仕草とか雰囲気とかが完全に男のソレだ。ただガサツな女の子とは違う。それに――」


 アスターはそう言いながら、フリスタの方に目を向ける。


フリスタこの子もアナタと同じ、元男の子だから」

「なっ…………」


 氷牙と同じ――つまりは、フリスタも性転換した元男。

 自分と同じ境遇の人に出会った氷牙は、思わず目を丸くしてしまう。


「別に隠していたわけじゃない。それに性転換するってのは転生者によくあることだからな」

「よくあること……なんだ」

「あるよ。転生した時に性別が変わるのは序の口、人間以外の生物やモンスター、果てには器物に転生しているやつだってゴロゴロいるんだからさ。AMOREにもそういう輩がいるからさ、機会があったら一緒に仕事する機会があるかもだぜ」


 めぐるはそう言うと、鍋から肉をつまんで口に入れる。

 ……先程毒物摂取して吐血したくせによくもまあ堂々と食べるものだ。不死身だから大丈夫だとはいえ、悶え苦しむ姿を見せられた氷牙達の気持ちを少しは考えてほしい。

 と、ここでフリスタのカミングアウトが挟まる。

 

「ちなみにボクは前世は普通の人間だったが、今はハーフエルフだ」

「あ、ほんとだ。耳とんがってる」

「エルフって実在したんだ……」


 フリスタは髪を上げて自らの耳元でを晒す。そこには、見るからに尖った形をした耳がついていた。

 それを見た氷牙は、思わず息を呑む。

 最初に目にした時から何となく浮世離れした雰囲気だとは思っていたが、まさかハーフエルフだったとは。

 現代人からすればエルフは空想の存在。氷牙も悠希も、生エルフを目にするのははじめてなので、ついついフリスタを注視してしまう。


「ねえねえ、フリスタちゃんはなんでアスターさんのメイドになったの? 」


 フリスタのカミングアウトを聞いて好奇心が抑えきれなくなったのか、悠希はさらに突っ込んだ質問をフリスタにぶつける。

 フリスタは少し考えた後、

 

「…………助けられたんだ。転生後、早くに今世での親を亡くしたボクは奴隷商人に捕まり商品として売られそうになった。何とか逃げ出したものの行き倒れ――そこでマロメルク家に拾われてメイドになったんだ」

「奴隷っ…………⁉︎ 」


 奴隷。

 現代日本で生まれ育ってきた身としては縁のなかったその単語に、氷牙と悠希は思わずギョッとしてしまう。

 

「この世界では珍しくないことさ。でもまあ、この国では奴隷は違法だから見つかったら即アウトなんだけどさ」

「我が家では似たような境遇を抱えた子を何人か使用人として雇う形で保護してるんです。それ故に奴隷商人達の恨みを買ってしまい…………」


 アスターはそう言いながら、一枚の手紙をポケットから取り出す。

 手紙は日本語や英語とは全く異なる未知の言語で書かれているものの、腕の転移装置に内臓された翻訳機能によって、氷牙は問題なく読むことができた。


 ――マロメルク家に告ぐ

 これ以上我々の邪魔をするというのならば、実力講師に出るほかないだろう。

 余所者共に媚を売る売国奴ならぬ売界奴には天罰を下してくれる――


 その手紙の内容は、明らかに――

 

「これって…………脅迫状っ⁉︎ 」

「ああ。奴等からすれば我々は商売を潰す憎き相手。何としても排除したがるだろうさ」

「ここ最近このような脅迫状が大量に送りつけられたり、魔物とかの死体を敷地内に捨てられたり……この間に至っては領民に危害を加えようとしていました。いくらなんでもここまでされては黙っているわけにはいかないですよねぇ…………クヒヒヒヒッ」

「だからAMOREに依頼を出そうとしていた、と」

「ああ」


 めぐるの言葉に頷くフリスタ。

 奴隷商人からすれば、マロメルク家は自分達の食い扶持を潰そうとする邪魔者――というのはわかるが、よくもまあ領主相手にそこまでやるものだ。

 氷牙達は奴隷商人達の執念深さに呆れ返るしかなかった。


「どの道、転移者共を救わにゃならねーんだ。この際大本ぶっ潰しちまおうぜ。まあ大船に乗った気分でいろよ、オレ達がいりゃあなんとかなるっての」

「そう言ってくれると思ってました。ワタシ達も可能な限り協力しますので、明日から本格的に動き出しましょう」

「おう、今回は共同戦線ってことにしようじゃないか。後輩たちのことはお手柔らかに頼むよ」

「……もうボコボコにした後なんですけどね」


 鍋からたちのぼる湯気越しに、固い握手をするアスターとめぐる。

 ここに今、AMOREとマロメルク家の共同戦線が結成されようとしていた


 

 

 内容:違法奴隷商人の捕縛

 ――任務開始。

 

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