3. 自分に出来ることをやろう

 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。


 す~ちゃんが危ない。

 このままじゃ死んでしまうかもしれない。


 正直なところ油断していた。


 す~ちゃんは現時点で一番強い隠しボスを余裕で倒せるほどに強くなっていたから。

 危ない事はしないようにって普段からお願いしているけれど、本心ではどんな敵が出て来ても怪我することなく倒せるって思ってた。


 それがまさかこんなことになるなんて。

 絶体絶命のピンチに陥ってしまうなんて。


 こうなる未来が分かっていれば、もっと早くにこの勇者の力をす~ちゃんに継承したのに。

 それとも継承していたらこの力も封印されちゃうのかな。


 ううん、そんなのはやってみなければ分からない。

 もし普通に使えるのならば守備面で大きな助けになる筈。


 だから継承したいのに渡せない!

 どれだけ渡したいと願っても私の中から移動してくれない!


 す~ちゃんの力になりたいのに、守りたいのにそれが出来ない。

 こんなのあんまりだ!


「危ない!」


 配信です~ちゃんがピンチになるたびに心が揺れて、守りの力を誤発動させちゃう。

 もちろんそれがす~ちゃんに届くことは無い。


 早くこの力をす~ちゃんに渡したいと何度も何度も強く願うのに、何も起きなくてもどかしい。

 でも私に出来ることはそれくらいだから、ただひたすらに願うだけ。

 無理だと分かっていても繰り返すだけ。


「す~ちゃん……」


 今日もまた画面の向こうです~ちゃんはギリギリの戦いを乗り越えて生き延びた。

 隔離されて以降、怪我が一番少なかったからほっとした。


 でもす~ちゃんはしばらく休んでからまた危険な戦いを強いられる。

 それが延々と続いたら、いくらす~ちゃんでも耐えきれない。


 何か無いの!?

 私に出来ることは無いの!?


 焦る私の気持ちなんて知らずに、す~ちゃんは画面の向こうでヘラヘラといつもの軽い笑いを浮かべている。ここしばらくは闘い終わったらすぐに眠っていたから、久しぶりにほのぼのした可愛らしい表情を見られてほっとした。


「お話しなんてしてないでさっさと寝ないとダメだよ」


 もっとす~ちゃんの姿を見たいけれど、少しでも多く休んで体力回復に努めて欲しい。

 だからそう呟いたのだけれど、す~ちゃんは私の願い通りに動いてはくれなかった。


「まさか配信するの?」


 す~ちゃんはかのんちゃんと配信の相談をしている。

 何か言いたいことがあるらしいけれど何だろう。


 まさか遺言とかじゃないよね……


 最悪の想像をしてしまい胸が締め付けられそうになりながらも、す~ちゃんの配信を待った。


『こんにちは、槍杉救です』


 あはは、す~ちゃんったらこんな時でもいつも通りの感じで始めるんだね。


『ボクが居なくなってからそっちはどうなってる? 封印ダンジョン攻略の準備は進んでる?』


 全然進んでないよ。

 皆が好き勝手言ってメンバーが半分も決まってないんだって。


 せっかく南極で仲良くなったのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。


『多分、上手く行ってないよね』


 え、す~ちゃんったらこうなることが分かってたの?

 てっきり何も問題なく上手く行くって軽く考えてたのかと思った。


『だからって訳じゃないけれど、皆にお願いがあるんだ』


 す~ちゃんのお願い。

 一体何だろう。


『ボクのことは気にせずに、やるべきことに集中して欲しい』


 それは……難しいよ。


 だって世界中のほとんどの人がす~ちゃんのことを好きなんだよ。

 幸せになって欲しい、無茶はさせたくない。

 そう思ってるんだよ。


 それなのにす~ちゃんが死にそうな状況で気にしないなんてこと出来ないよ。


『ボクなら平気だからさ。ほら、今日もちゃんと倒して生き延びたでしょ。それに段々慣れて来て怪我もしなくなってきたし』


 そういう問題じゃないでしょ!

 ギリギリどうにかなってるだけで、何も安心できないよ!


『ギリギリだ~とか、死にそうだから説得力無いって思ってるでしょ』


 それも分かってたの!?

 す~ちゃんがちゃんと分かってるなんて珍しいのに、それが二回も続くなんて。


『多分だけど、全力で頑張ってギリギリどうにかなる設定になってるんだと思う』


 いやいや、むしろ全力です~ちゃんを殺しに来てるでしょ。

 最強の敵相手にハンデ戦とか酷すぎるもん。


 でも確かにす~ちゃんは死んでいない。

 絶対に無理だと思えるようなハンデがあるのにどうにかなっている。


 もしかして私達が心配し過ぎていただけなのかな。

 す~ちゃんの実力を正しく把握出来ていなくて、絶体絶命だと思い込んでいたのかな。


 もちろん危険な状態には変わりないけれど。


 す~ちゃんは実際に戦っているからこそ、ギリギリどうにかなりそうって感覚が分かっているのかも。あの表情は嘘をついて誤魔化している感じじゃなくて、本気でそう思っている感じだから。


『そしてこのギリギリの戦いはボクだけに降りかかるとは限らないんだと思う』


 え?


『次は京香さん、その次はセオイスギールさん、あるいは南極ダンジョンの参加者が丸々隔離されるなんてこともあり得ると思う。封印ダンジョンをクリアしたメンバーはラストダンジョンに挑めないパターンもあるかな』


 それってつまり、私もす~ちゃんと同じような目に遭うかもしれないってこと?


 そんなの無理だよ!

 でもす~ちゃんの予想が正しいとすると、す~ちゃんが戦っている相手と戦うんじゃなくて私自身がギリギリどうにかなる相手と戦わされるのかも。例えば私の勇者の力でギリギリ防ぎきれる攻撃をしてくる相手とか。


『ボクがこうして隔離されたってことは、少なくとも封印ダンジョンはボク抜きでどうにかするようにってルールなんだと思う。だとするとこの先更に難しくなって『強い探索者』抜きでどうにかするようにってルールに変わってもおかしくないでしょ』


 言われてみれば確かにそうだ。

 す~ちゃんが隔離されて危険な目に遭ってしまっている衝撃で、この先に起きそうなことを想像する余裕が無かった。


『封印ダンジョンが十個もあって同時攻略が必要なのは、世界中の探索者達でちゃんと協力しなさいってことだと思う。それならこの先に世界中の人が協力しなさいってルールが出てくる可能性があると思うんだ』


 ゲームマスターは地球を滅びから回避するためにこの試練を与えたって言っていた。

 その滅びの条件が私達一人一人の心の問題だとすると、世界中の人々が強制的に何かに参加させられる可能性はありえると思う。


『重要なのはゲームマスターさんはクリア出来ないゲームを仕掛けてこないってこと。今のボクがギリギリどうにかなっているように、皆にもギリギリどうにかなる何かが与えられるかもしれない』


 なんて情けないんだろう。

 今になって気付いた。


 私はす~ちゃんの役に立ちたいと思っていたけれど、す~ちゃんに大きく頼っていたんだって。

 だって自分に試練が降りかかるかもしれないってす~ちゃんに言われてすごい怖くなったもん。

 覚悟が出来ていたら普通に受け止められたかもしれないけれど、こんなに怖くなったってことは『す~ちゃんがなんとかしてくれる』って心のどこかで思い込んでいたってこと。


 本当に情けない。


『だからボクのことは気にしないで、協力して準備して欲しい。自分に出来ることをやろう』


 うん、そうだね。

 す~ちゃんのことは心配だけれど、そのことばかり考えて行動出来なかったら世界が滅んでしまうかもしれない。


 これはす~ちゃんだけじゃなくて私達の心を試す試練でもあるんだ。


 でも大丈夫かな。

 いきなりこんなことを言われたら世界中の人が怖くなってパニックになっちゃうかも。


『怖がらないで、落ち着いてやろう。クリア出来ないことは起きないから』


 そう言われても信じられない人が多いと思う。




『ボクを見て』




 そんなこと言わなくても既に世界中の人がす~ちゃんを見ているよ。


『笑っているよ』


 うん、そうだね。

 抱き締めたくなっちゃうほどに可愛い笑顔だね。


『強がりじゃないよ。これまでずっと見てくれた皆なら分かってるでしょ』


 す~ちゃんはいつも素の自分を見せてくれていた。

 スキルを使って隠すことも出来たのに、ずっとシルバーマスクの状態で過ごすことも出来たのに、コミュニケーションの練習だからって頑張って私達に寄り添おうとしてくれた。


 そして今もなお、恥ずかしさがあるはずなのにそれを隠そうともせずに自然体の姿を見せてくれている。


 間違いなく今のす~ちゃんは、現状を辛くて苦しいとか無理そうだなんて思っていない。


 希望を抱いている。


『こんな試練なんて軽々とクリアするつもり。試練は絶対に乗り越えられる物だって証明してみせる。だからボクを信じて協力して前に進んで欲しいんだ』


 ああ、なんて頼もしいのだろう。


 す~ちゃんにそう言われると本当に大丈夫な気がしてきた。

 それと同時に、す~ちゃんが元気づけてくれているのに、しっかりやりなさいって言ってくれてるのに、この程度の事でウジウジ悩んでないで行動しなきゃって思わせてくれる。


 あんなに可愛い子が頑張っているのに、自分が何も出来ないなんて情けなさすぎる。


 これまでも何度も何度も思ったじゃない。


 す~ちゃんを信じよう。

 やるべきことをやろう。


 そしてどうせす~ちゃん無茶する気だから、全てが終わったらちゃんと会議をしよう。


『ぷぎゃっ!? なんか無性に嫌な予感がしたんだけど……』


 あはは、私達の気持ちが届いたみたい。

 やっぱりす~ちゃんはそうやってぷぎゃってる姿が可愛い。


 そして平和にぷぎゃり続けられるように頑張る。


『とりあえずボクからのお話しは以上です。皆、また後で会おうね』


 うん、またね。


『…………』


 あれ、もう終わりかと思ってたけど、す~ちゃんがまだ何かを言いたそうにしている。


『本当はボクが特に親しい人達にメッセージを送ろうかなって思ったんだけど、長くなりそうだから止めようと思ったんだ』


 メッセージを貰えたら嬉しいけれど、なるべく長く休んでもらいたいから時間がかかりそうなら仕方ないかな。


『でもゆ~ちゃんにだけ一つお願いがあるの。私用で配信使っちゃってごめんね』


 え、私?

 なんだろう。


『ゆ~ちゃん、不安だと思うけれど、その力をボクに継承するのは一旦忘れて欲しい』


 どうして?

 力を渡す方法の調査だけは続けようと思ってたんだけど。


『それよりもその力を強化して欲しいんだ。多分それがとても大事なことだから』


 す~ちゃんが特定の力を指定して鍛えるように言うなんて珍しい。

 しかも『とても大事』だなんて表現するなんて。

 

 分かったよ、す~ちゃん。

 どうしてそう思ったのかは分からないけれど、これからこの力を徹底的に鍛えるね。


『よろしくね』


 でも一つだけ不満がある。


 せっかく名指しで話しかけてくれたんだから、もう少し甘い言葉でも囁いてくれれば良かったのにさ。


 戻ってきたら沢山ぷぎゃらせちゃお。


『ぷぎゃっ!?』

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