一章epilogue:オレの不死(いのち)の使い道





 “無限軌道機界オーバーヘブン”の世界での任務を終え、星間都市ネオスに帰還した氷牙達。

 鹿山百人は捕縛済み、織島綾一はAMOREの医療機関に入院、洗脳されていたAMOREの先輩方は念を置いてメディカルチェック。

 ニチアサ番組のように、元凶を排除したからといって全てが解決するわけではない。後始末もAMOREの仕事なのだ。


 そのための手続きやら別部署への引き継ぎのために、星間都市にあるAMORE本部へと足を運んだ後。

 氷牙達はAMORE本部の敷地内に併設された職員食堂にて夕食をとっていた。割と遅い時間だからか、氷牙達の他に人は居ない。

 ちょっと不気味な気もするが、今はかえってありがたい。



「よくやったなお前ら。最初からハードな任務になってしまったけど、無事やり遂げることができた。オレは嬉しくて身体中の穴から体液噴き出しそうだよ! 」

「メシの最中に気持ち悪いこと言わないでくれないか」

「ぎょああああああああああああああ目に醤油かけないで目玉掛けええええええええええっ‼︎⁉︎ 」


 祝杯――というには、単に各々が食券で購入したメシを持ちあって一緒に食べてるだけの、単なる夕食なのだが――の幕開けは、目に醤油をさされためぐるの悲鳴からだった。

 

 色々とあったせいで疲れ切っていた身体を癒すように、氷牙は食券で購入した海鮮丼にガッつく。

 側から見ればモデル体型の長身美少女がガツガツと丼を口にかき込むという、所謂ギャップ萌えとかに相当する光景なのだろうが、今の氷牙にはそんなことを気にするだけの余裕はなかった。


 しばらくして。

 

「なあ」

「ん、どした」

「不死身ってのは本当なのか? 」


 氷牙はめぐるにそう訊ねた。

 百人との戦いの際、めぐるは四肢と頭を消し飛ばされた。しかし、今彼女は五体満足で大盛りカツカレーを食べている。

 本人は不死身だと言ってはいたが、本当なんだろうか。目の当たりにしたとはいえども、氷牙は未だに半信半疑だった。


 口いっぱいに含んだ肉類をごくんと飲み込んで、めぐるは回答する。

 

「オレが不死身ってのは本当よ。もうかれこれ数千年になるかなァ、こーなる前は普通のお姉さんだったんだよ? 色々あって不死身になって、いろんな世界を巡った末にAMOREに行き着いたのさ」

「想像付かねえ」


 にまにまと笑いながら擦り寄ってくるめぐるを退けながら、氷牙は悪態をつく。

 思い返してみると、これまでも常にどこか余裕のあるような態度を見せていためぐるだが、それだけ生きているとなると納得がいく――ような気がする。


「信じがたいとは思うけど、めぐるが不死身なのは本当よ。これまでだって身体欠損したり即死魔術くらっても生き返ってたし、少なくとも10年前――私が初めて会った時から全く見た目変わってないし」

「10年前って……そんな前から知り合いだったのかよお前ら」


 栄華がめぐるの不死性について補足を入れてくれてるが、氷牙的には、自分が思っていた以上に栄華とめぐるが長い付き合いだったことの方が驚きだった。

 …………栄華さんや、確か10年前ってアナタ小学生じゃありませんでしたっけ?

 

「不死身ってことは歳もとらないんでしょ? ずっと若いままかぁ、なんか羨ましいなぁ……」

「やめとけやめとけ、不死身なんか百害あって一利なしだぞ」


 不死を羨ましがる悠希に、めぐるは真面目な声色で釘を指す。


「………………そうだよな」


 氷牙は、めぐるの反応に納得しかなかった。

 少し考えればわかることだ。

 周りがこの世からさっていく中ら自分だけがいつまでもコースの上。数多もの喪失と別離を繰り返しながら、ゴールの無いマラソンを続ける。


 有限の命を持つ人類は、昔から永遠の命について語り合ってきた。故に、その代償は数多の人が知っている。

 大切な人に先立たれ続け、例え世界が滅びようとも自分だけが取り残される孤独。

 そんなもの、想像したくもない。


「……………………きっと、オレは寂しがり屋なんだ」


 めぐるは、どこか寂しそうな声色でそう言った。


「何、急にどうしたの? 」

「オレは永遠の命を手にしたが故に、世界に馴染む術を無くした。人の輪、世界の輪に入る資格を失ったんだ。だけど、誰かを助けているときだけは違う。はみ出しものでも生きていていいんだって思えるし、何よりオレは、他人が楽しくやってるのが自分事みたいに思えちゃうタチなワケよ」


 まるで、もう取り戻せない何かを羨み懐かしむような。アレな言動が目立ちまくる彼女だが、きっとその長すぎる生の中で、色々なものを味わってきたのだろう。

 氷牙は今のめぐるから、そういった類の雰囲気を感じ取っていた。

 めぐるは自らの胸に手を当てて、自らの過去回想オリジンを締め括る。


「ヒトを助ける。それが輪廻から外れたこのオレの、不死いのちの使い道だ」


 氷牙は、無言でめぐるの話を聞いていた。

 自分はもう既にマトモに生きられなくなってしまって、普通の世界じゃ生きていけないけれども。

 それでも、世界を守ることはできる。

 外れ者にだってその権利はある。


 ――そう思える輪道めぐるは、間違いなくヒーローだ。

 その覚悟と心は普通では決して手に入らないものであろうということは、氷牙にも理解できた。

 

 



 めぐるが話し終えた後、静寂が訪れる。

 が、しばらくして。

 めぐるの顔がじわじわと赤くなりはじめた。


「…………やっぱ今の忘れてくれない? 」

「カッコつけて見たけど思ったより恥ずかしかったんだな」

「うるさいうるさいっ、せっかく他人がオリジンを話してやったってのになんだその態度はっ」

「痛い痛い箸で突くな行儀悪いっ! 」


 図星を突かれためぐるは、照れながら氷牙の肩を箸で突いてくる。行儀悪いし痛いしでたまったもんじゃない。

 栄華の方はデザートのコーヒーゼリーを堪能してて氷牙の方には目もくれてないし、悠希はめぐるの話に聞き入っており余韻からいまだに戻らない。駄目だ味方がいない!


「人の話を茶化す馬鹿タレにはお仕置きだべぇ〜っ! 」

「だあーっ! だからフォークはやめろ洒落にならないだろーが誰か助けろぉオオオオオオオオオオオオオオイッ! 」


 そして。

 がらんとした食堂に、氷牙の悲鳴が響き渡った。

 



 ――ともあれ。

 氷牙のAMORE隊員生活一日目は、こうして過ぎていった。


 



    ◇    ◇    ◇



 同時刻


 PA-4044:監獄世界アトランティス



 

 見渡す限りの海洋、その中にぽつんと浮かぶ人工島。

 島の名はアトランティス。AMOREによって逮捕された転生犯罪者達が収監される監獄島兼裁判所である。

 

 犯罪を犯してAMOREに捕らえられた転生者は、ここで裁判を受けたのちに刑期を言い渡されることとなっている。

 AMORE創立以来、脱獄成功者は記録上ゼロ。その在り方は、まさしく多元世界を守護する鉄壁の要塞。

 

 そして。

 この完璧なる監獄に、また一人新たな囚人が放り込まれていた。







 



 

 とある独房

 

「ふざけんなっ…………なんで俺がこんな場所にッ‼︎ 」

 

 新たな囚人――鹿山百人は、ベッドを強く蹴りつけながらそう吐き捨てる。

 備え付けのベッドに当たり散らすその様子からは、反省の色は微塵も感じ取ることができない。

 

 事実、百人は全然反省していない。

 彼からすれば、“無限軌道機界オーバーヘブン”の世界で織島綾一にやった数々の所業は罪では無い。

 


 ――この考えを持つのは、百人に限った話では無い。強大な力を持ちながらも自制心を育めなかった転生者達の行き着く先、そのひとつがコレだ。

 思想の収斂進化。

 その典型例が、鹿山百人という人間だった。



 そこに、


「お前、ホント使えないな」

「ッ! 誰だッ⁉︎ 」


 独房の扉につけられた鉄格子越しに、何者かが百人に向かってそう吐き捨ててきた。

 百人は扉の方に目をやるが、暗いせいで声の主の顔がよく見えない。声からして、百人とそう歳の変わらない男だということだけは辛うじてわかる。


 ――しかし、誰だ?

 百人は声の主に心当たりがないし、そもそも“使えない”という言葉的に、どう考えても声の主は看守ではない。

 では、誰?


 扉の前で困惑する百人などおかまいなしに、男は扉越しに話を続ける。


「せっかく電波妨害ジャミング入れて援軍投入を妨げてやってたというのに、まさか戦力調査すらできんとは……やっぱり野良転生者は弱くてかなわないな」

「だ、誰なんだよ⁉︎ お前一体――」


 それが百人の最後の言葉だった。

 次の瞬間。



 



 ボトボトボトッ‼︎‼︎‼︎ と。

 まるでジェンガを崩した時のように、輪切りになった百人の残骸がその場に崩れ落ちる。


「弱いな。死んで出直せ――って無理か。転生は一回限り、一度転生した魂は二度と転生できないからな」


 いつのまにか、独房内には鮮血を滴らせる糸のようなものが無数に張り巡らされていた。

 声の主が鉄格子に手をかざすと、張られていた糸が一斉に手のひらへと吸い込まれるようにして消えていった。

 後には、輪切りになった鹿山百人の死体だけが残される。


「やはりメインプランで行くしかないか――面倒だが仕方がない」


 声の主は、ロボットアニメのパイロットスーツの様な服装をした、端正な顔立ちの青年だった。

 糸を体内へと仕舞い終えた彼は、まるで宇宙空間にいるかのように、ふわりと浮き上がる。


「“女神の遺物”は我々のものだ。貴様らAMOREなんぞが持っていいものなんかじゃない。巧妙に隠しているのだろうが――絶対に暴いてやるさ」


 そう口にしながら、男は溶けるように闇へと消えてゆく。


 後に残されたのは、ひとつの殺人現場。

 その扉にはいつの間にか、ウロボロスを模ったようなエンブレムらしきものが血で描かれていた。





 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る