5. β版
「ごめんなさい」
『ごめんなさい』
床に正座して頭を垂れている二人の探索者。
もちろん京香さんとキングだ。
「ちゃんと皆に報告と相談をして行動しないとダメでしょ。何が起きるか分からないんだから。ラスボスと戦う前の大事な時期だっていうのに」
珍しく、ううん、初めてボクが叱る側になった気がする。
「救と一緒なら平気かなって」
『そうだそうだ』
「ボクもいつも似たようなことを弁明するのに、そういう問題じゃないって怒られるんだけど」
「……ごめんなさい」
『……ごめんなさい』
そりゃあボクだって本当はすぐにでも調べたかったよ。
何があるのか気になって仕方なかったよ。
でも京香さんたちに気をつけなさいって言われたから、何かあったら悲しむ人がいるんだよって諭されてきたから我慢したのに。
「今日はたっぷり会議するからね」
「いやいやいや、これ以上放置するのはやめてでちゅ」
「あ、やっぱり?」
ここはあの謎の扉の向こう。
宇宙空間では無く、畳が敷いてある和室の中。
土足で立っているのが申し訳なく感じるこの部屋では、一体の魔物が待ち受けていた。
でも京香さんとキングにオハナシをしたかったから試しに『ちょっと待ってて』ってお願いしたら『分かったでちゅ』って待っててくれたんだ。流石にちょっとどころではない待ち時間は認められなかったらしい。
仕方ないので京香さんとキングを立たせてからボスと思われる魔物と会話することにした。
「それじゃあ改めて、君がここのボスなの?」
「そうでちゅ」
ボスの見た目はネズミ人間。
祭りの法被姿みたいな服装で、頭にハチマキを巻いている。
「もしかしてゲーム制作者側の存在?」
ガムイやソーディアスさんなど、隠しボスは人間に近い見た目だった。
それと比べるとこのネズミ人間はデフォルメされた可愛らしいネズミの顔って感じで少し毛色が違う。だから魔物寄りだとは思うけれど、はっきりと言葉で意思疎通が出来る隠しボス以外の魔物はこれまで出会ったことが無かったから、もしかしたらガムイ達と同じ存在なのかもって思ったんだ。
「違うでちゅ。あたちは知性があるように見せかけているだけでちゅ」
「そういうのもあるんだ」
ということはロボットみたいなものってことなのかな。
それなら魔物として扱えるから遠慮せずに全力で戦えるね。
「それでこの部屋は何の部屋なの? クリアすると装備が貰えるの?」
隠し部屋的な場所だから何か他の報酬があるのかもしれない。
尤も聞いたところで倒してから答える的ないつものパターンかと思うけれど。
でもそんなボクの予想は外れて、ネズミ人間は質問に答えてくれた。
「ここは廃棄されたボス部屋でちゅ」
「え?」
「廃棄された?」
『なんじゃそりゃ?』
ボクたちの頭上に『?』マークがふよふよと浮いてしまった。
だって全く意味が分からなかったんだもん。
「ラストダンジョンが作られる時にいくつものギミックやボス部屋が作られたでちゅ。でもその中には広さとか難易度の問題で使われなかったものがいくつかあるでちゅ。ここはその使われないで廃棄されたボス部屋でちゅ」
ゲームマスターさんはラストダンジョンを一気に全部作り上げた訳じゃなくて、少しずつ作って組み合わせるやり方で作ったんだ。だからダンジョンが面攻略型みたいな感じになっていて、クリアするたびにポンポンと違う場所に飛ばされたように感じられたのかも。
もしかしたらボク達の実力が違っていたらここのボス部屋が採用されていたのかもしれないね。
「廃棄するなら消しちゃえば良かったのにね」
「君達が来るのが早すぎたから消す余裕が無かったでちゅ。だから隔離したでちゅ」
ボクたちが予想より早くラストダンジョンに辿り着いちゃったから慌てて完成させて、要らなくなったものは処分する余裕が無くて手の届かない場所に押し込んでおくしか出来なかった。
「はは、一人暮らししていたら急に友達が遊びに来て見られたくない物をクローゼットの奥に隠しておくみたいな感じだな」
「京香さんの部屋のクローゼットの奥には見られたくないものがあるんだ」
「ば、ば、馬鹿なことを言うな! 例だよ例!」
この反応って絶対に何かあるよね。
気になるなぁ。
「そ、そんなことより、他にもここみたいな場所はあるのか!?」
「あるでちゅ」
『へぇ』
こらこらキング。
そこでニヤリとしないでよ。
どうせ全部回ってみたいって思ってるんでしょ。
「でも行っても意味ないでちゅよ。クリアしても何もないでちゅから」
「そうなの?」
「報酬が設定されてないでちゅ」
「確かにそれだと意味ないね……」
敢えて挙げるならば戦闘経験が得られるってところくらいかな。
でもラスボス戦を控えて無茶は出来ないし、やっぱり今は行く必要が無い。
『ちっ、つまらん』
戦闘狂なら見知らぬボスと戦えることを大喜びするかもしれない。
キングは一見してその手の類に見えるけれど、内面は泣きむ……じゃなくておくびょ……じゃなくて慎重だからそんなことは無かった。
慎重ならボクを巻き込んでこんなところに入らないでよ。
一人じゃないから平気だって思ったのかもしれないけどさ……
「ちなみにだけど、このまま戦わないで帰っても良い?」
「できないでちゅ」
「え?」
「倒さないと出られない設定になってるでちゅ」
「本当に損しかないじゃん!」
報酬も無しでラストダンジョンのボス候補と戦わなきゃダメだなんて酷すぎる。
好奇心に負けて探索しようとした京香さんとキングへの罰だね。
ボクは巻き込まれただけ。何度でも言うよ。
「せめて何か情報をくれないかな?」
「情報でちゅか?」
「例えばセーフティーゾーンのところにある豪華な扉の先にラスボスが待ってるのかとか」
「待ってるでちゅ。後は戦うだけでちゅ」
「普通に教えてくれるんだ……」
親切すぎて逆に不安になってくる。
イレギュラー的な感じの場所だし、制限がかかってないのかも。
「じゃあラストダンジョンに隠し部屋とか隠し通路とか無いのかな」
「無いでちゅ」
「エリクサーとか落とす魔物はいる?」
「いるでちゅが、必要数持ってると落とさないでちゅ」
「え?」
「足りない場合の救済措置で落とすだけでちゅ」
「そ、そうなんだ……」
ボクが沢山持ってるから落とさないってことなんだ。
頑張って狩ってた意味無かった!
それが分かっただけでも良しとしなきゃね。
「他に……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ぷぎゃっ!?」
突然ネズミ人間さんが壊れた機械みたいな音を出したからびっくりしちゃった。
「なんだなんだ」
『いきなりかよ!』
京香さんとキングは臨戦態勢に入ったけれど、ボクの勘ではまだだ。
「ピーガガガピピーガガガ」
目玉を星とか太陽にしながら漫画的に混乱しているネズミ人間さんだったけれど、しばらく待っていたら落ち着いた。
「突然ごめんでちゅ。修正が入ったでちゅ」
「修正って……」
「あまり情報を言えなくなったでちゅ。ごめんでちゅ」
ゲームマスターさんがリアルタイムで制限をかけたんだ。
ということはもっと重要なことを聞いておけば良かった。
ラスボスの弱点とか。
いや、もし聞いちゃったら設定を直前で変えてしまいそうだし難易度が上がってしまいそうな気がするから聞かなくて良かったのかな。
「ということでそろそろ戦闘開始で良いでちゅか」
「うん。君を倒せばボク達はここから出られるんだね」
「そうでちゅ」
ネズミ人間はそれほど強そうには見えない。
あっさりと一刀両断出来そうだ。
でもその弱さがとても怪しすぎる。
「そっちは三人、いや、四人でちゅね」
「かのんもいれてくれたなの」
あはは、かのんがカウントされなければ三人扱いで少し楽出来たかもしれないのにね。
でもかのんが喜んでいるのにそんなことはもちろん言えない。
「ならこっちも四人でちゅ」
「おっす、よろしくでちゅ」
「もふふ、よろしくでちゅ」
「あはん、よろしくでちゅ」
小さいネズミ人間、力士さんみたいに大きなネズミ人間、女性の和服を着たネズミ人間が追加された。こっちの人数に応じて出てくるんだ。百人くらいでやってきたらどうなるのかちょっと気になる。
でもやっぱり全員がそれほど強そうに見えない。
ラストダンジョンの通常の魔物よりも弱そうだし、何なら上級ダンジョンレベルの魔物に見える。
「それじゃあ開始、で良いのかな」
本当は速攻をかけたいのだけれど、まだ始めてはダメって強い感覚があって誰も手を出せないでいる。なんらかの縛りをかけられているのだろう。
「最後にもう一つ準備があるでちゅ。それが終わったら開始でちゅ」
するとネズミ人間さんは懐から小さな水晶のようなものを取り出し床に叩きつけた。
それが割れると部屋中になんらかの結界のようなものが広がった。
「ぐっ……体が重い!?」
「手に力入らねぇ。剣が持てない!?」
『クソ、俺も斧を持てねぇ。武器装備不可か?』
いや、これはそんな簡単なものじゃない。
この感覚はまさか。
「いくでちゅ」
ボク達が状況を把握するよりも先にネズミ人間が襲い掛かって来た。
『はん、遅すぎんぜ!』
でもその動きはあまりにも遅く、まるで
「キング、普通に対応しちゃダメ!」
振り下ろされるナイフを避ける。
ただそれだけなのにボクたちの体もまた思うように動かず、
この感覚は間違いない。
この場にいる誰もが素の人間の状態にまでパラメータがダウンされてしまっているんだ。
敵も、味方も。
「レベル一に戻されたってか。そんなのありかよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます