3. どくどく時計塔

 城門を潜った先にあるのはもちろん城内、では無かった。


「歯車?」


 ボク達は円柱状の塔の中にいるらしく、中には沢山の歯車があってゆっくりと動いている。

 見上げても天井が見えないからかなり高そうだ。


 城門を破っている時にはこんな塔は見えなかったから、ラストダンジョンは繋がってるんじゃなくてチェックポイントをクリアすると次の場所にワープする仕組みなんだね。


 幸いにも魔物が襲ってくる気配がまだ無いから、ボク達は手分けしてこの場所の調査をしている。

 すると辺りを眺めていた友1さんが何かに気付いたかのように声を挙げた。


「ここってもしかして時計塔かな」

「時計塔?」

「うん、歯車が一秒ごとに動いているし、こんなに大きな歯車が沢山ある塔で終盤のダンジョンって言ったら時計塔が定番だと思う」


 それはどこの世界の話なんだろう。

 でも何人かが同意しているから、常識とまではいかなくとも変な話じゃないのだろう。


「ええと、その定番ではどうやって攻略するの?」

「もちろん登るんだよ」

「登る……」


 壁を沿うように階段が設置されているからそこを登れってことなのかな。


「階段狭いから人数多いと大変だね」


 階段は二人並ぶと窮屈なくらいの幅だから、余裕をもって一列で登るしかないみたい。

 と思ったらキングが別の方法を提案して来た。


『馬鹿正直に階段使わなくても良いだろ。飛べば良いんだよ飛べば』


 それもそうか。

 ここにいる人達は全員、じゃなかった、友1さん以外は飛べるから、友1さんを抱えて飛ぶのが手っ取り早いね。


『それがそうもいかないみたいよ』

「え?」


 困り顔でパッドさんがやってきた。

 飛ぶのがダメってどういうことなんだろう。


『試しに飛んでみれば分かるわ』


 そう言われたのでやってみよう。


「あ、あれ?」


 飛ぼうと思ったのに体が浮かない。

 じゃあ空気を蹴る方はどうだろうか。


「ダメ、空気も蹴れない」


 スキルは発動しているのに効果が発揮しない感覚。

 つまりこの中では飛んで移動するのが制限されてるんだ。


「地道に登りなさいってことかぁ」


 それがこの時計塔での試練になるのかな。

 かなり高そうだから攻略に時間がかかりそう。


『チッ、めんどくせえ。スクイ、俺達が先に登るぜ』

「あ、うん」


 前の人が登るのを待つのが嫌なのかな。

 なんかキングらしいや。


 それならボク達は最後尾で登ろうかな。

 なんとなくだけれど、後ろの方が重要な予感がするから。


『…………』

「どうしたの?」


 キングが突然不機嫌そうになったけれど、何があったのかな。


『救ちゃま……キング……寂しがってる……だけ……』

『んなんじゃねーよ!』

「行っちゃった」


 そういえば城門攻略の時は生き生きしてたけれど、まさかボクと並んで戦えたからなの?

 あはは、触れないであげた方が良さそうだ。


「それじゃあ皆、気を付けて登ろう」


 何が起きるか分からないから、ゆっくりと進む。

 すると先頭の方から戦闘音が聞こえて来た。

 ギャグじゃないよ。


 キング達が戦っているらしく、時々倒された魔物が降って来る。


「特に問題なさそうだね」


 問題があったらすぐに連絡が来ることになっている。

 それが無いということは魔物を倒しながら順調に進めている証なのだろう。


「救様、見て」

『……道が……途切れてる』

「うわぁ」


 思わず変な声が出ちゃったよ。


 だって途切れた階段の傍に歯車があって、皆はそれに乗って移動してるんだもん。

 歯車の先にまた階段の続きがあるから、これが正式なルートなんだと思う。


「まるでアスレチックだね」

「時計塔だからこういうものだよ」

「どういうこと!?」


 世の中の時計塔がこんなだったら管理人さんが大変じゃないか。

 友1さんに詳しい話を聞いた方が良いのかな。


「それじゃあボクたちも行こうか」


 前のパーティーが渡り終えたので今度はボク達の番だ。

 ゆっくり回転する足場に気を付けて乗りながら慎重に進んだ。


「歯車が途中で落ちるようなトラップもあったりするのかなぁ……」


 今回の歯車は特に問題が無かったけれど、後々トラップ付きの歯車が出てきそう。


「友1さんはなるべくボクから離れないでね」

「…………」

「友1さん?」


 何か起きても友1さんを守れるようにと声をかけたのだけれど、彼女は不安そうな顔をしていた。

 さっきまでは普通だったのにどうしたのだろう。

 歯車の移動が怖かった、なんてわけないよね。


「どうしたの?」


 改めて友1さんに聞いてみる。


「救様……嫌な予感がするの」

「嫌な予感?」

「うん、こういう塔を登るダンジョンっていくつか定番があるんだけど……」


 だからどこの定番なのさ。

 塔タイプのダンジョンがあるなんて話、ほとんど聞いた事ないんだけど。


「その定番中の定番で」

「!?」


 友1さんがそこまで言いかけた時、突然時計塔が大きく揺れ出した。


「何が起きたの!?」


 周囲を見ても揺れ以外に何かが変わっている様子はない。

 巨大な魔物が襲って来て上で戦っているとかなのかな。


 警戒を強めるボクに、セオイスギールさんが珍しく感情露わに叫んだ。


『救ちゃま! 下!』

「下?」


 彼女が指さす方を見ると、下から禍々しい紫色の液体が上昇して来たんだ。

 ボクがそれを見つけた瞬間、友1さんがさっきの続きを口にする。


「下から即死ゾーンが迫って来るトラップがあるの!」


 なんだって!?


「皆、走って!前の人に伝えて!」


 紫の液体は遅からず速からずのペースで徐々に上昇して来る。

 今のペースではギリギリ追いつかれてしまうから急がないと。


 というか、あの液体もいずれペースアップしそうだから今の内に走って距離を取らないと。


 一列の隊列は全員が突然走り出すには向いていない。

 でもそこは熟練の探索者達。

 すぐに足並みを揃えて走り出した。


「友1さん!」

「え……きゃっ!」


 ボクは友1さんを両手で抱えて走った。


 階段を登り、歯車を越え、ひたすら上昇する。


「アクションゲームの世界みたい……」


 なんて友1さんが呟いているけれど、彼女が言っていた定番ってゲームの話だったのかも。


「救! 魔物は狩れるやつだけ狩るように変更だとさ!」

「了解!」


 全部を倒して進もうとすると時間がかかって即死ゾーンに追いつかれてしまうかもしれないから、ある程度の魔物は無視することに決めたみたい。そうなると後ろの方を走るボク達にも襲い掛かって来るので対処しながら駆ける必要がある。


「救様!」

「ガーゴイルだね。大丈夫」

「うおおおお! 次元斬!」


 城門前と同じく限界突破しているようだけれど、京香さんの次元斬があればボクは友1さんを抱えて走る事だけに集中出来る。仮に遠距離攻撃をしかけてくる魔物が出て来ても、そっちはセオイスギールさんに任せよう。


「だんだん足場が狭くなってきた」


 階段が減り、大小様々な歯車を登る。

 チラりと下を見ると、即死ゾーンの上昇スピードが少し上がっているみたい。


「ペースアップして!」


 魔物と戦いながらの隊列を組んだ猛ダッシュだからペースを上げるのは大変だろうけれど、皆が集中して意思疎通をしてくれているからか、ちゃんとペースが上がってくれた。


 このままなら無事に登り切れるかもしれない。


 そう思った時、それは起きた。


『グギャアアアアアアアア!』


 上の方で魔物の叫び声が聞こえたと思った直後。


「あれは!」


 パッドさんパーティーの男性探索者さんが上から落ちて来た。


「今助けます!」

「跳んではダメだ!」


 友1さんを京香さんに預け、階段の手すりに足をかけて対岸の足場に向かって飛びながらあの人を回収しようと思ったら、肝心の落ちてくる人に止められた。

 良く見ると落下スピードが異様に早い。

 飛ぶのを禁止されている領域だから、正常ルートを外れると重力が強くなって強制的に落とされるとかのギミックがあるのかもしれない。


 それならあの方法にしよう。


「ちょっと我慢してね! ぷぎゃっ!」


 ぷぎゃ砲の低威力バージョン。


 攻撃を落ちてくる探索者さんにぶつけて、強引に上部に打ち上げて足場へと移動させる。


『ぐはっ!』


 攻撃なのでダメージを与えてしまったけれど、狙い通りに助けることが出来た。

 着地後すぐに回復を受けて立ち上がり、前へ進み出した。


『救様ありがとう! 皆、跳ぶのはやめた方が良い! 強制的に落とされる!』


 落下時に意識があったのに何も対処しようとしていなかったのは、何も出来ずに落とされるという罠だからなんだね。絶対にズルは許さないという強い意志を感じる。


「キングは大丈夫!?」

『倒した! 問題無い!』


 駆け上るペースが落ちていないから安心はしていたけれど、あの探索者さんが落ちるきっかけとなった魔物は撃破したらしい。

 

『救ちゃま! あれ!』

「!?」


 セオイスギールさんの言葉に反応して下を見ると、即死ゾーンから触手のようなものが伸びて来た。


『ホーリースラッシュ! この感触は!?』


 その触手が最後尾のボクたちのところまで追いついて来たのでキョーシャさんが斬ろうとしたけれどダメだったみたい。


『攻撃無効タイプだ。避けながら登るぞ!』


 一気にしんどくなってきた。


 上からは討ち漏らした魔物が襲って来て、足場は歯車だらけで不安定で、下からは猛スピードで即死ゾーンが上昇して来る上に触手が伸びて来て攻撃を仕掛けてくる。


『更にペースが上がったわよ! 急いで!』


 そうは言ってもこれ以上のペースアップはきつそう。

 漏れた魔物の数も増えて来ているし、上では相当な数の魔物が待ち受けているっぽい。


「真次元斬で触手だけでも対処しとくか!?」

「どうせ斬ってもまた増えるだけだから無視一択!」

「それもそうか!」


 せめてセオイスギールさんを前方に移動させて強力な範囲攻撃で魔物を一掃出来れば楽になるのに。


『救ちゃま、私をぷぎゃって』

「え?」


 ぷぎゃるってどういう意味なの!?


『攻撃ならショートカット出来る』

「そうか!」


 さっき落ちて来た探索者さんを攻撃したら体を動かすことに成功した。

 ということは、敢えて味方を攻撃して上方向に吹き飛ばせばショートカットが出来る!


 ってボクがセオイスギールさんを攻撃するの!?


『私なら大丈夫。早く』

「……うん!」


 こんなに小さい子を攻撃するだなんて罪悪感が半端ないけれど、ここは躊躇している場合じゃない。


「それじゃあ行くよ!」

『思いっきりやって』


 セオイスギールさんはボクに被さるように真上にジャンプした。


「ぷぎゃああああ!」


 その彼女に向けてぷぎゃ砲をぶつけて上空へと一気に吹き飛ばす。

 彼女は飛ばされたままくるりと体を回転させて上に向き、得意の魔法をぶっ放す。


『ふぁいあ!』


 ボクの位置からはもう見えないけれど、上空では派手な花火が上がっていることだろう。

 彼女は上でキャッチされて回復を受けた後に走り出しているはず。


「救!」

「うん!」


 自爆ショートカットが有効だと分かればこっちのものだ。

 いつもは自分を大事になんて言われるけれど、今は仕方ないよね。


 他の人もやろうとしているのだから、ボクだけが怒られるなんてことは無いだろう。


「ぷぎゃああああああああ!」


 仲間を、そして自分自身を上部に吹き飛ばし続け、ついに塔の最上階が見えて来た。


「救、急げ!」


 ショートカットをしているにも関わらずギリギリなのは、ボク達のスピードに合わせて即死ゾーンが動いているからなのかな。触手の量も数えきれないほどで、気持ち悪い。


 仲間達は皆、最上階の脇にある扉から外に脱出している。

 友1さんは途中で京香さんに預けた。

 残るはボクだけ。


 そのボクを絶対に逃がすまいと全ての触手と残された魔物達が殺到してくる。


 避けて、避けて、排除して、それでも足を止めずにゴールに向かってひたすら上昇する。


「飛び込め!」

「京香さん!」


 ゴールに向かって飛び、待ってくれている京香さんに向かって手を伸ばす。

 即死ゾーンが最後に更にペースをあげてボクを飲み込もうとする。


 まさに間一髪というタイミング。


 ボクが京香さんに引き上げられ、そのまま少し上に移動した瞬間。

 塔内は即死ゾーンで満たされた。


 うわぁ靴底が即死ゾーンに掠って消滅してるよ。

 怖いなぁ。




 ラストダンジョン、どくどく時計塔、クリア!

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