第8話 異世界転生なんかクソ喰らえだ


 街を占拠していた転生者の集団も、残すは阿一郎ただ一人。


「俺の真の力を見せる時が来たようだな」


 めぐるの前に立ちはだかった阿一郎は、肩を震わせながら笑うと、指笛を吹く。


 すると、阿一郎の周囲に無数の人魂のようなものが浮かび上がり、彼の周りをぐるぐると回り始める。


 回転は徐々にその速度を増していき、やがてそこには、阿一郎を取り囲む炎の輪が出来上がっていた。


「何をする気だ…………⁉︎ 」

「白狐憑獣っ!! 」


 阿一郎がそう叫ぶと、炎の輪はその激しさを一気に増しながら阿一郎の身体に纏わりつき、大きな火柱となる。


 火柱によって建物の屋根が木っ端微塵に打ち砕かれ、炎に包まれた無数の瓦礫がめぐる達に降り注ぐ。

 

「くそっ、逃げるぞ氷牙っ‼︎ 」

「うわちょっ⁉︎ 」


 火の雨から逃れるべく、めぐるは鎖で縛られている氷牙を抱きかかえると、壁にあけた穴から外へと飛び降りる。


 ふり返ると、酒場はすっかり炎に包まれていた。まだ一階に人がいたはずだが、彼らは大丈夫なのだろうか。


「他にも人がいたはずだろ⁉︎ あの人たちは大丈夫なのかよ………… 」

「心配してる場合じゃねえ、来るぞ」

 

 めぐると氷牙は他の人達の心配をしながら、炎に包まれながら崩れ去ってゆく酒場を見上げる。


 その上に、浮遊する人影が一つ。

 阿一郎だ。

 

「…………異世界転生して一カ月。俺達が腕っぷしひとつで築き上げたものを、テメエらAMOREみたいな委員長気取りのカスに邪台無しにされてたまるか」


 その姿は、先ほどまでとは大きく変貌していた。


 顔立ちからそれが阿一郎であるということだけはわかる。だが、それ以外は何もかも違う。


 5つの尾を持つ、人型の白い狐の怪物。周囲には青白い人魂を無数に従え、両手には穂先が炎に包まれた大槍を携えている。その姿は、見ていてどこか神々しさすら感じられる。


 地上から阿一郎を見つめているめぐると氷牙に、白狐の怪人と化した阿一郎は自らの力を自慢する。


「これが俺の転生特典。使い魔である白狐と一心同体となる、召喚術の秘奥義! コイツを解放して生き残ったやつは居ねえっ‼︎ ここをテメエらの火葬場にしてやるから覚悟しなァっ‼︎ 」 

「すげーなお前、まんま変身ヒーローじゃん」

「その余裕がいつまで持つかな? 」

「お前に勝つまで」

「どこまで俺を愚弄するつもりだこのクソ女がっ!! 」


 余裕綽々なめぐるの態度に我慢ならなくなった阿一郎は、激昂しながら両手に持っていた槍を彼女目がけてぶん投げた。


 めぐるは飛んできた槍を、一本目は後方に跳んで避け、二本目は阿一郎に向かって蹴り返して対処する。当然ながら、氷牙をお米様抱っこしたままこんな動きをやっているのだから、氷牙からすればたまったもんじゃない。

 

「街を燃やす気かお前」

「燃やして上等! AMOREの連中に見つかった時点でもうここを根城にするのはやめた! お前らもろとも焼き払うまでよ! 」

「まさに"無敵の人"ってやつか。テメエの身勝手で住んでる街焼かれる人間のこと考えたことあんのか」

「そんなの知ったことか! 俺達転生者は神に選ばれてんだよ! 交通事故で死んだ俺に降って湧いた第二の人生、冴えない前世とはオサラバするって決めたんだよ! 」


 グワッ‼︎‼︎ と。

 全身に青白い炎を纏った阿一郎がめぐるに向かって突然してくる。かなり距離をとっているはずなのに、彼の炎の熱がめぐる達の肌に焼きついてくる。きっと直に焼かれたら骨すら残らないだろう。


「燃えカスになりやがれっ‼︎ 」

「カスに言われたかねえよッ‼︎ 」

「ぬわあああああああああああああああああッ⁉︎ 」

 

 めぐるは氷牙を抱えたまま再び跳躍する。

 しかし、


「逃すわけねえだろっ‼︎ “赤鎖セキショウ”ッ‼︎ 」 


 ブワッ‼︎‼︎‼︎ と。

 阿一郎の身体にまとわりついていた炎の一部が形を変え、炎の鎖として空中のめぐるに襲いかかった。


 めぐるは氷牙を炎の鎖の直撃から守るべく、空中で咄嗟に身体を捻って背中で阿一郎の炎の鎖を受ける。


「グハッ……」

「めぐるっ‼︎ 」

「まずは一撃ッ‼︎ このまま二人まとめて火葬だああああああああああああああああッ‼︎ 俺の邪魔をする奴は皆死んでしまえばいいのさ!! ヌハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!! 」

 

 炎の鎖でぶっ叩かれためぐるは、氷牙を抱きしめたまま近くの民家の屋根を突き破って墜落する。


 意識が薄れゆく氷牙の耳に、阿一郎の嘲笑う声がこだました。

 




    ◆   ◆   ◆




「痛っ…………」

 

 気づいたときには、氷牙の目の前に穴の開いた屋根が見えていた。

 墜落の衝撃により、僅かの間意識を失っていたようだ。


 氷牙の記憶が正しければ、自分達は結構な高さで叩き落とされたはずだ。本来ならば骨折のひとつやふたつがあってしかるべき状況なのだが、不思議と氷牙の身体には大した負傷は見られない。せいぜい背中がやや痛んで、額から血が流れているくらいか。


 痛みに顔をしかませながら起き上がってあたりを見渡す。どうやらここは民家の一室のようで、室内にはベッドや本棚、タンスや机が置かれている。


 そして、部屋の隅では中年くらいの男女と幼い少女が身を寄せ合っていた。

 どうやら氷牙達は人の家の屋根を突き破って墜落してしまったらしい。

 

「あ、あなた達は一体⁉︎ 」

「ここは……ああ、そうか。あの白狐に撃ち落とされて人んに落っこちたのか」

「めぐる……おい、その怪我――」

 

 家族の声に反応して、氷牙の隣に横たわっていためぐるが身体を起こす。

 声をかけようとした氷牙だったが、起き上がっためぐるの背中を見て戦慄した。


 

 まるで生肉を片面だけ焦げるまで焼いたかのように、めぐるの後頭部と背中が炭化している。彼女がちょっと体を動かすだけでその箇所はいとも簡単に崩れ、途轍もなく焦げ臭いにおいを発する。


 さらに恐ろしいのは、この状態で彼女が平然と生きていることだ。氷牙も、家主の家族たちも、その光景を見て震え上がっていた。

 

「な、なんなんだキミは⁉︎ なんでそんな状態で生きてるんだ⁉︎ 」

「きききききっとバケモノよ! ささささっさと追い出しなさいよ出ていきなさいよ! 」

「お、おねえちゃんどうしたの⁉︎ 背中焦げてるよ⁉︎ 」


 恐れおののく家族達を他所に、めぐるは氷牙に語りかける。

 その顔色は、見るからに悪かった。

 

「…………こりゃちっとばかし動けねえかも。氷牙、少しの間オレは休むから、自力でなんとかしてくれ」

「いや無茶苦茶言うなよ⁉︎ 俺に難とかできるわけねだろ⁉︎ つーかなんでお前そんな状態で生きてるんだ⁉︎ まさかお前本当に化物なんじゃ――」

「安心しろクソッタレ、テメエには今すぐ永遠の休息をプレゼントしてやるからよォ」

「‼︎ 」


 窓の方から聞こえた声に氷牙が反応した直後。

 凄まじい熱風と共に、部屋の窓が周囲の壁ごと粉々に粉砕された。


 瓦礫と炎と悲鳴が狭い部屋を飛び交う中、青白い炎を纏った白狐が降り立つ。阿一郎だ。

 

「お前っ…………」

「休憩時間なんか与えねえよ。そのまま焼却処分してやらぁ」


 阿一郎はまともに動けないめぐるを蹴り飛ばすと、部屋の隅で縮こまっている家族に目をつける。


「――その辺にいる目障りなモブキャラと一緒にな」

「ひいいいいいいいいいいいいいっ⁉︎ 」

「ママ‼︎ パパ‼︎ こわいよおおおおっ‼︎ 」


 阿一郎に目をつけられた家族達は、互いに抱き合いながら悲鳴をあげる。


 阿一郎の話が正しければ、この街の住人は一ヶ月もの間、阿一郎達の恐怖に支配されている。こうして脅されるのも、きっとコレが初めてではないはずだ。


 そう考えると、氷牙はなんだか無性に怒りが湧いてきた。

 フラフラと立ち上がりながら、氷牙は阿一郎に噛み付く。

 

「…………なんでそんなことができるんだよ。本当に現代日本で生まれ育ったのか? たかが異世界転生したくらいで、なんでこんなクソみたいな真似ができるようになるんだよ⁉︎ 」

「楽しいからさ! 俺は転生して、窮屈な毎日を捨てて素晴らしい自由を手に入れた。思うようにならない現実とは違って、異世界ではなんでもできるし、それが可能になる転生特典ちからもある! お前も転生者なんだったら分かるはずだ! 」

「わかんねえって言ってんだよこのドブカス狐野朗‼︎ 」


 その罵倒を耳にした阿一郎の顔が、大きくゆがむ。犬歯をむき出しにして穴息を荒くしているその姿は、宿屋で見せた怒りがお以上に恐ろしい形相だった。


 だが氷牙は恐れない。

 自分でも不思議なほどに、すらすらと目の前の狐野郎への罵倒が口に出てくる。

 

「思うようにならない現実⁉︎ 異世界ならなんでもできる⁉︎ んなわけあるか! 異世界だって現実だろ! そんなこともわかんねーのか⁉︎ 俺はこの世界がどんなもんか全く知らないけど、少なくともお前らが好き勝手していい場所じゃないことだけは分かるぞ‼︎ 」


 ここは氷牙にとっては全く知らない世界で、特に思い入れがあるわけでもない。


 それでも、氷牙の中にある人として当たり前の善性が、阿一郎を否定しなければいけないと全力で叫んでいる。そして、氷牙にはそれを止める理由がない。


「異世界転生してなんでも思い通りだぁ? んな訳あるかっての! 少なくとも俺はそうは思わないぞ。なんせ転生者に勝手に殺されて、勝手に転生して、勝手に性別変えられて、勝手に殺されかけようとしてるんだからなぁ! 異世界転生なんかクソ喰らえだこの野郎ッ! 」


 そこまで言って、氷牙は息を切らした。

 一体自分のどこにこんな正義感が眠っていたのか、氷牙はわかっていない。ただ、それに心を任せるがまま、阿一郎に啖呵を切り続けた。


 氷牙の言っていることは、何から何まで薄っぺらくてめちゃくちゃだった。頭に血が上りすぎて主張は自分視点でも支離滅裂で理解不能だし、最後の方に至っては現状に対する八つ当たりになっている。


 それでも、氷牙は阿一郎を許すわけにはいかなかった。

 恐怖に染まりきった門番も、転生者に拉致され襲われていた女性も、今部屋の隅で怯えている一家も。誰一人として、正直言って見ていられない。


 あんな思いをしている人達と、それを振りまく張本人の両方を目の当たりにしてしまった以上、氷牙の心の奥から湧き上がってきた正義の心が、それを見逃すことを許さない。

 

「クソッ……もうお前みたいな反抗的な女は必要ねえ! そのままそこらのカス共々焼き殺してやる! 」


 対して、幾度となく自分を否定されて怒り心頭な阿一郎。


 彼はギリギリと歯を鳴らしながら、両手に宿していた青白い炎を、部屋の隅で固まっている家族達に目掛けて躊躇なく放った。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼ 」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼ 」

 

「危ないっ‼︎ 」


 直後。

 反射的に、氷牙は家族の前に飛び出していた。


 この世界に来てからずっと感じ続けていた恐怖や戸惑いは、この時だけは不思議と消えていた。

 ただ、阿一郎コイツのいうことが気に食わない。何としてでも否定してやらなくちゃ気が済まない。そんな子供じみた反骨心が恐怖を押しのけ、家族を庇って炎の前に立つという行動を氷牙にとらせていた。


(俺もめぐるもこの家族も、こんな訳の分かんねえ野郎に殺されていい訳があるか‼︎ こんな強いだけのカス野郎なんか、ボコボコのメタメタに――)


 氷牙の目の前に、灼熱の炎が迫ろうとする。


 もう、逃げられない。次の瞬間には、きっと氷牙は焼かれて死んでいる。

 その、筈だった。


 



 阿一郎の火炎放射が接触する直前。

 ズバァッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 

 


 両断された炎は氷牙達に当たることなく、その左右の壁を跡形もなく焼き尽くしてゆく。氷牙と家族たちのいる位置だけが、綺麗に炎の脅威から免れていた。

 

「…………え? 」

「なん、だと」


 阿一郎も家族たちも、そして氷牙も。

 何が起きたのか理解できずに固まる。

 

「女ッ…………⁉︎ テメエ、今何をしやがった⁉︎ 」

「わ、わかるわけねえだろ⁉︎ 」

「小賢しい真似をっ…………! ならコイツで串焼きだッ‼︎ 」


 現実を受け入れられないまま、阿一郎はどこからか炎を纏った槍を出現させると、それを氷牙めがけてぶん投げる。


 今のは何かの間違いだ、きっとそうに違いない。自分は世界に選ばれた転生者。何の力もない女一人を焼き殺せない訳がない。


 自分の存在に圧倒的な自信を持つ阿一郎には、非力な氷牙を殺せなかったという現実を受け入れることはどうしてもできなかった。ただ、それを必死に否定するかのように、全力で炎の槍を投擲する。今度こそ仕留められるようにと願いながら、槍を放つ。

 が。


「っ‼︎ 」

 

 ズパンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 氷牙に穂先が届く寸前で、槍が綺麗に切断された。

 

「…………なんなんだ、お前」

「そんなこと、俺が知るか」

 

 震える声でそう尋ねた阿一郎を、氷牙は一蹴する。

 そして、自らを鼓舞するかのように、心の限り叫んだ。


「俺は弱くて冴えなくて、玉すら失った男だけどな。お前みたいなクソ野郎がクソみてえな事しようとしてんのに何もしないような、心まで玉無し野郎にはなれねえんだよ‼︎ 」

「ごちゃごちゃ喧しいんだよこのクソ女‼︎ こうなったら直接腕も足も口も四方八方にブチって植木鉢の上にでも棄ててやらァッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」


 ゴワァッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 凄まじい熱風と共にブチ切れた阿一郎が飛び掛かってくる。

 

「だ、駄目だあああああああっ! 今度こそ殺されるううううううううううううううううっ! 」

「パパ! ママ! いやだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 」

「大丈夫よっ、みんな一緒だから! みんな一緒だから! 」


 パニックになる背後の3人家族と、ありったけの罵声を浴びせながら突っ込んでくる阿一郎。


 だが、氷牙はその場から一歩も動かなかった。


 ただ、すっ、と。

 阿一郎を前にした氷牙は、空を撫でるように片腕を仰ぐ。

 


 直後。

 


 

 無音だった。


 家族たちも阿一郎も、そして氷牙自身も。何が起きているのかは理解していない。


 ただ、阿一郎が顔面から血を垂れ流しながらその場に膝をつくという結果だけが、現実として出力される。


 純白の毛並みを紅く染めながら、阿一郎は鬼の形相で氷牙を睨みつける。何が起きたかを理解できないながらも、ただひたすら、目の前の氷牙てきに怒りをむき出しにする。


 それほどまでに屈辱的だったのだ。何の力もないと思っていた少女に、こんな目に合わされているという今が。


「ふざ、けるな」


 阿一郎が口を開く。

 床には彼の顔から流れる鮮血が溜りとなっている。


「殺してやるぞ」

「やってみろよ害獣」

「ぶっ殺してやるぞこのクソ■■■■ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」


 再び、阿一郎が立ち上がって突撃してくる。

 身構える氷牙。

 その時だった。

 

 

「よく言った氷牙、あとはオレに任せろ」

 

 

 音もなく、両者の間に割り込む影。


 紫の髪を持つ、不敵な笑みを浮かべた少女。


 輪道めぐる。

 阿一郎に後半身を焼かれたはずの彼女が、


「なっ、お前…………⁉ 」

「結構アツいところあるじゃんお前、気に入ったぜ」

 

 めぐるはそう言いながら、拳を握りしめる。

 狙うはもちろん阿一郎だ。


「死にぞこないがっ…………‼ 」

「じゃあ次はお前が死にぞこないになりやがれ」


 それが、めぐると阿一郎が交わした最後の言葉だった。




 ひと刹那の間をおいて。



 バキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 固く握られた少女の拳が、白狐の鼻頭を抉りぬいた。

 

  

 

 

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