第20話 恋する乙女は最強


 神坂悠希 16歳。

 裕福な家庭で不自由ひとつなく育ち、全寮制の名門女子校に進学するという、順風満帆を絵に描いたような、言い方を変えれば退屈な人生を歩んできた。

 元よりドジなところはあったものの、愛嬌でなんとかなっていたし、それは高校生になってからも変わらなかった。


 しかし、16歳の冬。

 彼女は運命の出会いを経験する。



 


“———大丈夫か? ギリギリ間に合ったな”

“あ……ありがとう……”


 通り魔を繰り返していた悪徳転生者にあわや殺されかけた時、1人の少女がそれを颯爽と防いでしまった。

 訳もわからないままお姫様抱っこされていた悠希だったが、月明かりに照らされたその少女の姿は、きっと死ぬまで脳裏に焼きついたままなのだろう。

 悠希を逃した後に、闇世に隠れ潜んでいた通り魔と対峙する。

 少女によって無事逃がされた悠希は、物陰からその光景を見ていた。


AMOREアモーレ第9遊撃隊長・輪道りんどうめぐる。オレが出てきたって事がどーゆー事か、分からないワケじゃあるまいな? ”


 


 その時、悠希は理解した。

 ――この人こそが、わたしの運命の人だと。





    ◇    ◇    ◇



「はっ……はぁっ……」


 めぐると氷牙が百人と交戦を開始した頃。

 悠希は廊下の壁に手をついて息を切らしていた。


「めぐるちゃん速いよぉ…………完全に見失っちゃったよぉ…………」


 悠希は絶賛迷子中だった。

 なんせ無駄に学園の敷地広いし、普通の学校にはない変な施設がたんまりとあるせいで非常にややこしい。

 肝心のめぐるはアトラスを連れて先に行ってしまった上に、他のメンバーとは連絡がつかない。もうなんか色々と詰んでいた。


「どーしよう…………」


 長い廊下を歩く悠希の口から、か細い声が漏れ出す。

 ひとりぼっちで不安で仕方がないのだが、アトラスのあの嘆きを聞き届けた以上、じっとしていられない。

 なんとしてでも追いつきたい。

 わずかばかりの意地が悠希を動かす。



 しかし、それを阻む者達が居た。


「見つけたよ、転校生ちゃん」

「どこへ行くつもりですか、今は授業中ですよ」

「あなた達は……! 」


 リテュール・イリナ。

 リネット・ナイム。

 2人とも捜索対象となっているAMOREエージェントだ。

 ――ただし、今は正気を失っている。


「えっと…………アリーナってどちらに行けばいいんでしょうか………………? 」


 そんな事はつゆ知らない悠希は、おっかなびっくりしながら目の前の2人に道を尋ねる。

 当然、イリナとリネットは答える訳がない。


「通しませんよ。百人くんがそう望んでいますので」

「君個人には恨みはないけど、百人くんの命令なら全力で排除しなきゃ、だよ」

「……………………え」


 リネット達から焦点の合わない血走った目を向けられ、悠希は察した。

 ――アカン、これガチで殺されるヤツだ、と。


「とりあえず、塵芥になってくれないかな」


 リネットが指をパチンと鳴らす。

 すると、彼女の指先から炎が飛び出し、悠希めがけて襲いかかってきた。


「ひょわああああああああああああああああっ⁉︎ 」


 派手にすっ転びながら飛んできた炎を避ける悠希。

 転んだ拍子に脱げた靴が炎に焼かれて灰になってゆく様を目の前で見せつけられ、心臓が縮み上がる。

 当たったら死ぬ。

 自分は今戦場にいる。

 恋の熱に浮かされて意識できていなかった現実が、今更になって悠希に突きつけられる。


「あ……………………あああ………………」


 声は出なかった。

 恐怖でガタガタと震える悠希の前に、ふらりとした足取りでイリナがやってくる。


「今更なんですけど、昼間貴女のツレにAMOREだのなんだのわけわからない事山程言われちゃって、私ムカついているんですよね」

「…………なんでしょう? 」

「だから貴女に八つ当たりしますね。ご臨終してください」

「――――――ッ‼︎ 」


 全く目の笑っていないどころか、焦点があっておらず血走っているせいで恐怖しか感じられない笑みを向けられた悠希は、震える足を無理やり動かして這う這うの体で逃げ出した。

 直後、悠希が先程までいた場所にどこからともなく大きな岩が出現し、床を突き抜けて落ちていった。


「ばっ………………え………………? 」

「あら、震えまくっている割には随分と動けるんですね。生存本能が恐怖を抑え込みましたか……正直言って気持ち悪いです」


 そう言いながら床に唾を吐き捨てるイリナの両手には、煌めく魔法陣の様なものが浮かび上がっている。

 リネットの方を見ると、彼女の指先にも赤い魔法陣が浮かび上がっている。

 

「魔法陣………………じゃあ、今のって魔術っ⁉︎  」

「そうだよ。AMORE内じゃ魔術師や異能力者はごろごろいるからね、君みたいな新鮮な反応は貴重なんだよね」

(聞いたことがある…………AMOREには能力者だけじゃなく、魔術師もたくさんいるって! でも本物見るのは初めてかも…………っ⁉︎ )


 魔術。

 己の生命力を魔力に変換し、それを用いて現実を捻じ曲げる、異能とは異なるベクトルの超常技術。

 星間都市に来た直後に話には聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだ。


「立ち止まってていいのですか? 潰れちゃいますよ」

「それともこんがり焼かれちゃうのが好み? 」

「どっちも嫌だッ! 」


 圧死と焼死、どちらを選んでもデットエンド確定のクソ2択を前にした悠希は、逃げる以外の術がなかった。

 恐怖を生存本能で打ち消しながら、みっともなく泣き喚いて逃げる悠希。それに追随するように、イリナの岩石弾とリネットの火炎放射が容赦無く襲いかかってくる。

 無理だ、勝てない。

 炎を躱しながら、咄嗟に近くの空き教室に逃げ込む。


「百人くん待っててね、邪魔者消したらすぐそっちに行くから」


 教室のドアを岩塊で粉砕しながら、イリナとリネットが入ってくる。

 隠れる暇なんてなかった。

 教室の中央で狼狽える悠希に近づいてくるイリナとリネット。彼女達の顔は、完全に狂気に染まっていた。


「AMOREは未だに百人くんを危険視してるみたいだけど、きっとすぐに解ってくれるよ。私達だって実際に顔合わせて認識を改められたんだもの。君がいれば世界はずっと良くなる筈だ」

「百人くんは素晴らしい人間です。織島綾一のようなカス野郎に、踏み台という役割を与えて生かしてあげる度量の広さ…………常人には真似できません」


 ぶつぶつと百人を賛美しながら、2人は魔術を行使する。

 その度に、周囲の机や椅子が燃えたり粉砕されたりしてゆく。


「わわわわわわわわっ‼︎⁉︎ 」


 その辺にあった椅子で降りかかる火の粉をガードしながら、悠希は逃げる。

 戦意もへったくれもなかった。

 

(無理だっ‼︎ わたしここで死んじゃうんだッ――)


 岩石と炎が飛びかう教室の中で、悠希は死を覚悟する。

 



 ――その時。

 彼女の脳裏にある言葉がよぎる。



 

(――



 そう、思ってしまった。


(思い出せよ神坂悠希ッ‼︎ お前は一体何のためにここに来た⁉︎ )


 わざわざ平凡で平穏な生活をかなぐり捨ててAMOREに入ったのは何のためだ?

 

 あの日自分を助けてくれた輪道めぐる王子様を追いかけて、ここまで来たのだ。

 だというのになんだこの体たらくは?

 ただただ周りに圧倒されているばかりで何もできちゃいない。これではその辺にいる賑やかし要因となんにも変わらないではないか。

 こんな有様で、一緒にいる資格があるだろうか?

 

(あるわけないっ…………こんなヘタレでお荷物なわたしじゃあ駄目なのは、わたし自身が一番よくわかってるっ……! )

 

 本当に自分が輪道めぐると同じ立ち位置にいたいのならば、どうすればいいか。

 そんなの決まっている。


「こっ………………来いよオラァッ‼︎‼︎ わたしだってAMOREの一員なんだぞかかって来いよ馬鹿ちんがあッ‼︎‼︎ 」


 火のついた椅子を投げ捨て、魔術攻撃を連発するイリナ達に啖呵を切る。

 足はガクガクと震え、両目からは涙がダラダラと流れているという、情けなくてカッコ悪い有様だったが、それでも構わなかった。

 憧れの人と同じ場所に来たのだ。

 ビビってないで戦え‼︎

 臆病な自分を、ここで変えろ!



     ◇    ◇    ◇



 恋心を糧に戦う覚悟を決めた悠希。

 だが、イリナ達にはその覚悟は正しく伝わらなかった。

 

「へえ、焼かれる覚悟決めたんだ」

「違うよ」

「貴女如きにできると思っているのですか? 先程までさんざんビビって逃げ回っていた素人に」


 リネットとイリナの言ってる事は正しい。

 ――彼女達が正気を保っていて、心身ともにベストコンディションであったならば、という条件下での話になるが。


「――ずっとビビってて使えなかったけど、やるしかない」

「? 」


 悠希の言葉の真意が分からず、首をかしげるリネットとイリナ。

 だがその怪訝そうな表情は、すぐに嘲笑へと変わった。

 ――ビビり散らして逃げ惑っていたアイツに何ができる?

 悠希の覚悟をハッタリと決めつけ、余裕たっぷりに近づいてゆく。

 

「とりあえず死ねっ‼︎ 百人くんがそう臨んでるのっ、死んで地獄に行けッ‼︎ 」

「ぶっ潰れてください。貴女の顔を見てると、あの紫頭の馴れ馴れしい女がチラついてムカつくので」


 2人の前方に魔法陣が出現し、炎と岩石が陣から放たれる。

 が。

 悠希の方が早かった。

 


緑閃光ブラストレイッ‼︎ 」



 瞬間。

 悠希の全身から緑色の雷撃が放たれた。


「これはッ……お前ッ‼︎ 」

「なっ――」

 

 咄嗟に回避行動を取ろうとするイリナとリネット。

 しかし、間に合わない。

 2人が一歩横に動くよりも早く、天井の蛍光灯や進路上の机を粉砕しながら緑閃光が迫ってくる。


 

 そして。

 緑電が、2人の身体を貫いた。



「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎⁉︎ 」

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎‼︎ 」



 世界が激しく明滅する。

 全身から焦げ臭い煙を立ち上らせながらその場に崩れ落ちるイリナとリネット。

 面識はないものの一応AMOREの先輩らしいので、悠希的には加減したつもりだ。

 ――多分、死んでいないことを願うばかりだ。


「ごめんなさい先輩方。後でいっぱい頭を下げるので…………ちゃんと正気に戻ってくださいね」


 悠希は感電して気絶しているイリナ達に頭を下げると、いつのまにか作動していたスプリンクラーに濡れながら、荒れ放題の教室から出てゆく。

 その去り際。

 悠希は再度、イリナ達の方を振り向く。


「…………死んでないよね? 」


 自分のふるった力が起こした結果を目の当たりにして、悠希は不安に駆られる。

 彼女自身、今行使した自身の能力についてはよくわかっていない。

 めぐるに助けられた数日後くらいから、悠希に宿っていた不思議な力。

 雷撃を操る事以外は一切不明。 AMORE入隊に際して、便宜上“緑閃光ブラストレイ”と名付けられたその力を、悠希は今初めて人に向かって行使した。


「…………でも、やらなきゃいけないんだよね」

 

 めぐるを追ってAMOREに入った時点で、戦いからは逃れられない。

 わかりきっていた事実を再確認した悠希は、ぐっと拳を握り締める。

 ――あの日恋焦がれた貴女。

 ――その隣に立つ為ならば、茨の道だろうが進んでやる。



 恋心だけを力に、少女は苦難の道を行く。

 それが、神坂悠希の選んだ道だった。


 


 

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