7. 決戦前夜
長野の山奥は空気が澄んでいるからか、夜空がとても綺麗だ。
ラストダンジョンの宇宙空間も綺麗だったけれど、地上から見る夜空はまた違った趣があるね。
思えばダンジョンの中で沢山の不思議な世界を体験して来た。
中には目を奪われる程に美しい場所もあれば、情熱が燃え上がるようなワクワクする場所もあった。ボクが生活していた奥多摩ダンジョンの深層なんかはこの場所に負けないくらい夜空がとても綺麗だった。
でもやっぱりボクはここが良い。
宇宙でもダンジョンでも無くて地上が一番だ。
そんな当たり前のことを、ラストダンジョン前仮設ビルの屋上で夜空を見ながら感じていた。
「綺麗な夜空だね」
「うん」
一人で夜空を見ていたはずなのに、いつの間にか隣に京香さんが立っていた。
最近はダンジョンでばかり会っていたから、大人しいモードの京香さんは珍しく感じちゃう。
「そこは『君の方が綺麗だよ』って言うところだよ」
「え?」
「その疑問は酷いと思う」
「あはは、冗談だって」
「救ちゃんの可愛さに比べたら私も夜空も霞んじゃうってことかな」
「ぷぎゃ!?」
上手く冗談で返答出来たと思ったのに、さらっとやり返されちゃった。
まだまだ敵わないな。
「…………」
「…………」
いつもなら追撃が来るところだけれど、今日の京香さんは大人しい。
明日の大一番に向けて緊張しているのかな。
この無言の意味が分かるほど、ボクはまだコミュニケーションが上手く取れない。
スキルを使えばなんとなく分かるとは思うけれど、それは何か違うと思うし。
「ねぇ、救ちゃん」
「なあに?」
いつも通りの優しい声色の中に、僅かに不安の色が混じっていた。
ボク程度で気付くってことは、敢えて隠していないのだと思う。
「ラスボスを倒して全てが終わったら何しよっか」
「全てが終わったら……」
その話はいわゆる死亡フラグってものなんじゃないかって茶化そうと思ったけれど、そういう雰囲気じゃなさそうだ。
ラスボスを撃破した後のこと。
夢物語でしか無かったその未来がすぐそこまで迫っている。
考えることは無駄では無く、輝かしい未来を求める気持ちを力に変えることで明日はより大きな力を発揮できるかもしれない。
でも。
「何をしよっか。考えてないや」
それはラスボス撃破後に世界がどうなるか分かっていないから。
そして、仮に探索者が不要な世界になってしまったら、ボクが社会の役に立てるのかどうかが分からなくて考えるのが怖いから。
だからボクは自分の未来についてあまり考えてこなかったのだと思う。
「やりたいことは無いの?」
あるにはある。
それはコミュ障を治して、人並みの常識を身に着けて『普通』に生きられるようになること。
でも京香さんが聞いているのはそういうことではないのだと思う。
そういう今の延長線上の話では無くて、探索者以外でやりたいこと。
平和なありふれた日常でのボクの生き方。
「ボクに何が出来るのかな」
小さい頃からダンジョンに籠って戦ってばかりだった。
学校の授業は分身を通じて受けていたから知識はあるけれど、それを使いこなせるとは言い難い。
それにコミュニケーションの問題もある。
ステータスやスキルが残っているなら力仕事が出来るけれど、それすらも無くなったとしたら何も出来る気がしない。つい最近、素のボクの貧弱さを思い知らされる羽目になったから、そのことが良く分かるんだ。
「何を言ってるの。なんだって出来るよ」
「そうかな?」
京香さんの言葉が正しいとしても、出来るようになるにはかなりの努力が必要でしょ。
ゼロから頑張らなきゃならないと思うと気が重いなぁ。
「だって救ちゃん大金持ちだから」
「ぷぎゃ!?」
どうしてそこでお金の話が出て来るのさ!
「世の中お金があれば何だって出来るんだよ」
「そう……なの?」
「そうだよ。お金があれば生活には困らないし何でも好きなことにチャレンジ出来るからね」
「なるほど」
新しい事をやりたいと思っていても、それでお金を稼いで生活出来るようになるには時間がかかる。あるいはやりたいことがお金にならないものかもしれない。
そういう意味でお金があれば何でもできるって言いたかったんだ。
「でもあのお金はそんなことのために使えないよ」
みんなからの気持ちが篭められたお金を使って生活するだなんて申し訳ないもん。
「むしろそうしてくれないと困るかな」
「え?」
「あの沢山のお金で豪遊してずっと幸せに暮らして欲しい。それが私達の願いなんだよ」
「ぷぎゃあ……」
それが本当だったとしても、どうしても申し訳なく思っちゃって出来ないよ。
「ずっとずっと頑張って来た救ちゃんに休んでもらいたいの。好きなことだけしてずっと笑顔でいて欲しいの。それは分かって欲しいな」
「……うん」
頑張った人に休んでもらいたい。
そう言われたら分からないなんて言えるわけが無いよ。
でもなぁ。
「あんなに沢山のお金、使いきれないよ」
高くて欲しいものなんて無いし、自分が外の世界で沢山のお金を使いながら生活するイメージが全く湧かないんだ。
せめて何がやりたいのかが決まっていればお金の使い道も想像しやすいとは思うけれど、結局のところ問題はそこになるんだね。
「いっそのこと外でも配信者を続けたら? ほら、友達とゲームとかやってたじゃない」
「あはは、ボクが遊んでいるだけの配信なんて直ぐに飽きられちゃうよ」
「絶対ない」
「う゛……京香さん、圧が強いよ」
それに最初の頃の気持ち悪い感じになっていて鼻息が荒い。
「救ちゃんならどんな動画でも絶対に見てもらえるし喜んでもらえるよ。それこそ畳の目を数える動画だって億万再生!」
「どういうこと!?」
そんな地味な動画なんて誰が見るのさ!
「そしてスパチャを解禁すれば資産は天井知らず!」
「ぷぎゃあ! それじゃあ意味無いよ!」
好きなことをやって良いのだったら全額寄付したいのに、それはそれで自分の分を沢山残せって怒られるから謎だ。
「私達はそれだけ救ちゃんに幸せになって欲しいの。
突然真面目な雰囲気に戻るものだから少し面食らっちゃった。
「ねぇ救ちゃん……」
「なあに?」
京香さんは夜空を見上げたまま何も言おうとはしない。
内容を考えているのか、言い方を考えているのか、言い辛い事なのか、なんとなく口にしただけなのか。
その理由は横顔を見れば察することが出来るかもしれないけれど、なんとなくそれはダメな気がしてボクもまた夜空を見上げながら続きを待った。
漆黒の夜空に吸い込まれそうな感覚になるものの、そうならないのはきっと心地良い風と夜の音色のせいだ。都会と違って田舎の夜は静かなのかと思っていたら、虫とかフクロウっぽい鳥の声とかで結構騒がしいんだね。それなのに違和感なくBGMとして自然に聞こえて来て邪魔にならないのが凄いや。
そんなことをとりとめなく考えていたら、ようやく京香さんが続きを口にした。
「また
それは配信の話だった。
改めて確認する必要なんてもちろんない。
京香さんのお願いをボクが断るわけないもん。
でもきっとこれはそういう意味じゃない。
露骨にならないように、それでいて自然に伝えようと考えに考えた台詞なのだと思う。
ボクを信じているけれど、それでも不安でどうしても『約束』したかったこと。
未来。
「もちろんだよ」
だからボクは満面の笑みで京香さんにそう答えた。
きっとそれでも信じては貰えないだろうけれど、それはこれまでのボクを考えたら仕方ないこと。
それでも京香さんの想いが伝わっていることくらいは伝え返せたのなら今はそれできっと十分なのだと思う。
「約束だよ。ちゅっ」
「ぷぎゃっ!?」
きょ、きょきょ、京香さん!?
右頬の今の柔らかい感触って!!
「それじゃあ名残惜しいけれど私はもう行くね。本当は独り占めしたいけれど救ちゃんは皆の救ちゃんだから」
「え?え?」
突然のことに動揺するボクの元から京香さんは足早に去ってしまった。
――――――――
そうして入れ替わりに、今度は左隣に人が立った。
「お邪魔だったかな。す~ちゃん」
「そ、そそ、そんなことないよ!」
今度は友1さん、ううん、ゆ~ちゃんだ。
さっきまでのボク達の様子を見ていたのか、悪戯顔でボクを揶揄う気満々だ。
「京香さんって綺麗な人だもんね。仕方ないよ」
「だからそういうのじゃないんだって」
「おやおや、そういうのってどういうのかな?」
「もう、す~ちゃんったら」
「あははは」
敢えてこうやって揶揄うことでさっきまでの妙な雰囲気が続かないように気を使ってくれたのかな。揶揄われるのは恥ずかしいけれど、ボクもこの流れに乗っておこう。
「まるで人事みたいに言ってるけれど、ゆ~ちゃんだって綺麗だよ」
「ふぇ!?」
「え?」
あれ、ボク何か失敗したかな。
配信とかでゆ~ちゃんも綺麗とか可愛いとか言われてることあるし、自覚してると思ってたから軽口で返しただけなんだけど。
「…………」
「…………」
ゆ~ちゃんが夜空を見上げて黙っちゃった。
せっかく和やかな雰囲気になりそうだったのに、やっちゃったなぁ。
彼女の表情は暗くて良く分からない。
怒って無いと良いけど。
「じゃ、じゃあさ」
ゆ~ちゃんはまだ少し焦りが残った声でそう切り出した。
今度は答えを間違えないように頑張るぞ。
「す~ちゃんは、私が綺麗だと嬉しい?」
「うん。嬉しいよ」
そりゃあ親しい人が綺麗だったら嬉しいさ。
「じゃあ私がもっと綺麗になったらもっと嬉しい?」
「う、うん。嬉しいよ」
そんなの当たり前じゃないか。
どうしてそんなことを確認するのだろう。
「それなら私、もっと綺麗になるように頑張るね」
それならボクはこれ以上可愛いって言われないようにがんば……うっ、悪寒が。
「だから約束して。もっと綺麗になった私を見てくれるって」
「……うん」
なんてことだ。
完全にゆ~ちゃんの手のひらの上じゃないか。
ゆ~ちゃんは最初からこれが狙いで戸惑ったふりをしてたんだ。
ボクとその『約束』をするために。
未来の『約束』をするために。
なんか悔しいから少しやり返してみよう。
「今の姿で十分綺麗だからもう頑張らなくて良いよって言ったらどうする?」
「その時はあの力を継承しないでラスボス戦についていく」
「ぷぎゃ!?」
そこでそれを取引材料に使うのはズルイ!
「ちゃ~んと分かってるんだよ。す~ちゃんがラスボス戦の前までには絶対にこの力を受け取るつもりだったって。最後まで連れていってしまうかもって思わせていたのは冗談だったんだって」
そう、ボクはゆ~ちゃんをラスボス戦に連れて行くつもりは無かった。
何故ならあの力はラスボス戦では無効化される可能性があると思っているから。
あらゆる攻撃を防ぐバリアに隠れながら遠距離攻撃をして倒せるラスボスなんてどう考えても変だもん。その辺りの対策はされているに違いない。
そうなるとボクたちは自衛が出来ないす~ちゃんを守りながら戦わなければならなくなってしまい、ギリギリの戦いになると想定されているラスボス戦でそれは無茶な話だ。
だからゆ~ちゃんには悪いけれどついて来られると困っちゃう。
「す~ちゃんが約束してくれないなら、私が頑張ってす~ちゃんを守るしかないでしょ」
「まったく、敵わないなぁ」
「そりゃあす~ちゃんとは潜って来たコミュ場の数が違うから」
「あはは、コミュ場って何さ」
修羅場みたいなやつかな。
ボクにとってはどっちもしんどいね。
「分かった、約束するよ」
「絶対だよ」
「うん。でも言うからには凄いのを期待してるからね」
「うわぁ、ちょっと自滅ったかなぁ……」
「あははは」
「あははは」
元々綺麗な人が更に綺麗になるのはとても難しいと思うけれど頑張ってね。
ボクも頑張るからさ。
未来の更に綺麗になったゆ~ちゃんを見られるように。
「それじゃあこれ渡すね」
ゆ~ちゃんがボクの方を向き、両手を胸の前で組んで目を閉じた。
するとボクの中に温かい力が流れ込んでくるのを感じ取れた。
これがゆ~ちゃんが持っていた勇者の力。
ゆ~ちゃんは本当はこの力で最後までボクを守りたかったのだと思う。
この力の発現がもう少し早ければ、魔物へのトラウマを克服して強くなって最終決戦の場に居られたかもしれないと思っているかもしれない。
探索者になって多くの人を自分の手で守れる未来があったのかもしれないと、夢を叶えるチャンスがあったのかもしれないと、心のどこかで思っているはずだ。
でもそんな気持ちはまったく表に出さずにボクにこの力をあっさりと譲ってくれた。
夢を叶え、大切な人を守れる力を、必要だからと手放した。
それもまた一つの勇気ある行い。
勇者としての資質の一つ。
自分のことよりも誰かのために行動出来る強い想い。
これは単なる力じゃない。
ゆ~ちゃんの想いの結晶。
頑張ろう。
そして約束を果たそう。
未来を共に生きて欲しいとお願いされたのだから。
最後だから死んでも構わないだなんて絶対に考えてはダメだ。
「ゆ~ちゃんありがとう。この力、大切に使うね」
「ううん、雑に使っちゃって良いよ。大事なのはそこじゃないでしょ」
「あはは、確かにそうだね」
力は力だ。
大切に、なんて余計なことを考えたら上手く使える物も使えなくなる。
ボクが持っている他の力と同じように、相手を倒すために考えて使うだけだ。
「よ~し、頑張るぞ!」
なんて屋上から叫んでみた。
大声を出すことで澄んだ空気が肺に流れ込んでとても気持ち良い。
「頑張ってね、ちゅっ」
「ぷぎゃっ!?」
ゆ、ゆゆ、ゆ~ちゃんまで!?
今度は左頬に!?!?
「それじゃあおやすみ! ちゃんとたっぷり寝るんだよ!」
そう言うならこんなことはしないでよね、全く。
でも明日万全の体調で望むためには、確かにそろそろ寝ないといけない。
今のままでは眠れそうに無いから、ほてった頬が落ち着くまではここにいよう。
なんて考えていたら、かのんやセオイスギールさんやキングや他の皆もやってきて騒がしくなっちゃった。あはは。
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