序章epilogue:少女の決意表明~ここからはじまるOdyssey~



 星間都市ネオス。

 高さ1000mは優に超えているであろう巨大なタワーを中心とする、銀色の空中都市。

 その街の端にある、軍事基地のような施設。

 次元航行戦艦フロム・クエーサーは、そこに着艦していた。


「ほーら降りた歩いた。時間は有限、立ち止まっている余裕はなーいぞっ」

「ちょちょちょっと待てよっ…………」

 

 めぐるに手を引かれるがままに船を降ろされた氷牙は、施設の廊下を歩かされていた。

 

「なんだこりゃ……めぐる、ここがお前らの世界だってのか? 」

「そうよ。ここは星間都市ネオス、AMOREの本部がある場所よ」

「星間、都市……? 」

「いわゆる宇宙コロニーさ。外に映る空をよーく見てみろよ、全部プロジェクションマッピングだから」


 めぐるに言われるがまま窓から空を見上げると、そこには微かに格子状の線のようなものが見える。……正直言って、実感が湧かない。

 現実離れした光景に目が眩んだ氷牙は、視線を下の方にやる。

 が、目をやった先では、

 

「なん、じゃありゃ……⁉︎ 」

「ああ、獣人と宇宙人を見るのは初めてだったか。この世界じゃ異星人はおろか、異世界人とまで交流が可能になってる。まあ……そういうもんだ」

「軽く流すな! 」

「アレが此処の常識なんだって。お前もしばらくここに滞在することになるんだから、さっさと受け入れた方が楽になるぞ? 」

「んな事言われても…………って、ん? ここに滞在する…………? 」


 めぐるの無茶振りに辟易とする氷牙だったが、めぐるの最後の一言に引っかかる。

 ここに滞在する。

 彼女はそう言った。

 混乱する氷牙に、すかさずめぐるが事情を説明する。


「そ、上からの命令でな、お前をしばらくウチで預かる事にしたんだ。ったく、お偉いさん等は何考えてるんだか……ね」

「んな勝手な……」

「まあ、どのみち性転換している今のままじゃお前は帰れないんだ。その姿じゃ帰った所で家族や知り合いに気づかれないだろうし、うちに保護されるってのは好都合だと思うけどね」


 それは一理ある。

 美少女化した今の状態では、彼女が氷牙であると認識する事は不可能だ。

 だとしても、だ。

 

「……俺があんたらに保護される理由がわかんないんだけど」

「そうかしら? 慣れないオンナノコの身体で右も左も分からない異郷の地に放り出されるよりかはマシだと思うけど」


 栄華の言葉に、氷牙はぐうの音も出なかった。

 身一つで勝手の分からない異世界に放置されるよりは、AMOREで保護されて安全も衣食住も保障されるほうがはるかにマシだというのは、考えるまでもない。

 栄華の方をチラリと見ると、彼女もめぐるに同意するかのように頷いている。

 氷牙が再びめぐるの方に視線をやると、彼女はその場で立ち止まった。

 そして、氷牙の方を振り向く。

 

「ちなみに、オレ個人の意見としてだが――」

「なんだよ」

「氷牙、お前AMOREに入らないか? 」

「…………ナニイッテラッシャルんデショウカ」


 ”AMOREに入らないか?”

 めぐるからのその誘いを受けた氷牙は、思わず目が点になった。

 コイツはいきなり何言い出してんだ?

 困惑する氷牙と栄華を他所に、めぐるはにこにこと笑いながら話を続ける。


「さっきの狐野郎への見事な啖呵の切りっぷり、そしてあの切断技! アレを見てめぐるちゃんはピンときちゃったわけです。"あ、コイツ……ヒーローの素養がある‼︎ "ってな」

「ねえよそんなもん! てか俺を保護するって話じゃなかったのかよ!? なんで仲間に入れる方向に行ってんの!? たった数秒で意見90度曲げてんじゃねえよ! 」

「あると言ったらあるんだよ、テメエ自身で自覚していないだけでな。

「……………………」


 めぐるのその言葉に、氷牙は黙り込む。


(ヒーローの才能だって……? んなもん俺にあるわけが――)

 

 氷牙はめぐるの誘いを否定しようと、思考を巡らす。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、ここに至るまでの一連の出来事。

 嬉々として殺し合いに興じる少年たちに、氷牙の命を奪った謎の人物。

 転生者である事を理由に暴虐の限りを尽くす阿一郎一味と、それに怯え苦しめられる人達。

 

 あの時確かに、氷牙は見ず知らずの他人のために怒っていた。めぐるの言葉を借りるならば、まさしくそれはヒーローの素養とでも言うべきものだ。

 ならば。

 自分が選ぶべきは、なんだ?

 心の奥底に意識を向け、身体の感覚が薄れてしまうまでに、考え続け――



 

「……AMORE


 

 ――気づけば、氷牙はそう答えていた。


 これまでの彼――いや彼女ならば、絶対に首を縦に振らない筈のシチュエーション。

 それにも関わらず、氷牙は進む必要のない茨の道に足を踏み入れた。

 それに彼女が気づくよりも早く、めぐるは円満の笑みを浮かべながら氷牙の肩に手を置いた。


「お前ならそう言うと思った! 」

「……………………えっと? 」


 ここにきてようやく、氷牙は自分が何を言ってしまったのかを理解した。

 しかし、今更引き返すことはできない。すでにレールの上に乗っかってしまっているのだから。


「安心しろ氷牙、お前はお前が思ってる以上にヒーローに向いてるぜ。さっきの異世界でのアレをみて確信した」

「いや今のはっ――‼︎ 」

「言質はとったもんね。今更取り消しは無しだよ」

「正義の組織の言動じゃねーだろどう見てもおおおおッ‼︎ 」


 泣きながら必死に否定する氷牙だが、めぐるの意思は固かった。

 栄華は無言で見つめてくるばかりだし、橋本は他の隊員との話に夢中で気づいていない。早い話、氷牙の味方はいなかった。


 

 これこそが南氷牙、人生最大の失敗。

 かくして、数多もの世界を駆け巡る少女達の冒険が、幕を開けようとしていた。

 

 


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