7. 封印ダンジョン解放と絶望へのカウントダウン

 今すぐにでもエリクサーを使わなければ死んでしまう。


 でもどうしてかボク達は彼の元へと向かうことが出来なかった。

 彼を胸に抱くソーディアスさんの背中が、近づくなと言っているような気がして。


「無事……で……良かっ……た……」


 男性は無事な方の手をソーディアスさんの頬に力なく添えた。

 その手を彼女は優しく支えてあげる。


「私なら平気って分かってたでしょ?」


 そうだ。

 ソーディアスさんならあの程度の攻撃でどうにかなるはずが無いなんて明らかだった。

 四六時中一緒に居る彼ならばボクなんかよりも遥かにそのことを身に染みて分かっていたはずだ。


 それなのにどうして庇おうとしてしまったのだろうか。


「万が一でも……傷つくのが……嫌……だから……」


 だから勇気を出した。


 これまで流され地獄を味わい半ば強制的に縁を結ばされたようなとても臆病な男性が、それだけのために体を張って行動することが出来る。


 今になって分かったよ。

 この人はソーディアスさんが見込んだ通りの素敵な人だったんだ。


「馬鹿ね。万が一どころか億が一にもありえないのに」

「俺……には……これ……くらい……しか……できな……か……ら……」


 そう言って男性探索者は意識を失った。

 体の一部が欠損し、おびただしい量の血が流れている。


 すぐにでも命の灯は消えてしまうだろう。

 でもソーディアスさんは慌てることは無かった。


「本当に馬鹿ね。大馬鹿よ」


 彼女は優しく微笑むと、彼の唇にそっとキスをした。


 すると男性の体が淡く光り出し、傷ついた体がみるみる内に治っていく。

 ボクの知らない回復スキルなのかな。

 キスで治すだなんて、なんて素敵なスキルなのだろうか。


 思わず見惚れちゃったよ。


「ふふ」


 ソーディアスさんはスヤスヤと眠る男性探索者を穏やかな目で眺めながら、彼をお姫様抱っこの要領で支えて立ち上がった。


「ふふふふ」


 その笑いは最初のものとは全くの別物で、見ているだけのボクらですら背筋が凍るような気分になってしまった。


「私を怒らせたらどうなるのか、教えてあげる」


 うわぁ、ガチ切れしてる。

 男性は無事そうだし、近づくだけで斬られそうな雰囲気だから放って置いた方が良さそう。


 ソーディアスさんはそのまま宙に浮き、戦艦の方に向かって行く。

 両手は男性を抱えているので塞がっているけれど、そんなことは全く気にしていない。


「うっそぉ……」


 もちろん戦艦がそんな彼女を放っておくはずもなく攻撃を仕掛けてくる。

 男性を貫いたビームがまた彼女へ向かったけれど、それが無数の斬撃によって消滅させられてしまった。


「その身をもって贖いなさい」


 そしてその斬撃は戦艦本体にも襲い掛かり、一瞬にして全体が斬り刻まれてしまったんだ。

 彼女はその結果を見ることなく、隣の戦艦へと進み圧倒的な力で滅してしまう。


「このまま任せれば全滅させてくれそうだけど……」


 チラリと京香さんとセオイスギールさんを見ると、二人とも頷いてくれた。


 ボクらだってこのまま黙ってなんかいられないもん。


 エリクサーや蘇生魔法で復活出来るとはいえ、目の前の悲劇を防げなかったことを腹立たしく思っているから。


「おおおおおおおお!」


 空気を蹴り上空へと舞い上がった京香さんはキングさんのような咆哮と共に大剣を力強く構えた。


「うるせぇ!」


 そこに狙いを定めて放たれた複数のミサイルやレーザーを一喝しただけで破壊する。


「墜ちろ! 特大次元斬!」


 そして大剣を巨大化させ、次元斬で戦艦を真っ二つにした。

 京香さんらしい派手な一撃だ。


『これ以上の悲しみはいらない』


 セオイスギールさんも浮遊してボクらとは離れたところの艦隊と対峙していた。


『全部墜ちちゃえ!』


 大艦隊を殲滅するために必要なのは、とにもかくにも力だ。

 小細工を弄して一つ一つを潰していたら時間がかかって仕方がない。圧倒的な力で勢い良く破壊して速攻で数を減らすことがとても大事。


 セオイスギールさんのスキルはそれを可能にする。


 彼女独自の属性魔法、そしていつの間にか三属性から五属性に増えた龍の首。それらが縦横無尽に艦隊に襲い掛かり次々と墜として行く。敵の攻撃ごと飲み込み多くの爆発で空が煌めく様子は本物の戦争をしているかのようだ。戦争なんて生で見たこと無いから想像だけれどね。


「ボクもやろうかな」


 ここしばらく戦いの場を譲ったことで力を振るえなかったうっ憤。

 沢山弄られたうっ憤。

 そしてあの男性探索者を助けられなかったうっ憤。

 

 それらを全部ぶつけてやる。


「ふぅ~……」


 軽く深呼吸しながら浮遊する。

 たちまち多くの攻撃に狙われるけれどそれを大きく弧を描きながら飛んで躱して行く。

 追尾して来る攻撃もあるけれど当たるわけがない。


 そういえばこの攻撃って一撃一撃が即死級のものだったっけ。

 ソーディアスさんや京香さんやセオイスギールさんがあっさりと迎撃してたから忘れそうになるね。


 おっとあの戦艦大砲までついてるんだ。

 前方に大きな砲台がついている大きめの艦がリーダー格なのかな。


 いつもならその攻撃を見てからじっくりと攻撃するのだけれど、悪いね。


 今日はボクも虫の居所が悪いんだ。


 キミ達の見せ場は派手に崩壊して消えるところだけになっちゃうよ。


 高速空中機動で攻撃を避けながらアイテムボックスから二つの剣を取り出し頭上で掲げる。

 そしてそのまま回転すればまるでドリルのよう。


「貫け!」


 狙うは主砲のやや下側。

 真正面から突撃して大穴を開けてやる。


 激しい弾幕を軽やかに躱し、全身に大きく力を込めて思いっきり突撃した。


 う~ん、気持ち良い~


 反対側に突き抜けてスポーンって空中に飛び出るところとか最高だ。


 やっぱりストレス発散には体を沢山動かさないとね。


 よ~し、たくさん墜としちゃうぞ。


――――――――


 隠しボスの癖に弱すぎないだろうか。


 そう思った人がいるかもしれないけれど、それはボク達だからであって、他の探索者はそうではない。

 他の場所で戦っていた人達はとても苦労して、犠牲者はいないけれど大怪我を負った人が何人もいたって後で知った。

 そしてこの艦隊は母艦を墜とさない限り無限に湧き出てくるため、母艦を墜とそうと必死で戦っていたってことも後で知った。


 ストレス発散でひたすら倒しまくっていたら突然敵が消えちゃって、他の探索者と合流したらそのことを教えてくれたんだ。


「あ~あ、もう終わりか」


 なんて京香さんが物足りなさそうにしているけれど、ボクも同じ気分だ。

 せっかく全力で体を動かせられる機会だったのにな。

 もっともっと暴れたかった。


 何はともあれ隠しボスの討伐はこれで終わり。

 明日からはまた巨獣討伐で探索者のレベル上げが再開だ。


 ボクはどうしようかな。

 飽きて来たしそろそろここを離れて別のダンジョンに向かってみようかな。


 はっきり言って気を抜いていた。


 もうしばらくは危険は無いのだと思い込んでいた。


 それに何が出て来ても今のボクなら対処できると油断をしていたのかもしれない。


 世界中の探索者が強くなり、一致団結して探索を行えるようになった今。


 ついにその時はやってきた。




『条件を達成しました』

『封印ダンジョンが出現されます』




 唐突に響いた無機質な声。

 ダンジョンマスターさんの奥さんらしき人の声が再び世界中に流れたんだ。


 ボクは慌てて転移の指輪を発動させる。

 この指輪にはダンジョンの一覧を表示する機能もあるので、追加されたダンジョンが無いかを確認したかったから。


 あった。

 丁度十個のダンジョンが増えている。


 そしてどうやらそれらは日本には無いらしい。




『ラストダンジョンの位置を指定してください』




 そしてこれまたゲームマスターさんが言っていた通り、ラストダンジョンの出現場所はボクらが決めるようだ。


 でも決めるって言ってもどうやって?


「うわ」


 ボクの目の前に世界地図が表示された。

 他の人のところには無いので、ボクが指定しなきゃダメらしい。


 偶然なのかな?


 実はラストダンジョンの位置はボクが決めることになっているんだ。

 断りたかったけれどいつもみたいに押し付けられちゃった、ぐすん。


「それじゃあ指定するね」


 念のためもう一度皆に確認を取ったけれど、誰一人として不満そうな雰囲気になることなくボクを見て頷いた。


 世界地図を拡大し、日本のある場所を表示させる。

 そこは長野県にある最近廃村となった山奥の小さな村。


 ボクがそこを丸々と買い取って、そこをダンジョン村として整備しようと思ったんだ。

 そしてラストダンジョンをクリアするまで、ボクがそこに住んで管理するつもり。

 本当はボクの家の近くにしたかったのだけれど、東京だと流石に人が多すぎて迷惑かけるかなって思って止めちゃった。


 


『ラストダンジョンを出現させました』




 これでもう後戻りはできない。

 ひとまず急いで日本に戻ってラストダンジョンの周辺がどうなっているのか確認しないと。


 でも残念ながらそのボクの狙いは達成できなかった。




『封印解除まで個体『スクイ・ヤリスギ』を隔離します』




 その瞬間、ボクは何処とも知れぬ場所に転移させられちゃったんだ。

 雰囲気は奥多摩ダンジョンの最下層に似ているけれど、あくまでも似ているだけで別物だ。


「うわぁ、そういうこと」


 ここが何処かと調べていたら、目の前から三人の人物がやってきた。


 ハーピアさん。

 ソーディアスさん。

 ガムイ。


 その偽物かな?

 無表情で生気が全く感じられないから本物の彼らでは無さそうだ。


 つまり、だ。


 封印ダンジョンの攻略はボク以外が頑張らなければならない。

 その間ボクはここで隠しボスもどきと戦わなければならない。


 そういうことなんだね。


「よ~し、頑張るぞ」


 どれだけのペースで戦い続けなければならないのかは分からないけれど、流石に休憩なしでぶっ続けなんてえぐい事は無いはずだ。今のボクならガムイ達相手でも余裕をもって戦えるから、長期戦を想定して油断せずに生き延びることを優先して行動しよう。


 とにかくまずはフラウス・シュレインを出して…………え?


 出てこない?

 まさかアイテムボックスが封じられた!?


 いや、他は出てくる。

 隠しボスから貰った武器だけ出せない。


 ま、まさか!


 ステータスの限界突破も出来ない!


「嘘でしょ……」


 これまで隠しボスからもらった報酬が使えず、ステータスがいつもより大幅にダウンした状態で複数の隠しボスと戦って生き延びなきゃならないの?


 あはは、この感覚、久しぶりだ。


 初めて隠しボスと戦った時の事を思い出す。


 どうやらボクのすぐ近くまで『死』が迫っているらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る