6. 経験は裏切らない

 京香さんはレベル一だなんて大げさに表現していたけれど、実際に何が起きているのか確認しないと。

 でもその間にもネズミ人間が攻撃してくるから大変だ。


「わっ、わっ、痛い!」


 ボクが戦っている相手は話をしてくれたネズミ人間。

 シンプルなナイフで特に技も無く普通に斬りかかって来たけれど、ステータスが激減した状態で避けるのがとても難しくて何度も掠ってしまう。


 完全に普通の人間レベルになっちゃってるねこれ。

 つい強い頃の感覚で体を動かそうとしてしまうけれど、想像通りに動かなくてもどかしい。


 そして何よりも難しいのが避けるタイミング。

 体の動きが遅くなっているのでこれまで以上に早く避け始めないと間に合わないのだけれど、そのタイミングが分からない。早すぎると避けるのがバレて追って来られちゃうからね。


「どんどんいくでちゅ~」


 幸いなのはネズミ人間も人間と同じくらいの動きしか出来ないこと。

 敵も味方も全員がこの特殊効果の影響下にあるせいで、即敗北という状況には至っていない。


 普通に生活している中でナイフを持った人間が暴れているようなものとでもイメージすれば分かりやすいのかな。


 とにかくボクも武器を用意しないと。

 重い武器はステータスが足りなくて持てないから、軽い武器を用意しよう。


「これだ!」

「おっと危ないでちゅ!」


 アイテムボックスから水晶風のナイフを取り出して薙いだらネズミ人間は一旦退いてくれた。

 最難関ダンジョンの魔物素材で作った軽さを追求したナイフで、耐久力や攻撃力はかなり低いけれどこの魔物が相手なら十分効果はあるだろう。それに何よりひ弱な今のボクでも持てるしね。


 これで分かったことがある。

 今のボクは何もかもが初期化されてしまったわけじゃないってこと。


 これまでの探索で作って来た強力な武器防具やアイテムは使えるんだ。

 それにスキルや魔法も封印されたわけじゃない。

 ちゃんとこれまでの経験が活かせる。


 そう考えるとさっきまでのシンプルな攻防にも意味を見出せた。

 ボクは必死に避けただけなんだけれど、戦いを知らないままだったら避け方も分からずに多分斬り殺されていた。上手く体が動かなくてもしっかりと『避ける』という行為をしたからこそ、こうして戦えているんだ。

 これまでの戦闘経験が生きている。


 例え能力が初期化されようとも、経験は決して消えやしない。

 幼い頃からダンジョンに潜り、培い、蓄えて来た経験こそがボクの最大の強み。


 そう考えればこの程度のボス戦なんか楽勝だね。


「さぁ、今度はボクのはぁっはぁっ番はぁっはぁっはぁっ……えぇ……」

「もう疲れてるはぁっはぁっでちゅかはぁっはぁっ」

「そっちこそ」


 せっかくテンションがあがっていざ反撃って気分だったのに、お互いもう肩で息をしている。

 ネズミ人間が数回攻撃した来たのを避けただけなのにな。

 素のボクってこんなにポンコツなんだ……


 お互いに息を整える間が出来たので、警戒しながら仲間の様子を確認してみる。


「剣が持てねぇ……」


 京香さんは普通の若い女性になっちゃってるから当然大剣なんて持てるはずもない。

 テンションだだ下がりで仕方なく素手で小さなネズミ人間を追い回していた。


 ボクよりも走り回っているのにまだスタミナが残っているのが釈然としない。

 きっと京香さんが運動が得意なだけに違いない、ボクの初期状態がポンコツすぎるだなんてわけじゃあきっとない。ないったらない。


「どすこいでちゅ~」

『ぐふぉおおおお!』


 キングは力士さんみたいなネズミ人間と戦っているけれど、ショルダータックルをまともに受けて苦しんでいる。あれが普通の魔物なら大きく吹き飛ばされているのだろうけれど、当たってもよろめいただけなので絵面がとても地味だ。というかあのネズミ人間、力士さんみたいだって思ったけれど動きが鈍重すぎるし多分ふとっちょなだけだ。


 キングは回復アイテムを使えば死ぬことは無いって気付いたのか色々と試して遊んでいるみたい。ボクは自重しているってのにキングったらずるいや。うずうず。


「まほうはずるいなの~」

「あらそうでちゅ?」


 かのんは特殊な存在だから問題無いかもって少し期待していたけれど残念ながら特殊効果の影響を受けているみたい。和服女性っぽいネズミ人間と戦っているけれど、相手が魔法を使って来て逃げ回っている。

 相手の魔力も少ないだろうし、もう少し耐えれば魔法使えなくなるだろうから頑張って。


 ボクも魔力がほとんど無くなっちゃったから、初歩的な魔法しか使えない。

 ステータスもポンコツだからスキルもまともに発動できない。


 例えばボクが大好きな指弾なんかは、指で何かを飛ばすことは出来るけれど威力は皆無だしそもそも届かない。


 つまり使えるのは魔力もステータスも必要としないスキルだけ。

 例えば……


「ここにチーズがあるでちゅ!」

「!?」


 ネズミ人間の言葉に反応してそちらを見ると、相手は虚空を指差していた。ボクの視線は勝手にそっちに吸い寄せられて動かすことが出来ない。


 本当に探索者でない初期状態だったら、の話だけどね。


 大声を出して驚かせる。

 大きな人が地団太をして地面を震わせ動きを封じる。

 面白いことを言って大笑いさせる。


 魔力やステータスが無くても相手を一瞬だけでも足止めするスキルっていうのは存在する。

 でもこれもまた経験でどうにかなるものだ。


 ボクはダンジョン内では決して油断しない。

 その強い意志があればネズミ人間の視線誘導になんかひっかからない。


「残念でちゅ」


 これが魔力を伴うと強制的に視線を外させられるのだけどね。

 そうなったらそうなったで、相手を見ずに攻撃を避けることだって可能だ。


「悪いけどボクの勝ちだよ」


 まずはアイテムボックスから二つの小さな指輪を取り出して装備する。


 懐かしいな。


 ボクがダンジョンに潜った初期の頃によく装備していた指輪だ。


 効果はそれぞれ『体力回復(微)』と『スタミナ回復(微)』だ。


 装備している間にそれぞれ僅かに継続回復するのだけれど効果がかなり小さい。

 でも今のボクと当時のボクにはこれで十分だった。

 体力もスタミナも少ないから、僅かな回復でも全く問題無かった。


「ず、ずるいでちゅ!」

「ずるくないよ。これもボクの力だもん」


 そしてそれを使って乗り越えろというのがこのボスのコンセプトなんでしょ。

 ボクがこれまで試行錯誤して作って来た作品を見せてあげる。


「じゃじゃーん」


 取り出したのは丸くて黒くて上部にチョロっと線が出ている物体。


 爆弾だ。


「そんなの当たらないでちゅ」

「確かにね」


 どれだけ攻撃力の高いアイテムを持っていたとしても、それを投げて当てるだけの力が今のボクには無い。地面にトラップとして仕掛けて誘い込んだりどうにかして相手の動きを止めるとかの工夫が必要だ。


 でもこれはそんなことをする必要が無い。


「いけー!」

「ちゅ!?」


 爆弾からにょきっと足が生えて、ネズミ人間に向かって突撃する。


 追尾式ばくだん君、足バージョン。


 お遊びで作ったアイテムがこんなところで役に立つなんて。


「こっちくるなでちゅ!」

「逃げても無駄だよー」


 ばくだん君の足はそれほど速くないけれど、ネズミ人間のスピードなら追いつける。

 威力も小さめでボクの方まで爆発ダメージは届かず、でもネズミ人間相手なら程よく大ダメージを与えられるまさに丁度良い代物。


「甘いでちゅ!」


 でもネズミ人間はマキビシみたいなのを撒いて爆弾が自分のところに届く前に爆発させちゃった。

 もちろんそれも想定内。


「今だよ、ばくだん君!」


 追尾式ばくだん君、ロケットバージョン。


 爆発で白煙が視界を遮っている間に、今度は宙を飛ぶロケット型爆弾を発射した。

 最初の爆弾はあくまでも相手の視界を奪うために放ったんだ。


「ちゅちゅ!?」


 白煙の中からいきなり爆弾が飛んで来たら対処しようがない。

 探索者としてのボクたちなら余裕だけれど、普通の人間くらいの能力しかないなら仕方ないよね。


「ちゅちゅー!」


 ちゅどーん、という小さな爆音と共にネズミ人間の断末魔が聞こえた。

 ロケット型爆弾は爆風で白煙を取り除く効果もあるので爆発の結果はすぐに確認できる。


 うんうん、黒焦げになってる。

 念のためにトドメを刺しておこう。


 近づいて水晶剣を思いっきり突き刺した。


「えい!」

「ちゅぅ……」


 あ、やっぱりまだ生きてたんだ。

 確認は大事だね。


 皆はどうしてるかな。


「早く元にもーどーせー」

「ちゅちゅ! 放せでちゅ!」


 京香さんは捕まえて頭ぐりぐりしてる。


『はっはー! このウスノロが!』

「ちゅう……」


 キングは相手の足を攻撃して動けなくしてからフルボッコ。


「ますたあにてまをかけさせないの!」

『うふふ、あたしの負けでちゅ』


 かのんは相手の魔力を空にしたのかな。


 全員大して苦労はせずに倒せたようで良かった良かった。


 でも時間をかけたらピンチになっていたかもしれない。

 相手が魔力とかステータスを必要としないスキルを連打してこっちが不利になる可能性もあったもん。

 やられるまえにやれ、も重要だよね。


――――――――


 なんて一幕もあったけれど、結局はラスボス前のちょっとした余興のようなものでしか無かった。

 ボク達はラスボスに早く挑みたいと逸る気持ちをどうにか抑えて、装備を整え、体を休め、気力を充実させた。


 世界にダンジョンが出現し、大混乱に陥り、多くの人が亡くなった。

 それでも人々は立ち向かい、少しずつ謎を解き、攻略を進めてダンジョンのある生活に徐々に馴染んだ。

 その結果、馴染み過ぎて社会に歪みが生じたりもしていたけれど、当然のこと。


 だってボクたちの世界は滅びようとしていたのだから。


 ダンジョンの出現によってそれは緊急回避させられたけれど、新たな生活に慣れてしまえば終着点は同じになってしまう。ボク達が変わらない限りは。


 そして今、ついに世界が変わろうとしている。

 その証明を果たして未来を掴み取るべき時が来た。


 明日。


 世界の命運が決まる、人類史上最も重要な一日。


 その決戦前夜、ボクは……

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