第26話 Present from Kehyalist
場所は変わり、ショッピングモール内のフードコート。
「皆様はじめまして。わたくしはアスター・マロメルク。先程はごめんなさいね。めぐるさんのチームに新人が入ったって聞いたから、ちょっとばかり気になっちゃって。力量を測らせてもらいました」
「専属メイドのフリスタだ。先程はお嬢様が大変失礼な真似をした。ボクから謝罪させていただきたい」
男装少女・アスターとそのメイド・フリスタからの謝罪を、氷牙は仏頂面をしながら受け取っていた。
アスターは最初に出会った時のように、お淑やかな雰囲気を取り戻している。先程までケヒャヒャヒャ笑いながら殺しにかかってた奴と同一人物とは到底思えない。
戦闘の間アスターのかけていた人払いの魔術は既に解かれており、ショッピングモール内は先程の喧騒を取り戻している。戦いで壊した壁や床も魔道具で修復済み。
まるで先程の戦いが単なる悪夢だったのではないかと思えるほどに、戦いの痕跡は綺麗さっぱり消えていた。
「顎痛い…………砕けてないよね? 」
「大丈夫だよ、人間案外頑丈なもんだし」
顎にどぎつい掌底をくらってダウンしていた悠希は、涙目になりながら腫れた顎をさすっている。
…………が、その目はしっかりとアスターのことを睨んでいる。
恋愛経験ゼロの氷牙でもわかる。あれは恋敵を見る目だ。
「あのー、なんかめぐるちゃんと親しそうに見えるんですけど、一体どういうご関係で? まさか愛人? 」
「めぐるさんはワタシが小さい頃から遊んでくれたりしてたんです。ワタシにとっては親戚のお姉さんと言うべき存在ですね」
「後半何適当なこと言ってんだ。お前みたいな血族持った覚えねーよ」
近くの店でテイクアウトしたハンバーガーを貪りながら、めぐるはアスターの発言にツッコミを入れる。
少し目を離せば何かしら食べてるような気がするのだが、氷牙の気のせいだったりするのだろうか。
「マロメルク家は
「そうですねェ、AMOREの方々とは父の代からの縁でして、ホントによくさせていただいてるんですよネェ。
ちなみになんですけど、わたくしの姉もAMOREのエージェントをやっているんです。もしお仕事でお一緒することがありましたら、仲良くしてあげてくださいね」
「は、はぁ…………」
笑みをうかべたアスターに握手を求められ、恐る恐るそれに応じる氷牙。
――駄目だ、いつまで経っても先ほどのケヒャリストっぷりが頭から離れないせいで怖く感じてしまう。一刻も早くこのお嬢様の皮被った危険人物から離れたくて仕方がない。
「…………で、今日はなんの用件で? 」
「めぐるさんがお仲間を引き入れたって聞いたので、ちょっと覗きに来たんです」
「それだけじゃないだろ。うちの可愛い後輩ちゃん達ボコボコにしておいてそれはねーよ」
「てへっ☆ 」
「微塵も誤魔化せてねーぞ」
可愛げが全くないアスターのてへぺろに、めぐるの容赦ないチョップが炸裂する。
ともあれ、だ。
これ以上しょーもない雑談未満のやり取りを続けても時間の無駄にしかならないので、いいかげん本題に入ることにしよう。
氷牙達の目線からそれを感じとったのか、アスターは真面目な顔つきになって話し始める。
「じゃあ、本題に入りますね」
「おう」
「まずなんですけど、ワタシの世界にはちょくちょく異世界からの転移者がやってくるんですヨ。頻度的には月に1~2人くらい」
「割と多いなっ⁉︎ 」
早速ツッコミ所さんが出てきやがったので、氷牙は反射的にツッコんでしまった。
転移者。
異世界に来ている、強力な
まあ、転生者も転移者も他者からすれば大して変わらないので、雑にひとまとめにされているのが実情だ。
にしても、月一はちょっと高頻度ではないだろうか? 恐らくだが、転移者個々の出身世界は異なっているので、個々の世界で見ればごく少数なのだろうが。月刊誌みたいな感覚で異世界から迷い込んでくるとか、多分世界からすればいい迷惑なんじゃないだろうか。
「ですが最近、異世界にきたばかりの人を捕まえて奴隷として売り飛ばすクソ野郎どもが増えてまして。ワタシの手の者達も頑張って取り締まりやパトロールをしてくれていますが、いかんせん大元を叩かなくてはどうしようもなく……本日星間都市ネオスに赴いたのも、それを依頼するためなんです」
「なーるほどね」
アスターの話を頷きながら聞いていためぐる。
対して悠希は、アスターの言ってる内容がピンときてないらしく、ぽんぽんと肩を叩いてめぐるに尋ねる。
「めぐるちゃんめぐるちゃん、異世界人を売り飛ばすって…………ガチなんですか? 」
「ガチだよ。異世界から来たばかりだから誰にも頼れないし、異世界の常識すら知らない。故に簡単に騙せるし、捕まえても誰も騒ぎ立てない。その手の輩からすりゃあ格好の的なんだよ」
「はえ~意外。異世界に来たら誰もが皆ヒャッハーやってるもんかと」
「転生者全員が心臓にモヒカン生えてるわけじゃないんだって。良識持った転移者や平和に暮らしたい転生者――そういった人たちを守るのもAMOREの仕事なんだぜ」
めぐるの説明を聞いた悠希は、ほうほうと興味深そうに頷いている。
だが、氷牙はどこか納得がいかなかった。
「転移者を守るって…………」
「オレ達AMOREは転生者を倒すことだけが使命じゃない、異世界転生の秩序を守ることが使命だ。よく覚えとけよ」
「……………………」
めぐるに諭され、氷牙は沈黙する。
彼女の言っていることはわからなくもない。
だが、
(転生者に守る価値なんてあるんだろうか? )
どうしても、氷牙はそれに同意できない。
氷牙の頭の中では、今でも”無限軌道機界オーバーヘブン”の世界での出来事がチラついている。
あの世界では、ひとりの
転生してまでたったひとりの人間を苦しめるあの狂気が、今でも恐ろしくて仕方がない。
…………あんな光景を見た後で、転生者を守る気持ちが湧く奴なんかいるのだろうか? 少なくとも、氷牙はそこまでヒーローに徹することはできない。
「で、どうします? 依頼受ける? 」
アスターからそう問われためぐるは少し考えてから、
「まあお前とは結構長い付き合いだしな…………よし、その依頼オレ達が受けるぜ」
そう答えながら、アスターの手を取った。
めぐるの返答を聞いたアスターは、嬉しそうに微笑みながらめぐるの手をがっしり握りしめて、腕を引きちぎるほどの勢いでぶんぶんと振り回した。
「そう言うと思ってたんですよねぇ〜〜ッ‼︎ じゃあ準備が出来次第で構いませんので、ワタシの屋敷に来てくださいね〜〜っ! 」
「急にケヒャるなよ、氷牙ちゃん達引いちゃうだろ」
「はいはいアスターお嬢様、お家に帰ろうなー」
「あーフリスタ引っ張らないでくださいましああああめぐる様ぁーっ! 」
めぐるにやや強引に腕を振り払われたアスターは、傍らに控えていたメイドのフリスタに引きずられながらその場から消えていった。
――なんというか、嵐のような奴だった。
◆ ◆ ◆
かくして、アスターの依頼を受けることになったチーム・リンカーネイション。
橋本や栄華との事前ブリーフィングを済ませ、腕時計型の次元転移装置でアスターの住まう世界、”FW-1865:超魔世界アルタードゥーム”へと赴いた。
が。
転移早々、氷牙は依頼遂行に赴いたことを後悔した。
「寒っっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」
「身体が凍るエターナルフォースブリザードが全身を貫くホワイトホール白い視界がまっているウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウううううっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」
次元転移が完了して開口一番、氷牙と悠希は全身をガタガタ震わせながらそう叫んだ。
氷牙達の目の前に広がるのは、視界一面の銀世界。
ブオンブオンと鼓膜を突き破る勢いで吹き荒れる吹雪の中を、氷牙達は進まされていた。
一応事前に防寒具は用意してきたものの、待ち受けていたのは防寒具の性能を遥かに凌駕する過酷な環境。気分は完全に八甲田山、ちょっと気を抜いたら凍死体まっしぐらだ。
が、そんな中でもめぐるはいつも通りだった。
AMORE制服とミニスカート(生足)という格好で吹雪の中を鼻歌混じりで歩く姿は、見ているだけですさまじく寒く感じてしまう。
「どーしたお前ら、もうちょい歩くスピードあげられないのか? 」
「めぐるちゃんはなんで生足だして平気なんですかぁ……」
「そりゃあ風の子だからね。ったく、最近の若者は軟弱すぎるんだよなぁ」
めぐるはそうほざいてはいるが、軟弱とかで片付けられる寒さじゃないだろコレ。短パン小僧が凍死するレベルだ。
調子に乗って上着を脱いでぶんぶん振り回しながら先先進んでゆくめぐる。その後ろ姿を見ていたら、氷牙はなんだか腹が立ってきた。
そして、寒さが限界になった時。
氷牙は爆発した。
「八甲田山なら一人でやってろッ‼︎ つーかお前この世界来たことあるんだったら教えてくれたっていいだろっ⁉︎ 」
「寒がってる氷牙ちゃんが見たいなーって思って」
「ふざけんなテメエ身ぐるみ全部俺達に寄越しやがれッ!! 不死身なんだから凍死しようが問題ないだろッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」
「きゃーこわーいてゆーかえっちっ! 」
氷牙は寒さにガタガタと震えながら、すたこらと逃げ出しためぐるを追いかける。
普通の人間とは異なり不死身のめぐるは、凍死のリスクがない。極論、彼女から服全部剥ぎ取ってその分を氷に達にまわせば解決するのだ。
普通ならばこんなことをするはずのない氷牙だったが、この時、限界を超えた寒さが氷牙から正常な判断力を奪い去っていた。
「ちょ、ちょっと待ってよーっ! 」
猛吹雪の中追いかけっこをおっ始めた2人の後を、慌てて追いかける悠希。ここで2人を見失ったらガチで遭難する。悠希はひとりぼっちで死にたくない一心で雪の上を駆けて行く。
そうして3人が走ること数分。
ぴたっ、と。
不意にめぐるが立ち止まる。
怪訝そうな顔をしながら追いついてきた氷牙達に、めぐるは問いかける。
「………………なあ氷牙」
「ん? 」
「今オレ達の立ってる場所をよく見てみろ」
そう言ってめぐるは足元を指差す。
何が言いたいのだろうか?
足元と言っても、そこには氷が――
「あ」
氷牙がめぐるの言わんとしていることに気づいた次の瞬間。
パキパキパキパキパキパキパキパキベリンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。
世界が壊れていってるんじゃないかと思ってしまうほどに激しい音を立てて、氷牙達の足元が砕け散った。
そう。
彼女達がいたのは凍った湖の上だったのだッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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