第6話 酒池肉林は反転する
「ここがボスの根城だ。きっとお前らを気に入るだろうさ、喜べよ」
「……………………」
チンピラ共に連行されること数分。
めぐる達はとある建物の前にいた。入り口の看板を見る限り、どうやら酒場のようだ。
「おらさっさと入れよっ‼︎ 」
「ぐっ……」
背中を蹴とばされながら店内に押し込まれる。
反射的にやり返してやろうかと思った氷牙だったが、体格的にも人数的にも叶わないし、そもそも鎖で縛られているので反抗しようがない。
扉の向こうに広がっていたのは、酷く荒れ果てた内装だった。
床には飲み物をこぼした跡に割れた瓶、足の折れた椅子が放置されている酷い有様で、壁や床にはいくつものヒビや凹みができてしまっている。部屋の端の方には、従業員らしき人達が集団で集まって縮こまっている。その様子は、先ほど街で見かけた、家の中に立てこもる住人たちにそっくりだった。
そして、その最奥。
荒れ果てた店の中で大はしゃぎしている集団の中央。
「遅かったな。てっきり成果無しでトボトボ帰ってくると思ってたが、こりゃあ随分と大漁じゃないか」
そう言いながらめぐる達を出迎えたのは、何人もの女性に肩を揉まれたり足を舐められたりしている、赤髪の青年だった。
「よう。俺は設楽阿一郎。この街を救った英雄――と皆からは呼ばれている」
名前を明かした青年の顔を見た瞬間、氷牙はゾッとした。
顔には気味の悪い笑みが浮かんでいる上に、その目は全く笑っていない。まるで氷牙達を品定めするかのような目付きを向けてきている。
あんな目をした奴は見たことない。いったいどんな人生を送ればこんな恐ろしい目つきになるというのだろうか。
氷牙が阿一郎の不気味さに恐怖している一方で、酒に女に囲まれた阿一郎の姿を目にしためぐるは、その様子を鼻で笑い飛ばす。
「こりゃまあ、随分と俗っぽい英雄様だな。酒池肉林ここに極まれりって感じだ、むせ返っちまうぜ」
「おい小娘、立場が分かってないようだな。殺されてえのか? 」
リーダーである阿一郎を馬鹿にされたことに苛立った大男が、ポキポキと指を鳴らしながらめぐるにガンを飛ばしてくる。
が、阿一郎はヘラヘラと笑いながらそれを咎める。勿論、その目は笑っていない。
「やめないか。折角の上玉なんだ、お楽しみの前に傷物にしてもらっちゃあ困る」
「そ、そうだな。すまねえリーダー」
リーダーである阿一郎に諭された大男は、おずおずと引き下がる。
彼の発言からして、別にめぐる達を思ってとった行動じゃないのは明白だ。
「…………その侍らせてる女の子達、どうやってモノにしたんだ? 」
「簡単なことさ。魔物の襲撃を受けていたこの街を俺達が救った。彼女達はその対価だよ。なんせ俺達はいきなり異世界に飛ばされて、右も左も分からない状態だったんだ。無償で人助けをする余裕なんてない」
めぐるに問われた阿一郎はそう答えながら、肩を揉ませている女性の方を見る。
彼と目があった瞬間、女性はビクンと肩を震わせた。その顔は病的なまでに真っ青で、頬には真新しい痣が存在している。
この様子を見る限り、まともな方法で彼女を手に入れたとは到底考えられない。大方、力尽くで攫った挙句、日常的に暴力をふるっているのだろう。
その考えに至っためぐると氷牙は、阿一郎に対する怒りと嫌悪感を露にしながらも、同時にある可能性にも行き着く。
2人の目の前で、痣と恐怖に包まれながら必死に阿一郎に奉仕する女性達。その中に、今から自分達も加えられようとしているのだと。
「何だその目は、随分と反抗的じゃないか」
「!! 」
「まあいい、君達は後回しだ。まずはそっちの子で遊ぼうか」
「ほいよっ!! 」
阿一郎が微笑みながら大男に声をかけると、大男は先ほどからずっと担いでいた女性を乱雑に床に投げおろした。
床に投げ捨てられた痛みで、気絶していた女性は目を覚ます。
「痛っ…………ここは…………」
「やあお嬢さん。ここに連れてこられたことの意味、この街の人なら一目瞭然だと思うけど? 」
「ま、まさかっ…………」
「そ。今日から君も俺達のモノだ。街を救った英雄様に精一杯ご奉仕してくれよ? 」
阿一郎は得意げそうにそう言いながら右足を女性の前に突き出す。
「ほら早速ご奉仕の時間だ」
「い、いやだっ…………いやだっ!! 」
「いきなり本番ってのも可哀想だって思ったからさあ、これでも最大限譲歩してるんだよ? 言っとくけどこんなの序の口だからね? キミにはもっともっといろんなご奉仕を期待しているんだ、死にたくなかったら期待を裏切らないことだぜ」
女性は必死に抵抗するが、すぐさま阿一郎の取り巻き達が彼女を取り押さえる。
そして、ビリビリビリッ!! と彼女の服をぶち破ってひん剥き始めた。
「なっ…………」
氷牙は絶句していた。
今自分は何を見せられているのだ?
見知らぬ女を攫って自分の奴隷にするという、現代日本ではまず見られないであろう光景を目にした氷牙は、固まって動けなくなっていた。
どう見てもまともな人間のやることじゃない。人間の皮を被った化け物だと言われた方がまだいくらか納得できるレベルだ。
「っ…………‼︎ 」
「おいおい、こいつ等マジで猿なんじゃねえか…………っ⁉︎ 」
驚愕の表情のままめぐるの方を見ると、彼女も阿一郎達の所業にドン引きしている。
どうにかしなきゃいけない筈なのに、鎖で縛られている上に、声を出すことさえできない。
そうしているうちに、目の前では取り巻きのひとりが服を破かれた女性の上に場乗りになり、荒い息を立て始めている。もはや秒読みだった。
「おいっ――」
女性が襲われようとしている、まさにその時。
氷牙の脳裏に浮かび上がる、幼き記憶のプレイバック――
◆ ◆ ◆
11年前。
「びょーにんががっこうきてんじゃねーよ! 」
「そとであそばずにずっと本なんかよんじゃってさ! びょーにんなんだからびょーいんにでもかえれよ! ぎゃはははっはははははははっ!! 」
「……………………」
桜散る小学校の校門前。
真新しいランドセルを背負った少年たちが、一人の少女に絡んでいる。
少年達は、その辺に落ちていた棒で少女を小突いたり、彼女の持っていた本を取り上げて馬鹿にしたりと、少女に対して好き放題やっていた。
明らかなイジメの現場。にも関わらず、被害者である少女は無反応を貫いている。
そして、その光景を背後から見ている者が一人。
幼き日の南氷牙だ。
「あれは……」
氷牙はこの光景を今でも覚えている。
今から10年以上も前、小学校に入ったばかりの頃。■■■■と初めて出会った時のことだ。
あの時、自分はどうしたんだっけ?
思い返してみて、氷牙はひとつの結論に至った。
それは———
◆ ◆ ◆
「――やめろよ」
短いプレイバックが終わった後。
反射的に、氷牙はそう口にしていた。
「……………………は? 」
予想だにしない反論を受けた阿一郎は、数秒程フリーズしていた。
そして、理解した。
「お前、何様のつもりだ? 」
「そいつから手を放せって言ってんだよ分かんねえのかこの猿野郎っ‼︎ 」
阿一郎は自身の行動を咎めてきやがった氷牙をギロリと睨みつけるが、そこに間髪入れず追加で罵倒が飛んでくる。
その瞬間、彼は激怒した。
大量の青筋を顔に浮かべさせながら氷牙の首を掴むと、そのままギリギリと首を締め上げる。自身の行動に異を唱えてきたのが相当頭に来たのか、阿一郎の瞳孔は不気味なまでに開いており、鼻息も荒くなっている。
「女の癖にごちゃごちゃウルセエんだよ。それともなんだ、お前がコイツの代わりに遊んでくれるってことでいいんだよな? 今の言葉、俺はそう解釈したぞ」
「がっ…………ぐあっ…………」
首を掴まれた氷牙はなんとかして引き剥がそうとするも、阿一郎の腕はびくともしない。
(堅いっ……女になってこっちの筋力が落ちたからとか、そういった次元じゃない!! なんだこいつっ、本当に人間のパワーなのかよ⁉︎ )
「ちょおおおおおおおおおっと顔が良かったからってよォ、調子こいてんじゃあねえぞ? 」
氷牙を絞め上げる阿一郎の周囲には、いつの間にか剣や槍で武装した取り巻き達が集まっていた。全員が全員、阿一郎に口答えした氷牙に怒りをあらわにしている。
「リーダー! その女殺してしまいましょうぜ! 俺達に逆らう生意気な女なんか要らねえよっ‼︎ 」
「そうだそうだ! 全身串刺しにして魔物の餌にでもしてしまおうぜ‼︎ 」
「っ…………‼︎ 」
チャキ、と。
氷牙の頬のすぐそばに、取り巻き達の剣や槍の刃先が突きつけられる。
が、阿一郎は血気流行る取り巻き達を一喝して静止させる。
「テメェら、早まるんじゃねえ! 俺はな、こーゆー反抗的な女を屈服させる方が好きなん———」
そこまで言いかけて、阿一郎の声が止まる。
彼の目線は、氷牙の方を向いていなかった。
彼が見ているのは、氷牙に武器を突きつけている取り巻き達の背後。
そろりそろりと、阿一郎の背後に回り込もうとしていた輪道めぐるだ。
「そこの紫髪の女」
「…………やべっ、ばれちゃった☆ 」
てへぺろっ、とでも言うかのように下を出して申し訳なさそうにするめぐる。
その舐めた態度が、阿一郎の逆鱗に触れた。
「ぶっ飛びやがれっ‼︎ 」
阿一郎がそう叫んだ瞬間。
ゴワッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。
なにか真っ白な物体が目にもとまらぬ速さでめぐるに激突し、彼女の身体を遥か彼方へと吹き飛ばした。
「なっ…………今何が起きて…………⁉︎ 」
「吹っ飛ばしてやったのさ、この俺の転生特典でな」
「転生…………特典? 」
唖然としながら、氷牙は阿一郎を見上げる。
そこに居たのは、巨大な白い狼のような生き物だった。そいつは低い唸り声を上げながらぐるぐるとその場で旋回すると、跡形もなく消えてしまう。
「なん、だ、これ…………」
「俺の使い魔だ。出すも消すも自由自在、ひとたび暴れだしたら止まらない――最高の力さ! 」
ギギギギギギ、と。
氷牙の首を絞める阿一郎の腕の力が増してゆく。
何か言ってやろうと思っても声が出せない。酸素不足で頭が回らず、意識が朦朧としてくる。
そこに、阿一郎の取り巻きのひとりが近づいてくる。
「あの紫髪の女はどうします? 結構派手にぶっ飛ばしちゃいましたけど」
「まだ生きているはずだ、見つけ次第始末しろ。見事討ち取ったやつにはこの女をくれてやるさ! さあお前らっ、思う存分あばれてきなぁ! 」
「おいおい聞いたか⁉︎ 」
「おっしゃああっ!! やる気がムンムン沸いてきたぜっ!! 」
「コウタローッ、行きまーすっ!! 」
「っ…………」
阿一郎の宣言を耳にした途端、大いに沸き立つ取り巻き達。
首を絞められながらその光景を目にしていた氷牙は、得体の知れない恐怖を感じていた。
こんな奴等が前世では現代社会で生活していたとは到底考えられない。元からイかれていてそれを隠していたのか、はたまた転生でタガが外れてこうなったのかは定かではないが、どちらにせよ勝手に賞品にされた氷牙からしたらたまったもんじゃない。
阿一郎は氷牙を乱雑に床に投げ捨てると、握りこぶしを高く掲げて声を張り上げて取り巻き達を鼓舞する。
「邪魔者はぶっ倒せ、欲しいと思ったら奪い取れっ‼︎ 俺達転生者は世界に選ばれし存在だぁああああああああああああああああああっ!! 」
「かはっ…………!! ゲホッゲホッ…………!! 」
鎖に縛られたまま床に投げ出された氷牙は、激しく咳き込みながら阿一郎とその取り巻き達を見上げる。
欲望に塗れた笑みを浮かべる彼らは、まさしく人の皮を被った化け物だった。
◆ ◆ ◆
その頃。
阿一郎の使い魔のタックルで大きく吹っ飛ばされためぐるはというと。
「ふぅ…………随分と派手に吹っ飛ばされちまったな」
レンガ造りの時計塔に真横から衝突した彼女は、瓦礫の山と化した時計塔の最上部から身体を起こす。
先程まで自分がいた酒場がかなり遠くに見える。あの状況で氷牙と離れ離れになってしまったのはかなりマズい。早い所合流しなければ彼女が危ないのは目に見えている。
だが、吹っ飛ばされたのは悪いことばかりではない。
タックルの衝撃で鎖が破壊され、身体の自由は戻っている。
今こそ反撃のチャンス。調子に乗っている
「予想外の収穫だけど、見つけちゃったからには見逃すわけにもいかないか」
口元の血を拭いながら立ち上がる。
壁に空いた穴から地上を見下ろすと、阿一郎の取り巻き達がぞくぞくと時計塔に向かってきているのが確認できる。その数は20。その全員が、常人を遥かに超える力を持った転生者。力と引き換えに人間としての心を失った、人の皮を被ったケダモノ。
――それを倒すのが、輪道めぐるの役目だ。
「さーてとっ、ひとまず全員纏めて逮捕しちゃうぜ」
軽く準備運動を終えためぐるは、ゆっくりと口角を上げる。
まずは
この街に蔓延るクソ野郎どもを一掃する時だ。
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