第15話 忌避されるべき存在
同時刻 1年3組教室
めぐるが学食にてクリスティ・アディン――めぐる的にはどうみてもリテュール・イリナなのだが――と遭遇したという報告を、栄華も受け取っていた。
「ええ、わかったわ。こっちは引き続き鹿山百人の監視を続ける。私がそばにいないからってサボらないで、ちゃんと働きなさいよ」
『オレがそんな不真面目ちゃんに見える? 心配すんなって。新人の前なんだ、先輩として少しはかっちょいい所みせとかねーとな』
「……少しは普段の言動省みなさいよ」
呆れた様にそうツッコミをいれながら、栄華は通話を切る。
めぐるとは結構長い付き合いなのだが、一体彼女の何処に真面目要素があるんだろうか。実力はある分余計に厄介だと栄華は思っている。
「――てことだから、向こうは色々と探るみたい。なるべく怪しまれない様に、引き続き監視を行うわよ。いいわね? 」
「…………」
スマホをしまいながら、栄華は氷牙に声をかける。
が、氷牙からの返事はない。彼女は何やら考えごとをしているようで、ずっと席に座ったまま微動だにしていない。
氷牙のその態度を目にした栄華は、不満げに氷牙の肩を揺する。
「ちょっと聞いてるの? 」
「………………織島綾一がいない」
ぽつりと、氷牙がそう呟いた。
氷牙の口から出た聞きなれない名前に、当然ながら栄華は怪訝そうな顔をする。
「誰そいつ。氷牙の彼氏? 」
「いくら女体化したからって男と付き合えるかよ。てか転生してから彼氏作ってる暇なかったの知ってるだろ。"無限軌道機界オーバーヘブン"の主人公だよ。原作設定通りならこのクラスにいるはずなんだけど……」
氷牙達が居るのは1年3組の教室。原作では主人公である織島綾一をはじめとして、複数の原作ヒロインもこのクラスに在籍している。
原作知識のある氷牙はもちろん、栄華も事前のブリーフィングでの映像で綾一の顔走っている。
しかし、教室をぐるりと見渡しても、綾一らしき人物は見当たらない。
「確かにいないみたいだけど、それが? 」
「最初は病欠かなんかかと思って気にしないでおいたんだけど、どうやら違うみたいなんだ」
「何がいいたいのよ。私達には他人の欠席なんかを気にかけてる暇はないのよ」
「少し前に、クラスの奴に尋ねてみたんだ。織島綾一は休んでるみたいだけど、何かあったのかってな。そしたら――」
◇ ◇ ◇
数時間前。
休憩時間中、織島綾一の不在が気になった氷牙は、クラスメイトの女子に尋ねてみることにした。
知っている物語の舞台に原作主人公が不在というのは、なんだか嫌な感じがする。
理屈や合理なんて無い直感じみた不安からの行動だったが、結果的に氷牙のその不安は的中した。
「あのさ、織島綾一ってどう――」
「知らないわよそんな奴。クラスメイトでもなんでもないわ」
氷牙が最後まで喋りきるよりも早く、女子生徒は食い気味に否定した。
女子生徒のあまりにも強い口調に戸惑いながらも、氷牙は再度尋ねる。
「えっと、織島綾一くん、休んでるみたいだけど……」
氷牙が再度織島綾一の名前を出したその時。
キッ‼︎‼︎‼︎‼︎ と。
教室にいた全員が氷牙の方を睨みつけてきた。
先程まで楽しく談笑したり黙々と自習していた筈の生徒達が、一人残らず無言で氷牙を見つめている。向けられる視線は、あまりにも痛い。
一瞬にして別の世界にでも迷い込んでしまったのように、教室の雰囲気ががらりと変貌してしまっている。それをやってしまったのは、氷牙の一言なのだ。
まるで、織島綾一の名前を出すことが大罪だとでも言わんばかりの険悪な空気。針の
ぐっ、と。
いつのまにか、氷牙に尋ねられた女子生徒が、氷牙の方を強く掴んでいた。
「転校してきたばかりの貴女がなんでアイツの事を気にするのかは知らないけど、もう一度言うわよ」
「…………な、何? 」
「その名前を2度と出すな。あんなクソ野郎、いなくなった方がいいんだよ」
「は? 」
戸惑いながら、氷牙は教室を見渡す。
クラスメイト達は全員、女子生徒の言葉に深く頷いていた。
特定個人に向けた明らかな敵意。
それも、クラスメイト全員という大人数からの。
(なんだ…………? 何が起きている…………? この学園には何が……? )
これは只事では無い。
常軌を逸した敵意を宿したクラスメイト達の視線を一身に受けながら、氷牙はひたすらこの不自然な状況について頭を巡らせることしかできないでいた。
◇ ◇ ◇
「…………ふーん」
氷牙の話を聞き終えた栄華は、あからさまに興味のなさそうな返事をした。
「ふーん、ってなんだよ。明らかに変だろ? 」
「別に。本来は存在しない
「だけど、あの空気感はおかしいだろ。名前を出しただけで露骨に嫌そうな……忌み嫌ってるみたいな反応はさ」
「だからそんな些細なことを気に留めてたらキリがないっての。異世界は星の数以上に存在する。その中には世界観や登場人物が同じでも、その性格や能力だけに差異があるというような世界もあれば、物理法則や世界構造すら違う世界もある。だから、人間ひとり程度の差異なんて大したことないのよ。わかった? 」
氷牙の言い出したものなんて、AMOREの任務においては気に留めるほどでは無い。栄華はそう言っているのだ。
しかし、氷牙はあくまでも織島綾一に固執する。
なぜならば。
彼女は知っているからだ。
綾一の名を出した時にクラス全体に生じた異様な雰囲気を。そして恐らく、栄華自身もそれを知っているはずなのだ。
氷牙の予想が正しければ、それは――
「ガールズトーク盛り上がってるところ申し訳ないんだけどさ、そろそろ移動したほうがいいんじゃないかな? 」
「‼︎ 」
氷牙が口を開くのと同時に。
教室の入り口のほうから声が割り込んできた。
ばっ、と入り口の方に視線を向ける氷牙と栄華。
そこに立っていたのは、軽薄そうな笑みを浮かべた茶髪の青年――鹿山百人だった。
「鹿山百人……」
「つれないなぁ、フルネーム呼びはよしてくれよ。俺のことは呼び捨てでかまわないからさ」
見ているだけで寒気のする様な笑みを貼り付けたまま、百人はゆっくりと氷牙達の方へと近づいてくる。
反射的に身構える氷牙だが、それを栄華が止める。
「何の様だ? 」
氷牙が低い声で百人に尋ねる。
睨まれた百人はややオーバー気味に肩を振るわせると、白々しさの感じられるほどに異様に明るい声で答える。
「次の授業はオーバーヘブンの実習だから、パイロットスーツに着替えてグラウンド集合だよ。遅刻しちゃうと実技の佐久間先生のゲンコツが飛んじゃうから、急いだ方がいいよ? 」
「…………そうね、行きましょう氷牙」
百人のアドバイスを聞いた栄華は、氷牙の手を取るとそそくさと教室の外に向けて歩き出した。
綾一を探しに行きたい氷牙は、栄華の手を振り解こうとするが、彼女の予想以上のパワーになすすべなく連れてゆかれる。
「ちょ、栄華っ……⁉︎ 実技なんて行ってる場合じゃ……」
「駄目よ。不要な騒ぎを起こされたら転生者に逃げられるかもしれない。よって貴女の独断行動は認められない」
「でもっ……」
次第に遠くなってゆく少女達の声。
後に残されたのは百人のみ。
他の生徒達は皆、既にオーバーヘブン実習の為に更衣室に向かっている。
自動消灯によって暗くなった教室内で、百人はスマホを取り出すと、ある番号へと電話をかける。
「さーて、いい加減ズル休みはやめてもらおうかな」
スマホの画面上に送信先の名前は、こう表示されていた。
――織島綾一、と。
「不登校のクラスメイトを心配する――俺、やっぱり善人だよね? 」
その笑みは、まさに悪魔。
この世界において、それを知るものは居ない。
――この時点では、だが。
《hr》
一方、栄華に連れ出された氷牙はというと。
「離せ離せ離せ栄華ッ! 俺は織島綾一を探しに行くんだよっ! 」
「はーいこれ以上煩いと両胸千切るわよー」
「ヒッ‼︎⁉︎ 」
まだまだ抵抗してやがった。
こんな姿人に見られたら恥どころじゃ済まないと思うんだけどなー、と思いながらも、栄華は心を鬼にして氷牙を物理的に引きずり続ける。
「だいたいさ」
「? 」
「なんで織島綾一に固執するの? 貴女は“キャラクターとしての織島綾一”を知ってはいるけど、“人間としての織島綾一”とは面識がないのよ? 貴女が彼に向けてるのは、テレビ越しにしか見たことない有名人とかヒーローショーに出てるヒーローに向けるソレと大差ないってこと分かってる? 」
そう。
当たり前の話であるが、南氷牙と織島綾一は面識がない。栄華の言う通り、両者の間には一方的な認識だけが存在する。
にもかかわらず、氷牙がここまで綾一に固執する理由が、栄華にはわからない。
ただ知っているキャラクターだから。
それに収まらない理由があるはずだと、栄華は感じ取っていた。
「――分かってるよ」
その時、氷牙がようやく駄々以外を口から発した。
いつのまにか、2人の足は止まっていた。
「でもあの時、綾一の名前を出した時の教室の空気。俺はアレを知っている。知っているからこそ、じっとしているわけにはいかないんだ」
「何が……」
栄華が口を開く。
その時。
ガッ、と重たい足音がふたりの耳に入った。
「誰……」
振り返る氷牙と栄華。
そして、
「ッこいつは⁉︎ 」
――その人物の顔を見て、氷牙は驚愕した。
何故ならば。
氷牙は彼を認知している。出撃前のブリーフィング、それよりも前から、その少年のことを知っている。
「君達は………………見ない顔だね」
織島綾一。
”無限軌道機界オーバーヘブン”の主人公。
世界で唯一自我を持つオーバーヘブン・アトラスに選ばれ、様々な出会いやトラブルに遭遇してきた、典型的なラノベ主人公。朴念仁なところはあるものの情に厚い熱血漢――それが氷牙の知る、織島綾一というキャラクターだ。
しかし、目の前の彼はとてもじゃないがそうは見えない。
生気を失った目に、どこかやつれたような外観。ふらふらと壁に手をつきながら歩くその姿は、まるでゾンビか何かのようだった。
「ごめん、ちょっとふらついてたかも」
「大丈夫? なんか随分と顔色悪いけど……? 」
「本当に何でもないから……じゃあ、先行くね」
肩をかそうとした氷牙に綾一はそう言うと、再びふらふらとした足取りで歩き始める。
どう見ても普通じゃない。
氷牙と栄華は、そんな綾一に声をかけることができなかった。
◇ ◇ ◇
その頃。
めぐると悠希もまた、オーバーヘブン実習の為更衣室に向かっていた。
「…………次は他クラスとの合同でオーバーヘブンの実習か」
「しかし……ここ、どこなんだろう? 」
――しかし。
彼女達は絶賛迷子中だった。
広大な敷地面積を誇るこの宙越学園の中、更衣室とは反対方向へと向かってしまっていることを、本人達は知らない。
繰り返される同じ様な見た目の廊下が、ひたすらに2人の方向感覚を狂わせてゆく。
そうして迷いに迷い――
「…………学生寮か」
「しかも男子寮だよ」
いつのまにか、めぐる達は男子寮に上がり込んでいた。
既に授業開始のチャイムは鳴っている。遅刻確定だ。
「こ、こうなったら誰か人に道を尋ねるしか無いですよ」
「こんな時間に学生寮に人がいるわけねーだろ」
悠希は誰かに案内を頼もうと提案しているが、先程から不自然なまでに人気がなさすぎる。もうかれこれ数十分もの間、2人は誰とも遭遇していないのだ。
そうして数多もの扉の前を素通りしていためぐる達。
しかし、とある扉の前に差し掛かった時、変化があった。
『――――か』
どこからか聞こえる、掠れた様な声。
もちろん、悠希の声でもめぐるの声でもない。
めぐるは気のせいかと思いながらも、念の為足を止めて悠希に尋ねる。
「悠希、なんか言った? 」
「いえ、なにも」
『だれか――――いるのですか? 』
今度ははっきりと、ふたりの耳に入った。
声を聞いた悠希は目に見えてパニックを起こし、めぐるに泣き付く。
「おばおばおばおばけっ⁉︎ 」
「幽霊ぐらいでビビるなよ。異世界転生があるんだから幽霊の1,2万匹はいてもおかしく無いよ」
「言わんとしてることはわかりますけどやっぱり怖いんですよぉっ! 」
千切れるような勢いで首をぶんぶん振り回す悠希。
目の前の扉。その向こうから、声が聞こえる。
ならば、めぐるの行動は決まっていた。
「おじゃましまーす」
「なっ」
躊躇なく、めぐるは部屋の扉を開け放った。
鍵はかかっておらず、扉の向こうにはホテルの一室を想起させるほどの豪華で華美な光景が広がっていた。備え付け家電や風呂トイレまでもが完全実装という豪華仕様。これが学生寮の一室なのだから驚きだ。
めぐるはその中を、土足で踏み込んでゆく。部屋の主には申し訳ないが、今は仕方ない。
カーテンが閉め切られて薄暗い室内を手探りでめぐるが進み、遅れて悠希が恐る恐る追従する。
「…………声はここからするな」
声の発生源は、何重にもガムテープが巻かれた状態で机の下に置かれていた、ひとつのダンボール箱だった。
その内側から、くぐもった声が発せられている。
「何この箱……なんかすっごいガムテープぐるぐる巻きだし、触らないほうがいいんじゃ」
「こんなあからさまなの、開けてくださいと言ってるようなもんだろ。おし、じゃあこじ開けてやるぜ」
「ちょ――」
ベリベリベリベリベリッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ と。
悠希が止める間もなく、めぐるはダンボールのガムテープを思いっきり剥がして箱をこじ開けた。
直後だった。
『ぷはっ! 数ヶ月ぶりの外だっ! 』
ぽんっ‼︎‼︎‼︎‼︎ と。
半透明の手のひらサイズの少女が、ダンボール箱から勢いよく飛び出してきた。
「…………え」
『誰だか存じ上げませんが、ワタシを出していただいてありがとうございます。なんせカビ臭い箱の中にずっといたもんで……おまけにずっとオフライン環境でしたからなーんもできないし……1億年ボタンってこんな気分だったんですね……』
全身全霊で自由を喜ぶ目の前の奇怪な存在に、悠希は思考がフリーズしていた。
コイツはなんだ?
なんか無駄にぴっちぴちのボディライン丸出しの衣装着てるし、透けて見えるし、小さいし――
「なにこの子……妖精さん? 」
『んな非科学的な存在いるわけないでしょ』
「よく見ろよ、リストバンドの液晶が光ってんだろ。立体映像だよ」
めぐるに指摘されて、悠希はそれにようやく気づいた。
ダンボール箱の中、その一番上。
そこに、スマートウォッチだろうか。液晶画面の付いたリストバンドの様なものが鎮座しており、小さな少女はその画面から放たれる光の中にちょこんと居座っている。
立体映像。
悠希の住む世界でも既知の技術となってはいるが、目の前のソレは悠希の知るものとは比べ物にならないほどに綺麗に見える。
「君は……誰? 」
恐る恐る、悠希は尋ねる。
小さな少女は、指先をぐるぐると回しながら、ご機嫌な様子で名乗った。
『よくぞ聞いてくれました。ワタシはアトラス、世界初の完全自律型AIを搭載したオーバーヘブンです』
彼女達は知る由もないが。
アトラスは織島綾一の専用オーバーヘブンである。
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