3. 救のために世界のために

『あはは、まさか私がラストダンジョンに入るなんてね』


 中国の若い女性探索者。

 若いと言っても救や京香のような十代ではなく二十代前半だ。


 どことなく疲れた顔をしているのは、彼女が自国で戦いに明け暮れる毎日を過ごしていたから。


『上が潰れた時はどうなることかと思ったけれど、声をかけてもらえて良かった~』


 スライムによる悪人達の連鎖吸収。

 その発生源である中国は、多くの要人達がスライムに捕らえられて使い物にならなくなってしまった。

 その結果、国としての機能が大きく低下し、恐怖政治に近かった政府がほぼ解体されてしまった。


 更に大問題だったのが、強い探索者もまたその連鎖に巻き込まれてしまったこと。

 悪事を働いていないまっとうな探索者はスライム内での記憶を消して解放されているが、体がそれを覚えているのか本来の力を発揮して戦うことができなくなっていた。


 それゆえ被害を免れた探索者達がフル稼働してどうにか国内のダンジョンを抑え込んでいる状況だった。


 そんな探索者の一人である彼女はラストダンジョン攻略にあたり声がかけられた。

 ラスボス弱体化のために戦わないかと。


 中国の探索者は信用ならないと思われていると思い込んでいた彼女は、実はそうではなかったと知ることになる。恐る恐る参加してみたら、誰もかれもが優しく接してくれたのだ。優しくしておいて囮にするつもりかもしれないと少し疑心暗鬼になってしまうほどに。


『よし、がんばるぞ!』


 救達がラスボスに挑戦すると同時に開かれたラスボス弱体化用の扉。

 その先に向かったのは数千を超える探索者の集団。


 しかし……


『あれ? 皆は?』


 扉をくぐると仲間のほとんどが消えてしまった。

 残されたのは彼女を含めて数十名程度。

 拓けた草原のような場所で、彼らは何が起きたのかと不安げに辺りを見回した。


『来るぞ!』


 誰かの叫びを耳にした彼女もすでに魔物の出現に気付いていた。

 地面がボコっと盛り上がったかと思ったら、その中から一匹の闇色のトカゲが這い出てくる。


『ダークリザード!?』


 それは中国のダンジョンで戦ったことのある魔物だった。

 その時は三人がかりでようやく倒せた相手。


 自分の実力だとソロで倒すには少し厳しい。


『ヘイ! 一緒に戦わないか!』

『お願い!』


 だがここには探索者仲間がいる。

 魔物はワラワラと湧き出ているが、彼らと連携して一匹ずつ着実に対処すれば倒せないことはない。


『あなたはアレ倒したことあるの?』

『あるけれど、ソロだとちっときつい』

『私と同じね!』


 後に彼女達は気づくことになる。

 自分たちが戦っていた相手は、自分よりもやや強い魔物ばかりであると。


 決して倒せない相手ではない。 

 だが倒すには傷つく可能性が高く、工夫や協力が必要となる苦戦必至の相手。


 同じくらいの能力の探索者が集められ、苦労して戦うことこそが求められていた。

 彼らは一般人のように救達に命を預けるよう求められない。

 しかしこの場に挑んだ時点で命を懸けて戦うことを強いられてしまうのであった。


『この程度どうってことないわ!』


 でもそれは彼女達にとって喜びになりこそすれ、決して苦痛ではない。


 探索者の多くは誰かを守りたいがために戦っている。

 ここでの戦いが救達の助けとなり、ひいては世界を救う一手となるのならば、傷つき血を流そうがそんなものは勲章にしかならないのだ。


ーーーーーーーー


「みんな張り切ってるなぁ」


 そう呟いたのはシル〇ニアファ〇リーに所属する一人の男性探索者。

 シル〇ニアファ〇リーは特殊な扱いなのか全員が同じフィールドに転移させられたが、戦う相手が格上であることには変わりはない。それに人数が多いからか、レイドを組んで挑むような巨大な敵と戦わされている。


「おい、何を休んでやがる!」

「休んでいるだなんて心外な、相手の動きを観察してたんですよ」

「それならその成果を見せてこい!」

「うわ、押さないでくださいよ」


 などとやる気なさげな雰囲気の発言をしているが、その表情は生き生きしている。


 それもそのはず、敬愛する救のために戦えているのだから。


 救がギルドを作った時、多くの人が入りたいと押し掛けてきて篩にかけられた。

 彼はその三度目の募集の時に応募し合格した。


 彼が救のギルドに入りたかった目的は『感謝』を伝えるためだった。

 救の病院エリクサー行脚により、彼の妹が死の淵から生還したのだ。


 全てを捧げてしまいたくなる程の感謝の気持ちを、彼は救に渡すことが出来ず苦しんでいた。

 スパチャで金銭を渡すことはできたが、その程度では全く伝えきれていない。

 鳥取でのイベントにも参加することが出来なかった。


 どうにか救に会って直接深い感謝を伝えたいと思い、ギルドの戸を叩いた彼だが、簡単に救に会えるとは思っていなかった。救がギルドのリーダーとして名前を貸しているだけだと知っていたからだ。


 だが蓋を開けてみれば救は名前だけどころか本格的に運営にかかわっていた。

 コミュ障にも関わらずギルド員の様子を気にして見守ってくれていた。


 幸いにも彼はギルドに加入して早いうちに救に会い、ぷぎゃらせることに成功した。


 もちろんそれでも感謝はまだまだ尽きない。

 救のために出来ることはないかと、彼は自分の力で考えて行動し、探索者として活躍する。


 シル〇ニアファ〇リーのメンバーは誰もが似たような強い思いを抱いている。


 救のためになりたい。

 救の助けになりたい。

 救の支えになりたい。


 そして、救のような人物になりたい。


 今こそ、この想いを形にする時。

 ダウナー系を演じている彼もまた、その想いに突き動かされて強敵相手に激しく武器を振るい始めた。


「しっかしまあ、古参連中の強いこと強いこと!」


 必死に武器を振るいながら周囲を確認すると、ギルドの初期メンバーがとてつもない勢いで魔物を屠っていた。相手が本当に格上なのかが疑わしくなるくらいの勢いであり、装備が血まみれになっていなければ雑魚狩りをしているのではと思えるほどの殲滅スピードだ。

 倒せば倒すほどラスボスが弱体化されるということで、つい速度優先で無茶をしてしまっているのである。


「無限双戟!」


 双剣を手にした男は無限の連撃で魔物に立ち向かう。

 その無限が止まるのは魔物の反撃を受けて吹き飛ばされた時だけ。

 即死の一撃以外は避ける必要など無い。

 極力早く殲滅するために防御よりも攻撃を優先しているからだ。


 また、反撃を受けて男が吹き飛ばされてもそれで攻撃が途切れる訳ではない。

 全身に激しいダメージを受けながら男は叫ぶ。


「葉月!」

「極奥爆連破!」


 強力な爆破魔法を準備していた相方の女性が、薬指・・につけた指輪で威力をブーストさせた一撃を魔物にお見舞いする。

 その顔が怒りで歪んでいるのは魔物への憎しみなどではなく、愚かで無茶な戦い方をしている愛する相方への想いのため。


「馬鹿!いくらフラグ回避したからって無茶し過ぎ!」

「ここで無茶しないでどこで無茶するんだよ! 救様をお助けできるんだぞ!」

「それは分かってるけど、あんたが死んだら私絶対に後を追うからね! 分かってるの!?」

「分かってるって! 絶対にお前を泣かせないから今だけは許してくれ!」

「もう!」


 最前線でイチャラブしないでくれと周囲の探索者が思うものの、ギルドのトッププレイヤーである彼らに苦言を呈せる者などほとんどいない。いるとしたら彼らの同期でかつての仲間だろう。


「君達は相変わらずだな」

「こんなところでまで見せつけないでよね!」


 大盾の戦士と鞭使いの女性。

 彼らの姿もまた真っ赤に染まっていた。


 だが痛々しい雰囲気は全く無く、むしろギラギラした目つきのせいで尋常ではないほどの生のエネルギーを放っていた。


「悔しかったら早く結婚したら?」

「ぐっ……言うようになったわね」

「そんなハレンチな格好をしている間はまともな男なんて寄って来ないだろうけどね」

「……うわああああん! 好きでこんな格好をしてるわけじゃないんだもーん!」

「あっ……ごめん」


 泣きながら怒った鞭使いの女性が狂乱状態になって魔物に突撃する。

 救からプレゼントされた超威力の武器で魔物の体がみるみるうちに削れて行く。

 この姿が世界中に拡散されてしまっているせいで、さらに婚期が遠のいてしまうのは南無南無としか言いようが無い。


「彼女も相変わらずだな。根は普通の女性なのだが」

「ノーコメントで」

「はは、変なことを言ったら奥方に怒られるからかな。おっと君の相手はこっちだよ挑発


 彼らは談笑しているが決して戦いの手を止めているわけではない。

 戦いながら普段通りの掛け合いをしているだけ。


 魔物の攻撃が掠り血が噴き出ても、そんなことはお構いなしに惨殺する。

 死なない限りは回復せずにただひたすらに格上の魔物との死闘を継続する。

 それなのに途中でこんな掛け合いまで入れるだなんて正気の沙汰ではない。


 彼らの強さをギルドメンバーたちは改めて理解させられ、頼りに思う。


「結局最後まで全く追いつけなかったなっと!」


 ギルドに入ったタイミングにはそれほど大きな差は無いけれど、毎日のように異常な特訓をしている初期メンバーに後から入って来たメンバーが追いつけるはずも無かった。しかしその強くなりたいと努力する姿勢が新たな憧れを生み、強さを求める意欲が継承されて全体が底上げされてゆく。


 男もまた追いつけはしなくとも強さを求めてあがく一人の探索者だった。


 だが追いつけなくても構わない。

 大事なのは何のために強くなりたいかだ。


 それを間違えてしまうような探索者はこのギルドにはいない。

 古参も新参も関係ない。

 

「救様!」


 救のように誰かを守れるような人物になりたい。

 そして救に休みを与えて平和な世の中を楽しんでもらいたい。


 その想いに突き動かされ、彼らは臆することなく嬉々として魔物に挑んで行く。


 全てはファミリーが敬愛するすくいのために。


――――――――


 ラストダンジョン外での阿鼻叫喚とは裏腹に、彼らは意気揚々と傷つき死にかけ苦しみながらも順調にラスボスを弱体化させて行く。


 外と中。

 その違いは何か。


 それはきっと誰かを守りたいと強く思い行動して来た人とそうでない人の差なのだろう。


 世界のために。

 救のために。

 それぞれが想う誰かのために。


 その想いの主な矛先である彼らの戦いの行方は……

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