/// 05.錬金術

さて……遂にやってきました錬金術の授業です。


午前中は魔術についての座学であった。相変わらず難しい謎理論を延々説明される。カルラ(加奈)はそれなりに理解できているのかうんうんと頭の中で反芻しているようだ。サラ(サフィ)さんは諦めているので何やら周りをきょろきょろ。

まさかと思うけど勝手に選出した僕のお嫁さん候補を観察しているのだろうか……本当にやめてほしい。


そして僕も全く理解できないのだが、念のためと記憶にとどめる努力として、ノートに黒板を書き写す作業に没頭した。やっぱり理解できないことを書き写すのって時間がかかるよね……何度も見直しが苦痛ではあった。

でもそれがまた、学校に行っているという感覚に引き戻され、心地よかった。たとえ書き写しているのが中二病のような魔方陣や呪文であっても……


昼食時には昨日同様、ルーナとフランソワも一緒に大量のお弁当を囲む。時折サラ(サフィ)さんとカルラ(加奈)が両脇に来ては「あーん」と僕に餌付けする。カルラ(加奈)は純粋に世話を焼きたいのだろう。

だがサラ(サフィ)さんは僕に餌付けしながら周りの女性陣の反応を窺っている。それはもうハンターの目であった。


「サラ(サフィ)さん?その……問題起こすのはやめてよね?これ本気のお願いだから……」

「お、おう。わかってる……心配するな、問題にならねーように気を付けるから!」

分かってない。それは分かってないよサラ(サフィ)さん。きっと言っても駄目っぽいから今晩ゆっくりと時間をかけて話し合おう。


「ちょっとまって?フランソワも面白がって真似しないで?周りの目が痛いから!」

「にしししし!」

いたずらな笑顔みせながら僕に餌付けをしようと、自分のお弁当から卵焼きを持ってやってきたフランソワ……いや、手づかみですか?正直興味はありますよ?パクリとやってちょっと指が唇にふれて「きゃっ!」とか言っちゃうやつですね?


「では私が……」

「いやいや!そう言う事じゃないから……って二人とも、僕で遊ばないでよ!」

どうしてそこでルーナも乗ってくるのだろうか……僕はそんなにいじられキャラではなかったはずなのに……


そんな周りの視線が痛い昼食が終わりやってきたのがこの午後の錬金術の授業だ。


そもそも錬金術はジョブがなくても魔道具は作れる。ただ、魔道回路と呼ばれる設計図を閃いたりすることや、その回路を専門の素材で作成する技量の向上スピードが速いというのが特徴だ。

訓練次第で誰でもなれるが、ジョブがないと苦難することは明らかだ。だが授業となれば覚えて損はない。もしかしたら唐突に何か新たらしいアイデアが閃いて一攫千金できちゃうかもしれない。


そんな思いもあってクラスメートたちも楽しみにしていた授業のようだ。しかもその授業をする講師が佳苗だということもみんなの期待に拍車をかけている。


あの有名な英雄の奥様であり錬金術のスペシャリストとして数々の便利な魔道具を開発。さらには本来専門ではないはずの薬学でも新しいポーション理論というものを確立。

そんな憧れの『佳苗様』が講師として来るというのだから、それはもう午後のチャイムが始まる前から教室内はざわついてしまうのも無理はないだろう。


……とそんなことを考え少しだけ優越感に浸っていた僕の様子を、サラ(サフィ)さんがニヤニヤして見ていたのを僕は気づかなかった。


そしてチャイムが鳴って教室のドアが開く。


静まり返る教室……そして、学園長マナーブ・コトダネキミがニコニコとした笑顔で入ってきた。みんな大ブーイングである。


「し、静かにしたまえ!」

教壇の前に立った学園長が両手を上にあげてみんなを落ち着かせていたが一向にブーイングは止まらない。


「みんな静かに!」

クラス委員のルーナの言葉にみんなが鎮まる。さすがルーナ。


「では、佳苗様がこられない理由を……早く!」

いやキミも切れてるんかい!


鋭い目線で学園長を睨みつけるルーナにたじろぐ学園長は慌てて返答した。


「いやいや、佳苗様は来るから!まずは注意事項を伝えにきただけだから!」

「そうでしたか。では早くそれを告げて佳苗様を……急いで!」

学園長の言葉に再度ざわつく教室内。そして再度切れるルーナ……だんだん学園長が可哀そうになってきた。でもここで何か言えばみんなの怒りの矛先は僕にくるからね。絶対に何も言わないよ僕は。


「で、ではまず授業にあたって授業中この教室の一番前、この机より絶対に出ないでください。万が一、佳苗様が横を通っても絶対にふれたり、嫌らしい目で見たり……匂いを嗅いだりしてはいけません!」

なるほど……これは佳苗からの要望かな?


「あと勝手に話しかけてはいけません!質問がある時は挙手を!そして許可を得た時だけ短く簡潔に!あと授業内容以外は質問は禁止!私語も厳禁です!分かりましたか?」

その言葉にみんな素晴らしい返事を返していた。


しかし学園長が話の合間に僕をチラチラするのだから、クラスメートからの視線も冷たい物へと変わってゆく。これじゃまるで僕がおさわりしちゃう危険人物として警戒してるようじゃないか……

ここで僕は隣でサラ(サフィ)さんがこちらをニヤニヤ見ていることに気付く。おい!何もするなよ?ホントに……振りじゃないから!


「サラ(サフィ)さん……何か企んでたりしないよね?」

「なにがだ?」

「いや分かってるよね?僕はタク。このクラスの同級生。そんなぎこちない返事で返してきて不安しかないよ?」

「・・・」

いやなんで黙るの?怖いよ?何する気なの?

僕はサラ(サフィ)さんの膝に手を置いてごっそりと体力を奪っておいた。不意を突かれたからかサラ(サフィ)さんは【竜鱗の障壁】の防御膜を張ることなく「ふひんっ」と変に色気のある声をあげて机につっぷした。


こ、これでしばらくは大人しくしてるだろう。


その様をルーナとフランソワに見られたのはもうどうしようもないなとあきらめた。授業中に何かいかがわしいことをやっているクラスメート、という位置づけは甘んじて受けよう。今後の平和のためだ。


「では佳苗様の登場です。皆さま、くれぐれも粗相のない様に……」

そして学園長はまるで従者のように教室のドアを開け、その横に膝まづいていた。そして佳苗がゆっくりと入ってくる……


どこで作らせたんだろう……


佳苗はいわゆるスーツに身を包んでいた。普段していない赤い眼鏡に髪を後ろにまとめている。紺のタイトスカートのスーツ。中には白いワイシャツ、黒いストッキングはとても似合ってます!手に持ったのは杖?いや教鞭かな?


まるで地球の怖い女教師みたいな恰好で入ってきた佳苗……クラスメートは黄色い声援を上げたそうにしているが、注意事項もあったので我慢しているように見える。ルーナはちょっと涎を垂らしているように見える。

……メテルの時といい、やっぱり彼女はそっちの気があるのでは?という疑惑を感じる。僕は僕で佳苗にどことなくいかがわしい感じで見てしまう。それはあれが自分の奥さんであると認識しているからなのか……


ふと隣のサラ(サフィ)さんを見ると、突っ伏していたはずの顔を上げ僕の方をニヤニヤしてみていた。これか!これを黙っていただけか!その隣のカルラ(加奈)も少しフフってなってる。これは完全に遊ばれている……

これは二人……いや三人と夜にじっくり話し合う必要がありそうだ。


「はいそこのキミ!よそ見しない!」

「えっ、あ、はい」

「嫌らしい目でみない!」

「うえっ?そんなー」

唐突によそ見するなと佳苗に注意された僕。そして顔を見ただけでこれである……どうしろと。あれか?新しいプレーか?なんだか……ゾクゾクしてしまうのは仕方ないだろう。やっぱり三人で話し合うべきだなこれは。


始まりこそごたついていたが始まった錬金術の授業は非常に面白いものだった。

面白いものだったのだが、時折何をしても注意されるというプレーはやめてほしい。とても良い興奮をおぼえるのだがその分クラスメートの冷たい視線を感じ、今後の学園生活が不安になった。

それはもう今更な気がしないでもないが……


そして滞りなく授業は終わり帰宅する。


帰宅するやいなや佳苗が抱き着いてきて「どうだった?興奮した?」と聞いてくるので、夜を待たずして教育的指導を施さなければとサフィさんと加奈も連れて寝室へとなだれ込んだのは言うまでもないだろう。


今日も楽しい学園生活だった。と思い出には刻んでおこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る