第14話 無限軌道機界オーバーヘブン



 無限軌道機界オーバーヘブン。

 とある天才科学者が生み出した最新鋭のパワードスーツの登場により、人類は更なる領域へと進化した。

 単機での月⇔地球間の往復。

 既存の兵器を大きく上回る機動力と戦闘継続力。

 武装や各部機能の拡張性の高さ。

 不定期に地球へと進攻してくる地球外生命体への有効打。

 オーバーヘブンの登場からわずか四半世紀で、この世界の技術力は1,2世紀先に到達した。階段何段飛ばしどころか1階飛ばしてるレベルの進化だ。

 そして今。西暦2058年。

 オーバーは軍事やスポーツ、宇宙開発の中心となり、オーバーヘブン装機者――パイロットを育成するための教育機関が各国で設立されていた。



《hr》



「――というのが、この世界の特徴らしい」

「いや今の全部お前の説明だったんかい」


 と、めぐるの長ったらしい説明を聞き流しながらモノレールに揺られること10分弱。

 氷牙達は宙越学園のある人工島・蒼穹島に上陸しようとしていた。

 ちなみに道中、悠希は人生初のモノレールに終始はしゃぎっぱなしだったし、栄華はずっと手元のタブレット端末を弄っていたしで、めぐるの話をまともに聞いてたのは氷牙くらいだったりする。なんかもうこの時点で色々とダメな気がしてしまう。どいつもこいつも協調性がなさすぎる。

 それはそうと、だ。


「……なあめぐる」

「ん? ぬぁーに? 」


 氷牙の声に、サンドイッチを頬張りながら返事をするめぐる。

 先程まで手に何ももっていなかったはずなのだが、一体いつの間に口の中に放り込んでいたのだろうか?

 

「今更言うのもあれなんだけど、勝手に学園に潜り込んで大丈夫なのかよ? 俺達は宙越学園の生徒じゃあないんだぞ? もしバレたりでもしたら即刻通報されるかもだぞ」

「そそそそうですよっ! わたし、世界守る前に不法侵入で捕まるなんて絶対嫌です! 」

「何ビビり散らしてんだお前ら。安心しろよ、AMOREの技術班が偽装IDを作ってくれているから、問題なく学園の生徒として潜り込めるはずだぜ。表向きは転校生って扱いだから、それらしく振舞いながら鹿山百人を探るということでいいな? 」


 めぐるはこう言っているものの、やはり氷牙と悠希にとっては不安なのだ。

 普通の人間は他所の学園、それも創作物として知られている異世界への潜入なんかしないので、ふたりの不安な気持ちはあって当然だろう。

 

「この感覚わたし知ってます……先生のお手伝いで職員室に箸を運んだときの様な……なんか特に悪いことをしていないはずなのに、その場にいるってだけで猛烈な罪悪感とかを感じちゃうって感じのそれだ」

「ちょっと何言ってるのか分からない」


 テンパリ過ぎてなんだかよくわからないことを口走り出す悠希に突っ込む氷牙。

 その時、車内のアナウンスが終着駅への到着を告げる。


『まもなく終点・宙越学園、宙越学園。お忘れ物がございませんようご注意ください』

「ほらついたぜ」

「! 」


 駅に着き、モノレールが停まる。

 氷牙は息を呑みながら、車窓から見える宙越学園の校舎を見つめる。

 否応無しに、少女達の舞台は眼前に迫っていた。


 

 これより先は、氷牙達にとっては戦場。

 ファーストミッションが、今始まる。

 



    ◇    ◇    ◇


 

 宙越学園 1年3組教室


「えーっと、きょきょきょ今日はててて転校生を紹介しまーすっ! 」

「水城栄華です。これからよろしくお願いします」

「…………南氷牙です。」

 

 異様におどおどした女教師の紹介に続いて、クラスメイト達の前でややぎこちない自己紹介を終えた氷牙は、ゆっくりと教室を見渡す。

 ついに始まってしまった潜入調査。ここまで来てしまった以上、もう引き返すことはできない。最後まで仕事をやりぬくしかない。

 きっと今頃は、めぐると悠希は別のクラスに転校生として潜入している頃合いだ。彼女達もうまくやっていることを祈ろう。


「えとえとえとえと氷牙ちゃんと栄華ちゃんの席はあのあたりですううううううっ‼︎ 」

 

 おそらくあがり症かなんかなのだろうが、先程から教師にあるまじきテンパり具合を曝け出している担任教師に、氷牙と栄華は不安を覚える。こんな奴が先生やっていながらも見た感じ学級崩壊とかしてないのが不思議なぐらいだ。

 とりあえず、教師の案内に従って用意された席に向かう氷牙と栄華。

 窓際の最後尾。

 そこが氷牙の席だった。


 (すげーな、窓際の最後尾とか……なんかラノベや少年漫画の主人公みたいだな)


 ちらりと栄華の方に目をやる氷牙。

 栄華の席は、ちょうど氷牙とは対角線上にあたる廊下側の先頭。随分と席が離れてしまったようだが、これで大丈夫なんだろうか。

 一抹の心細さを胸に、氷牙は席に座ろうとする。

 その時だった。



「やあ」


 

「っ…………!! 」


 ぞくり、と。

 なんて事の無い挨拶と同時に、とてつもない悪寒が氷牙の背中に覆いかぶさってきた。

 1月の寒さとかじゃ無い。

 心の底から冷え切ってしまう様なおぞましい何かが、すぐ近くにいる。


「…………」

「おーい大丈夫ー? なんか顔真っ青に見えるけど、保健室に連れて行った方がいいかなー? 」


 ゆっくりと。

 振り返る。

 そこには。

 

「南氷牙ちゃん……だっけ。俺は鹿山百人、これからよろしくな」


 ブリーフィング時に見せられた画像と同じ顔をした、茶髪の青年が微笑んでいた。

 彼の名は鹿山百人。

 今任務における氷牙達の監視対象にして、この世界に紛れ込んだ転生者いぶつ

 今。

 “無限軌道機界オーバーヘブン”の世界を巻き込んだ転生者いぶつ同士の衝突が今、幕を開けようとしていた。

 


《hr》

 


 この時。

 南氷牙は気づいていなかった。


 この教室に存在する3つ目の空席の存在を。


 そして、それが“無限軌道機界オーバーヘブンこのせかい”のの主人公、織島綾一の席であることを。

 この世界は、とっくのとうに原作からはかけ離れた理想郷ディストピアと化している事を。



 


《hr》


 時は流れ、昼休み。

 めぐると悠希は、氷牙・栄華とは別行動をとっていた。

 今回の任務は大きくわけて2つのパートに分割できる。

 ひとつは、この学園に存在する転生者・鹿山百人の監視。場合によっては任意同行または実力行使による捕縛も視野に入る。

 もうひとつは、この学園に潜入したきり消息を絶ったAMOREエージェントの捜索。

 今回の任務では、氷牙と栄華が前者を。めぐると悠希が後者を担当することになっている。潜入時にめぐる達が氷牙達とは別のクラスに振り分けられたのはそういうわけだ。


 

 そして、肝心のめぐるはというと。

 

「いやー美味かった美味かった」

「めぐるちゃん、すごい食べっぷりだねー」


 宙越学園の学食に舌鼓を打っていた。

 めぐるの目の前には、すでに2桁を超える量の皿が積み上げられている。

 学食を利用している周りの生徒達も、遠巻きにめぐるの方をちらちらと見ている。いくらおかわり自由だからとはいえこれはちょっと食べ過ぎなんじゃ無いだろうか、と思っているに違いない。

 めぐるの向かいに座っている悠希は、ちまちまとスープを飲みながら、めぐるの食いっぷりに感心していた。


「確かにここのごはんは美味しいですけどもー、それだけ食べたら太っちゃいません? 脂肪と寝不足は女の子の天敵なんですよ? 」

「大丈夫大丈夫、どーせこの後食った倍以上のカロリー消費するんだからさ」


 食べ過ぎを心配する悠希の声を軽く笑って流してしまっためぐるは、皿いっぱいのカレーをひと飲みで完食してしまった。

 カレーは飲み物というデブの代名詞が存在するが、まさか本当にカレーを飲んでる奴にで食わすとは夢にも思わず、周囲の生徒達はめぐるに軽くドン引きする。

 が、悠希は構わずに話を続ける。

 めぐるに惚れている彼女は、食べ過ぎを心配こそすれど泣くことはないのだ。


「いやでも、きっと氷牙ちゃん達は頑張って任務遂行中な筈……わたし達、ずーっとダラダラしてて良いんでしょうか……? 」

「果報は寝て待てと言うだろ。どっしり構えてりゃあそのうち――ほら来た」


 めぐるはそう言うと食事の手を止め、手に持っていたスプーンで悠希の後方を指す。

 悠希が振り返ると、そこには空の盆を持った、恐らく食事を終えた直後と思わしき赤髪の少女がいた。

 スプーンを向けられた赤髪の少女は、怪訝そうな顔をこちらに向けてきている。


「……あの人がどうかしたの? 」

「B級AMOREエージェント、リテュール・イリナ。お前さんの方から出向いてくれるなんて、手間が省けてラッキーだぜ」

「え? 」


 イリナと呼ばれた少女は、めぐると悠希のことを眉をひそめながら見つめている。まるで、めぐるの言っていることが全くピンと来ていない様だ。

 めぐるは席から立ち上がると、赤髪の少女の手を取って声をかける。


「お前さんのチームメイトが心配してたぜ。ほら、この仕事はオレ達リンカーネイションズが引き継ぐから、お前はさっさと本部に帰れ」

「……さっきから何をいってるんですか? 」


 赤髪の少女は、戸惑いながらめぐるの手を振り払った。

 そして、


「わたしはクリスティ・アディン。宙越学園の2年生で……あもーれ? でしたっけ。そんなの知らないし、貴女のことも存じ上げておりませんが」


 ばっさりと、めぐるの発言全てを否定した。

 訳がわからず混乱している悠希は、不安になってめぐるの肩を揺する。


「めぐるちゃん、この人本当にAMOREの人? 人違いとかじゃないですよね? 」

「いや、そんなはずはないね。AMOREのデータベースには確かに彼女の情報が載ってるし、なんなら2ヶ月ほど前に一緒に仕事をした仲だ。ここまで余所余所しくされちゃあさすがのめぐるちゃんも悲しいよ、シクシク存在証明しちゃいそうだよ」

「いやだから……わたしはあなたのことなんか知らないし、そもそもリテュール・イリナなんて名前じゃありませんっ! なんなんですか貴女っ、これ以上変なこと言ったら通報しますよっ⁉︎ 」


 クリスティ・アディンと名乗った少女は声を荒げながらめぐるの腕を払いのけると、そのまま早足でその場から去っていってしまった。


「……一筋縄じゃいかない、か」

 

 めぐるは払いのけられた右手を見つめながら、ぽつりとつぶやく。

 先程から何がどうなっているのかさっぱりわかっていない悠希は、先程以上に強くめぐるの肩を揺すりながら、彼女に説明を求める。


「えっと、めぐるん。これどーゆーことなの? 」

「さあな」


 が、めぐるにもわからない。

 しかし、何か碌でも無いことが起きていると、めぐるの直感が告げている。

 

「腹括れよ悠希。多分だけど、こっからがオレ達AMOREの仕事本番なんだからよ」


 そう言いながら、去り行く赤髪少女の背中を見つめるめぐるの顔を、悠希はゆっくりと覗き込む。

 先程までそこに存在していた、間の抜けた様な雰囲気は完全に消えていた。


 



 

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