1章:4人で始めるリンカーネイション

第11話 転生(性)の代償~Girl's life and Ability~



 星間都市ネオスは、宇宙空間上に浮かぶコロニーのひとつである。

 プロジェクションマッピングで映し出される人工の空、地球環境を単独で完全再現した内部、地球まで直通する軌道エレベーター、別世界への転移技術などの科学技術を余す事なく使ってその都市は作られた。

 その歩みは宇宙はおろか別の世界まで枝を伸ばし、異星と異世界の文化をも手にしながら、今もなお更なる発展を目指している。

 まさに万物が集う楽園。

 その象徴が星間都市ネオス。

 

 







 


 そして。

 南氷牙は。



「……………………」


 お風呂の前で葛藤に直面していた。



   ◆   ◆   ◆

 

 

 少し前。

 何をトチ狂ったか、勢い余ってAMOREに入ると宣言してしまった氷牙。

 しかし後悔した時にはもう遅く、満面の笑みを浮かべためぐるに引きずられるようにして連れていかれることになってしまった。

 何とか栄華に助けを求めようとしたが、彼女はめぐるがにこにこ状態になった時点で早くも匙を投げやがった。救いなんてなかった。

 そうして無理矢理連れていかれた先は、閑静な高級住宅地のような区画の、端の方にある一軒家。


「ここは一体? 」

「AMOREの社宅みたいなもんだな。オレ達みたいに最前線で戦う遊撃隊には、隊ごとに拠点が貰えんのさ」

「ここまで色々あっただろ、風呂にでも入って身体を休めるんだ」

「あ、はい……」 


 橋本の言うとおり、ここまで色々とありすぎて氷牙はもう疲労困憊だ。ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 家の中にあげられた氷牙は、めぐるに場所を教えられた風呂場へと向かう。


「ほな、ごゆっくり〜」


 めぐるは氷牙を脱衣所まで連れてゆくと、さっさと何処かへといってしまった。

 あっという間に一人きりになってしまった氷牙は、若干ぼんやりとしながら学ランを脱ぐ。

 

「風呂…………か」

 

 何気なく、洗面台の鏡に目をやりながらつぶやく。

 そして、気づいた。

 


 

 ――



 

 女体化してから色んなことがありすぎてすっぽ抜けていたが、こうして落ち着いて今の自分の身体をまじまじと目にする機会を得てから、ようやく氷牙は気づいた。

 オンナノコの身体でお風呂?

 鏡に映る長身白髪美少女の姿を目にしてしまった氷牙は、気づいてしまった。

 

「待て待て待て待て無理無理無理無理!! 」

 

 氷牙は服を脱ごうとしていた手を止め、反射的に鏡から目を逸らす。

 冗談じゃない。こんな状態で風呂に入る度胸なんぞ持っていない。

 というか年頃のオンナノコの裸体を直視なんて、いくら自分のものといっても初心な(元)男子高校生には刺激が強すぎる。

 

「無理だぁ~~~~~~~~~~~~っ‼︎ 俺には無理だ! 」


 髪を振り乱しながら悶える氷牙。

 


 ――そこに、ヤツは現れた。


「お嬢さんよ、お困りのようだな」

「! 」


 ついさっきまで耳にしていた声が、氷牙の真後ろから聞こえてきた。

 ばっと振りむくと、ドラム式洗濯機の上に腰掛けた、変なマスクで目を隠した変態めぐるがいた。


「…………何なのオマエ」

「なあに、お前さんの困り声が耳に入ったんでな。ちょっとばかしこのめぐる様がお手伝いしてあげようと思いまして」

「手の動きが明らかにやらしいんだけど!? 楽しむ気だよね!? レッツエンジョイする気だよねお前‼︎ 」

「可愛いTS娘の初入浴だぜ? オレ夢だったんだよね、TS娘の初お風呂のお手伝いをするの」

「そんな夢かなえんじゃねえよ! 」

「ヒトの夢に貴賤はないんだぜ」

「おめーの夢は間違いなく貴賤の賤側なんだよ! やめろっ、胸に手を伸ばそうとすんじゃねえ! 自分のでも揉んでろっ‼︎ 」

 

 わきわきといやらしい動きを見せるめぐるの両手を払いのけながら、氷牙は

 氷牙は目の前の変態を、あの阿一郎きつねやろう相手に毅然とした態度で立ち向かっていた少女と同一人物とは思いたくなかった。まるで着ぐるみの中身を覗いてしまった幼気な子供のような気分だ。


「ちゅーかオレだって一仕事どころか三仕事くらいやりきって疲れてんのよ。せっかくなら一緒に入った方が水道代節約できて効率的だし、女の子同士裸の付き合いってのも悪くないと思うぞ」

「お前とだけは絶対にヤダ!! 」


 断固として拒否する氷牙に、とうとうめぐるがしびれを切らした。

 マスクを投げ捨て、AMORE制服である白いジャケットも脱ぎ捨てると、彼女は氷牙に向かって飛び掛かってきた。

 

「往生際の悪い奴めっ!! 鼻血祭りにあげてやるッ‼︎ 」

「やめろやめろ来るんじゃねえ息吹きかけるんじゃねえ触ろうとすんじゃねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!! 」

 

 性欲百パーセント含有のギラつく眼光が、氷牙に迫る。

 少女の貞操が終わる。

 


 その寸前。

 

「やめなさいっ!! 」

「ばびゅうんっ!!!? 」


 バシイイイイインッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 颯爽と脱衣所に乱入してきた栄華のビンタが、綺麗な音を立ててめぐるの頬に直撃した。


 きりもみ落下しながら脱衣所の床へと叩きおとされためぐるの頭を、栄華は容赦なく踏みつける。

 その踏みつけは、床が軋むほどの強さだ。

 めぐるを踏みつけている栄華の顔は、途轍もなく冷たく感じられた。きっと今の彼女を子供の輪の中に放り込んだら、あっという間に恐怖の涙で覆い尽くされるだろう。

 

 兎に角貞操の危機を脱した氷牙だったが、今度は栄華に恐怖心を抱くようになってしまった。

 もうやだ一刻も早く帰りたい。なんでAMOREに入るとか言っちゃったんだろう。氷牙は早くも、数十分前の己の選択に公開し始めていた。

   

「氷牙」 

「ひっ⁉︎ 」


 ふいに、栄華が声をかけてきた。

 思わず肩を震わせてしまう氷牙。

 

「今の内に入りなさい」

「いや、俺は…………」

「いいから。いつまでも血の付いた学ラン着てたら悪目立ちするわよ」

「それはそれだけど」

 

 氷牙はこの時、栄華に対して完全にビビっていた。

 有無なんてなかった。



   ◆   ◆   ◆

 


 そんなこんなで、氷牙はようやく腹を括って入浴タイムに突入した。

 が。


(どたい無理だったんだ……女体化したこんな状態で風呂なんか……)


 案の定、全然休まらなかった。

 肉体的な疲労は取れるが、精神的にはさらに疲弊してゆく感覚しかない。


「しかし、ほんとうに変わっちまってるな……」


 恐る恐る天井から目線をおろすと、湯に浮かぶ胸の双丘が目に入る。

 氷牙は元々ガタイがいい方ではなかったが、それでも身体の線は細くなっているし、肩にかかる白い髪の感触も、元の身体だったならば感じるものではない。

 そして、もちろん。


「下もない、か」


 男としてあるべきものもない。

 男だった頃の氷牙を知るものが今のこの姿を見て、彼女が南氷牙であると認識する事はまず不可能だ。それほどまでに、氷牙は変わり果ててしまった。

 自分の裸体を見れば見るほど、コレが今の自分なんだという実感が強くなってしまう。このままだと自分が自分でなくなってしまいそうだ。


「でもまあ、まだマシなのかもな。これで人間じゃなくなってたらもう悲惨だろうな……」


 氷牙も現代を生きるオタク男子ということもあり、異世界転生を題材にした作品をいくつか知っているが、それらの中には魔物や動物、はてには無機物に転生している転生者だっている。

 それらと比べると、性転換した程度の氷牙はまだマシなのかもしれない。


「って何考えてんだ俺は」


 駄目だ、早く出なければどうにかなってしまう。

 氷牙は目を閉じながら湯船から立ち上がる。

 そして、浴室の壁についた手すりを掴んだ瞬間――


 スッ、と。

 手すりが付け根から切断された。

  

「のうわっ⁉︎ 」


 いきなり手すりが取れた事でバランスを崩し、氷牙は浴槽のへりに腹部を強打する。


「痛ッ……⁉︎ なんだっ、いきなり手すりが取れたぞ⁉︎ 」


 腹部に走る痛みに悶えながら氷牙は立ち上がる。

 手に握られている手すりだったものは、綺麗に根元から斬られている。まるで何か鋭利な刃物で切断されたかのように、その断面は綺麗だった。


「どうなってんだこれ……」

 

 なんだこの欠陥浴室は。文句を言ってやる。

 氷牙はそう思いながら浴槽から上がると、浴室のドアに手をかける。

 が。



 ずるり、と。

 浴槽のドアの上半分が奥へとズレた。



「………………………………」

「……………………えっと」


 ばたんと音を立てて倒れた浴室ドアの向こう側には、洗濯カゴを抱えて呆然としている栄華の姿があった。

 どうやら、氷牙のための着替えを持ってきたらしい。


「……え」

「あ………………」


 知人に裸体を曝け出してしまった氷牙と、(元)異性の知人の裸体を目にしてしまった栄華。

 あまりにも突発的すぎる出来事に、フリーズする二人。

 そして。

 ひと呼吸置いた後。

 

 

「「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎⁉︎ 」」



 二人揃って黄色い悲鳴をあげた。

 


 

 


   ◆   ◆   ◆

 


 その後、なんやかんやあって風呂から上がった氷牙は、両手で顔を覆って悶えていた。

 

「もうお婿に行けない……」

「オレが貰ってやんよ」

「絶対に嫌っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」


 意気揚々とふざけたことをほざくめぐるを断固拒否する氷牙。

 そもそもめぐるも女だろうがとか突っ込む以前に、こんなセクハラ女に貰われる女性が可愛そうだし、氷牙自身も嫌だ。

 それはそうと、だ。

 

「で、何この服…………」

「お前の学校の制服」

「いやそれはわかるんだけど、なんで持ってんの? 」

「潜入用に作ってもらったんだけどオレにはデカくてな。よかったじゃんピッタリじゃん」


 氷牙に着替えとして用意されていたのは、一着のセーラー服――それも、氷牙の通っていた高校の制服だった。

 まさか日常的に目にしていたセーラー服を自分が着る羽目になろうとは夢にも思わなかった。

 一応生物学的には女性なので見た目的には大丈夫なのだが、なんだか人前で女装しているような気分だ。

 ちなみにだが、着替えは栄華が手伝ってくれた。当然だがめぐるに任せるような真似はできない。

 ここで閑話休題……というか本筋に入る。

 

「栄華から話は聞いたぞ。うちの風呂ぶっ壊したそうじゃないか」

「な、あれは……」

「安心しろ、別に弁償しろとか言わねえからさ」


 そう言うとめぐるは、目の前の皿に置かれている山もりのスイートポテトを片っ端から手に取って頬張る。


「|お前の身に起こっていることは性転換だけじゃない《ほはへほひひおほっへふおほはひぇいへんはんはへひゃない》」

「食べながら喋るな。行儀悪いし何言ってんのか全然わからないから」

「……ごくん」


 行儀の悪さを氷牙に指摘されて、めぐるは慌てて口内のスイートポテトを一気に呑み込む。結構量があったはずなのだが、どうやって一気に呑み込んだのだろうか。

 

「お前の身に起きたのは何も性転換だけには収まらない。お前にも宿ってんのさ、転生特典ってやつが」

「俺に……転生特典が? 」

「うん」


 氷牙の言葉に、短く頷くめぐる。

 氷牙は自らの手のひらをまじまじと見つめる。

 ドアを、手すりを、そして阿一郎をぶった斬った。

 これまでの事象から推測するに、さしずめ、触れたものをなんでも切断してしまう不可視の刃といったところか。

 そんな危険極まりない力が、今この手に宿っている。

 氷牙は、それが酷く恐ろしかった。


「……怖がる気持ちは分かる。当然だ、いきなり得体の知れない力が手に入ってしまったんだから。その力で余計なものを傷つけてしまわないか不安になるのは当然だ」

「…………」

「だが安心しろ。AMORE、ひいては異世界には、お前みたいな異能を持つやつはごまんといる。オレだってそのひとりだ。転生特典を制御するノウハウだって一般化している」


 めぐるはそう言うと、口を拭いながら立ち上がる。

 そして、指をパチンと鳴らして自信たっぷりに氷牙に手を差しだしてきた。

 

「兎にも角にも、まずはお前の転生特典を制御するための特訓をしなきゃだな。勿論――コーチはオレだ」

「……なんか不安になってきた」


 めぐるがコーチ役を買って出たことに対して、氷牙は思わず眉をひそめてしまう。

 確かに、振れたものをなんでも切断してしまう氷牙の転生特典は危ないものだし、制御のための特訓は必要なことなのだが、そのためのコーチがめぐるであることがかなりの不安材料として機能している。だいぶ言動があれなのだが、果たして何とかなるのだろうか。

 そんな氷牙の不安を他所に、めぐるは鼻歌交じりに特訓メニューを紙に書き留めてゆく。

 

 

 かくして。

 南氷牙の異世界生活の第一歩は、転生特典の制御から始まることとなる。



   ◆   ◆   ◆



 星間都市ネオスの中心部にそびえ立つ、天を貫く超高層ビル。

 AMORE本部。


  

 その少女は、AMORE本部ビルを地上から見上げていた。

 ふわふわとした緑色の癖っ毛に、小柄な体躯に似合わない大きな胸。品のよさそうなブレザーに身を包み、肩に大きなボストンバッグをぶら下げたその少女は、肩を震わせていた。

 傍から見れば、緊張でもしているのかと思うだろう。

 事実、それは半分当たっている。

 だが、少女の胸にあるのは純度100%の緊張だけではなかった。

 

「やっとついた…………星間都市ネオス。そしてAMORE本部」


 少女の手には、一枚の写真が握られてる。

 そこに映っているのは、紫髪の少女――輪道めぐるだった。

 少女はその写真を、まるで御守りか何かのように固く握りしめると、一度だけ深呼吸をする。

 そして、覚悟を決めて一歩前に踏み出す。

 

「待っていてねめぐるちゃん…………いや、わたしの王子様っ‼ 」


 歓喜に肩を震わせながら、少女はAMORE本部へと通じる正門を潜り抜ける。

 その足取りは、何処か浮ついているように見えた。


 

 彼女の名は神坂悠希かんざかゆうき

 新しい出会いが、輪道めぐるの間近に迫っていた。 


 

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