第13話 ファーストミッション
AMOREエージェントとしての初仕事を迎えることとなった氷牙と悠希は、めぐるに連れられて基地の地下までやってきた。
エレベーターで地下に降りてすぐの場所には、なんか大量のモニターやら計測機器やらが設置された部屋が広がっていた。その様子は、まるで軍隊か何かの司令室のようだった。
モニターの近くでは、数人の男女が色々と機器を操作している後姿が確認できる。
恐らく、めぐるが言っていたオペレーターの人達だろう。チーム”リンカーネイションズ”には他にも何人かオペレーターがいるとは話に聞いていたが、橋本以外のオペレーターを目にするのは初めてだ。
「ここは……? 」
「オペレータールームさ。ここから俺達が現場にいるお前らをサポートする。勝手にその辺のものを触ろうとするんじゃあないぞ」
「へえ〜すっごいなぁ……」
物珍しさ全開であたりをきょろきょろと見渡す氷牙と悠希。
そこに栄華が、小箱を2人に手渡してきた。
開けてみると、中には新品の腕時計らしきものが収まっている。
なんだろうこれ?
「次元転移装置さ。こいつを使えば別世界に移動できる。使い方は後で説明するから、とりあえず装着しろ」
「船には乗らないのか? ほらあっただろ、フロム・クエーサーとかいう船」
「あれ動かすのに凄い金かかるし色々手続き踏まなきゃだからさ、どうしてもって時にしか使わないんだよ。普段はこの腕時計型の転移装置か、この基地の地下にある大型の装置を使うんだ」
橋本は椅子に座ると、カタカタとキーボードを操作する。
すると、氷牙達の前面のモニターが点灯し、とある島の全景が映し出される。
鉄橋で外部と接続された島の上に、不釣り合いなまでに真新しい大きな白い建物が乗っかっている。山の頂上付近では何台もの風力発電の風車が回転しており、島の端の辺りからは鉄橋らしきものがどこかへと向かって伸びている。
これは一体どこなんだろうか?
「今回の現場は……FW-2011、通称:"無限軌道機界オーバーヘブン"」
「⁉︎ 」
オーバーヘブン。
その単語を耳にして首を傾げる悠希と、目を丸くする氷牙。
めぐるが手元のリモコンを操作すると画面が切り替わり、ゴテゴテしたパワードスーツの様なものを装着した2人の人物が空を飛んでいる映像が映し出される。
彼らはスーツに装備されている砲門を使ってのビームの撃ち合いや、手に持った実体剣での鍔迫り合いなどといった、激しいドッグファイトを繰り広げている。まるで特撮作品かなんかでも見せられている様な気分だ。
「めぐるちゃん、これ何? 」
「………………」
「って氷牙ちゃん、なんか固まってるけど大丈夫? 」
ここで悠希は気づく。
氷牙が固まっていることに。
「まさかとは思うけど」
「? 」
映像の方に視線を向けたまま、氷牙が口を開く。
そして、
「オーバーヘブンって、あのオーバーヘブンのことなのか⁉︎ 」
氷牙は、心の底から驚きの声を上げた。
「”あの”……? 」
まるでオーバーヘブンが何なのかを知っているかの様な驚き方をしている氷牙を見て、悠希は怪訝そうな顔をする。
彼女の思っている通り、氷牙はオーバーヘブンを、その世界を知っている。
「無限軌道機界オーバーヘブン。異星からの侵略者に対抗すべく作られたパワードスーツ『オーバーヘブン』、そのパイロットを育成するための学校を舞台に繰り広げられるハチャメチャラブコメ‼︎ ――という触れ込みのライトノベル。ツッコミどころは多いけどキャラ人気は非常に高い、オタクなら大抵は名前を知ってるハーレムラノベの金字塔だよ」
そう。
氷牙は創作物として“無限軌道機界オーバーヘブン”を知っている。
氷牙のいた世界ではかなりの人気を誇っており、ちょっとオタク文化を齧り始めたくらいのライトオタクでも名前くらいは知ってるほどに有名なライトノベル作品。それが“無限軌道機界オーバーヘブン”だ。
「はえー。氷牙ちゃん詳しいんだね」
「アニメ版をちょろっと見た程度のミーハーだけどな。しかし……マジかよ」
さまざまな世界があると聞いていたが、まさか既知の創作物の世界まで存在するとは夢にも思わず、氷牙は驚きが止まらない。
だとすると、目の前に映っている島は、原作の舞台であるオーバーヘブンのパイロット育成機関・“私立
「よく見たら戦ってる2人……オーバーヘブンの主人公の
「当たり前だぜ。それはそうとよく分かったな、ご褒美としてなでなでしてあげようか」
「いやそれはいらない」
にこにこ笑顔を浮かべながら頭を撫でようと伸びてきためぐるの腕を、氷牙は冷たく払いのける。
「驚くことはないわ。この多元宇宙には、私達が創作物として認知している世界も多数存在する。むしろそういった世界にこそ転生者は出現するの。貴女だって一度くらい、好きだった創作物の世界で好きに生きる妄想をしたことはあるでしょう? 」
「オタク男子としてはなんとなくわかるけどさあ」
栄華の言っていることは分からなくもない。
誰だって一度は考えた筈だろう、自分が好きな創作物の世界に行きたいと。
好きなキャラに会いたい、主人公のように強くなってみたい等、その動機は十人十色だろうが、それはあくまでも与太話程度の妄想でしかない――というのが、ついこの間までの氷牙の認識だった。
だが、その考えはもう通用しない。
既に氷牙自身が非常識の側に立っているのだから。
「興奮する気持ちは分かるが落ち着けお前ら。オレ達は観光に行くんじゃない、仕事に行くんだ」
「別に興奮してねーよ」
「とりあえずブリーフィングの続きいくぞ。俺達の今回のターゲットはコイツだ」
橋本がそう言うと、モニターの映像が切り替わる。
島の前景映像に代わって表示されたのは、茶髪の青年の顔写真。恐らく証明写真かなんかから持ってきた画像なのだろうが、青年の顔は嫌味ったらしく思えるほどに自信たっぷりに見える。
「
「とどのつまり? 」
「潜入調査だ。コイツがAMOREエージェント失踪にノータッチなら放置してオッケー。なんかしら関わってたり、犯罪行為を働いてた場合は証拠を掴んだ上で実力行使。わかったか2人とも? 」
「わっかりやすい説明ありがとうございます! 」
「荒事にならなきゃいいけど……最初から全力ドンパチとか勘弁して欲しいなぁ」
ハイテンション気味に礼を言う悠希と、阿一郎の時の様な事態になることを懸念する氷牙。流石にあんな真似を繰り返されたら色々と持たないと思う。
……のだが、何か起きてしまいそうな気がして仕方がないのは。
「じゃあブリーフィング済んだし、そろそろ出撃と行こうぜ。はしもっちゃん準備して」
「了解っ。あとはしもっちゃん呼びやめろ」
軽口を叩きながら橋本は手元のタブレット端末を操作してゆく。
すると、手首につけた次元転移装置からピロンと音が鳴り、合成音声によるガイドが始まる。
『次元転移装置ロック解除、転送座標を送信します』
「お、おお? 」
「始まった……? 」
戸惑う氷牙と悠希。
こうなることはあらかじめわかっていたはずだが、いざ目前に迫るとなると色々と心の準備が追いつかなくなる。
「よーしいくぞおめーらぁ‼︎ リンカーネイションズのお仕事開始じゃついてきやがれどららららぁっ‼︎ 」
「待てまだ心の準備が――」
氷牙は色々と準備ができていないことを理由に、意気揚々と転移装置を起動しようとするめぐるを止めにかかろうとする。
しかしもう手遅れだった。
橋本が手元のタブレット端末を操作した瞬間、氷牙達の腕に取り付けられた転移装置が、激しい光を放ちながら起動した。
◇ ◇ ◇
「…………っ、何がおきた? 」
視界が明滅すること、体感時間で1分弱。
最初に氷牙が感じたのは、風に運ばれてきた潮の匂いだった。
何度も目を擦りながら、光に眩んだ視界を慣らしてゆく。
そうしてようやく正常性を取り戻した氷牙の視界に飛び込んできたのは、青い海だった。
「なんだここ……」
自分達は先程まで、基地の司令室に居たはず。
しかし今氷牙達がいるこの場所は、どう見ても倉庫の立ち並ぶ埠頭だ。
あたりを見渡すと、近くにはめぐるに栄華、そして悠希の姿も確認できた。どうやら皆離れ離れになるような事態にはならなかった様だ。
「ここはっ……⁉︎ さっきまでわたし達、基地にいたはずでしたよね⁈ 」
「落ち着け悠希。転移しただけだ、目的地にな」
取り乱す悠希を落ち着かせるめぐる。
その視点は、目の前にそびえ立つモノに向けられている。
つられて氷牙達もそれに目を向ける。
そこには。
「……………………あれは」
海の上に浮かぶ島、その上に建てられた近未来的な大型建造物。
島の外周をぐるりと取り囲むモノレールに、山の頂上付近から何台も生えている風力発電の風車に、島から伸びる大きな鉄橋。
人工の学園島・蒼穹島。
先程映像で確認した島が、現実のものとして目の前に存在していた。
「あれって……私立
「だからそう言ってるだろうに。ほら、てめーの格好をよく見ろ」
「これはっ⁉︎ 」
めぐるに指摘されて自身の身体を確認した氷牙は、ここでようやく、自身の格好が見慣れた自校のセーラー服から白を基調とした制服に変わっていたことに気づいた。
胸元に乗っかっているでかいリボンに、無駄に短いスカート、よくわからないロゴによるワンアクセントが入ったニーソックス。
氷牙はこれを知っている。
無限軌道機界オーバーヘブンの舞台である、私立
「なんでこんな格好を……なんかコスプレしてるみたいで恥ずかしんだけど」
「言ったはずだ、これは潜入調査だって」
「潜入って……まさかあの学園に生徒として潜り込むつもりなのかよ⁉︎ 」
「そりゃそうだろ、どの道転生者――鹿山百人の素行調査もやるんだ、生徒として入った方がやり易いだろ」
めぐるの言っていることは正しいのだが、宙越学園の制服姿になんだか落ち着かない気分にさせられてしまう氷牙。
それにブリーフィングの時、ここに送り込まれたAMOREエージェントが次々と行方不明になっていると橋本は言っていた。情報がない以上、無闇に潜入調査をするのは危険なのではないだろうか。
「戸惑うかもしれないけど、これが私達遊撃隊の平常運転なの。こればかりは慣れてもらうしかないわ」
「へえ〜っ、楽しそう! 」
「悠希、分かってるだろうけど遊びじゃないんだぞ」
めぐるは抱きついてきている悠希をぐいぐいと引き剥がすと、右手を高く掲げて音頭を取る。
「よし、じゃあ私立
「おーっ! 悠希頑張りますっ! 」
「…………」
…………めちゃくちゃ不安だ。
結構バラバラな気がするんだけど、これで本当に任務達成できるんだろうか。
氷牙はこの先の未来を憂いながら、海の向こうに佇む学園島を見つめるのだった。
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