第12話 恋する乙女なたわわ系後輩
2週間後。
星間都市ネオスC地区 AMORE第9遊撃隊”リンカーネイションズ”基地。
めぐる達の住まいを内包した、小さな基地の端にある、専用の屋外演習場。
まだ朝焼けの眩しい早朝から、南氷牙はそこにいた。
長い白髪を括ってポニーテールにし、セーラー服に身を包んだ氷牙は、地面に直立する丸太を前にしている。
彼女は深く息を吸い込んで――
「せやァッ‼︎ 」
目の前に置かれた大きな丸太に対して、氷牙が腕を振るう。
それだけで、音もなく丸太は縦に一刀両断された。
ズシンと大きな音と土煙をたてながら倒れる丸太。その切り口は、恐ろしいまでに綺麗だった。
氷牙は、何度も確かめるように手を握ったり開いたりする。
「ふぅ……こんなもんか」
転生特典。
転生者の有する異能。
どんな特典が宿るかは完全にランダムであり、いかにも超能力といったものから、特殊な武器や防具といった道具の形態をとるもの、基礎的な身体能力の上昇といったパッシブスキルのようなものと、その在り方は千差万別なのだが、世界を簡単に捻じ曲げられる力であることだけは共通している。
それが、氷牙の中に宿っている。
「
氷牙は、自身に宿った特典の名を口にする。
呼び名があった方が便利だしかっこいいだろ? という身もふたもない理由でめぐるが勝手に命名したものだ。正直言って氷牙のセンス的にはダサいという他ない。
どうせなら呼び名ぐらい自分でかっこいいものを付けたかったなー、と思いながらバラバラになった丸太を片付ける氷牙。
そこに、
「お見事お見事、いい一閃だった」
おにぎりを頬張りながら輪道めぐるがやってきた。
朝っぱらから彼女の能天気な声を聞いてしまった氷牙は、思わずため息をついてしまう。
が、めぐるはそれに気づいていないようで、
「いやー、入隊試験も無事通った事だしひとまず最初の関門は突破だな」
「お前が無理矢理試験受けさせたんだけどな。まあ通ってしまった以上は文句言っても意味ないけどさ」
そう。
あの時、衝動的に氷牙はAMORE入隊を宣言した。
それからはもうあっという間で、連日めぐるをコーチにつけての転生特典の制御特訓やマルチバースに関するレクチャーを叩き込まれる日々。
そうして、2週間の猛トレーニングの甲斐あってか、なんやかんやあって氷牙は入隊試験を突破してしまった。
これで今日から氷牙もAMORE隊員。これからはめぐるのように、様々な世界で転生者と戦うハードな毎日が待っている。
「……新社会人ってこんな感じなんだな」
「ともかく、これで氷牙もウチのチームメイトってことだな。よろしく頼むぜ」
そう言うと、めぐるは氷牙の方をぽんと叩いた。
めぐるをはじめとするAMOREの前線で戦う遊撃隊のリーダーは、チームメイトとなる隊員を自由に選ぶ権利を持つ。要は、各隊の隊長格がメンバー任命権を持っているのだ。氷牙がこうしてめぐるのチームに配属することとなったのは、それが理由だった。
「ほら上がれ、お前もおにぎり食わないか」
「それは食べるけど」
めぐるから投げ渡されたおにぎりを頬張りながら、氷牙は基地の中へと戻る。
そうして基地の正面ロビーに入ると、そこでは橋本が缶コーヒーをがぶ飲みしていた。足元には大量の空き缶が転がっているのだが、まさかこれ全部飲んだのだろうか。
そこから少し離れた位置では、栄華が壁に寄りかかりながら無言でスマホを弄っている。なんて事のない行動だが、栄華みたいな美女がやっているとめちゃくちゃ映えるのだということをまざまざと見せつけられてしまう。
「よう、朝から頑張ってるじゃないか」
「橋本さん……」
「俺も通知は確認済みだ。これからよろしく頼むぜ氷牙」
橋本はそう言いながら椅子から立ち上がると、氷牙の肩にぽんと手を置く。
「…………あの馬鹿のストッパーとして誠心誠意頑張ってくれ」
「いきなり荷が重いんだけど⁉︎ 」
なんかすんごい泣きそうな目をしながら懇願してきたが、多分氷牙には無理だと思う。というかアイツを止められる人間がいるとは思えない。めぐるとはまだ短い付き合いの氷牙だが、それでもわかる。
ちらりと栄華の方を見ると、彼女は無言でスマホを弄っている。多分だが、彼女も橋本の言ってることは実現不可能だと思っているのだろう。なんか色々と諦めてる雰囲気漂わせているし。
「それはそうと、だ」
「ん? はしもっちゃんどーしたの? 」
「はしもっちゃん呼びするんじゃないっての。実はもう一人ウチに新人が来ることになっていてな、そろそろ来るはずなんだが……」
「そうなの? 私聞いてないんだけど」
「いや前々から人事に催促はしてたんだよ? それがようやく通るのかぁーっ、これでちょっと仕事が楽になるかもだ。なんせオペレーター含めて5人だぜ? マジでハードワークだったんだからな? 」
「ブラックとかいうレベルじゃねえだろそれ」
そんな労働環境で大丈夫なんだろうか。リーダーであるめぐるは色々と適当だし、人では少ないしで先が思いやられる。
ともかく、仲間になるんだったら頼むからまともな人が来て欲しいなぁ……と淡い希望を胸に抱く氷牙。
しかし、その希望はあっさりと打ち砕かれることとなった。
ずだだだだだだだだだっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と、入口の方から慌ただしい足音が猛スピードで氷牙のほうに接近してくる。
氷牙が咄嗟に入口の方を向いた時には、もう遅かった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいほんと遅刻してごめんなさいごめんなきゃあっ!!!? 」
「ねほっ!? 」
氷牙が入口の方を向いた直後。
ぼふんっ、と。
何か柔らかいものに氷牙は押し倒されていた。
「ぬおっ……いてて……」
数秒程の混乱の後、ようやく氷牙は自身が床に押し倒されていることを理解した。
一体何がぶつかってきたんだと思いながら上体を起こそうとする。
そうして目を開けた氷牙だったが、視界にまっさにに飛び込んできたのは大きなおっぱいだった。
「……………………えっと」
目の前の物体の感触を顔全体で感じ取りながら、氷牙は状況を整理する。
何ががぶつかってきたと思ったら一瞬のうちに押し倒されて、視界がおっぱいに支配されていた…………?
つまり、だ。
(俺…………他人のおっぱいに顔うずめている…………? )
ワンテンポ遅れてそれに気づいた氷牙は、慌てて胸の谷間から頭を上げた。
「あ…………」
「……………………え」
ここで氷牙ははじめて、ぶつかった相手をしっかりと目視した。
彼女がぶつかってしまった相手は、小柄なふわふわ緑髪の少女。纏っている雰囲気も、どこかふわふわとしているように感じられる。犬耳みたいにぴょこんとはねている髪も相まって、荒事とは無縁そうな育ちのいいマスコット系美少女といった印象を抱かせる。
だが何よりも目立つのは、ブレザーの下から猛烈にその存在を主張している、小さな身体に不釣り合いなまでに大きな胸。めぐるも氷牙もそこそこサイズはあるほうなのだが、それよりもふた回り以上は大きく見える。
氷牙がこれまで目にしてきたどのおっぱいよりも、それは大きかった。
「………………」
「………………」
両者の間に沈黙が走る。
めぐるも栄華も橋本も、戸惑いながら2人を覗き込んでいる。
そして。
「あわわわわわわわすみませんすみません!! 何でもしますから前科だけは付けないでくださいっ‼︎ 」
「ひょええええええええええええええええええええええっ!!!!!!!? 」
氷牙と少女は同時に発狂した。
氷牙は完全にパニックになっていた。とにかく必死に謝罪を繰り返した。
事故とはいえ、というか今は自分も女の子とはいえ、女の子のおっぱいに触れるなんて完全に事案だ。性犯罪待ったなし、セクハラで訴えられて人生終了。こんなの正気でいられるわけがない。
「ご、ごめんなさいっ! 」
「ぶふっ⁉︎ 」
ぶつかってきた少女の方も咄嗟に頭を下げるが、その頭が氷牙の鼻頭に激突する。
そして氷牙は再び地面へと倒され、鈍い音を立てて頭を床にぶつけさせられた。見事なまでの頭部への2連撃。前も後ろもじんじんと痛みを発していやがる。痛みのサンドイッチだ。
「お、おーい……ふたりとも大丈夫か~? 」
やや遠慮がちにめぐるが2人に接近しながら声をかける。
が、ここでめぐるは気付いた。
「ってお前は!? 」
「あっ、あなたは――‼︎ 」
緑髪の少女とめぐるは、お互いの顔を見ると同時に驚愕の表情を浮かべた。
少女は慌てて立ち上がると、目にも留まらぬ早さでめぐるの手を取る。
「やっと会えました! 」
「うお、おう……落ち着け落ち着け。気持ちはわかるけどちょっとタンマだ。後氷牙踏んづけてる」
「うわわわわごめんなさいっ‼︎ 」
「かべらばぶ……」
めぐるに指摘されて氷牙を踏んづけている事に気づいた少女は、慌てて氷牙の上から降りようとするが、あまりにも慌てすぎたものだから、足を滑らせて尻餅をついてしまった。ドジすぎる。
頭を2回も打った上に思いっきり踏んづけられた氷牙は、既に白目をむいて意識を朦朧とさせている。これ以上彼女を痛めつけないでやってほしい。
一方で、状況が呑み込めず、ひたすら困惑する栄華と橋本。
「何がどうなっているのこれ? 」
「わからん。めぐる、その新人のこと知ってんのか? 」
戸惑いながらめぐるに訊ねる橋本。
めぐるが答えるよりも早く、少女が口を開いた。
「知ってるも何も…………めぐるちゃんはわたしの命の恩人なんです! 」
「「…………はぁっ⁉︎ 」」
少女の言葉を耳にした栄華と橋本は。
2人そろって素っ頓狂な声をあげた。
◆ ◆ ◆
そして皆が落ち着きを取り戻し、氷牙が復活した後。
少女の自己紹介が始まった。
「
「下っ、下ぁっ! スカート脱げてるからァッ‼︎ 」
「ひゃああああああっ⁈ 」
氷牙に指摘をされてそれに気づいた少女――神坂悠希は、慌てて脱げてしまったスカートを履き直す。
――すでにタイツ越しに覗く薄緑色の布が、氷牙達目に入ってしまっているのだが。
初っ端からドジを踏む彼女を目にした氷牙は、なんだか不安になってきた。AMOREって結構あぶない仕事なんだけど、こんな奴が仲間で大丈夫なんだろうか?
「……なんか不安というかなんというか」
「不安になる気持ちもわかるけど、ここに配属されたということは、AMORE入隊試験を突破したという事。そうは見えなくとも、彼女もそれなりの実力者ってことよ」
「それはわかるけどさ……」
栄華の言葉に苦言を呈する氷牙。そのおでこには湿布が貼られている。
見た目で判断するなという意見も分かるが、これで不安視するなというのはちょっと無理があると思う。
「さっきめぐるの事を命の恩人とか言ってたけど……本当なの? 」
「わたしが嘘をつくように見えますか? ほら見てくださいっ、わたしのつぶらな瞳を! 」
「それ同性にやってもムカつくだけってこと分かってるかしら? 」
「あうあう……ほっぺた引っ張らないでください……」
栄華に頬を引っ張られて涙目になる悠希。
皆に問い詰められためぐるは、苦笑いしながら悠希との関係性を暴露する。
「本当だよ。つい先日……時期的には氷牙と出会う直前にやってた仕事、辻斬り・
そう。
遡ること2週間ほど前。
とある世界で辻斬りをはたらいていた転生者を倒しに行った際に、すんでのところでめぐるが助け出した少女。それが神坂悠希だったのだ。
あの時は名も知らない無辜の民間人でしかなかった彼女が、なんの偶然かここに居る。偶然か必然かはわからないが、めぐるからすれば驚愕どころでは済まなかった。
「あの後わたし、頑張ってAMOREのこと調べて入隊試験受けたんですからね! 」
「いやAMOREって一部例外はあるけど基本的には秘密組織な訳で……どうやって調べたんだよ」
「愛の力です! 」
「何故そこで愛ッ⁉︎ 」
「助けられた時に確信したんです。めぐるちゃんはわたしにとっての王子様だって! 」
その力強い言葉に、氷牙と栄華は何も言えなかった。
つまり、悠希はめぐるに助けられたことがきっかけで、彼女に惚れてしまったらしい。
めぐるの変態っぷりや奔放っぷりに振り回されまくっている氷牙からすれば正気を疑うのだが…………愛の形は人それぞれとも言うし、誰が誰に憧れようともそこに他人が口出しする余地はあまりないだろう。
恍惚の笑みを浮かべた悠希にべったりと抱き着かれているめぐるに、橋本は心配そうに声をかける。
「……なんか変な子に目付けられちまったみたいだけど、大丈夫か? 」
「大丈夫だ、問題ない」
「顔舐められてないかお前。絶対大丈夫じゃないだろ」
橋本の言うとおり、すでにめぐるの右頬は悠希の唾液でべろべろだった。なんというか、スキンシップの取り方が犬か何かのそれだ。
一方、先ほどからあまり口数の多くない氷牙はというと、悠希のことをじーっと眺めていた。
別に悠希に気があるわけではない。
ただ、彼女の服装――どこか上品そうなブレザーに、見覚えがあるのだ。
そしてしばらくの観察期間を経て、氷牙は気づいた。
「え、なんですかさっきからわたしのことをじろじろと見て。なにかついてますか? 」
「その服装…………もしかして
「!! 」
その指摘に、栄華と悠希は同時に反応した。
もちろん氷牙は(今は女だけど)男だったので受験できるわけもないのだが、その可憐なデザインの制服は結構街中でも目立っていたため、すぐに悠希が宮鳳女学院の生徒だと気づけたのだ。
「きゅうほうじょがくいん…………? 」
「宮鳳女学院――通称
「あれっ、鳳女知ってるんですか⁉︎ もしかしてお二人ともわたしと同郷⁉︎ すっごーいっ! まさかこんなところで地元の人達と会えるなんてっ、世間って案外狭いんですねー! 」
悠希の言葉に、氷牙は苦笑いするしかなかった。
マルチバース世界だというのに、栄華といい悠希といい、なんでこうも地元の奴と出くわすんだ。世間狭すぎるだろ。
と、同郷同士の会話が花開きそうになっていたところを、疎外感を感じていためぐるが強引に打ち切りに入る。
「まあ積もる話はあるだろうけど、それは一旦置いといてだ」
「えーっ、もっとみんなとお話ししたい~っ! 」
我が儘を口にしながらめぐるにもたれ掛かる悠希を片手でぐいぐいと押し返しながら、めぐるは手に持ったスマホの画面を眺める。
その様子は、まるで甘えん坊な飼い犬にじゃれつかれている飼い主の様だった。
そして、スマホをしまってこう言った。
「……早速仕事が入ったぞ」
「! 」
めぐるのその言葉を耳にした一同は、一気に緊張感に包まれる。
先程までの緩い雰囲気は一瞬で吹き飛ばされ、ピリピリとした空気が張り詰める。
「じゃあ行こうぜ、ファーストミッションへ。オレ達AMOREの仕事をお前達に教えてやるよ」
「………………っ! 」
ファーストミッション。
その言葉が、氷牙に重くのしかかる。
果たして自分達にやれるのだろうか。
(いや、やるしかない――選んだのは俺なんだ! やってやる。俺はやるんだ――)
果てしない不安を胸に、氷牙はめぐるの後に続く。
少女達の戦いと冒険は、これより幕を開ける。
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