第9話 AMORE
「――終わったな」
その決着は、余りにも呆気なかった。
「か、はっ……」
ぐらりと、阿一郎が床に倒れ伏すと同時に、阿一郎の姿が普通の人間のものに戻る。
その顔は、まるでカートゥーンアニメのキャラの様にくしゃくしゃになっていた。辛うじて呼吸はしているようだが、こんな状態で生かされてるのは、見ている氷牙からしても気持ち悪く思えて仕方がない。
「ふーっ、これにて全滅かな」
「全滅って……まさか取り巻き含めて全員⁉︎ 」
「ああ、これくらい朝飯前さ」
Vサインをしながらさも当然かのように言うめぐる。
めぐるはすれ違いざまに氷牙の肩をポンと叩きながら、氷牙の後方で身を寄せ合っている3人家族の方へと近寄る。
そして、その場にへたり込んでいる幼い少女の肩に手を置きながら、彼女を安心させるべく語りかける。
「もう大丈夫だ。お姉ちゃん達が悪ーい奴らを全部やっつけたから」
「……ほんとに? 」
「当たり前だ。まあ、ちっとばかし街壊しちゃったのは申し訳ないんだけどさ」
少女の両親も、未だに阿一郎一味が全滅したことを夢のように感じているようで、肩を抱き合いながらその場にへたり込んでいる。
しかしその顔は、どこか憑き物が落ちたかのようにすっきりしている。
頭は追いついていないが、身体は感じ取っているのだ。一ヶ月に及ぶ恐怖から解放された喜びを。
「す、すごい……アイツらをこんなにもあっさり……あんた、一体何者なの? 」
「夢でも見てるみたいだ……」
「夢を見てるんじゃない、悪夢が終わったのさ」
激しい戦闘によって乱れた髪を掻き上げながら、めぐるは微笑む。
と、その時。
めぐる達が撃墜された時に突き破った屋根の穴から差し込んでいた光が、不意に途切れる。
まるで、何かが真上に現れたかのように。
氷牙は空を見上げて――呆気にとられた。
「…………………………は? 」
いつの間にか、氷牙達の真上には、金属光沢を宿した純白の天井が広がっていた。
否、それは正しくない。
流線型のフォルムを有した純白の空中戦艦が、氷牙達のいる城塞都市の真上に浮かんでいるのだ。
「なんだあれ……飛行船……⁉︎ 」
煉瓦造りの街に全く似つかわしくない、どちらかと言えばSF作品とかに出てくるべきであろう空中戦艦が、オレンジ色の空に鎮座している。
一体何がどうなってるんだ?
そう問いかけるような眼差しをめぐるに向けた氷牙だったが、めぐるはというと、どこか安堵したような態度を見せている。まるで、懐かしの我が家に帰ってきたかのような雰囲気を出してやがる。
「あのさめぐる、あの飛行船は一体……? 」
「良かったな、お迎えが来たみたいだぜ」
「お迎え? 」
めぐるが笑いながらそう答えた直後、空中戦艦から小さい何かが飛び出し、地上に向かって降りてくるのが見えた。
それはフラフラと不安定な挙動を見せながら、めぐるのすぐそばまで降りてくる。
「なんだこれ、ドローンか? 」
そう。
氷牙達の元にやってきたのは、スピーカーとカメラが搭載されたドローンのようなものだった。
それはめぐるのまわりをぐるぐると旋回しながら、スピーカーを介してめぐるに話しかけてきた。
『おーいめぐるーっ! 任務中にいきなり行方不明になったと思ったら、随分と暴れ回ってんじゃんかヨォ! 人が心配してやってんのに、ホント呑気なもんだな! 』
スピーカーから聞こえてきたのは、若い成人男性を思わせる声だった。どうやらめぐると面識があるような口ぶりだが、彼は何者なのだろうか。
「あー、それについてはマジでごめん。転移のショックで通信機駄目になっててさぁ。それにしても、よくオレの居場所がわかったな! 」
『それに関しては“アイツ”のお手柄だよ。なんだかよくわかんないけど、転移時の空間の揺らぎがどーたらこーたらとか言ってたわ。うん、マジでアイツ居なかったら詰んでたぞ? 』
「ふははははっ! さすがオレのチームメイト! やっぱり持つべきは頼れる仲間だな! 」
ドローンをばしばしと叩きながら大笑いするめぐる。
『にしても、だ。随分と派手にやったな。まさかこんな辺境の世界でこれだけの転生者の集団を一斉逮捕できるなんてな……治安わるすぎねーか? 俺マジで不安になってきたぞ』
「まあまあ、とりあえずそいつらは全員捕縛しといてくれ。帰ったら纏めて牢屋送りだ。あと――」
めぐるはそう言いながら、氷牙の方を振り向く。
「一名乗船するから、よろしくねっ」
◆ ◆ ◆
めぐるに案内されるがまま、氷牙は街の外に着陸した空中戦艦に乗船した。
鉄に覆われた通路を歩き、ブリッジへと向かう。
まるでSFアニメかなんかの世界に迷い込んでしまったかのような光景に、氷牙は目を見張らずにはいられなかった。
「えらく興味津々な様子で……やっぱり男の子はこーゆー船が大好きなんだねぇ。オレも好きだけど」
「う、うるせーよ。つーかよ、この船は一体なんなんだ? お前のモンだったりするのか? 」
「ははははははっ、恥ずかしがらなくていいさ。空中戦艦は男のロマンだからな! 」
「勝手なこと言うんじゃねえっ! 」
悔い気味に否定する氷牙を揶揄いながら、めぐるは壁にある手形認証装置に手を置き、ブリッジへと通じる自動ドアをのロックを解除する。
そして、ブリッジに一歩足を踏み入れた直後。
「この馬鹿タレがっ! 」
「はぺしっ‼︎ 」
ゴチンッ‼︎‼︎ と。
めぐるの頭にゲンコツが落とされた。
あまりにも綺麗な音が目の前で炸裂したので、氷牙は反射的に顔を
ゲンコツがクリーンヒットしためぐるは、頭を抑えながらゲンコツの主に猛抗議し始める。
「はしもっちゃん暴力はんたーいっ! パワハラで訴えて無職にしてやるーっ! 」
「勝手に言ってろ。ったく、余計な心配かけさせやがって。どんだけ俺たちが探し回ったかわかってんのか? 」
めぐるが顔を上げた先。
開かれた自動ドアの向こう側には、青いニット帽を被った青年が立っていた。
年は二十代半ばぐらいか。カーゴパンツという、船内の風景からやけに浮いたラフな服装だ。
振り下ろした拳に吐息を吹きかけながら、青年はうずくまっためぐるを見下している。雰囲気だけならば、まるで馬鹿息子を叱る母親だ。
「あの、あなたは? 」
「俺は橋本。簡単に言うと、この馬鹿の上司だ」
「馬鹿って言うなーっ! これでもエースオブエースオブエースなんだぞーっ! あんまり酷いこと言うとストライキしてやるぞーっ! 」
馬鹿呼ばわりされためぐるが馬鹿なことをほざきだしたが、橋本と名乗った男はそれを無視して話しつづけようとする。
が、ここで気付く。
「ってお前! 何民間人船に乗せてきてんだ馬鹿! ここは客船じゃないんだぞ⁉︎ 今すぐ捨ててこい! 」
「やだやだやだやだ! ちゃんとお世話するから捨てるとか言わないでよ! 」
「テメーら人を捨て犬みたいに扱ってんじゃねーよ! つーかお前の独断だったのかよ⁉︎ 」
どうやらめぐるの奴は、一般人である氷牙を勝手に乗船させた模様。
勝手に連れ込まれた挙句拾われた野良猫か野良犬みたいな扱いを受けるとか、されてる氷牙からしたらたまったもんじゃない。
「迷子の転生者拾ったから保護したんだよ。オレの不手際で転生しちゃったし、放置するのもアレだし」
「勝手に仕事増やすな勝手に一般人巻きこむな勝手に戦って勝利するな! お前集団行動向いて無さ過ぎやしねーか⁉︎ もうすこしAMOREの一員としての自覚をだなぁ! 」
あっけらかんとした態度のめぐるに、橋本は半泣きになりながら詰め寄る。完全に“問題行動ばっか起こす部下と、泣きながら尻拭いする上司”のやりとりだ。
多分世の中には、彼と同じような気持ちを抱きながら仕事をしている上司がたくさんいるのだろう。まだ未成年な氷牙が、社会人の苦しみを垣間見てしまった瞬間である。
そんな感じに、目の前で繰り広げられる社会人の苦しみの一端を見て嫌な気分になっていた氷牙だったが、今の2人の会話の中に、ちょっと引っかかる単語があることに気づいた。
「あのー、AMOREってなんなんすか? 」
AMORE。
確か、阿一郎もその単語を口にしていた。ニュアンス的に、なんらかの集団とか組織の名前のようだが、一体なんなのだろうか。
「あー、えっとだな……なんて言うべきか……」
氷牙の質問を受けた橋本は、言葉を選ぶような仕草をする。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
が、めぐるは氷牙からの質問を聞いた途端、目に見えてハイテンションになり、ぐいっと顔を近づけてきながら意気揚々と説明を始めた。
「よくぞ聞いてくれたッ! 」
「ぬわっ、顔近ッ⁉︎ 」
「この世には沢山の異世界が存在し、色んな世界に転生者がいる。しかし、転生者の中にはマトモな奴だけじゃなくて、転生特典があるのをいいことに他人を虐げたり、調子に乗って犯罪に手を染めたり、あまさつえ世界を滅ぼしちまう奴もいる。それに対抗するためにいるのが、オレ達“AMORE”。簡単に言うと様々な世界に行って、悪ーい転生者を倒して捕まえてしょっぴく異世界転生警察なのさっ」
「AMORE……」
氷牙はその単語を口にする。
思った数倍はスケールがデカかった。
いきなり
理解が追いつかずに眉をひそめている氷牙をガン無視して、めぐるは話を続ける。
「さっきの
「滅亡って……」
んな馬鹿な、と言いたかったが、氷牙はそれを口に出せなかった。
阿一郎一味の暴虐を身を以て知った身からすると、転生者のせいで世界が滅びるとか言われても、なんだか納得できてしまう。
「あんな奴らがゴロゴロいるのか? この世界に? 」
「いろんな世界にな」
「この世の治安終わってるわ……」
ガラガラと音を立てて、氷牙の頭の中にあった常識が崩されてゆく。
絵空事だと思っていた異世界転生が実在して、さらに転生者をしょっぴく組織も存在する。やってる事的には警察と大差ないのだが、スケールが違いすぎる。氷牙の気分は完全に宇宙猫だった。
そんな感じに、氷牙が半ば上の空となっていたところ、めぐるから説明役のバトンを奪い取った橋本が氷牙に話しかけてきた。
「まあ、なんだ。理解が追いつかないのは仕方がないけどさ、まずはお前の今後について話したい」
「今後? 」
「氷牙、とりあえずお前をAMOREで一旦保護することにした。まずはAMOREの医療機関で身体検査をして――」
橋本がそう言った、その時だった。
「あのさぁめぐる、昨日貸したゲーム、いつまで滞納してるわけ? いい加減にしないと給料から差し引くわよ? 」
「――え」
そんな事を言いながら、ひとりの少女がブリッジに入ってきた。
ウェーブがかった薄桃色のロングヘアーが目立つ、背の高い少女だった。
身につけているのは、黒いレザージャケットとタイトスカート。右目は前髪で隠れているものの、そこから垣間見えるやや吊り目がかった紫色の瞳は、どこか冷たい印象を彼女に与えている。
高嶺の花。
彼女を端的に表すならば、その言葉が相応しいといえよう。
そして、何よりも。
氷牙は彼女を知っている。
「なんでお前がここにいるんだよ、栄華……ッ⁈ 」
それが彼女の名前だった。
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