第21話 烈火百武・夢幻自在転(ブラフマーストラ・パーピヤス)
アリーナ中央。
めぐるが氷牙を助けた直後。
「何よあの紫キャベツ……百人のハイライトを邪魔してッ! 」
百人が氷牙にトドメを刺す寸前でめぐるが介入したことで、氷牙は一命を取り留めた。
それが許せない。
(百人に刃向かいながらまだ死なないとかッ…………ああムカつく! ムカつきすぎて歯が全部砕け散りそうっ! )
オーバーヘブンを装着した右腕が震えているのは怒りのせいだ。
一刻も早く、百人の前に立ち塞がるクソどもを片付けなければ。
狂気的なまでの焦燥に駆られながら、風倻はビームソードを起動して構える。
――草楽風倻は鹿山百人に洗脳されている。
元々彼女は、幼馴染みである綾一に好意を抱きながらも、その感情に素直になれないでいる、普通の女の子だった。
しかし数ヶ月前、百人が転校してきた事により全てが壊された。
一目見た瞬間、風倻は百人を好きになってしまったのだ。弱くて情けなくて鈍感な綾一を捨て、強くて頼り甲斐があって優しい百人に媚びるようになった。
側から見れば常軌を逸した豹変っぷりだが、学園中の人間が風倻と同様の状況に陥っていたため、その変貌を不振に思う者はいなかった。
今の彼女にとっては、百人に尽くす事こそが至高であり、綾一のことなんか目障りなゴミ程度にしか思えなくなっている。
風倻は今、最高に幸せだ。
――上記全てが百人の手によるものだということを、彼女は知らない。
「ッ! 百人くんに加勢しなきゃッ! 」
「いくアルヨッ! 」
風倻だけではない。
今彼女と共にオーバーヘブンを駆る少女達。
彼女達も、元々は綾一と親交を深めていたが、百人の手によってソレを自ら捨て去った。
――これを地獄と呼ばずして何というのか。
感情も信念も百年の恋も、百人の意に沿わないものは全て破壊される。
たった1人のための
もっとも、世界の住人である風倻達がソレに気づくことはできないのだが。
「私達の力で百人を守るのよっ!! 」
「「「「おうっ!!!! 」」」」
オーバーヘブンのスラスターを最大出力でぶっ放し、百人の為に飛翔しようとする。
――そこに、ソイツは現れた。
「その必要はないし、させないわ」
「っ!! 」
直後。
大気を焦がす一撃が、風倻達の目と鼻の先に落下した。
焼け付くような匂いが、彼女達の進軍を妨げる。
「何ッ⁉︎ 」
そうして見上げた先で――少女達は停止した。
そこにいたのは、水城栄華。
綾一が使っていた量産型オーバーヘブンを――百人の“
「…………………………」
栄華は修復したオーバーヘブンを纏い、ビームライフルを構えて立ちはだかっている。
彼女の後方には、百人と戦っている氷牙とめぐる。
何のために彼女が此処にいるかは、語るまでもない。
「あんたは…………」
「退いてッ! 」
「退かないわ。貴女達を行かせはしない」
風倻達の血気迫る雰囲気を、栄華は冷めた表情のまま受け流す。
彼女は怒っている。
風倻達が百人のために怒っているのと同じように、栄華も氷牙の為に怒っている。
ビームライフルの銃口を風倻達に向けながら、栄華は冷酷に告げる。
「相手してやるわクソビッチ共。あんたらの腐敗しきった脳味噌を床中にぶち撒けさせてあげるから、纏めてかかってきなさい」
直後。
挑発に乗せられた少女達が一斉に栄華に襲いかかった。
◇ ◇ ◇
蹴落とされた氷牙は、起き上がりながらばっと振り返る。
そこには、百人のビームによって左脚が跡形もなく消し飛んだめぐるが居た。
「ッ――!! 」
「めぐるっ⁉︎ 」
ビームに貫かれためぐるの膝から先は、跡形もなく消し飛んでいた。
そこから、蛇口をひねったかのようにおびただしい量の鮮血が流れ落ちる。
その様子を目にした百人は、狂った様にゲラゲラと笑いだす。
「まずは片脚貰ったぜっ!! すーぐーにー達磨にしてやるから感謝しろよ!! 」
「めぐる、それは…………」
「大丈夫だ」
「いやでもっ…………! 」
「オレに構うなッ!! 次が来るぞ!! 」
片脚を失う大怪我を負っためぐるを心配する氷牙を、めぐるは残った左脚でふんばりながら、右腕で思いっきり突き飛ばす。
直後、先ほどまで氷牙の立っていた位置を百人の放ったビームが横切った。
――めぐるの右腕を消し飛ばしながら。
「なっ…………!! 」
「今は戦闘中だぞっ、ボサッとしてる場合じゃねえっ! オレは平気だから、お前はお前自身の生存を優先するんだっ!! 」
めぐるの腕を消し飛ばしたあたり、氷牙がくらった時よりもビームの出力は格段に上がっている。当たり所によっては即死しかねない。
しかし、なにもない空中でのビーム反射がある限り、単純な回避運動では避けられない。
「死ねッ! 俺の物語をぶち壊そうとした罰を受けろッ‼︎‼︎‼︎‼︎ 」
「ッ――! 」
幾度となく乱反射を繰り返したビームは、
氷牙にはビームの軌道が読めないし、読めたとしても足を負傷している以上避けられない。
それはめぐるも同じ。
片手片脚を失ってマトモにバランスを取れなくなっためぐるは、ヤジロベエのようにふらふらと身体を揺らした後、パタリとアリーナの床に倒れ伏す。
「トドメだッ‼︎ 」
そして。
百人が放ったビームが、輪道めぐるの残った四肢と頭を抉り抜いた。
「まずはひとり、無力化完了だ」
「…………………………………………」
ぼとりと、四肢と頭を消し飛ばされ達磨となっためぐるが床に落ちる。
先程まで動いて喋っていた生き物と、目の前の物体が結びつかない。スーパーなどに陳列されている大きな米袋かなんかと思ってしまいそうだ。
「なんで……俺を庇って……」
そう口にしながらも、氷牙は理解していた。
めぐるは、脚を負傷している氷牙ではビームの乱反射に対応できないと踏んで、氷牙を守るべく自ら肉壁になったのだ。
氷牙を見捨てて百人を倒しに行くという選択肢もとれた筈なのに、めぐるはそれを選ばなかった。
それはきっと。
その道だけは選んだらいけないと分かっていたからだ。
そこに、
「何ボサっとしてんだァッ! 」
「グオッ⁉︎ 」
めぐるの死を目の当たりにして呆然とする氷牙に、百人の蹴りが炸裂し、思い切り吹っ飛ばされる。
ぐぐぐ、と身体を起こしながら、氷牙は百人を睨みつける。
「ッ……百人! 」
「なんだその目、まさか敵討ちとかいっちゃう系かよ? 冗談よせよ、お前なんかが叶う相手じゃあないんだって」
氷牙の目つきを見てその感情を察した百人は、それを鼻で笑う。
氷牙の実力では百人には敵わない。これまでの戦闘過程がそれを証明している。いまの氷牙が百人に挑んだところで、返り討ちに会うのが関の山だろう。
だが、百人はそれ以上に――この戦いに飽きていた。
だから。
「でもまあ、なんか飽きてきたし…………終わらせるか」
「! 」
ぞくりと。
百人のつまらなさそうな声を耳にした途端、氷牙の全身に悪寒が走った。
なんだかわからないが、マズいことが起きようとしている。
直感的にそう判断した氷牙は、足の痛みを堪えて強引に立ち上がると、百人が何かをする前に一撃を喰らわせようと走り出す。
しかし。
間に合わなかった。
「――”
「…………ッ! 」
瞬間。
氷牙の視界が激しく明滅しながら波打ちはじめた。
(なんだっ………………? 頭が痛い…………思考が……纏まらねえ)
感じたのは、猛烈な虚脱感。
一呼吸するたびに、思考がぼんやりとしていく。まるで頭の底に大穴を開けられて、そこから理性とかの類がドバドバと漏出しているかのようだ。
何も考えられなくなっていっているというのに、思考が朧げになっていくという感覚だけは確かにあった。
平衡感覚を喪失した氷牙は、地面に手をついてしまう。
「…………なにを、した」
「催眠」
きっぱりと、百人はそう言った。
「鏡面装甲を持つナノマシンを大気中に散布することで、ビームを反射するってのが本来の用途なんだけど…………それを応用すればこんな芸当もできるんだよね」
「………………あの煙みたいなやつか」
氷牙は気づいた。
先程百人がばら撒いた赤いガス。あれは気体ではなく、無数のナノマシンだったのだと。
光の反射を調整することで、光を目にした対象を己の意のままに操ることができる。
これこそが、鹿山百人の
「もしかして、この学園のやつら全員…………」
「察しがいいな。そうさ、全員俺の催眠下にあるのさ! 馬鹿な奴らだよ、ちょいと催眠を掛けただけであっさりと織島綾一を虐め始めるんだからさ! 単純過ぎて涙が出てくるぜェッ‼︎‼︎ 」
涙を流しながら大笑いする百人。
全ては彼の手の中にあった。
織島綾一を虐める、それだけの為に数多もの人間の心を歪める百人の在り方は、まさしく悪魔だった。
催眠に抗おうとしてその場から動けなくなっている氷牙に、百人はニタニタと笑みを浮かべながら語りかける。
「さ、テメエの道は三つだ。ここで自害するか、仲間と殺し合うか、俺に服従するかだ」
「……………………何を言ってんだ」
「見た目は結構好きなんだ。だが反抗的な中身はいらない。だから催眠で元の人格はきれいさっぱり消し去ることにする」
百人はそう言いながら、氷牙の顎に触れる。
抵抗しようにも、身体が動かないし頭も回らない。視界は荒れ狂う海面のようにブレているし、目に映るすべてが七色に点滅して見える。
早い話、どうしようもないほどに詰んでいる。
「俺の物語に終わりは無い。俺という主人公は死ぬまで絶頂であり続けるべきであり、綾一はその為の道化。全ては決まりきったことだ」
――それでも。
「…………そんなの」
「あ? 」
氷牙の口から漏れ出た言葉を耳にして、怪訝そうな顔をする百人。
そこに。
「こっちから願い下げだよこのクズ野朗ッ‼︎ 」
ズガッ‼︎‼︎‼︎‼︎ と。
氷牙渾身の頭突きが、剥き出しだった百人の顔面に突き刺さる。
「ッがあ⁉︎ 」
鼻血を撒き散らしながらよろめく百人。
氷牙は尚も催眠に抗いながら、震える足で立ち上がる。
頭は割れる様に痛いし目は霞んでマトモに見えないが、それでも、屈するわけにはいかなかった。
「テメェの彼女になるとか真っ平御免だしっ……、ましてやテメェみたいな虐めっ子なんかに成り下がるとか生まれ変わっても嫌だ……ッ‼︎ 」
「お前ッ…………催眠を受けながらどうして動けるッ⁉︎ 」
「こんなモンで………………堕ちてたまるかってんだよッ…………! 」
氷牙をささえているのは、強固な拒絶の意志。
それと、忘れたくても忘れられない、とある過去の忌まわしき記憶。
百人の操り人形になってしまえば、氷牙を氷牙たらしめるものが跡形もなくなる。
それだけは嫌だった。
「ぶっ壊してやる………………! 」
目から血を流しながら、氷牙は吠える。
「こんな胸糞悪くて気持ち悪さしか感じない物語なんか、俺が全てぶっ壊して否定してやる‼︎ 」
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