第25話 野生のケヒャリストが現れた!




 ――それが、あまりにも唐突過ぎた。


「ゲーッヒャハハヒャヒャヒャヒャッ‼︎  貴女方にはちょっとばかし惨殺死体になって頂きたいんですよねえッ!! ちなみにですけど反対意見はYESと捉えますので以下宜しくッ‼」

「ッ、なんだ⁉︎ 」

 

 男装少女は狂ったように笑いながら、氷牙達へと襲いかかる。

 咄嗟にベンチから立ち上がり、一歩後ろに下がる氷牙。

 直後、少女の両腕のブレスレットが激しく光ると共に、凄まじい強さの突風を巻き起こし、氷牙の身体を大きく吹き飛ばした。


「ぐあああああっ⁉︎ 」

「氷牙ちゃん⁉︎ 」


 吹っ飛ばされた氷牙は、近くの観葉植物を薙ぎ倒しながら床に放り出される。

 慌てて駆け寄った悠希に起こされながら、氷牙は男装少女の方を見る。


 一体何だっていうんだ?

 親しげに話しかけてきたと思ったら、品のない笑い声をあげながらいきなり殺しにかかりやがった。まるで物語のチャプターをひとつまるまる飛ばして観てしまったかのような感覚だ。前後の出来事が全く繋がらない。


「なっ、なんなんだよいきなりっ⁉︎  」

「だーかーらぁ言ってるではありませんか、ちょっとばかりスプラッター映画の被害者Aに貰いますってねェッ‼︎ 」


 少女はそう言うと、スーツのボタンを外しておっ広げる。

 すると、スーツの内側からボトボトと人間の手首らしきものが何個も落ちてきた。


「いっ⁉︎  」

「きひひひひっ、これくらいで驚かれちゃ困るんですよねェ……ほら、お逝きなさい麗しき右の愛人ハンドレッド達」


 少女は不気味に笑いながら、床に落ちた手首を軽く蹴る。

 すると、手首の断面から猛烈な勢いでなく何かが噴出し、まるでミサイルのように氷牙達めがけて射出された。


「うわあああああああああああああああッ⁉︎  」

「くそっ、なんなんだよっ! 何がどうなってんだよっ! 」


 氷牙は悠希を逃しながら、自らの異能・“自由断在カッターライフ”の力を宿した双剣を顕出させると、飛んできた手首達を次々と斬り伏せる。

 防御不可能の斬撃によって切断された手首達は、床に落ちた途端ボロボロに崩れ去ってゆく。

 が、少女は全く狼狽しない。

  

「もういっちょいきますかな」


 少女は不気味な笑みを浮かべると、スーツの裾から一枚のカードを取り出し、それをぐしゃりと握りつぶす。

 すると、猛烈な熱風が周囲に吹き荒れ、氷牙の身体を押し上げる。

 皮膚を焦がすような熱と衝撃が、氷河の表皮に容赦なく叩きつけられる。

  

「またっ…………! だが同じ手はッ! 」


 氷牙は吹っ飛ばされながらも空中で体勢を整えると、壁を蹴ってその反動と共に一気に少女の懐に斬り込みにかかる。

 殺したくはないが、やらなければこっちが殺される。

 火事場の馬鹿力とでも言うべきか、普段の氷牙の技量では絶対にできないであろう動作を連発しながら、氷牙は男装少女へと肉薄しようと試みる。


「おらあああああああああああああああああああああッ‼︎‼︎ 」


 男装少女はその場から動かなかった。

 否、彼女は今から回避行動をとったところで間に合わないことを察していたのだ。

 触れたものをなんでも切断する、防御不能の一撃。

 それが、少女の頭を斬り裂く。

 

 

 ――筈だった。


「いい太刀筋だ、感動的だな。だが――無意味だ」


 バキンッ‼︎‼︎‼︎‼︎  と。

 少女の眼前で、自由断在カッターライフの刃が見えない何かに弾かれた。


「なんっ――」


 ありえない。

 自由断在カッターライフは触れるだけであらゆるものを切断する異能の刃。

 それが弾かれるということ自体が、決して起こりえない――筈だ。

 困惑する氷牙に、少女の批評が降りかかる。


「なんでも斬れるって触れ込みだけど、この程度の防壁を破れないんじゃあ詐欺もいいところだよ」

「コイツ…………“自由断在カッターライフ”の事を知っている⁉︎ 」


 いつのまにか、少女の目の前には半透明の魔法陣のようなものが展開されていた。

 それが、少女を守っているのだ。

 

「あなた…………魔術師? 」


 展開された魔法陣を見た悠希は、少女に問いかける。


 ――魔術。

 自らの生命力を魔力に変換し、超常現象を巻き起こす技術。

 そして、氷牙の生きていた世界においては架空の存在だったモノ。

 AMORE入隊に際してめぐるからその存在については軽く説明されてはいたし、AMOREに入隊してからの半月間でも度々魔術師と戦うことはあったので、魔術の存在そのものに関してはもう慣れてしまっている。


「そ。でもワタシはどちらかというと、魔道具だよりだからさ。あんまり魔術師っていわれてもしっくり来ないんですよネ」


 少女は自嘲気味にそう言ってはいるものの、相当な実力者なことには変わりない。

 

 一体彼女は何者だというのだ?

 氷牙達の能力を知っていて、おまけにそれらを完全に防いでしまう実力を持っている。

 まさか敵?

 だとしても、AMOREのお膝元ともいえる星間都市ネオスでわざわざ騒ぎを起こす理由はなんだ?

 考えてもさっぱりわからない。

 

「ちなみにですけど、既に人払いの術式を貼ってあるので、ここにいるのはワタクシ達だけです。さ、思う存分戦いましょう? 」

「人払い……? 」

「ええ。こんだけ派手にやっておきながら人的被害ゼロなのは変だと思いませんでしたか? 」


 そう言われて氷牙はあたりを見渡す。

 そこで、ようやく気付いた。

 ついさっきまでは大勢の客でごった返していたはずのショッピングモールが、完全に静まり返っている。


 めぐるに聞いたことがある。

 AMOREには、転生者との交戦によって生じる人的被害を減らすために使われる人払いの手法がいくつか存在すると。

 少女が使っているのはそのうちのひとつ。魔術的な人払い。

 結界を張って内部の生物を軽い暗示状態に置くことで、無意識のうちに無人の空間を生成させるものだ。

 

「さ、続きといきましょうか。心配は無用です、魔道具の貯蔵は充分なんでねェ…………クヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」


 少女はそう言いながら上着をおっぴろげて内側を曝け出す。

 そこにあるのは、ルーン文字の書かれたカードにプリズム球に銀のナイフに小さな指輪――その全てが、魔術その道に精通している者が目にすれば、一瞬で戦意喪失してしまいかねないほどの魔道具シロモノ

 所狭しと収納されていた。

 

 当然ながら、氷牙達は知る由もない。

 魔術を空想オカルトとしてしか認識してこなかった現代人では、彼女には勝てない。


「まずは此方を使用します――そう、銀の霹靂ロードスターッ‼︎ 」

 

 少女はスーツ内にしまっていた数々の魔道具の中から、小ぶりな銀製のナイフを得意げそうに取り出す。

 彼女が何をしようとしているのか、氷牙には皆目見当がつかない。

 だが、先ほどまでの曲芸じみた戦いっぷりからするに、彼女の行動を阻害しなければ更なる脅威が降りかかるのは明白。


 故に、氷牙は即座に駆け出していた。

 少女が次のアクションに映る前に一撃をくらわせるッ‼︎


 が。


 少女がナイフの先端を氷牙に向けた直後。

 バシュッ‼︎‼︎ と、氷牙の左肩から鮮血が噴き出した。


「……………………え? 」

「なんということでしょーか! 切先を向けるだけで血が出ましたー不思議ですねぇ! 」


 少女はおちゃらけた言動をしながら、ナイフで空を掻き回す。

 その度に,氷牙の肩にできた刺し傷が押し広げられ、鮮血が漏れ出す。


「がっ………………! ああっ! 」


 激痛に襲われ、氷牙の体勢が崩れる中、少女はスーツの内ポケットからテニスボール程の大きさのプリズム球を取り出し、自らの頭上に掲げる。

 

影刷りの疑似太陽ロックオブシャドーッ! 」

「なんっ――」


 直後、プリズム球から目が眩むほどの閃光が発せられ――氷牙は固まった。

 身体が全く動かない。

 指ひとつ動かせない。

 声すら出せない。


「無駄ですねェ! いまので影を床に焼きつけちゃったんで、貴女は一歩も動けないんですよッ! 」

「なぶッ!!!!!!!!? 」


 そして。

 身動きできなくなった氷牙の顔面に、少女の拳が突き刺さる。

 瞬間、今まで動かなかった身体が動くようになるとともに、氷牙の身体が床へと倒れてゆく。

 

「氷牙ちゃん下がって! 」


 そこに入れ替わるように、先程からずっと蚊帳の外だった悠希が参戦する。

 

「悠希ッ…………⁉︎ 」

「わたしだってAMOREエージェントなんだっ! やってやらあこんちくしょう、ですっ! 」


 意を決した悠希は、氷牙と悠希の間に割って入ると、両手を勢いよく突き出す。

 直後、バリバリバリバリッ‼︎‼︎‼︎‼︎ と空気を裂きながら、緑電が悠希の両手から放たれ。少女に向かって飛んでゆく。

 が。


「無駄なんです」


 少女の両目が不気味な光を放つ。

 すると、鼻先まで迫っていた緑電が跡形もなく消え失せてしまった。


「なっ…………」


 驚きの声をあげる悠希。

 しかし次の瞬間には、少女が悠希の懐に潜り込んでいた。

 

「なかなか強そうな能力だ。しかし、異能頼りなのはいただけないです――ネエッ! 」

「コヒュ――」


 悠希が反応するよりも早く。

 少女の掌底が悠希の顎に直撃した。


 ドサリと、意識を失った悠希の身体がその場に崩れ落ちる。

 少女は不気味な笑みを浮かべながら、氷牙に向かって手招きをしている。挑発しているのだ。


「…………………………ッ」


 氷牙は一歩を踏み出すことができないでいた。

 悠希を一撃で倒し、おまけに能力も効かないときた。

 ――こんな奴に勝てるのか?


 隙の無い身体裁きに数々の数々の魔道具を的確に使いこなす判断力。今の氷牙の実力では付け入る隙がまるでない。いったいどうすればいいんだ? どこに突破口がある?

 必死になって思考を巡らせるも、突破のビジョンがまるで見えない。

 

 

 が。

 戦場では、その僅かな躊躇が命取りとなる。

 

「来ないなら、こっちから行くよ」

「ぬぉっ――⁉︎ 」


 一瞬のうちに少女は氷牙の目の前にいて、竜巻を纏った手刀を振り下ろそうとしていた。

 氷牙は咄嗟に“自由断在カッターライフ”の刃を構えて手刀をガードしようと試みる。


 しかし、その直前。

 少女の両目が再び怪しい光を放ったかと思えば、氷牙の両手から“自由断在カッターライフ”の刃が消えていた。


「な――」


 あり得ない。“自由断在カッターライフ”の刃は氷牙の異能が実体化したものであり、能力を解除しない限りは消えない。

 そして氷牙は能力を解除した覚えはない。

 訳の分からない出来事に困惑する氷牙。

 

 が。

 氷牙が何が起きたのかを理解するよりも早く。

 男装少女の手刀が氷牙の肩を根本から切り裂いた。


「どぶぇっ!!!!!!!!? 」


 何故か出血は全くなかった。

 だが、それに匹敵する衝撃と痛みが氷牙の身体を貫いていた。

 まるで本当に身体が切断されたかのように半身の感覚が消え失せ、氷牙の全身から立っていられるだけの力が抜けてゆく。

 氷牙の意思とは裏腹に、氷牙の身体は床へと崩れ落ちてゆく。

 

「どうです? 結構痛かったでしょ? 」

(何が起きたッ⁉︎ 俺は“自由断在カッターライフ”を解いたつもりはない――筈だ! なのにどうして刃が消えたっ⁉︎ )


 理解が追い付かない。

 先程から氷牙は少女の変幻自在な戦闘スタイルに全く追随できていない。

 これが、差。

 どうしようもないまでの圧倒的な壁が、目の前にあった。


「あー、結構あっけなかったですねぇ」


 あくびをしながら、少女が氷牙の顔を覗き込んでくる。

 既に身体の大部分の感覚はない。おそらく魔道具の効果かなんかなのだろうが、確かめようがない。

 反撃の術なんて,どこにもなかった。

 

「まあ新人さんですし無理もないですか。わたくしはこれでも優しい人間ですのでね、ここいらで幕引きといきましょう」

「ッ――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」 


 地に伏せた氷牙の頭部に、銀のナイフが突き立てられようとする。

 


 

 ――その直前。

 ブォンッ‼︎‼︎ と、謎の力によって氷牙の身体が強く後ろへと引っ張られた。


 


 

「……………………え」


 全身の感覚を取り戻した時、氷牙は誰かに首根っこを掴まれていることに気付いた。

 何故か痛みは引いている。先程まで殺し合いの最中だったとは思えないコンディションを、肉体が取り戻している。


「悪ふざけはその辺にしとけよ――お嬢様」

 

 氷牙の首根っこを掴んでいたのは、店の中に消えたっきりだっためぐるだった。

 裏返りの円環リバーシブル・メビウスを用いた物体の引き寄せ。それが氷牙の窮地を救った現象の正体であった。

 彼女の背後には、妙に露出の多いメイド服を着た少女も佇んでいる。誰だ?


 めぐるの姿を目にした男装少女は、ナイフをしまうとめぐるに微笑みかける。

 先程までケヒャヒャヒャと笑いながら殺しにかかってきた奴と同一人物とは思えないくらいに優雅な笑みに、氷牙は思わず寒気を感じてしまった。何この人めっちゃこわい!


「あら、意外と早かったんですね」

「これだけ派手にやってりゃあ気付くわ。それにテメェの張った人払いの結界、わざとオレを対象外にしてやがった。誘うにしても見え見えなんだよ」

「え、何? お前ら知り合い? 」


 まるで旧知の仲であるかのようなやり取りを繰り広げるめぐると男装少女。

 ――どういう関係なんだろうか。絶対碌でもないと思うが。

 

「ん、まあな。だがこんな荒事ぶちかましてくれるとは思わなかったよ」

「キヒヒヒヒヒヒッ! ごめんなさいネェ、ちょいと実力を測りたかったんですよ。一応急所外してましたし、ついさっき治癒の護符使ったんで全回復してると思いますよ」


 男装少女は気味の悪い笑みを浮かべながら、倒れている悠希に札らしきものを貼り付ける。

 おそらくあれが治癒の護符とやらであり、氷牙にはずでに貼り付け済である模様。短時間で出血が止まっていたのはそれが理由だ。


「結界は解きました。だいぶ派手にやっちゃいましたし――場所を移しましょうか」

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