最終章
封印ダンジョン編
1. 世界は未だ一つになれず
「困ったことになったわね……」
会長室にて深く椅子に座りながら温水は心配そうにモニターを見つめている。
そこには救が死闘を繰り広げている映像が配信されていた。
封印ダンジョンの出現と共に隔離された救は、能力差のある隠しボス相手に数日経過しても未だ敗れることなく生存し続けていた。そしてその様子が一緒に隔離されたかのんを通じて配信されているのだ。
配信出来ているのなら通信を辿って救の居場所が判明できるのではないか。
だが当然というべきか、どうしても配信元を特定することが出来なかった。
それならばせめてコメントを通じて救と会話が出来ないだろうか。
だがコメント欄は機能せず、こちらからは見る事しか出来なかった。
救が無理ならばかのんを通じて会話が出来ないだろうか。
だがかのんもまた向こうに囚われていて、こちらの世界のかのんの
どうあがいても救とコンタクトを取ることは出来ず、世界中の人々が歯がゆい思いをしていた。
心配そうな表情で映像を見るしかなかった温水の耳に、ドタバタと激しい足音が聞こえて来た。
「温水さん、準備はまだですか!」
会長室に京香が飛び込んできたのだ。
救が心配でずっと画面から離れられなかったのだが、このままでは倒れてしまうと思った温水が無理矢理寝かせたものの、一時間程度で起きてしまったようだ。京香は封印ダンジョン攻略の要であるため万全の体調で待機して欲しいのだが、救が死にそうな状況でそれを強いるのは酷と言うものか。
「状況は何も変わってないわ。選抜メンバーも、攻略方針も、槍杉さんの居場所も、全部まだ」
「そう……ですか……」
遅すぎる、と声を大にして言いたいが温水が最大限に手を尽くしていることは知っているので京香としては俯くしか出来なかった。
「斥候の話では封印ダンジョンの難易度は最難関ダンジョンよりも少し難しい程度なんですって。最奥に辿り着くだけなら今の探索者だけで十分でしょう。問題は……」
「ボスを確実に倒せるのか、ですか」
「ええ。全てのボス部屋に同時に突入して全員が撃破しなければならない。ダンジョンボスが何者なのかの情報すら無い初見で挑むのはハードルが高すぎるわ」
それは例え京香であっても同様だ。
京香は魔法攻撃が不得意であり、物理無効の魔物を苦手としている。
次元斬の開発により物理無効の魔物ですら斬れるようにはなったが、相手は終盤ボスだ。次元斬もしっかりと無効化してくる可能性はありえる。
となるといざと言う時のために魔法職をパーティーに入れなければならない。その魔法職が京香よりも弱いならば防御や回復要因も必要で……という感じで考えるべきことは多い。
だからこそ、何があっても大丈夫と言える程にしっかりと鍛えて準備するのが探索者達の方針だったのだ。しかしこのゲームはその準備期間を与えてはくれなかった。
「苦労して攻略しなさいってことなんでしょうね」
レベルを上げまくって超余裕でボスに挑むなんてことはさせずに、適正レベルでボスに挑まざるを得ない状況に追い込む。それが狙いであるのならば南極ダンジョンの巨獣を倒せるからと言って楽観視など決してできない。苦戦する魔物が配置されているはずだ。
「他の人はどうしてますか?」
「暴走を食い止めるのに精いっぱい、と言ったところね」
特にキングやセオイスギールなどは、今すぐにでも封印ダンジョンに突入しそうな勢いだという。ボスを倒して強引に部屋から出て全部の封印ダンジョンを自分だけで潰してやると。
もちろんそんなことをさせられるはずがない。
彼らは封印ダンジョン攻略のエースなのだ。仮にボスを倒した後に出られなくなり、今の救のように延々と魔物に襲われ続けるような状況に晒されて命を落としでもしたら最悪だ。
救の友達もショックを受けており、特に友1が発狂に近い状況に陥ってしまった。
もっと早くに自らの力を引き継がせておけば良かった。
救の意思に反してでも押し付けておけば良かった。
そうすれば今の状況でも守りに徹して生き延びる可能性が大幅に高まったかもしれないのに、と。
今からでもと必死に力を引き継ぐよう祈っているが出来ないらしい。
パニック状態の友1に友2と友4が寄り添い落ち着かせている。
友3はどうにかして救とコンタクトが取れないか必死に考えている。
というのが今の友達の現状だ。
「この状況で足並みを揃えろとか、難易度が高すぎるわよ……」
これまでダンジョン危機に際して協力してきたとはいえ、各国の探索者協会は元々別の組織だ。
生まれも育ちも考え方も違う世界中の人々が緩いつながりで協力していたにすぎない。
物事を確実に進めるためには時間をかけた対話が必須で、温水達スタッフ側の人間がコミュニケーションを尽くして少しずつ状況を改善していった。
しかし間に合わなかった。
あるいは間に合わせてもらえなかった。
世界中が大混乱に陥り、各組織がバラバラに行動をし始め、選抜メンバーを決める事すらままならない。
あと少し南極ダンジョンで友誼を深めることが出来たら。
あと少し偉い人達の間での根回しが出来たら。
スムーズに事が進んで今ごろは封印ダンジョンの攻略に挑んでいただろう。
「槍杉さんを隔離したのは、彼の力を借りずにダンジョンを攻略して見せろっていう意味なのかと思っていたけれど、案外本命は彼のピンチに世界中が協力して対処して見せろってことなのかもしれないわね」
救が世界中で慕われているからこそ、救を助けたいと強く願う者達が冷静でいられない。
強く不安に思うほどに焦りが生まれ、間違った行動を引き起こしてしまう。
その罠こそが封印ダンジョンの本質なのかもしれないと温水は感じたのだ。
「救ちゃん……」
京香はもう温水の言葉が頭に入っておらず、救が映っている画面を見つめていた。
エリクサーを使って回復する余裕すら無いのか、欠損はしていないが体中がボロボロで装備は真っ赤に染まっている。
あまりにも痛々しい光景に今すぐに叫び出したい気持ちで一杯だ。
「京香さん」
「…………」
「京香さん」
「…………」
「はぁ……重症ね」
温水だって今すぐに何かをしなければという強い想いに駆られてはいる。
だがそれを抑えてどうにか冷静に行動出来ているのは、彼女のこれまでの人生の積み重ねによるものだ。まだ二十歳にすらなっていない京香にそれを求めるのは無茶な話だ。
「せめて何かやれることがあれば良いのだけれど」
救のために体を動かして行動出来れば多少は気が紛れるかもしれない。
しかし今は封印ダンジョンの調査が終わるのを待つしかない。
「いっそのこと別のメンバーで……あら?」
救に近すぎる探索者ではなく、実力的には劣るけれど冷静に行動出来る探索者を選抜した方が良いのかもしれない。幸いにも探索者の実力が全体的に育って来ているので、十パーティー分ピックアップすることは出来そうだ。
そこまで考えて温水は気付いた。
必ずしも京香、キング、キョーシャなどの最強格の探索者に任せなくても良いのだと。
自分が彼らに任せる事を前提で物事を考えていたのだと。
それではまるで、彼らに全てを押し付けているようでは無いのか、と。
それに、もしも彼らまで隔離されてしまったらどうなってしまうのか、と。
「まさか……」
ここに至って温水は救が隔離された理由を再度思い直した。
最強の探索者無しでダンジョンに挑め。
焦らずに最も慕われている探索者を救い出して見せろ。
そして、救や強い探索者に任せず自分達で何とかして見せろ。
思えばゲームマスターはこの世界の滅びを回避するためにゲームを始めたと言っていた。
回避するためならば大量虐殺も辞さないと表現していた存在が、まるで『正義の側』に立ったかのように悪を許さない行動に出ているのは、偶然この世界がそうした方が永らえるからというだけのこと。
そしてその回避の条件は正義などではなく『一人一人の意識改革』なのだと温水は考えていた。
人任せにするのではなく、一人一人が世界のために出来ることをする。
その積み重ねで滅亡が回避されるのではないかと。
救というお人好しに感化されて、人を思いやる気持ちの大切さを思い出したように。
救という純粋な好意の塊を目の当たりにして、己の悪を恥じ始めたように。
救という可愛らしい子の奮闘を見せつけられて、もう二度と傷つかないで欲しいと庇護欲に突き動かされたように。
自らを省みて、自らが行動する。
もし本当にこれこそが滅亡回避の条件であると言うのならば、ゲームの最後を一部の強者だけに任せるなんてことがありえるのだろうか。
「まずい、まずいわ」
救の隔離から始まったゲームの最後のフェーズは、文字通りに全世界を巻き込む何かが起きる可能性がある。
だがそんな『可能性』でしかない話をしたところで、救の安否が最優先の今の世界情勢で取り合ってもらえるとは考えにくい。
「救ちゃん!」
温水が頭を抱えそうになったその時、配信映像を見ていた京香が声をあげた。
まさか最悪の状況になってしまったのかと慌てて画面を見たが杞憂であった。
むしろ映っていたのはいつもののほほんとした可愛らしい笑顔だった。
『こんにちは、槍杉救です』
そして救はかのんに向かって、いや、世界中に向けて語り出した。
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