第34話 ウロボロスの尾




 トバスの撃破からまもなくして、めぐると悠希も氷牙の元へとたどり着いた。


「おーやるじゃん。アスターのアシストがあったとはいえ、割とAMOREの仕事も板についてきたんじゃないか? 」

「めちゃくちゃな数相手したね…………もう無理、動けない…………」


 道中数えきれないほどの奴隷商人やゴーレムと戦ってきて疲労困憊な悠希は、ずるずると崩れ落ちるようにその場に座り込む。

 大方片付いたが、まだやるべきことは残っている。


「さて、と」


 トバスの部下は全員撃破したし、囚われていた転移者達も全員助け出した。隷属刻印を刻まれてしまった者に関しては、解呪に長けた魔術師の元へと移送して刻印を除去するための手筈を整えている。

 残るは、目の前にぶっ倒れているトバスの拘束だけ。


「トバス・セルラー、テメエの悪事もこれで終いだ。牢獄老人ホーム送りにしてやるから恨むなり感謝するなりしろ」


 めぐるはそう吐き捨てながら、倒れているトバスに手錠をかけようとする。

 この手錠をかければ、トバスはただちにAMOREの拘置所へと転送させられる。

 が、その寸前。

 

「ぐっ、ぐぞっ! ワシは捕まるわけにはいかんのだっ! 」


 トバスは手錠を持っためぐるの手を払い除けると、そのまま老人離れした速さでその場から這いながら逃げ出してしまった。

 

「っ、待て逃げるなっ! 」


 逃げ出したトバスを追う氷牙。

 彼が逃げ込んだのは地下牢のなかの一室。


「その先は行き止まりだっ、このまま追い詰めるぞ! 」


 いくら逃げようとしたところで、トバスはすでに袋の鼠。このままさっさととっ捕まえてじめじめした地下牢からおさらばしたいところだ。

 逃げたトバスを追い、氷牙達も部屋の中へと駆け込んで――

 


 

 べチョリ、と。

 何かが壁に叩きつけられたような音がした。


 


「…………え」


 反射的に止まった氷牙の足元に、ゴロゴロと、何か丸い物体が転がってくる。

 見た所それは、――


「ッ‼︎⁉︎ 」


 目の前に転がってきたそれがなんなのかを理解した瞬間、氷牙は思わず嘔吐した。

 これは首だ。

 今目の前に落ちているのは、まぎれもないトバスの首だ。


 少し奥の方、部屋の入り口を塞ぐようにして、首の無いトバスの胴体が倒れている。

 トバスの首は、根本から綺麗に切り落とされていた。一体どうやったらこんなに綺麗に切断できるのか、考えたくもない。

 

「ッ……ええッ、おっぷぇええええええっ! 」

「おい氷牙何が――」


 足元に転がった生首に吐瀉物をぶち撒ける氷牙を心配し、めぐるが駆け寄る。

 そして、見てしまった。


「これはッ⁉︎ 」

「――酷い有様だな」

 

 部屋の中は、凄惨という言葉では足りないほどの有様だった。

 元は人間だったと思われる肉片が足の踏み場に困るほどに散らばっており、壁や天井までもが血肉で埋め尽くされている。

 常人の想像では決して到達しえない、グロテスクを超えた光景が目の前に広がっていた。


 

 そして。

 血肉の湖、その中心に。

 

「遅かったな、ここらは既に片付けたさ」


 あくびをしながら佇む青年の姿があった。

 

 



    ◇    ◇    ◇



 その青年は、気怠げそうに氷牙達のほうを凝視していた。

 年齢は氷牙達とそう変わらない。

 目元が隠れてしまうほどに長い前髪を除けば、服装を変えれば都会に埋没してしまいそうなほどに、ぼんやりとした雰囲気。

 

 だが、この不気味さはなんだ?

 彼に背を向けてはならないと、氷牙の魂が警告している。

 欠伸をする仕草め、手持ち無沙汰気味に壁を蹴る動作も、彼のなにげない一挙手一投足が、得体の知れなさを強調してくる。

 

「お前が……やったのか? 」


 恐る恐る、声を絞り出しながら、氷牙は青年に尋ねる。

 

「逆に聞くが、俺以外の誰がやったように見える? 」


 青年は否定しなかった。

 何当たり前のこと聞いてきてんの? とでも言いたげな顔をしている。


「これはほんの宣戦布告あいさつ代わりだ。転生者や転移者を食い物にするカス共と、偉そうに秩序と平和を唱えるテメェらAMOREに対するな」

 

 グシャリと、千切れた腕を踏み潰しながら成年は言う。

 まるでじっくりと見せつけるかのように、執拗に、念入りに踏みつける。

 

「テメェ……何者だ? 」


 めぐるに睨まれながら、青年は自らの名を告げる。


「“ウロボロスの尾”特殊改造部隊『ライブボーグ』所属――アダム・ザイン。転生者の自由を真に求めんとする者だ」

「ッ! 」


 ウロボロスの尾。

 その名を聞いた途端、めぐるの表情が一気に険しいものへと塗り替わった。

 奴隷商人やゴーレムを相手に余裕綽々だった雰囲気は、今の彼女には微塵も存在していない。

 

「ウロボロスの尾……? 」

「ああ、クソ転生者共の集った犯罪グループだ。転生者こそが至上だと考え、AMOREに真っ向から対立する――要するに、無駄に強いチンピラ集団だよ」


 めぐるの軽蔑マシマシな説明を耳にしたザインは、目に見えて不機嫌そうな顔になる。

 

「やっぱりAMOREおまえらは俺達をそう言うのか。ふざけやがって、秩序の維持がそんなに大事か? 」

「それさぁ、警察に『治安維持の方が大事なのか』って聞いてるようなもんだぞ。お前も一応人間社会で生活してるならそういうの分かるだろうに」

「何が秩序だ、何が平和だ。何故俺たち転生者が全世界の平和を背負わねばならない? 自己満足の正義の味方ごっこに皆を巻き込むんじゃあない。テメェらは転生者の代表でもなんでもないんだ。そういうところが癪に障るんだよ」


 氷牙は、ザインの言葉を無言で聞いていた。

 ――こいつは何を言っているんだ?

 いきなり現れて人を殺したかと思えば、なんだかよくわからない理論でAMOREに難癖をつけてきている。

 こんなことをしてまですることがAMOREへのクレームだけだなんてどうしても思えない。間違いなく、何か目的がある。

 だが、それがわからない。


「だが――今の俺達の目的はお前じゃあない、廃棄孔ゴミバコ

「ッ! めぐるちゃん下が――」


 悠希が指先から電撃を放とうとしたその瞬間、ザインの姿が消える。

 そして次の瞬間には、ザインは悠希の真横に立っていた。


「な」

「その程度の実力でよく戦場に立っていられるな、見ているこっちが恥ずかしくなる」


 悠希に手番は回らなかった。

 悠希がザインに反応するよりも早く、ザインの手刀により悠希の身体は無理やり崩落させられた。


「悠希ッ! 」

 

 氷牙が倒れた悠希に走り寄ろうとすると同時に、再びザインの姿が消える。

 そして、今度は氷牙の真後ろにザインが現れた。


「ッ………………こいつッ⁉︎ 」


 即座に臨戦体勢に入ろうとする氷牙だったが、途中で身体が止まる。

 いつの間にか、ギラリと光るピアノ戦のようなものが、氷牙を取り囲むようにして張り巡らされていたのだ。

 ハラリと、氷牙の足元に小さな布切れが落ちる。

 それは着ていたメイド服の裾、その一部分だ。ここから少しでも動けばバラバラ死体になるのは想像に難くない。


「こんだけコイツのそばにいながらまだ気づいてないとは……所詮は馬鹿の警察ごっこか」

「っ……」

「氷牙っ! 」


 めぐるが叫ぶ。

 それと同時に、氷牙の身体が勢いよく真上へと吹っ飛ばされた。


「ごぶはっ――」


 骨が何本か折れたような音を出しながら、氷牙は打ち上げらる。

 ――その腹部には、ジェット噴射で氷牙の身体を持ち上げているロケットパンチ。


「お前、その腕…………! 」

「何を驚く? サイボーグの一体や二体、この多元宇宙では珍しいもんじゃないだろう? 」

「サイボーグだと…………? 」


 そう言いながらザインが見せた手首の断面は、基板のようなもので覆われていた。

 氷牙を殴り飛ばしたザインのロケットパンチは、そのまま氷牙を掴んだ状態でザインの手首へと戻って再接続される。

 

「――とりあえずコイツは貰っておく」

「この野郎っ、離せっ! 」


 氷牙を脇に抱えたまま、ザインは近くの壁を軽く蹴る。

 すると、バキバキバキバキバキバキッ‼︎‼︎‼︎ とガラスを突き破るような音を立てながら、壁が崩れる。

 壁の向こう側には、虹色が蠢く得体の知れない風景が広がっていた。


「あれは次元の狭間ッ……⁉︎  」

「あばよクソ犬」

「このっ――」


 ザインはそう吐き捨てると、氷牙を抱えたまま空間に開いた穴へと躊躇いなく飛び込んだ。


「待ちやがれこの野郎っ! 」

「待てめぐるっ、生身で次元の狭間に入るのはッ――」


 フリスタの静止を振り切り、めぐるはザインの後を追って次元の狭間へ飛び込もうと走り出す。

 ザインが穴を超えた直後から、空間に開いた穴は少しずつ閉じてゆく。急がなければ氷牙を取り戻せなくなる。

 走るめぐるの背中に、悠希の心配の声がとんでくる。

 

「めぐるちゃんっ! 」

「安心しろ、すぐ戻るから」


 めぐるは振り返らなかった。

 ただ不敵に笑いながら、閉じつつある穴へと飛び込む。

 穴を潜り抜けた瞬間、皮膚を無理やり引っぺがされているような寒さと、身体を抉られるかのような突風がめぐるに襲いかかる。

 常人ならばマトモに呼吸すらできないような環境だが、めぐるの不死の肉体を止めるには至らない。


「待ってめぐ――」


 閉じつつある空間の穴越しに覗いているめぐるの背中に、悠希は必死に手を伸ばす。

 しかし。

 悠希の声が最後まで届き切る前に、次元の狭間は閉じてしまった。

 

 

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