2. 別れ

「そこそこの大きさの魔石であれば、お前達が普段利用している乗り物のエネルギーを半永久的に賄えるであろう」

「うわぁ、それは世界がひっくり返りそう」


 でも一つ不安がある。


 魔力をエネルギーとして使えないか。


 その研究はすでにされているけれど上手く行ってないらしいんだよね。

 例えばぴなこさんやキングがやっていたように、ダンジョン内で入手出来るレア宝石に魔力を溜めることが出来るけれど、その溜めた魔力をスキル発動以外で使う事ってどうしても出来ないんだ。


 仮に魔石が出現するようになったとしても活用できるようになるには相当の時間がかかるんじゃないのかな。


「制限を取っ払ったから色々と出来るようになっているぞ」

「制限?」

「例えば外でのスキル使用とかだな」


 そうなの!?

 てっきりスキルはもう使えなくなると思っていたら、より便利になっちゃうだなんて。


 これまでは訓練場や魔物が溢れた時とかの例外を除いてダンジョン外で使えないスキルが結構あったんだけれど、それも使えるようになっちゃったんだ。

 ということは魔力に関しても何らかの制限がかけられていたから研究しても扱えなかっただけで、これからはゲームマスターさんが言う通りに本当に色々と・・・出来るようになりそう。


 良い事も悪い事も。


 でもボク達はそれをちゃんとコントロールしなければならない。

 滅亡する程の悲劇がしばらくは起きないからこうして解禁してくれるって思えるけれど、それに甘えて好き放題したらきっと悲劇の未来が待っている。


「魔石ってどのくらいの確率で手に入るの?」

「確実に手に入るぞ」

「え?」

「しかも従来のドロップアイテムも変わらず落とすから好きに研究すると良い。研究は良いぞ~」


 そんな研究マニアみたいなこと言わないでよ。

 そりゃあ白衣着てるからそれっぽいけどさ。


 そういえば今回はちゃんと白衣に戻したんだね。

 やっぱりゲームマスターさんはこっちの方が似合ってるや。


「それは困る!」

「京香さん?」


 良い事尽くめだと思うのだけれど、どうして困るのかな。


「確かにこの報酬はありがたい。とてつもない恩恵だ。だがこれじゃあ困るんだ。ダンジョン以外・・・・・・・のやり方で同じような恩恵を受けられるようにしてもらえないだろうか」


 うわぁ、報酬に難癖付けるだなんて大丈夫かな。


 怒られて無かったことに……なんてことをゲームマスターさんはしないか。

 むしろ興味深そうに京香さんを見ているし。


「ふむ、理由を聞こうか」


 ほらね。

 全く怒った様子はない。


 でも本当にどうしてこんなことを言い出したのかな。




「救がまたダンジョンに籠ってしまうじゃないか!」

「ぷぎゃ!?」




 まさかのボクが理由だった。

 別に籠っても良いじゃん。

 これからは死なないんだからさ。


「救にはこれからダンジョンの外で平和に暮らしてもらいたいんだ。もう戦わせたくないんだ。傷ついて欲しくないんだ。でもダンジョンがあったらこいつは『エリクサーを補充するぷぎゃ』とか言って嬉々として潜って笑顔で魔物を惨殺するんだ。そんなのは健全じゃない!」

「ボクはそんな話し方しないよ!」

「やっぱり話し方以外は正しいのか……」

「罠だ!そこを突っ込ませたくなるように仕向けた癖に!」


 まったく失礼しちゃうよね。

 いくらボクだって誰かがピンチになっている訳でも無いのに喜んでダンジョンに入る訳なんか……………………


「ふむ、その件は検討済なのだよ」

「検討しちゃったの!?」


 世界的な報酬のはずなのにどうしてそこでボクの話になっちゃうのさ!


「だがどれだけシミュレートしても、ダンジョンを消してしまうとこの者は心を病んでしまってな。仕方なくダンジョンを遺したのだ」

「待って、本当に待って。いくらなんでもボクがダンジョンに入らないだけで病むわけが無いでしょ!」

「…………」

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

「皆してジト目で見ないで!」


 酷いや酷いや。

 ボクだって普通に外で生きられるんだからね、ぷんぷん。


 そりゃあダンジョンが無くなったら少しは寂しいし体を動かしたいなって思うかもしれないけれど、病む程に中毒になっているなんてことは…………な、ないよ!


「まぁ、その、アレだ。少しずつリハビリしてやれ」

「分かった、そうする」


 ダンジョンマスターさんが本気で困っている様子だ。

 ボクってそんなに問題児なのかな。

 違うよね、お願い違うって言って。


「他にも聞きたいことはあるだろうが、何が変わったかは自分達で調べろ。そっちの方が面白いだろう」


 あれ、もしかして話が終わっちゃうのかな。

 ボクはまだ納得出来てないんだけど。


「調べるのは良いが、バグは無いだろうな」


 しかも京香さんが話相手になっちゃってるし。


 でもバグについて聞いておくのは重要だね。

 外に出てきちゃったスライムの件もあるし。


「無い事を証明するのは難しい、だろう?」

「それはそうだが……」

「なぁに、案ずるな。仮に問題が起きたとして直す仕組みは用意しておく」


 それだと問題が起きてからしか対処できないけれど、問題が起きないと問題があるって分からないから仕方ないのかな。これまでもバグと言っても致命的なものは無かったし、その辺りは信じるしか無さそうだ。


「なら後はこれだけ教えてくれ。ダンジョンは無くなることは無いのか?」

「現時点では無い、とだけ言っておこう。想定外などいくらでも起こりうるからな」

「そうか……」


 だとすると魔石やダンジョン産アイテムに頼りすぎない方が良いのかもしれない。

 いきなりダンジョンが消えて魔石エネルギーが使えなくなったら大混乱になっちゃうもんね。


 京香さんは『これだけ』って言っちゃったから、もうゲームマスターさんに何かを聞く雰囲気では無くなった。

 じゃあボクが話しても良いかな。


「ゲームマスターさん達はもう行っちゃう・・・・・の?」

「うむ。ここでの実験は概ね終わったからな。他の世界での実験に注力することにしよう」

「わざわざありがとう」

「何のことだ?」

「とぼけちゃって」


 しらばっくれているけれど、ボクは何となく気付いている。

 ゲームマスターさんは本当はもうボクらの世界での実験はとっくに終わっていて、滅亡を回避するために面倒を見てくれていたんじゃないかって。

 もちろん確証は無いけれどね。


「この世界での出来事は非常に興味深かった。特に君の存在は驚愕に値する。私のシミュレートが全く役に立たなかったのだからな」

「それって喜んで良いことなのかな?」

「まぁな。少々、いや、過剰に異常ではあるが生命体の『献身』に大きな可能性が秘められていることに気付かされたのだ、深く感謝する」

「そうなんだ」


 苦手な『感謝』なのに、どうしてかそれほど気恥ずかしかったり嫌な気がしない。

 ボクも成長したのかな、って思ったら全然違った。


「……ふむ、そなたたちの文化に従って回りくどい表現をしたようだが気付かなかったようだな」

「え?」




「やりすぎだ、馬鹿者」

「ぷぎゃ!」




 どうやらゲームマスターさんの感謝は皮肉が沢山籠められていたらしい。

 まさかゲームマスターさんにまで叱られるだなんて。


「あははは、そうだそうだ。もっと言ってやってくれ! せっかくだから会議を開こうか!」

「止めて!」

「ふむ、それも良いな。一度参加したいと思っていたところだ」

「ぷぎゃああああああああ!」


 ラスボスを倒した後の最初のイベントが会議って、そんなのおかしいでしょ!


「ふふ、冗談だ」


 あ、ゲームマスターさんが笑った。

 こんなに自然に笑ったのって初めてじゃないかな。


「ではそろそろ行く。どうしても気になることがあればソーディアスに聞け」

「彼女は残るんだね」

「そなたたちと同じ生命体になったのだから当然だろう。アレもまた興味深い事例よ」


 今のソーディアスさんの様子からすると、一緒にここを去るんだなんて言われたらゲームマスターさん相手にも斬りかかりそうだもんね。そりゃあ残るか。


 人間になったとはいえゲームマスターさんとの繋がりは少しあるっぽいし、彼女が居てくれるっていうのは助かる。


「他の人は一緒に行っちゃうんだね」

「ああ」

「寂しくなるなぁ」


 殺し合いをした仲だけれど、というか、一方的に殺されそうになった相手だけれど、今は訓練を通じてかなり仲が良くなっていたからお別れが少し切ない。


「もう戻って来ないの?」

「ここでの研究は終了したからな。戻って来る理由があるまい」

「そう……なんだ……」


 ボクらにとって彼らは敵であり救い主でもあり、複雑な感情を抱いている人が多いだろう。

 この世界が滅ぶはずだったなんて言われても信じられない人が大半だろうし、親しい人を魔物に殺された人なんかは憎んでいるかもしれない。


 だとしても、やっぱりボクは少し寂しいな。


「最後に一つ、忠告しておく」


 この世界が滅びを回避したとしても油断はするなってお話しかな。


「槍杉救よ」

「え、ボク!?」


 まさかのボクに向けた言葉だった。


「修羅の道を歩んだ者が陽の光の元で生きるのは難しい」

「…………」

「だが忘れるな。お前の傍にはお前を想う人々がいるということを」

「もちろんだよ」

「うむ、良い笑顔だ。最後にそれを見られたのは僥倖と言えよう」


 ゲームマスターさんの体が少しずつ薄れて行く。

 どうやらこういうお約束な展開が好きになっちゃったのかも。


 ありがとうゲームマスターさん。

 世界は貴方にそう言えないかもしれないし、その世界の代表になっちゃっているボクがそれを口にすることも出来ないから、心の中でそう伝えるね。

 きっと貴方なら分かってくれると思うから。


 ゲームマスターさんはボク達の前から消え、もう二度と会うことは……




「追加でもう一つ忠告しておこう」

「ぷぎゃ!?」


 良い感じで終わったのかと思ったのに声だけ聞こえて来てびっくりしちゃった。


「歳を取ると『ぷぎゃぷぎゃ』言うの恥ずかしくなるから気をつけろよ」

「余計なお世話だよ!」


 ってまさかそれが最後の言葉なの!?


 待ってお願いもっと続けて!

 こんなのが歴史に残っちゃうだなんてあんまりだ!

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