第27話 可愛い娘にはお洒落させよ、そしてひん剥け


 一時間後 マロメルク邸


 氷の張った湖で寒中水泳をやらかして、あわや凍死寸前になった氷牙達がどうなったのかというと――

 

「あだだだだだだだだだあっだがいいいいいいいいいいいいいいっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ 」

「だだだだだずがっだよぶりずだぢゃんんんんんんんッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

「ああ〜生き返るんじゃ〜」


 現在、ストーブの熱に当たりながら生を実感していた。

 それはもう無茶苦茶に生を噛み締めていた。

 

 あの後、たまたま近くまで迎えに来ていたマロメルク家メイド長・フリスタに助けられ、ストーブで炙られることでなんとか生きながらえる事ができた。

 氷牙も悠希も全身がかじかんで唇がうまく動かないし、めぐるも先程からガタガタ震えまくっている。先程まで寒さなんかへっちゃらだと息巻いていたのはなんだったのか。


「はいココアだぞ。ったく、何やってるんだよ……」

「あ、有難くいただきますね…………あーあったかいよぉ! 」

「こんなに美味しいココアは生まれてはじめてだぁ……」


 フリスタから温かいミルクココアをいただいた氷牙達は、その温かさに歓喜しながら口をつける。

 芯まで冷えていた身体に、僅かばかりの温かさが戻ってくるのを感じる。


「ほら、それ飲んだらひとまず風呂入ってあったまってこい。風邪引いたら任務どころじゃないだろう? 」

「そうだな。じゃあお言葉に甘えさせてもらうとするぜ」

「服びしゃびしゃだもんねー……ふえくしっ」


 悠希の言う通り、湖にダイブしてしまったせいで全身びしゃびしゃだ。こんな状態ではホットココアなんて焼け石に水。やはり芯からあったまるには風呂しかない。

 氷牙達はフリスタからの提案に喜んで乗っかることにした。

 


    ◆     ◆     ◆



 ――氷牙は失念していた。

 風呂に入ることが、何を意味するのかを。





「おーう氷牙ちゅわあああああああああああああああああん魎魑魑魍魅魍魅りょうちちもうみもうみパラダイスさs

「“自由断在カッターライフ”ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

「ずぼべぶどっぱっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」


 入浴タイムのスタートと同時に、氷牙の裸体へとダイブしようとするめぐる。

 が、それを読んでいた氷牙は“自由断在カッターライフ”で容赦なくめぐるをバラバラにしてやった。


 “自由断在カッターライフ”によってめぐるは一瞬で胴体を切り刻まれ、浴場のタイルに色鮮やかなブラッディアートが顕現する。

 その光景を、悠希は湯船の中から呆気に取られながら眺めていた。

 

「うわーお汚い花火…………」

「血色はいいと思うんだけどなぁ」


 胴体を切り飛ばされ、生首だけになって湯船にぷかぷか浮かび上がるめぐる。やった本人である氷牙が言えたことではないが、血色良かろうとスプラッターはダメだと思う。

 

 少し前にめぐるが不死身と判明して以降、セクハラ大魔王めぐるに対する氷牙の制裁が割と容赦なくなった。まあ、打ち解けてきたというのも多少あると思うのだが。

 今のように平気で“自由断在カッターライフ”で切り刻むのはもちろん、殴る蹴るは日常茶飯事。氷牙自身、まさか自分が暴力系ヒロインになるとは思っていなかったので、現状には割と不満ばったりだったりする。

 そんな有様でも、他人からすれば「喧嘩するほど仲が良いのね〜っ」と一蹴されそうなのが以下略。


 それはそうと、だ。


「じー……………………」

「……………………えっとなんでしょうか悠希さん? おっぱい凝視して」

「……………………何がとか言わないけどおっきいね」

「充分目で語ってるんだよなぁ」

 

 先程から悠希が氷牙の胸をガン見してきている。

 いくら今は同性だといっても恥ずかしいものは恥ずかしい。氷牙だって好きでこんな身体になったわけではないのだから。

 氷牙は悠希止めを合わせないように必死に顔を逸らしながら、彼女の話に耳を傾ける。


「氷牙ちゃん、背も高くてスタイルも良くて美人でさぁ、ほんと憧れちゃうよね。わたしなんか胸だけ無駄におっきくてさ……なんか、羨ましいかも」

「そうそう、氷牙はもっと自分の身体に自信を持つべきなんだぜ? もちろん悠希もだがな」

「うおわあっ⁉︎ 」


 いつの間にか氷牙の隣には、肉体が完全に再生されためぐるが悠希の発言に同調していた。

 先程まで生首状態で湯船を漂っていたというのに、いつの間に復活したのだろうか。さすが不死身というべきか。

 

(……あ、これまずい)


 だが、氷牙にとっての問題点はそこではない。

 めぐるが復活したことで、氷牙は悠希とめぐるに挟まれる形になってしまっている。

 つまるところ、目のやり場がない。

 星間都市ネオスにある寮では、栄華がめぐるの侵入をブロックしてくれてたおかげで安全に一人で入浴ができていたのだが、今回はそうはいかない。


 詰みであった。

 右向いても左向いても女体がある。それもかなりナイスな部類の。

 女の子との入浴がこんなに落ち着かないものだったなんて知りたくなかった。もしかすると氷牙が知らないだけで、女の子同士の距離感は近いのがデフォルトだったりするのだろうか?

 というか何でこいつらはこのだだっ広い浴場でこうも固まってくるんだ。広さが勿体なさすぎる。

 

「…………あれ、氷牙ちゃん固まってない? 」

「多分恥ずかしがってんのよ。ほら、だって氷牙ってウブだから」

「っ、当たり前だろ⁉︎ 俺は男だぞ⁉︎ 」


 これ以上長居したら色々ともたなくなりそうだと判断した氷牙は、さっさと風呂から上がろうと立ち上がる。

 が、めぐるが腕を掴んできた。


「勿体ないなぁ。せっかくの美少女二人との入浴だぞ? もっとグヘヘと喜ぶシチュエーションだと思うんだけどな」

「俺みたいな草食系には刺激が強いんだっての! つーか充分あったまったんだからもう上がっても問題はないだろ! 」

「駄目だ駄目だ全然駄目だ。もっとやろうぜ、裸の付き合いってやつをナァッ‼︎‼︎ 」


 そう言いながら。

 

 


「なっ――――」


 逆セクハラ。

 予想だにしなかったその一撃で、氷牙は完全にフリーズしてしまっていた。

 

「どうだ」

「え」

「触り心地を聞いてんだよ」

「うるせぇよこの糞痴女がっ! 最悪に決まってんだろ揉みたくねぇもん揉まされてんだからよォッ‼︎ 」


 手のひら越しに伝わってくる柔らかな感触と理性の狭間で悶え苦しみながら、なんとか正気を保って氷牙はめぐるに立ち向かう。

 淫乱ピンクもとい淫乱パープルと化しためぐるのパワーはかなりのものであり、掴んできた手を振りほどこうにもびくともしない。


「ずっ、ずるいよ氷牙ちゃん‼︎ わたしまだめぐるちゃんのおっぱい揉んだことないのにっ‼︎ 」

「嫉妬しないでくれないかなぁ⁉︎ 」

「隙ありィッ! 」


 悠希の的外れな嫉妬に氷牙がツッコミを入れた隙をつき、めぐるが氷牙のもう片方の腕も掴み、同様に自身の胸へと触れさせた。

 これで氷牙の両手が塞がってしまったし、手のひらから伝わる胸の触感も倍に。

 早い話、詰んでいた。

 

「はわわわわわわ…………」

「さあ楽しもうぞっ、満足しようぜ氷牙ぁっ! 」

「台詞だけ聞いたら完全に悪役だああああああああ誰か助けて俺変態になりたくないいいいいいいいいっ! 」


 万事休す(氷牙の貞操が)。

 このままでは氷牙がおっぱい魔人のレッテルを貼られかねないし、何より恥ずかしさで意識が飛びそうだ。

 悠希は完全に赤面してフリーズしていて役に立ちそうにない。どうすればいいんだ。


「ああああああヘルプミィイイイイイイイイイイイイッ‼︎‼︎‼︎ 」



 

 


 その時、救いは訪れた。

 バンッ‼︎ と勢いよく浴場入り口の扉が開け放たれ、そこからフリスタが姿を現した。


「げ」

「あんたはっ……」

「一応客人とメイドっていう立場の差があったからから、あれこれ言いすぎるのはあれだなーって思ってたから静観してたんだけどさぁ」


 氷のように冷たいフリスタの双眼が、めぐるを正確に射抜いている。

 その目に晒されためぐるは、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。

 そして。

 


「――人の家で逆セクハラはご遠慮願いましょうか、輪道めぐる様」


 

 直後。

 めぐるの悲鳴が大浴場にこだました。

 





    ◆      ◆      ◆



 こうしてなんとか貞操の危機を脱した氷牙。

 着てきた服が濡れてしまっているため、フリスタに用意してもらった着替えを受け取り、それに着替えることになった。

 ちなみに浴場でのアレコレを考慮した結果、全員別々の部屋で着替えることになった。氷牙からすれば大変ありがたい。


 

 そして今。

 南氷牙は、姿見の前に立っていた。

 別に女体化した自分の身体に興奮しているわけではない。


「まさかメイド服を着る羽目になるとは……」


 鏡の前に立った氷牙は、鏡に映った自分の姿をまじまじと見つめる。

 ヘッドドレスもエプロンもフリルたっぷり、おまけに肩出し+ミニスカ+ガーターベルト+ニーソときた。こんなもん現実ではコスプレイヤーぐらいしか着ないだろう。

 

 一番悲しいのは、鏡に映ったメイド服姿がめちゃくちゃ様になってしまっている点だ。

 今の氷牙は誰がどう見ても“ちょっと儚げな白メイド”だ。きっと世の男どもは皆欲しがる事だろう。

 セーラー服の時点でだいぶ怪しかったけど、これで男だったと言い張るのは無理じゃなかろうか。


「駄目だ、男としての尊厳がどんどん崩れていくような気がする……」

 

 先程のお風呂の件といい、メイド服を着るのにさほど手間取らなかったことといい、日に日に精神こころの在り方が取り返しのつかない方へと転がり落ちている気がして仕方がない。

 世の中にはTS娘が心身ともに女に染まることを熱望する紳士淑女が大勢いるのは存じているが、氷牙には彼らの願いを受け止めるつもりは全くない。世の中には堕ちたくないTS娘だっているのだと言ってやりたい。


「…………さっさと部屋を出よう」

 

 兎に角、鏡を見てたら気分が重くなる一方だ。

 氷牙は

 そこには、

 

「あっ、氷牙ちゃん」

「悠希…………」


 クラシック風メイド服に身を包んだ悠希が佇んでいた。

 氷牙みたいに無駄に肌が出ていないし、背後の窓から差し込む陽の光も相まってか、どこか奥ゆかしい雰囲気が感じられる。


「――なんでお前はクラシック風なんだよ。無駄に露出の多い俺の気持ちを少しは考えてくれ」

「似合ってるしいいじゃん。氷牙ちゃん背高いからなー、すごい有能そう」

 

 褒められてもちっとも嬉しくない。

 いくら着る服がないからとはいえ、メイド服は落ち着かない。

 早く服乾かないかなぁと思いながら、隣の部屋で着替えているであろうめぐるを呼びに向かう。


「おーいめぐる、まだ着替え終わってないのか――」


 扉越しに声をかけながらノックしようとしたその時。


「ヘーイレディースエーンドジェントルメーンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! お楽しみサービスシーンはこれからだっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

「どぶなっ⁉︎ 」

「氷牙ちゃんっ⁉︎ 」


 勢いよく扉が開け放たれ、氷牙は窓際まで吹っ飛ばされた。

 

「だ、大丈夫? 」

「痛えっ…………! 」

「待たせたなお前ら、見ろよめぐるちゃんの可憐なる姿をっ! 」

「何が可憐だッ、てかなんでお前は執事服なんだよ⁉︎ 」


 そう。

 ノリノリで扉を開けて現れためぐるは、メイド服ではなく執事服を着ていた。

 元々首から上は中性的だったのもあってか、殴りたくなるレベルでよく似合っている。サラシかなんかでちゃんと胸を潰してあるのも腹立つ。


「メイド服はアスターから腐るほど貰ってるから正直着飽きてるんだよね。たまには男装ってのも乙なものだろ? ほら、惚れてもいいんだぜ」

「惚れましたっ! 」

 

 恋は盲目とはよくいうが、めぐるにベタ惚れの悠希を見ていると、恋に効く目薬とかが必要になってくるんじゃないだろうかと思えてくる。

 ――目を覚ませ、お前の目の前にいるのは正義のヒーローぶったただの変態だぞ。


「………………アカン」


 何でこんな時に限って栄華がいないんだ。

 氷牙ひとりでこの馬鹿二人の手綱を握れるわけがない。

 …………非常に先が思いやられそうだ。

 

 

 





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