第10話 マジ? 世界の広さに比べて世間狭すぎだろ……
水城栄華。
彼女は氷牙のクラスメイトだ。
才色兼備の優等生で、人をほとんど寄せ付けない高嶺の花。見た目も雰囲気も無駄に大人びているせいで、彼女を少女と呼ぶにはかなりの抵抗感がある。
そんな彼女が、さも当然化のようにAMOREの船に乗っている。
氷牙からすれば訳がわからなかった。
そんな氷牙の様子を目にしためぐるは、野次馬根性丸出しで氷牙の肩に手を回してくる。
「何、お前ら知り合い? 」
「……………………クラスメイト」
「マジ? 世界の広さに比べて世間狭すぎだろ……」
氷牙からの返答を聞いためぐるは、思わず素っ頓狂な声をあげる。
氷牙だって驚いているのだ。まるで休日何気なく出かけた先で、あんまり仲良くないクラスメイトと出会してしまったような気分だ。いや実際そうなんだけど。
「お前、こんなところで何してんだよ」
「仕事」
「仕事? 」
「私、AMOREのエージェントだから」
「…………」
きっぱりと、栄華はそう言った。
氷牙は栄華とはあまり関わったことはないが、少なくとも彼女はくだらない冗談を言うような人間ではないという事くらいは知っている。
クラスの優等生が実は秘密組織の一員だったなんて、一体いつの時代の中二病患者の妄想だ?
そう否定したくても、その気力がない。
(事実は小説より奇なりというか……いやホント、滅茶苦茶なことばっかり起きてんなぁ……)
あまひにも非現実的なことが連続で起こりすぎて精神がキャパオーバーでもしてきたのか、氷牙の意識が遠のきそうになる。
そんな氷牙の様子に気づいていないめぐるは、氷牙の背中を栄華の方へと軽く押す。
「ま、知り合いっつーなら話が早い。栄華、オレはこれから橋本さんと話し合わなきゃならねえから、ちっとばかし氷牙を任せるぞ」
「え、ちょっと勝手に――」
栄華が反論しようとするが、めぐるがすかさず氷牙と栄華をドアの向こう側に押し、ブリッジから閉め出してしまう。
なんだか、学校で教師に勝手にペアを決めさせられた時のような気分だ。
閉められた扉を前に、氷牙はそんな事を思う。
と、ここで、栄華がそそくさと何処かに行こうとする。
「……」
「お、おい。どこ行くんだよ? 」
「部屋に戻る」
「いやちょっと――」
すたすたと足早になって通路を進んでゆく栄華を、氷牙は反射的に追いかけてゆく。
その足取りは、何処かぎこちなかった。
◆ ◆ ◆
しばらく艦内を歩いた後、栄華はとある部屋の前で立ち止まった。
栄華の後ろには、ややくたびれたような顔をした氷牙の姿もあった。予想以上の艦内の広さに、すっかり疲れてしまった模様。
「結局着いてきたの」
「いやだって、他に行く宛ないし……ブリッジはめぐると橋本さんが大事な話をしてるっぽいし」
「ったく、他人を託児所扱いして……こっちもドローンのメンテナンスとか転生者の拘束とかで色々忙しいってのに」
「さらりと赤ん坊扱いしやがったな」
氷牙の抗議を馬耳東風しながら、栄華は自室のドアを開けて部屋の中へとそそくさと入ってゆく。
他に行く宛もないので、氷牙も仕方なしに栄華に続いてゆく。
ドアをくぐると、備え付けのベッドとデスクを除いて、後は雑多なガラクタばかりの部屋が広がっていた。
栄華は足元のガラクタ達を乱雑に蹴飛ばしながら進んでゆき、オフィスチェアに腰を下ろす。
「適当に腰掛けていいわよ」
「え、でも忙しいって」
「別に話しながらでもできる仕事ばっかしだから問題ないわよ」
「は、はぁ」
栄華に言われるがまま、氷牙はベッドに腰掛ける。
この有無を言わせない栄華の物言いを、氷牙は学校でもなんどか耳にしている。側から聞いていても内心「ちょっと怖いな」と思っていたのだから、それが直に自分に向けられているとなると、かなり緊張してしまう。
そんな草食系元男子の氷牙ちゃんの内心などつゆ知らない栄華は、これまたド直球な疑問をぶつけてきた。
「で、なんなの。その姿」
「…………いや俺に聞かれても困るんだけど」
栄華の質問に、氷牙が返せる答えは他になかった。
氷牙だって望んで性転換したわけではないし、できることなら一刻も早く戻りたい。
「性転換、ね。私も事前にドローンで確認していなかったら信じられなかったわ」
「確認って……」
「見てたわよ、学校での戦闘の時点から。まさかあんな間近でやらかしてくれた上にこんな事になるなんて、つゆも思わなかったけど」
「……お前、めぐるの仲間なのか? 」
「不本意ながらそういうことになるわね」
そう言った栄華の顔は、見るからに嫌そうだった。
なんか触れちゃまずかったのだろうか。
「…………」
話す内容が思い浮かばない。
そもそもクラスメイトと言っても、氷牙と栄華には直接的な関わりはほぼない。どちらかと言うと、氷牙の幼馴染みである久遠の方が栄華とは仲がいい。
あくまでも友達の友達。顔を知ってるだけの他人。
それが氷牙にとっての水城栄華である。
「マジで驚いてるよ。こんなところでお前と会うなんて」
「それに関しては同感ね。まさか貴女を巻き込んでしまうなんて…………いやなんでもないわ」
栄華は何かを誤魔化すかのようにわざとらしく咳払いをする。
「なぁ、この船って……なんなんだ? 」
「この船は次元航行戦艦“フロム・クエーサー”。私達AMOREが別の世界に行くための飛行戦艦よ。滅多なことでは動かさないのだけど、一応隊長のMIAって一大事だったから、仕方なく来たのよ」
「MIAって……
前に漫画かなんかでちょろっと目にした覚えがあったので、氷牙はすぐに理解できた。
めぐる一人の失踪で巨大な船を出すあたり、どうやら彼女はAMOREという組織にとっては相当大事な存在らしい。
「…………俺はこれからどうなるんだ? 」
「さあね。でも確実に言えることがひとつあるわ」
そう言うと、栄華は手元のリモコンを操作する。
すると、壁のモニターに船の前方の映像が映し出される。
「貴女は当分、元の日常には帰れないってコトがね」
「――な」
そこには。
高層ビルのそびえ立つ巨大都市が広がっていた。
◆ ◆ ◆
ここで時間は、氷牙が死を迎えた瞬間まで遡る。
転生者・
突如として現れた黒ずくめの人物の手によって氷牙が致命傷を負わされ、その意識を手放した。
めぐるは先に気絶した篠原に手錠をかけると、急いで倒れた氷牙の元へと駆け寄り、傷口をふさごうとする。
黒ずくめの人物を追うことも考えたが、まずは瀕死の氷牙をどうにかすることが最優先だ。
「くそっ……血が止まらねえ‼︎ 応急処置でどうにかなる傷じゃない! 」
しかし、どうすることもできない。
なんせ脇腹が大きく斬れているほどの大怪我なのだ。応急処置程度でどうにかなるレベルは軽く上回っているし、したところで命が助かる可能性も低い。
それでもめぐるは諦めずに、ジャケットから包帯を取り出して止血をしようとする。
そこで、変化は起きた。
「あ」
「? 」
微かに、氷牙の口から声が発せられる。
それが合図だった。
ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾッ!!!!!! と。
得体の知れない音が、氷牙とめぐるを取り囲むようにして発生する。
音の発生源を探して目を動かそうとするめぐるだが、次なる変化が来るのはそれよりも早かった。
めぐるが氷牙から目を離した直後、ギュギュギュギュギュギュギュギュギュルルルルルルルルルルルルルゥッ!!!!!! という、人間の身体から発せられるはずのない異音が、死にゆく氷牙の身体から発せられる。
そして、異音が激しさを増すと共に氷牙の姿がブレてゆく。
否、氷牙だけではない。
めぐるを取り囲む世界そのものが、閃光を放ちながらブレて、ぼやけてゆく。まるで絵の具が滲んでいくかのように色彩がぼやけ、周囲の壁や天井が輪郭を失ってゆく。そしてすべてが曖昧になり――最終的に、めぐるの視界は真っ白な閃光で塗りつぶされた。
「なっ……んだ、これ」
あまりの眩しさに、めぐるの目が眩む。
その閃光は全てを呑み込んでゆき――
――そうして目を閉じること数秒。
瞼越しに閃光が収まったのを確認しためぐるは、ゆっくりと目を開ける。
「……おさまった、か」
しかし。
目を開けた先に広がる景色は、見る影もないほどに一変していた。
先程まで学校の廊下に居たはずのめぐるは、いつの間にかどこかの小高い丘の上にいた。少し冷たい風が頬を撫でているし、眼下には草原が広がっている。
さらに遠くの方に目をやると、橋を渡る甲冑姿の人間に馬車らしき物体、草原の向こうには壁に囲まれている街のようなものまで確認される。この光景を見て現代日本と結びつけるのは困難だろう。それほどまでに、景色が一変していた。
「こりゃまあ驚いた……」
無意識のうちにそう呟いていためぐるだが、その声には微塵も驚きが感じられない。
いきなり見知らぬ場所に飛ばされたというのに、めぐるは酷く落ち着いた様子だった。まるで慣れっこだとでも言わんばかりに、冷静に目の前の景色を眺めている。
そしておもむろに、自分の傍らに目線をうつしてゆく。
そこには。
血の滲んだ学ランに身を包んだ、長い白髪の美少女が横たわっていた。
◆ ◆ ◆
そして今。
次元航行戦艦フロム・クエーサーのブリッジ。
「……なんだったんだろうな、あれは」
「わからん」
めぐるから、氷牙が殺されてから異世界転移までの一連の流れを聞かされた橋本は、めぐると一緒に頭を悩ませていた。
突拍子もなければ理解もできない。
それ以外の感想が出てこない。
「少なくとも、だ。めぐる。お前、ひょっとしてとんでもなくやっかいなモン拾ってきちまったんじゃあないのか? 」
「それがどうした。オレの座右の銘は、“禍福は糾える縄の如し”だぜ? どんな厄ネタだろうが受け止めて愛しきる、それがめぐるちゃんなのだよ」
「お前の座右の銘はコロコロ変わるから不安しかないんだがな」
そう言いながら、橋本はブリッジ前方に目をやる。
「おっ、そろそろ着くみたいだな」
「はぁ……とにかくやる事目白押しだ……気が重い」
目的地が見えてきた事で上機嫌になるめぐると、これからのことを考えて気落ちする橋本。
彼らの目の前には、見渡す限り高層ビルの立ち並ぶ巨大都市が広がっている。
その名は星間都市ネオス。
AMOREの本部を有する、この多次元宇宙きっての未来都市だ。
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