2章:転生者だけが悪じゃない
第24話 光陰矢の如し
それは、氷牙が転生者となってから3週間程経った頃の出来事。
星間都市ネオスの中心部。
氷牙達は、多くの人で賑わうショッピングモールに足を運んでいた。
オーバーヘブンの世界での一件以降も、氷牙達はいくつかの任務をこなしてきた。
ある時は巨大ロボットで中世の甲冑騎士達を蹂躙するバカ転生者をボコし、またある時は国家簒奪を目論んでいたカス転生者を懲らしめ――と、ここ数日働き詰めだった氷牙達を見かねためぐるが、気分転換と称して氷牙と悠希をショッピングに誘ってきたのだ。
ちなみに栄華は誘っても来なかったのでお留守番している。
「…………しっかし、どこもかしこもバレンタイン一色だな」
「仕方ないさ、そういう季節なんだから」
モール内を歩きながら、氷牙は周囲の光景に対して愚痴をこぼす。
バレンタインが間近に迫っているのもあってか、店は何処もかしこもバレンタインセールに浮かれているし、いつもよりカップルを多く目にしているような気もする。人によっては精神的にキツそうな光景だ。
「……」
「何、氷牙ちゃんどうかしたの? ひょっとしてバレンタインチョコ渡す相手のことを考えてた? 」
「んな訳あるか」
悠希のズレた心配の声を、氷牙はやや食い気味になって否定する。
いくら女体化したからといって性的嗜好までもが女性寄りになるわけじゃ無い。氷牙の恋愛対象は今でも女だし、男にバレンタインチョコをあげるというのは断固拒否だ。
「でさ、めぐるちゃん。お買い物にきたはいいけど、まずはどうするの? 」
「んー、まずは氷牙の私服かな。オレ達で可愛いもん選んでやろうぜ」
「え、そんなの求めてないんだけど」
「勿体無いなぁ。せっかく可愛くてスタイルもいい女の子になったんだから、めいっぱいオシャレしなきゃ損だよ」
「俺は別になりなくてこうなったわけじゃねーんだよ」
何度も言わせていただくが、氷牙は望んで女の子になったわけではない。今でも心は歴とした男だし、男に戻れるもんなら戻りたい。
だというのに、めぐるは氷牙を女の子として可愛がる気マンマンなのだ。勘弁してほしい。
「TS娘のコーディネート、オレ達でやってやろうぜ悠希ィ! 」
「おうっ、氷牙ちゃんを目一杯飾り立てましょう! 」
「頼む誰かこの馬鹿二人を止めてくれ」
悠希は完全にめぐるのイエスマンだし、ストッパーになり得る栄華は不在だしで、氷牙の味方は誰もいない。
ルンルン気分で近くの服屋へと入ってゆくめぐると悠希の後ろを、氷牙はげんなりとした顔をしながらついてゆくのだった。
《hr》
それからしばらく経った。
「いやあ色々買いましたね」
「どれも似合ってたぜ氷牙」
「………………サイコロステーキにしてやるから覚悟しとけよめぐるゥ」
心身ともに疲弊し切ってベンチに崩れ落ちる氷牙。
その前方には、大量の紙袋を手に持ってワハハと笑い合うめぐると悠希。
めぐる主導の元行われた氷牙ちゃんファッションショー。
それは、氷牙を恥辱まみれにするには十分すぎた。というかオーバーキル通り越してアポカリプスだった。
最初のうちはまだ普通のコーデだったので良かったのだが、中盤あたりからだんだんとめぐるの性癖が滲み出てきたのか、修道服とかナース服とか着せられたし、最後の方に至ってはエロ目的いがいで着ないだろ的なスケスケな水着とかをお出ししてきやがった。
もちろん氷牙は全力抵抗したのだが、めぐるが馬鹿みたいに強かったせいでことごとく返り討ちにあった。
それでも最後の意地として、スケスケ水着だけは死ぬ気で抵抗した結果、流石にめぐるもマズイと思ったのか、なんとか回避することはできた。
――なんかもう、生きた心地がしなかった。
「…………結構似合うじゃん」
「うるせーよ死ねよこの変態女ァ…………っ! 」
泣きそうな声で悪態をつく氷牙だったが、その装いは、AMOREに入ってからの普段着だったセーラー服から、白いタートルネックセーターに黒のロングスカートという、ちょっと大人びた衣装に変わっていた。ちゃっかり髪もシュシュで括ってポニーテールにしている。
ファッションショーの最初の方に出された、比較的マシな服装をチョイスしたのだ。
「氷牙ちゃん背高いからなぁー、そーゆー服装似合うのってなんか羨ましいかも」
「身長だけは男の時から変わってねーからな…………その分変に目立つんだけど」
悠希のお世辞を受けて、ポニーテールをいじりながらぼやく氷牙。
髪が括られているというのは変な感覚だ。男だった時はそこまで髪が長くなかったし、髪を括る必要がなかった分、余計に違和感を感じる。
氷牙がぐったりしていると、そこに紙袋を山ほどぶら下げためぐるが近づいてくる。
「いつまでぐったりしてんのさ、まだまだショッピングは始まったばかりだぜ」
「え、まだ? 」
「当たり前じゃんよ。せっかくの休みなんだ、遊び倒して疲れ倒れるぞーっ! 」
「おーっ! 」
「…………早く帰りたい」
…………この空気感、陰キャにはつらすぎる。
はしゃぎまくってるめぐると悠希の姿を眺めながら、氷牙はぼそりと愚痴をこぼした。
《hr》
そうして、しばらくモール内を歩くこと数分。
「お、あの店は――」
めぐるはある店の前で歩みを止めた。
「…………なんだよ、またオレをおもちゃにするつもりか? 」
「いや別にそこまで鬼じゃないよ。さっきので疲れてるだろうし、二人はちょっとそこで待っててくれ」
めぐるはそう言って、とある店の前に氷牙と悠希を残し、店内へと駆け込んでいった。
何の店なのかさっぱりわからないが、店内は無駄に混雑しているようだし、そもそも見た目や雰囲気が妙にインチキ臭いので入るのが躊躇われる。
一体こんな胡散臭い店に何の用があるというのだろうか?
「わたし達もどっか行かない? 」
「お前方向音痴じゃん。絶対迷子になるからやだ」
悠希の提案を秒で蹴っ飛ばし、氷牙は近くのベンチに腰を下ろす。
悠希本人はどうやら不満の様子だが、事実、悠希の方向音痴っぷりはかなりのものだ。
オーバーヘブンの世界でもひとり迷子になって合流遅れていたし、それ以降も任務中にちょくちょく迷子になって大捜索する羽目になっているしで、もう散々だった。
だいたい橋本達オペレーターがいるというのに何故迷子になるんだろうか。氷牙には方向音痴の人間の考えがわからなかった。多分死ぬまでわからないと思う。
――と。
このような理由から、氷牙達はその場でめぐるを待つことにした。
そして、ベンチに腰掛け待つこと数分。
悠希が口を開いた。
「…………ここにきて3週間くらいになるんだよね」
「そうだな」
「未だに慣れないよね。外を歩けば宇宙人や亜人やモンスターが普通に闊歩してるんだもん、ビビりまくりだよ」
ちょっと周りに目をやれば、
毎日が渋谷ハロウィン以上の混沌なのだ。人によってはテンションがあがるかもしれないだろうが、氷牙からすれば非常に疲れる。
めぐる曰く、このカオスっぷりが大好きでたまらないとのことだが、多分それに納得することは永遠に無いと思う。というか慣れてたまるか。
「あ、そうだ。これ飲む? 」
悠希はそう言って、ウエストポーチから缶ジュースを取り出して氷牙に手渡した。
ジュースの缶には、正十二面体型の奇妙な果実の画像が印刷されている。
星間都市は多数の次元との交流を行っているため、よくわからない異世界の食べ物とかもよく出回っている。この缶ジュースもそのひとつだ。
「これ…………なんの果物なんだ? お前よくこんな得体の知れないもん口にできるよな」
「めぐるちゃんが美味しそうに飲んでたからイケるよ、多分」
「アイツなんでも美味い美味い言ってるからあんまり当てにならないと思うが……てかお前のめぐるに対するアホみたいな信頼感、ちょっと怖いよ」
「そりゃあ、命の恩人だし」
「恩人…………? 」
悠希の言葉に怪訝そうな顔になる氷牙。
そういえば、悠希がAMOREに入った理由とかめぐるにベタ惚れな理由とかを聞いていなかった。悠希は一体どういうきっかけでこうなったんだろうか。
「めぐるちゃんはね、転生者に殺されそうになってたわたしを助けてくれたんだ。その時わたしはビビーンッ‼︎ ってきちゃったんだ。“この人が私の運命だっ!”って」
「…………………………」
「だから必死に追いかけて、ここに来た。わたしなんかがこんな仕事に向いているとは自分でも思ってないんだけど、それでも頑張るに足る理由はある」
「すげぇな悠希は…………恋の力ってぱねぇ」
彼女も氷牙と同じように、ついこの間までは戦いとかとは無縁の人生を歩んでいた筈だ。だというのに、恋心ひとつでめぐるに並び立とうとしている。
その猛烈なまでの悠希の姿勢に、氷牙は呆れるしかなかった。
「…………氷牙ちゃんはさ、なんでAMOREに入ったの? 」
悠希の話が終わり、今度は悠希が氷牙に尋ねてくる。
「なんか、成り行きというか……衝動的にというか。正直あの時は死んだり転生したり性別変わったりでてんやわんやしてたからな…………多分マトモな判断能力なかったと思う」
「でもめぐるちゃんは言ってたよ? “氷牙にはヒーローの才能がある”ってさ」
「それは……」
悠希からそう言われて、言葉を詰まらせてしまう氷牙。
――どう答えるのが正解なんだろうか、これ。
馬鹿正直に頷くのはなんか調子乗ってる感があるし、かと言って自分に嘘をつくのはなんか気が引けるし。
悩んでも丁度いい言葉がなかなか出てこない。どうしたらいいんだこれ。
と、その時。
コツコツと、乾いた足音がこちらに近づいてくる。
めぐるが戻ってきたのかと思い、足音のした方に目線を向ける氷牙。
しかし、違った。
そこにいたのは、高価そうなスーツを着た青年だった。
スーツ越しにわかるほどのスラリとしたシルエットに、黄色のメッシュの入った青髪を短く纏めたその姿は、非常によく目だっている。一度目にしてしまったら、そう簡単には頭から離れない。そう思わされるような、不思議な印象の強さがあった。
「何あの人、すっごいイケメン……めぐるちゃん程じゃないけど」
「やっぱりお前の目腐ってるよ」
青年はすたすたとこちらに近づいてくる。
「隣、よろしいでしょうか」
「あ、うん」
そう一声かけて、氷牙達の隣のベンチに腰を下ろした。
先程から、彼の所作の一つ一つに気品らしきものが感じられる。どこかいい所のお坊ちゃんだったりするのだろうか。少し近寄りがたい雰囲気だ。
「…………おにーさん、すごいかっこいいですね」
「お兄さんじゃありません、お姉様です。それにまだ17ですから、大人というのも不適切かと」
「え、女の人⁉︎ すっごいカッコよく見えたから、わたしてっきり…………」
「よく間違われるんですよね」
青年――改め男装少女は、悠希の純真な反応ににこやかに笑って返す。
いわゆる男装の麗人というやつだろうか。
改めて見てみると、スーツ越しにほんのりと胸の膨らみが確認できるし、顔つきもどこか女性らしい柔らかさを有しているように見える。
少女はひと呼吸置いて、口を開く。
「南氷牙さんと神坂悠希さん――でしたよね? 」
「‼︎ どうしてわたしたちの名前を⁉︎ 」
「それはもちろん――」
少女はそう言いながら立ち上がる。
そして、
「ぐっちゃぐちゃのベッコベコに始末するためですねぇ! 」
瞬間。
ズボォンッ‼︎‼︎ と凄まじい音を立てて、氷牙の真横の床が抉れた。
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