第4話 ここは異世界なりや?


 

 謎の襲撃犯、氷牙の性転換、唐突な異世界転移。

 問題は山積みだし手がかりもクソもないが、適当にその辺ほっつき歩けばなんか手がかりが見つかるかもしれない。

 そんな感じで草原を歩き始めた2人。

 とはいったものの、特に行く当てもないので、とりあえず丘の上から見えた城壁らしきものに向かってみることにした。


(つーかよ…………ここ、マジで異世界なのか? )

 

 現実逃避をするかのように、氷牙は遠くの方に目をやる。

 小川の上流の方にかかっている橋のあたりでは、金属製の鎧を着た兵士らしき男たちが駄弁っているし、やたら大きい荷物を背負った怪しそうな男が息を切らしながら街道を歩いている。こうして遠くから見えている限りでも、彼らの格好はどう見ても現代人のするものではない。近年よくある異世界モノの創作物を想像してしまい、さらに深いため息が出てしまう


「つーか氷牙ちゃんさあ、学ラン血塗れじゃん。そんな恰好じゃ目立つっっての、ほらコレ羽織ってろ」

「は、はあ…………」


 道すがらめぐるに指摘されて、氷牙はようやく今の自分の格好を認識した。

 似合わない学ランに身体を詰め込んだ、無駄にスタイルも容姿もいい男装女子。おまけに服には血痕付き。それが今の氷牙の格好だった。どちらかだけでも相当目立つというのに両方合わさっている。きっとこの格好で人ごみの前に出れば完全に悪目立ちしするだろう。

 氷牙は血の付いた学ランを脱ぐと、代わりにめぐるから受け取った裾の長い黒いジャケットを羽織る。

 

(…………ん? このジャケット、どこから取り出したんだ? )


 貰ったジャケットを羽織りながら、その出自に疑問を抱く氷牙。

 よく考えたらめぐるはほぼ手ぶらだ。だというのに、このジャケットはいったいどこから出てきたというのだ?

 考えてみる氷牙だったが、どうせわからないし、めぐるに聞いたところで真面目な返事が返ってくるわけないので、考えるだけ無駄だと判断し、そのまま歩を進めることに集中する。

 が、数歩ほど歩いたあたりで、めぐるが氷牙の肩をトントンと叩いた。

 

「おーい見ろよ見ろよ」

「なんだよ」

「スライムが馬喰ってる」

「ぬああああああああああああああっ!? 」


 めぐるに言われて草原の方を見ると、そこではなんと、大きな馬がゲル状の何かに呑み込まれていた。

 馬は前足をバタつかせてゲルから抜け出そうともがくが、その表皮は煙を上げながら溶けていっている。

 それを目にした氷牙は、悲鳴を上げながらめぐるの背中に抱き着いた。

 

「なんだありゃあっ!? ななななな何が起きてるんだよ!? 」

「だからあれだよ、スライムのお食事だよ」

「なんでてめーはそんなに落ち着いてやがるんだよ!? 」

「異世界だろ、それくらいあるさ」

「まず常人は異世界にいる時点で衝撃なんだっての‼ 」


 肝が据わりすぎなめぐるに、氷牙は突っ込まずにはいられなかった。

 とりあえずめぐるを盾にしながら、馬を消化しているスライムから離れようとする氷牙。赤いスライムの透き通る体内には、すでに全身の肉が消化されきって骨だけになった馬がぷかぷかと浮かんでいる。早い所離れなければ、次は自分達がああなるかもしれないのだ。一秒だってこんな場所にいられるわけがない。

 が。

 めぐるは呑気にも、スライムのいる方とは反対方向を指差していた。

 

「おっ、あっちではゴブリンと兵士が殺し合ってらぁ。いやーすげーバイオレンスだなこの世界」

「だからさらりととんでもない光景を流してんじゃねえよ!? なんなんだよこの世界! 」


 めぐるが新たに指差した先では、棍棒を持った緑色の人型生物と鎧をまとった男が激しい戦いを繰り広げていた。

 ――もうヤダこの世界。



   ◆   ◆   ◆

 

  


 そうして十数分ほど歩き続け、2人は城門の前に来た。

 正確には、城門の前にかかっている大きな跳ね橋の前に、だが。

 

「いやーカオスが極まってんなぁ」

「なんなんだよこの世界…………」


 ここにくるまでに、ケンタウロス乗り回す全裸のオッサンとかワイバーン同士の共食いとか、もうなんだかよくわかんないモノを立て続けに目にしたせいで、氷牙は疲弊しきっていた。

 こんな地獄ワンダーランドは願い下げだ。一刻も早く帰りたい。

 

「浮かない顔すんなよ。可愛い顔が台無しだぜ」

「うるせーよ、なりたくてこんな顔になった訳じゃねえんだよ」

「さっきから文句ばっかり言っちゃってさぁ……もっとポジティブに捉えろよ。せっかく美少女になったんだからもっと嬉しそうにしてろっての。そのほうが人生楽しいぞ」

「…………それほとんどお前の趣味だよな? 」

「さあそれはどうでしょう? 」


 めぐるは意味ありげな微笑を浮かべながら、跳ね橋の上へと足を乗せる。

 その時、橋の反対側からドタバタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。

 見ると、痩せた男性が酷く慌てた様子で此方に走ってきている。 

 

「なんだオッサン、なんかめちゃくちゃ慌て」


 興味を持っためぐるが橋の中央あたりで息を切らしている男性に声をかけると、男性はガッとめぐるの両肩を掴みながら、まくしたてるようにこう言ってきた

 その顔色は病人のように真っ青であり、額には大量の汗が浮かんでいる。

 

「見慣れない格好だが、嬢ちゃん達、旅のモンか? わ、悪いことは言わねえ、ここここの街には立ち寄らない方がいい」

「へえ、そりゃなんでさ」

「いいい言えるわけねえだろっ……おおおお俺は死にたくねえんだっ…………死にたくねえんだよっ…………!! おおおおおおれはこの街をでででていくけど、ぜぜぜぜぜぜ絶対に街の連中にばばばばらすんじゃねえぞぞぞぞぉッ!⁉ 」

「うおっ⁉ 」

 

 男はガタガタ震えながらそう言うと、めぐるを押しのけて草原に向かって走り去ってしまう。あまりの慌てように、声をかける間すらなかった。


「な、なんだ…………? 」


 氷牙は呆気にとられながら、走り去ってゆく男の背中を見つめていた。

 まるで得体のしれない化け物にでも出会ったかのような慌てようだが、一体彼は何に怯え慌てていたのだろうか。

 男の怯えていたものに想像を巡らせながら、怪訝な顔になって城門を見上げる氷牙。その横で、めぐるはニヤリと笑いながら何度もうなずいていた。

 

「…………へえ、なるほどねぇ」

「さっきから気になってたんだけど、お前はさっきから何うなずいてんだ? 」

「…………臭うんだよ」

「臭う? 」


 めぐるの言葉に首をかしげる氷牙。

 彼女の言う臭いとやらが、氷牙にはわからない。これまでのように適当なことをほざいているだけなのではないかと最初は思ったのだが、めぐるの顔を見て一目でそれは違うとわかってしまった。

 彼女は緑色の瞳を鋭く光らせながら、閉ざされている城門を見つめている。

 

「ああ…………薄ら汚ぇ転生者の臭いがな」


 あの時、夕暮れの学校で氷牙を助けるために戦っためぐる。

 今の彼女の顔つきは、その時と同じだった。




    ◆    ◆    ◆



 その頃。

 城壁に囲まれた街のどこか。

 大通りに面した位置にある一軒の酒場、その一番奥。

 

「おーらもっと酒と女と金持ってこんかぁあいっ‼ テメエら雑魚モブにはそれくらいしか取り柄がないんだからよォ! 」


 椅子に座ったガタイのいい男が、空になったビールジョッキをテーブルに叩きつけながら怒鳴り散らす。

 男の顔は赤くなっており、酔っぱらっているのは明らかだ。

 そして彼の周囲には、全身から酒の匂いを漂わせている男たちがたむろしている。鎧を着た者、ローブを羽織ったもの、制服のような格好をした者と、その装いは千差万別だが、全員もれなく凶悪そうな面をしている。


「聞こえなかったのかぁ⁉ いいからさっさと持って来いよォッ‼ 」

「ひぃいいいっ⁉ 」


 何時まで経っても酒が来ないことにしびれを切らした男が、手に持っていたビールジョッキをカウンターの方に向かって思いっきりぶん投げた。

 ぶん投げられたビールジョッキは店内の壁にぶち当たって砕け散り、カウンターにいた酒場の従業員を震え上がらせる。

 店内にいる酒場の従業員や他の客たちは、皆その場で縮こまっている。中には涙を流しているものまでいる始末だ。店内の雰囲気は最悪を極めていた。

 暫しの間沈黙が流れる。

 やがて、この場の空気間に耐え切れなくなったのか、店主らしき中年男性が男たちの前に立つ。その足は生まれたての小鹿のように震え、顔には大量の冷や汗が浮かんでいた。


「………………なんだ」 

「た、頼むから金を払ってくれっ!! いくらあんたらが街の英雄でも、これ以上無銭飲食されたら経営が成り立たなくなっちまうっ!! 」

「……………………」


 店主の必死の頼みを、筋肉質の男は無言で聞いていた。

 そして。



 ボグンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 店主の顔面に男の拳が炸裂する。

 


「あのさあ」


 深い溜息をつきながら男は立ち上がると、店の床にぶっ倒れた店主の腹を踏みつける。 

 

「俺達に口答えすんじゃねーよ。一カ月前、魔物の軍勢に襲われてたこの街を守ってやったのは何処のどいつだと思ってんだ、ああ? 」

「あ、あああ阿一郎さんですすすすすすすすすすっ‼ 阿一郎様ですうううううううううううううううううッ!! 」


 ギリギリと踏みつけられながら脅された店主は、泣きながら男の名前を称える。それがこの恐怖から解放されるための唯一の手段であると認識しているが故に、何度も何度も男の名前を称える。

 店内の他の従業員や客たちは、完全に委縮していた。

 彼らには勝てない。逆らってはいけない。

 何故ならば。

 

「そうだ、。勇者阿一郎。その名前をよーく称えておけよ? いいな? 」


 異世界転生者。

 死をトリガーにして、強大な力と共に異なる世界に生まれ落ちた異物。

 世界の常識を上回る力である転生特典を保有しながら、それを自己の為だけに汎用し、あらゆるものを平等にむさぼり尽くさんとする危険人物達。

 それがこの場に14人。

 今この場は、彼ら転生者によって支配されていた。

 


   ◆   ◆   ◆

 

 

 店主が殴り飛ばされてからしばらくして、青ざめた顔をした酒場の従業員が、ジョッキいっぱいのビールを盆にのせてやってきた。

 筋肉質な男――阿一郎は、盆にのったそれをひったくる様にして手に取ると、一気に飲み干してしまう。


「ぷはぁ~っ‼ やっぱ酒だ、酒はいい! ここは飯もうまいしちょっと魔物を倒すだけでちやほやされるし、女は簡単にモノになるしで、マジでチョロいな! 」


 仲間たちと肩を組みながら大笑いする阿一郎。その表情は、先ほどまで店の人間たちを脅していた時とはまるで別人だった。阿一郎の仲間たちも、一緒になって飲んで食べて大騒ぎしている。ここだけ見れば、盛況している普通の酒場の風景としか思えないだろう。

 意気揚々とジョッキにビールのおかわりを注ぐ阿一郎だったが、ここで仲間の内のひとりである禿頭の男がぼやく。

 

「しっかしですねえ、この街に来て一週間っすけど、同じ女とばかり遊んでるとなんか飽きてくるんすよねぇ」

「おまえっ、ついこの間教会のシスターと遊んだばっかじゃんか‼ もう飽きたのかよ⁉ 」

「ああ、あいつ? 

 

 さらりと、禿頭の男はとんでもないことを言い放った。

 まるでちょっとしたいたずらを自慢するかのような口ぶりで、あっさりと人殺しをカミングアウトする。完全に異常な光景なのだが、それに疑問を抱く者はいない。それどころか一緒になって大笑いしたり、当然だと言わんばかりに何度も頷いてすらいる。揃いも揃ってイかれていた。

 暗い雰囲気の店内に下品な笑い声が響き渡る中、阿一郎と肩を組んでいた角刈りの男も、禿頭の男の意見に乗っかって阿一郎に提案してくる。

 

「まあ、コイツの言うとおりだ。そろそろ新玉補充した方がいいんじゃないか? 俺ももっといろいろな奴をつまみたいんだよな」

「そうだな…………じゃあ街に繰り出すか」

「お、まさかのっ⁉ 」

「キタキタキタキタ~ッ!! 」


 角刈りの男の意見を受けた阿一郎は、食べかすのついた口を服の袖で拭いながら立ち上がる。その姿を目にした周囲のチンピラ達は、先ほど以上の興奮に包まれる。

 阿一郎は店内で縮こまっている他の人間たちを一瞥した後、ゾッとするような笑みを浮かべながらこう言った。

 

英雄の凱旋あそびのじかんだ、道を開けろ」



   ◆   ◆   ◆


 ■設楽阿一郎

 分類:異世界転生者

 罪状:無銭飲食・恐喝・器物破損・強姦殺人以下多数

 転生特典:?????



 

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