第5話 転生者達の城塞都市(おもちゃばこ)



「転生者…………? 」


 その言葉を耳にした氷牙は、思わず眉をひそめた。

 こいつは何を言っているんだ?

 転生者。

 氷牙も現代サブカルに肩まで浸かっている今どきの若者なので、転生者という言葉の意味は分かる。

 一般的に転生とは、死んだ人間が別の命として生まれ変わることを指す。本来死んだらそれっきりであるはずの命に続きが与えられ、やり直しや別の道を歩む機会を与えられる。多くの人が羨むであろうものであり、それを取り扱った物語も数多く生み出されている。

 だがそれは虚構の産物であり、実際に起こるはずがない。少なくとも氷牙はそう認識しているのだが、めぐるの真面目な目付きを見る辺り、どうやらそうではないらしい。

 

「転生者って、アレだよな? あなたは死んだので異世界で生まれ変わってもらいます~的な」 

「うんうん。物わかりのいい子は好きだよ。それが可愛い子ならなおさらだ」

「ナチュラルにセクハラすんのやめてくれない? 」

 

 わきょわきょと両手をいやらしく開閉しながらにじり寄ってきためぐるに対して、氷牙は冷静にデコピンで制裁を加える。

 こいつと出会ってからまだ数時間しかたっていない筈なのだが、彼女のセクハラにツッコミを入れるのにも随分と慣れてきてしまったような気がする。


「転生って、そんな馬鹿なことがあってたまるかよ」

「お前の身に起きてることも充分馬鹿げてるけどな」


 めぐるの言葉を、氷牙は否定できなかった。

 なんせこの数時間の間で、異能バトルに性転換に転移まで経験しているのだ。今更転生者ごときであーだこーだ言ったところで不毛ではなかろうか。そんな気がしてきた。

 

「ここで立ち話ってのもアレだし、ひとまず街の中に入ろうぜ」

「おいちょっと――」

 

 氷牙の声をスルーしながら、めぐるは門の近くに立っていた兵士に声をかける。

  

「おーい門番の人―っ、この門開けてくださいよー」

「ひいいいいいいいいっ⁉ 」

 

 が、声をかけられた兵士は、滅茶苦茶に取り乱しながら後ずさりし、壁に背をくっつけてガタガタと震えだした。

 さっきのオッサンといい、この兵士といい、彼らは一体何に怯えているのだろうか。


「ああああああああ開けるわけにはいかないんだっ…………あいつらにはここに閉じこもってもらわなくちゃあいけないんだっての…………‼ 」

「閉じ込めている、か。一体中に何がいるんだ? 怪物に街を占拠されたりでもしてんのか? 」


 怪物。

 めぐるのその言葉を聞いた兵士は、先ほどまでずっと怯えっぷりが嘘のような俊敏な動きで、めぐるの肩を掴みながら泣きついてきた。

 

「怪物…………そうだよ、あいつらは怪物だ‼ いきなりこの街にやって来たかと思ったら暴虐の限りを尽くして…………おかげでこの街はめちゃくちゃだ! 」

「ほう」

「俺だってどうにかしたいけど、怖くて街の中に入れないんだよぉ…………‼ 兵士として情けないと思うだろ⁉ でもあんな化け物にかてるわけがねえんだってよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 」

「なんなんだよこのオッサン!! 泣くな泣くな煩いんだよっ!! 」


 流石の喧しさに、氷牙はたまらずに耳をふさぐ。

 傍から見ればうら若き少女に泣きつく鎧を着たオッサンという、ちょっとよろしくない絵面が繰り広げられている。いい年した大人がこれほどまでに恐怖し大泣きするとは、一体この門の先で何が起きているのだろうか。

 と、ここで氷牙は、先ほどからめぐるが無言になっていることに気付く。

 兵士の男性に無言でぐわんぐわんと肩を揺さぶられているが、一体どうしたのだろうか。


「おいめぐる、さっきから黙り込んでるけど――」

「――が――たぜ」

「ん? なんて言った?」

「俄然興味が湧いたぜ! 」

「……………………は? 」


 肩を掴んでいた兵士を吹っ飛ばすような勢いでそう言っためぐるに、氷牙は本気で困惑した。

 なんでこいつはこんなにも満円の笑みでいやがるんだ? ひょっとしてコイツ、美少女の皮被った某麦わらの海賊なんじゃないだろうか。一体何時の時代の少年漫画の主人公だ?

 めぐるは肩に乗せられていた手を掴んで除けると、門の方を見ながら兵士に頼み込む。

 

「オッサン、門を開けてくれ」

「無理無理無理無理っ…………無理だ! 」


 兵士は首をぶんぶん振りながらそれを拒否する。

 が、めぐるは一言だけ、こう言った。


「安心しろ――オレが全員ぶっ倒してやる」

「おいちょっとお嬢ちゃん⁉ 勝手にそれを触らないでっ――」


 それだけ言うと、めぐるは兵士の言葉をガン無視して壁のレバーをあげる。

 すると、軋んだ音を立てながら目の前の鉄門扉がゆっくりと開閉してゆく。

 

「さてっ、と。オレ達が入ったら門は閉めてくれて構わないぜ」

 

 ガタガタと震える兵士を他所に、めぐるは開かれた門の向こう側へと行く。

 そして、門の前で立ち止まったままの氷牙のほうを振り返り、


「何立ち止まってんだ、ついて来いっての」

「え、俺も行くの⁉ 」

「むしろ一緒に居た方が安全だと思うけど。まあ安心しろ、オレがいるんだから大船に乗ったつもりでいろっての」

「うわちょっ」


 有無を言わさず腕を引っ張られ、氷牙は門の向こう側へと引きずり込まれる。

 ギギギギギギ、と大きな音を立てながら閉まってゆく門の隙間。

 そこには、その場で膝をついて泣き崩れている兵士が見えていた。

 


    ◆   ◆   ◆


 そんなこんなで城壁の内側へと足を踏み入れためぐると氷牙。

 門の先はというと、どう見ても現代日本とは思えないレンガ造りの街並みが広がっていた。

 

「すっげえ…………中世ヨーロッパ風って感じだ」

 

 正確にはちょっと違うのだが、そう表現するのがしっくりきてしまう。

 草原に居た時点から薄々思っていたが、こうして市街地に入ってみて、さらにその感覚が強くなってきた。

 石畳の大通り、レンガ造りの建物、道端に止められた馬車らしき乗り物。目に映るすべてのものが、ここが氷牙の知る世界とは異なっていることを主張している。

 が、不気味な点が一つ。

 

「それにしても人が全然いないな」 


 そう。街を歩き続けて数分経つが、全く人と出会わないのだ。

 見た感じだと結構規模の大きな街に思えるのだが、これほどまでに人と出会わないとなると、周囲の風景が一気に不気味に見えてくる。ゴーストタウンという言葉を知っていても、それを実際に目の当たりにすると身体の芯から恐ろしさを感じてしまう。

 街の中心部に進むにつれてその感覚は強くなり、それに伴って氷牙の歩も遅くなってゆく。

 それに気づいためぐるが、氷牙のほうを振り返って茶化してくる。

 

「もしかしてお前ビビってんのか? まあそんな顔も可愛いからいいんだけどね」

「黙れ。つーかお前は何とも思わないのかよ? こんだけ大きな街で誰一人として人を見かけないなんてさ」

「いや、居るよ」


 めぐるはそう言いながら、近くの建物の窓を指差す。

 指差した先にあるのは、カーテンの締め切られた窓。

 その隙間から、こちらの様子を窺っている眼光があった。

 

「いる…………閉じこもっている、のか? 」

 

 氷牙でもわかる。

 彼らは怯えている。

 まるで何かから隠れてるかのように、皆息を潜めている。


「この人達、一体何から隠れてるんだ? 」

「そりゃあ転生者だろ。こんだけ邪悪なニオイがプンプンしてるんだ、きっと性根の腐ったクソ野郎が近くにいるぜ」

「そのお前の言ってるニオイやらが俺にはぜんぜんわかんねーんだが…………つーか、転生者ってそんなに恐れるもんなのか? 」

「ああ、恐ろしいよ」


 きっぱりと、めぐるはそう言い切った。


「まずアイツらは強い。転生特典とかいう異能チートを持ってやがるもんだから、並大抵の人間じゃ戦いにすらならん。一般人が特撮怪人と生身で殺り合うみたいなもんだぞ」

「なんとなくわかるような…………? 」

「そして一番の問題が、。考えてみろ。もし突然、滅茶苦茶強い力を手に入れたら? 嫌いな奴をぶちのめしたい、今までできなかったことをしてみたい、そういう考えに至る可能性は十分にある。それを実行してしまい、歯止めがつかなくなった奴――それが転生者が恐れられる所以だ」

「……………………」


 氷牙はめぐるの説明を聞きながら考えていた。

 めぐるの言っていることは分からなくもないが、かと言って人間が力を手に入れたくらいでそこまで増長するだろうか? 平和な日常を送ってきた氷牙にはいまいちピンとこない。

 何かもやもやとするが、それが言語化できない。

 なんとも言えないもどかしさに、氷牙が歯がゆさを感じていたその時だった。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 」

「‼ 」


 人気ひとけのない街に響き渡る女性の悲鳴。

 それを耳にしためぐるは、すぐさま悲鳴のした方に向かって駆け出した。


「おい待てって‼ なにが――」


 めぐるを追って氷牙も走り出す。

 人通りの全くない大通りを抜けて、噴水のある広場と思しき場所へと足を踏み入れる。

 そこには、

 

「いやだっ、放してっ‼ 」

「おーおー上玉はっけーんっ!! やっぱり街に出てみるもんだなーっ‼ 」


 嫌がる女性の腕を掴みながら下品な笑みを浮かべている大男がいた。

 彼の周りには、仲間と思わしき男達が10名ほどたむろしている。ローブを羽織っていたり鎧を着ていたりと服装は様々だが、その全員が女性に対していやらしい目を向けているあたり、おそらく彼らも大男と同類なのは一目瞭然だった。

 腕を掴まれてもなお抵抗する女性に、大男は苛立ち気味に腹パンを喰らわせ、彼女の意識を奪い去る。

 そして、意識を失った女性を担ぎ上げながら、広場へと足を踏み入れていた氷牙とめぐるの方を向く。その顔には、ゾッとするほどに下品な笑みが張り付いていた。

 

「なに、してるんだ? 」

「おいおい、今日はラッキーデーかよ⁉ まさか追加で2人も見つかっちまうなんてさぁ‼ 」

「しかもなかなかいい感じだべ? どーするよビッさん、こいつらも回収します? 」

「何って、コイツが逃げ出したから捕まえてたんだよ。この街を助けた報酬としていただいたんだけどよォ、泣いてばかりで全然仕事してくれない上に逃げだそうとするんだぜ? 」

「……………………何言ってんだお前」


 仲間にビッさんと呼ばれた大男は、ケラケラと笑いながらとんでもないことをほざく。

 氷牙は彼の発言を理解できなかった。

 目の前の大男は、顔つき的に氷牙やめぐると同じ東洋人のはず。だというのに、彼の言動が何一つ理解できない。まるで人の皮を被ったエイリアンとでも会話をしているかのような気分だ。

 

「その恰好、お前らも転生者なんだろう? だが残念だな。俺達は転生者だろうと女は平等に喰ってしまうタチでな」

 

 鼻息を荒くしながら、大男がこちらに手を伸ばしてくる。

 

「下がってろ氷牙っ‼ 」

「おっと反抗はさせねーぞ? 」

 

 反射的に身構えながらそう叫んだめぐるだったが、彼女の反抗の道は早々に閉ざされた。

 理由は簡単。

 いつの間にか、氷牙の背後に痩せたそばかす顔の男が回り込み、彼女の腕を掴んでいたからだ。

 

「抵抗すんじゃねえ。したら連れの女の無事は保証しないぜ」

「くそっ…………なんだっ、ガリガリの癖に滅茶苦茶力が強いぞコイツ⁉ 」

 

 腕を掴まれた氷牙は必死に振りほどこうとするが、細身の男の腕はびくともしない。男だった時の氷牙も割と細い方だったが、それ以上にガリガリであるはずの彼の、一体どこにそんな力があるというのだろうか。


「さあどうする? お友達の無事を第一に考えるなら、取るべき選択肢はひとつだけだと思うが」 

「……………………」

 

 周囲を取り囲まれためぐるは、無言で大男を睨みつけていた。

 めぐるの実力ならば、ここにいる転生者共は全員瞬殺してしまえるのだが、氷牙が人質になってしまった以上、それはできない。

 既に一度氷牙を守ることに失敗しているのだ。これ以上を彼女を危険にさらすわけにはいかない。

 選択肢はひとつしかなかった。

 

「…………いいよ、連れてけ」

「よくできました」


 見下したような笑みを浮かべながらそう言うと、大男はどこからか取り出した鎖でめぐるの身体を縛り上げてしまう。


「よし野郎共っ、リーダーへの貢ぎ物なんだから丁重に扱えよっ‼ 」

「あいあいさーっ‼ 」

(くそっ…………ぜんぜんわかんねえよ‼ )

 

 めぐると同様に鎖に縛られた氷牙は、内心で悪態をつきながら男たちに連行されてゆく。

 女になり、見知らぬ土地へ飛ばされ、しまいにはチンピラ共に取っ捕まってしまうと来た。間違いなく、どんどん事態が悪化している。

 次から次へと降りかかる災難の数々に疲弊した氷牙は、不安げにめぐるのほうを見つめる。

 ――彼女は笑っていた。

 

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