ラストダンジョン編 後編(ラスボス戦)

1. 全滅

「よし行こう!」


 必要なことは昨晩十分に語り終えた。


 気力も体力も万全の状態で、むしろやる気に満ち溢れすぎていてポカしないか心配なくらいだ。


 だから改めて何かを言うつもりは無い。

 勇気を奮い立たせる演説も、恐怖を吹き飛ばす円陣も、背を押してくれる見送りの言葉も必要ない。


 特別なことはなく、これまでやってきたのと同様に、ボスを倒すという当たり前の行為をするために、ボク達は最後の扉を開けて普通に中に入った。


「風景は変わらないのかな」

『いや、そうでもねーみたいだぞ』


 セーフティーゾーンと同じ宇宙空間が決戦の場なのだろうかと思っていたら、確かにキングの言う通りこれまでとは大きく違った点があった。


「うわぁ、でっかい」

「見てるだけで燃え尽きちまいそうだな」


 いつの間にか美しい地球が見えなくなり、煌々と紅く燃える太陽が近づいていた。

 それでいて眩しく感じないのはそういう仕掛けになっているのだろう。

 流石に最後の最後で背景の眩しさに耐えるギミックがあるなんてしょぼすぎるもんね。


 全員がラストバトルの広間に入ると入り口の扉が閉まり消えてしまった。

 後戻りは出来ないってことかな。

 きっと緊急脱出用のアイテムも使えなくなっているだろう。


 それは想定内だから動揺なんてしないけれど、不思議なのはラスボスの姿が見えないことだ。


『……来る』


 セオイスギールさんが呟いたタイミングで全員が気付いた。

 目の前の空間が大きく歪み始めていることに。


 そして世界が揺れているのかと思える程の大きな振動と共に、それはゆっくりと姿を現した。


 高さは五メートルくらい。

 足元は吸盤のような形で地面にしっかりと吸い付いていて移動はしなさそうだ。

 足首辺りに僅かにくびれがあるけれど、そこから上に向かってこけしのように綺麗な円柱形の漆黒の下半身が伸びている。

 上半身と思われる部分は腰らしき部分まで金属製のローブに覆われていて胴体が見えない。

 そのローブは胴体の黒さとは対照的に複数の明るい色でキラキラしていて眩しく、傘のように大きく広がっている。

 そのローブの下から十本の細い金属製の触手が伸びていて、肩と背中からはぶっとくて長い手が左右四本ずつ伸びているので手数が多そうだ。

 そして最後に顔。顔は六つの顔が横並びになっていて、怒りや悲しみなど負の表情を浮かべている。更には首が360度自由に回るらしくゆっくりと不規則に回転している。


「うわぁ……流石ラスボスだね。とんでもないプレッシャーだよ」


 正直なところ、見た目だけならこのくらいの派手なボスは見たことがある。

 でもこのラスボスから放たれるボス特有のプレッシャーは隠しボスが放つものよりも遥かに強く、並の探索者なら即座に気絶してしまいそう。

 もちろんここまで到達したボク達なら体が勝手に震え始めちゃうくらいでなんとかなるけれどね。


『~~~~』


 ラスボスから何か音のようなものが放たれたと思った瞬間、ボク達の脳裏にある言葉が浮かんだ。


 自滅の化身、カルヴァ。


 どうやらご丁寧に自己紹介をしてくれたみたい。

 自ら滅ぼうとしていたボク達の未来が具現化した者、みたいな意味合いなのかな。


「なあ救。カルヴァの周りに何か見えねーか?」

「うん、あるね。とっても危険そうなのが」


 目を凝らして見ないと分からないのだけれど、薄い膜のようなものがカルヴァを覆っている。

 そしてそれはカルヴァ本体よりも嫌な感じを漂わせている気がする。


 それを見るだけで冷や汗が止まらないんだ。


「闇の衣、だったりしてな」

「なにそれ?」

「友1から聞いてないのか。有名なラスボスに自身を超強化する衣をまとったやつがいるんだってさ。それをどうにかしないと手も足も出ないそうだ」

「アレがその闇の衣ってこと?」

「分からん。だがラストダンジョンは友1いわく『定番』が詰め込まれていたらしい。だとするとその可能性を無視は出来ないだろ」


 例の膜はうっすらと光っているようにも見えるから、むしろ光の衣ってところかな。

 だとするとそれを剥がすのが最初のステップなのかも。


「その闇の衣はどうやって解除するの?」

「専用アイテムを使うらしい」

「え? そんなのどこにも無かったよ?」

「そうなんだよなぁ……」


 ラストダンジョンの中は虱潰しに探したし、封印ダンジョンとか他に世界に異常がないかとかもかなり確認したけれど何も特別なものは見つからなかった。これが見落としだとすると致命的なんだけれど、初見攻略を必須としているっぽいラスボス戦でそんなえぐいことするかなぁ。


『無いものは無いで仕方ないだろ。やるしかねーんだからさ』

「そうだよね」


 何かギミックがあるのかもしれないと考えながら戦うしかないか。


『つーかそんなことより"まだ"かよ』


 ボク達がこんな風に悠長に話をしているのは、まだラスボス戦が始まっていないから。

 上手くは言えないのだけれど感覚として今攻撃を仕掛けても意味が無いってことがラスボスと対峙しているボク達には分かるんだ。


『きっとアレが合図よ』


 パッドさんの視線の先には星に見まがうほどの巨大な隕石。

 それが太陽に向かって突入しようとしている。


 なるほど確かに背景の中で唯一大きな動きを見せている隕石が合図になっている可能性はありそうだ。


「じゃあそれに合わせて最後の準備をするよ!」


 戦闘開始のタイミングを教えてくれるのならば、その開始に合わせてバフをかければ開幕から長時間全力攻撃が出来る。


 限界突破、ステータス向上、状態異常抵抗、遅延蘇生など、あらゆるバフや予防効果をパーティー全体にかけ終えた時、例の隕石が太陽とぶつかった。


『~~~~!』


 その瞬間、カルヴァが吼えたような気がした。

 そしてボク達は理解する。


 ついにラスボス戦が始まったのだと。


――――――――


「先手必勝!」


 未知の相手と戦うには慎重に相手の出方を伺うべきだけれど、そうすることで逆に相手のペースになってしまいかなりの不利になってしまうこともある。ボク達は事前に相談して、徹底的に攻めながら相手の対処に応じて臨機応変に対応することに決めた。そっちの方がボク達らしく戦えるからだ。


「真・次元斬!」


 京香さんが先制攻撃でカルヴァのローブを破壊しようと跳んで攻撃を仕掛けた。

 でも金属を軽く叩く音がするだけで真・次元斬は発動しなかった。


『山崩し(collapse mountain)!』


 それならばとキングが超パワーアタック系の斧技で叩き壊そうとするけれど、それもまた軽いカンという音が響くだけ。


 じゃあボクは違うアプローチをしてみよう。


「アルティメット・スラスト!」


 速さと鋭さと強靭さの全てを兼ね備えた突きの奥義。

 このスキルで貫けない物は無いとすら言われている最強の突きスキル。

 ボクじゃなくて突きが大好きな探索者さんが編み出したスキルだけれどちょっと借りるね。


 狙うのは足首付近のくびれたところ。

 くびれと言っても木の幹くらいの太さはある。


 そこを突き崩せば体が倒れてボーナスタイムになるかと思ったんだ。


 ふよん。


 でもボクが放った究極の突きはカルヴァに届くころには勢いを失い触れる程度になってしまった。この感覚はまさか。


『あの衣のせいだ』


 どうやらギルさんもそう思ったらしい。

 ボク達の攻撃はあの謎の衣を通過する時に一気に弱体化してしまうんだ。


「それなら遠距離攻撃で!?!?」


 ……

 …………

 ……………………


「ぷぎゃっ!?」


 あ、あれ、今何があったの。

 もしかしてボク死んでた・・・・!?


「救! こいつやば」

「京香さん!」


 京香さんの声に反応してそっちを見たら彼女の体が一瞬で崩壊して肉塊と化してしまった。


『リザレクション!』


 その瞬間、ミタさんが蘇生魔法で復活させてくれた。

 どうやらボクは遅延蘇生の効果が切れたタイミングを狙われたらしく、ボクもミタさんが復活させてくれたらしい。


『ぬお!』


 周囲を確認すると、皆が見えない攻撃で一瞬でやられてしまい蘇生を繰り返していた。


 攻撃の出所はカルヴァの腕。

 ボク達の誰かが死ぬ瞬間、あの腕のどれかが一瞬ブレるんだ。


 全く見えない超高速超威力攻撃で一撃死。


「こんなのパラメータの差があるってレベルじゃない!」


 いくらラスボスだからって認識できず避けられない攻撃とかってバランスおかしいよ!


『ふぁいあ!ふぁいあ!ふぁいあ!』


 セオイスギールさんが焦って魔力ドラゴンを放っているけれど、それらもまた衣に触れると威力が激減してしまい効果を為さない。


『あっ!』


 そして超遠距離から攻撃しているにも関わらずカルヴァの攻撃で四散してしまう。


「むちゃくちゃだ……」


 攻撃がほぼ効かない。

 どこにいても飛んで来る即死攻撃。


 こんなのどうしろっていうんだ。

 

 いや、一つだけ可能性がある。


「皆耐えて! きっと彼らがやってくれるから!」


 ラストダンジョンセーフティーゾーンに設けられた複数の扉。

 その一つにラスボス戦が始まってからでないと開かない扉があった。


 その先には魔物がひしめいていて、それを沢山倒すとラスボスが少しだけ弱体化する。

 今ごろはシル〇ニアファ〇リーをはじめとした世界中の探索者達が戦ってくれているはず。

 もしかしたらその結果次第でどうにか戦えるようになるかもしれない。


 ただ、リザレクションは使える人が少ない上に魔力消費が激しい。

 せめてボクだけでも自力でどうにかしたい。


 遅延蘇生を常にかけたままにするしかないかな。

 そして友1さんから引き継いだ防御スキル、完璧領域防御パーフェクトエリアディフレクトを使って守りに徹する。


 それで少なくとも全滅は免れるはずだ。


 そう思っていた。

 ラスボスの弱体化という微かな希望に縋り、どうにかして耐え続ける方法はあると思っていた。


 でもそれは間違いだった。

 ボク達には耐える道すら用意されていなかった。


 カルヴァの攻撃に崩壊しそうだった戦線を後退させ、全員が蘇って勢ぞろいしたその瞬間。


『~~~~!』


 カルヴァから波動のようなものが飛んで来た。


 思わず身構えるけれどダメージは負っていない。

 中ボスの時のように状態異常にもなっていない。


 効果はバフの解除だった。

 正確にはボク達にかけられていたあらゆる効果の解除だった。


 限界突破も、ステータス向上も、状態異常抵抗も、遅延蘇生も、完璧領域防御パーフェクトエリアディフレクトも、全て解除された。


 急いで限界突破をかけ直さないと。

 いや、それよりも完璧領域防御パーフェクトエリアディフレクトと遅延蘇生を……


 ボクの意識はそこで途絶えた。


 最後に微かに見えたのは、カルヴァの顔が超高速で回転したこと。

 そしてその目が怪しく光り、ボクらの元へと何かが飛んで来たことだった。


 あれはおそらく範囲攻撃。

 いや、範囲即死攻撃。


 それが意味することは一つ。




 ボクらは全滅した。

































慈愛の奇跡ミラクル・オブ・メルシー


「あ、危なかった~!」


 全滅したボク達だけれど、どうにか復活することが出来た。

 その理由はミタさんの『聖女』スキル『慈愛の奇跡ミラクル・オブ・メルシー』。

 パーティーが全滅した時に一度だけ全員復活することが出来る。

 超強力だけれど発動は人生で一回っきり。


 ミタさんはこれまでこのスキルを発動させずに探索者を続け、その保険が最高のタイミングで発動したってこと。


 なんとミタさんって、極悪トゲメイスでヒャッハーするけれど本当に『聖女』だったんだ。

 『勇者』が世界に生まれたように『聖女』も生まれていた。

 ただ『勇者』と違って『聖女』は世界に一人きり。


 そのことがバレると悪い人達に狙われるだろうからって秘密にしてたんだって。

 ボク達はギリギリでそのことを打ち明けられていた。


 だからってこのスキルに頼るつもりは無かったんだけれど、まさかこんな序盤で発動しちゃうなんて。


 復活したのは良いけれど、これからどうすれば良いのだろう。


 あの全バフ解除と範囲即死攻撃のコンボをまた喰らったら今度こそ終わりだよ。


 何か……何かないの……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る