6. 南極ダンジョンボスと隠しボス

「ぷぎゃあ……」


 せっかくのボス戦なのにお留守番だってさ。

 しょんぼり。


 隠しボスすら倒せる面々が沢山いるから戦力過剰なのは元から分かってたんだけどね。

 キングさんとかも参加しないらしいし、仕方ないか。


 倒しに行くのはドイツ、中国、シンガポール、ブラジル、カナダの混合探索者パーティー。

 今回の南極ダンジョンイベントで作られたパーティーで、前衛中衛後衛がいて魔法と物理のバランスが良いノーマルなタイプなんだって。


「どんなボスなんだろうね、救ちゃん」


 ボクらは南極ダンジョン入口に設置された巨大なモニターでボス戦鑑賞会だ。

 撮影役はもちろんかのん。


『それではぼすべやにとつにゅうなの!』


 言葉で案内してくれるのは良いけれど、ボクに似た例の姿をわざわざ映すのは恥ずかしいから止めて欲しい。ほらそこでウインクとかしない!


「救様! 本物の力を見せてやってください!」

「やらないよ!?」


 ウインクの本物の力ってなんなのさ。

 友2さんはことあるごとに恥ずかしい事をやらせようとしてくるから困る。


「ほらそこはノリですよノリ」

「騙されないからね!」

「ちぇ~」


 ボクにだってノリは分かるよ。

 でもいくらノリって言っても恥ずかしい事は断固拒否だ。


「へぇ、ボス部屋の中は南極みたいなんだな」


 友3さんが言う通り、深い森の奥に位置するボス部屋の中は氷の大地になっていた。でも探索者達の雰囲気的に見た目だけで寒くは無いのかも。


「ボスは何だろうね」

「ぐへへ、ペンギンが良いな」

「私はクマが良い!」

「それは北極だろうが」


 あはは、南極ダンジョンの巨獣の雰囲気からしてペンギンとクマのキメラだったりして。


『寒いの……嫌……』


 セオイスギールさんはボクの背後で寄り添いながら氷の世界の風景に顔を顰めている。

 アフリカ出身だからか寒いのが苦手なんだって。


 他の探索者達も和気藹々とボスの予想を口にして盛り上がっているようだ。

 今更最難関ダンジョンのボス程度で怖がるようなレベルじゃないってことだよね。頼もしくなったなぁ。


「でてこないね、救ちゃん」

「うん、変だね」


 ボス部屋に入ったらすぐにボスが出てくるはずなのに何も起きる気配が無い。画面の向こうの探索者達も違和感に気付いていてより警戒を厳しくしている。


「危ない!」


 そう誰かが叫んだ瞬間、カナダの探索者の足元が大きくひび割れて落ちそうになっちゃった。

 その人は冷静にジャンプして事なきを得たけれど、それを合図として地面がどんどんひび割れて沈み始めて行く。


「足場を削るつもりなのかな?」


 それに不安定にすることで戦いにくくする狙いがあるとか。

 でもだとしてもボスが出現しないのはやっぱり変だ。


「ねぇ、あの人達、地面を気にし過ぎてないかな」

「そう言われてみれば確かに」


 いくら足元が崩れそうだからって、ずっと下ばかり見てなくても避けられるはずだ。それよりもどこかから襲撃してくるはずのボスを警戒した方が良い。彼らも当然それは分かっているはずで、それでも敢えて地面ばかり気にしているということは……


「もしかしてボスの姿が見えてるのかな?」


 ブラジルの探索者が沈みゆく氷の大地の一部に強烈な雷撃をあてて破壊を試みた。


 すると破壊されて粉々になった氷の下から巨大な体躯の魔物が姿を現したんだ。

 どうやら氷の下の海を泳いで破壊して回っていたらしい。


 正体をつきとめられたその魔物はどうやってか大きく跳び上がり氷の上に降り立った。


「マンモス?」


 巨獣よりやや小さめな体は白銀の毛並みに覆われ、弧を描く二本の長いツノとゾウのような長い鼻の特徴がとてもマンモスっぽかった。


『プギャアアアアアアアアン!』

「ぷぎゃっ!?」


 どうして鳴き声がそれなのさ!

 パオーンとかで良いでしょ!


「ぷっ……す、救ちゃんのペットかな?」


 笑うならむしろしっかり笑ってよ。

 我慢しきれないで漏れちゃう感じで笑われるともっと恥ずかしいもん。


 しかも京香さんだけじゃなくて全員が笑ってるし!


「見て、ぷぎゃモスが動き出したよ」

「その名前は止めて!」

『プギャアアアアアアアアン!』

「その叫びも止めて!」


 まったりと観戦するだけのつもりだったのに、どうしてダメージを受けなくちゃならないのさ。


「よし、ボク倒して来る」

「待って待ってダメだって」

「そうだよ。彼らの経験の機会を奪うのは可哀想だよ」

「ボクも可哀想だと思うんだけど……」

「ぐへへ、救くんちゃんは可哀想じゃなくてかわいい」

「ぷぎゃっ!? そういうのは良いから!」


 ああもうだったらさっさと倒しちゃって!


 そのボクの願いが通じたのか、探索者達とマンモスの本格的な戦いが幕を開けた。


 硬い防御を頼りに氷の大地を壊しながら突進と魔法攻撃を仕掛けてくるマンモスを相手に、探索者達は相手の攻撃を確実に防ぎながら、少しずつ着実にダメージを積み重ねて行く。

 元々は巨獣相手に戦える程のパーティーだ。足元の氷などのギミックがあるとはいえ、巨獣よりも弱いボス相手に後れを取るようなことは無い。

 見ているこっちもハラハラすることなく安心していられた。むしろ安定し過ぎてマンモスが鳴くたびにボクが揶揄われるから、もっと雑でも良いから早く倒してって叫び出したいくらいだったよ。


 討伐メンバーには悪いけれど、特に見どころはなくボス討伐は完了した。


「あれ、隠しボスは出てこないのかな」


 千人もの大規模探索という特殊な条件でのボス戦だったから、てっきり隠しボスが登場するフラグが立っているのかと思ってた。でもボス部屋には異変が起きずに、探索者達はボスドロップを拾得して普通に戻って来ちゃった。

 もしかしてボクらの大半がダンジョンの外で鑑賞してたから、大規模探索の扱いになって無かったのかな。


「おい、皆来てくれ!」


 いや、ダンジョンはそんなに甘くなかった。

 ダンジョンの中を監視していた探索者が慌ててボクらを呼びに来たんだ。


 何があったのかとダンジョンの中に入ったボクらが見た物は……


「空飛ぶ戦艦?」

「数が凄いね……」


 空を埋め尽くすほどの戦艦が艦隊を組んで遠くの方からやってきたんだ。

 アレからは隠しボスと同じようなプレッシャーが感じられる。


「人型が相手じゃない場合もあるんだ」

「中に乗っているのかもよ?」


 確かにその可能性もありそうだね。どちらにしろ、今までの隠しボスとは毛色が全く違う。こっちの人数が多いから大艦隊をぶつけてきたってことなのかな。


「見て! 艦隊が巨獣を攻撃してる!」


 うわぁ、一隻の戦艦の集中砲撃だけで巨獣があっという間に消滅しちゃった。

 攻撃の内容はミサイル的なものやレーザー的なものが中心っぽい。


「巨獣とセットじゃないのは助かるね」


 確かに大艦隊と巨獣の両方を相手にするのは大変そうだから敢えて駆除してくれるなら戦いやすくて助かるね。


『よし行くぜ!』


 ありゃ、キングさんが飛び出して行っちゃった。

 それ以外にも血気盛んな探索者達が我先にと艦隊へ突撃しようとしている。


 戦うのが無理そうな人は……うん、後方待機しているね。

 誰しもが自分の実力がちゃんと分かっているようで、どうあがいても勝てない人は自重できている。とても悔しそうな顔をしているけれど、その気持ちがきっとまた彼らを強くしてくれるはずだ。


「じゃあボクらも行こうか」


 アレらと戦えるのは京香さんとセオイスギールさんだけ。

 申し訳ないけれど友達にはここで控えてもらって、友1さんにはいざと言う時にスキルで皆を守って貰おう。


「うっし、沢山墜としてやるぜ」

『がんばる』


 京香さんもやる気モードになったし、セオイスギールさんも強敵を前に程よく使命感に駆られているようだ。あれだけの敵がいればボクの出番も沢山あるだろう。沢山暴れてこようっと。


 そう思って突撃をしようとしたその時。


「いやだああああ! 絶対に死ぬうううう!」

「旦那様なら大丈夫!」


 例の探索者さんがソーディアスさんに連れられて戦場に向かっちゃった。

 明らかに実力が足りて無いんだけれど、ソーディアスさんが傍にいるから守ってもらえるかな?

 でもソーディアスさんはスパルタだからギリギリまで助けないだろうし、その見極めを失敗して致命的なミスをしでかしそう。


「二人とも、心配だからソーディアスさん達について行くよ」

「おうよ」

『わかった』


 とても嫌な予感がするから早く追いついてフォローしないと。


 ソーディアスさんの動きはとても早く、すでに戦艦の攻撃範囲に辿り着いている。

 あの男性探索者を一人で前面に出して戦わせようとしているけれど無茶だ!

 怖がりなのに隠しボスの強烈なプレッシャーを浴びて動くことすらままならない様子だもん。

 あれだと攻撃を避けることも守ることも出来ずに一撃でやられちゃう。


「ソーディアスさん、流石に止め……え!?」


 それはあまりにも予想外な出来事だった。


 ボクらが到着するより前に空中戦艦の一つがレーザーで攻撃して来た。

 それだけなら普通の話なんだけれど、その対象がソーディアスさんだったんだ。

 多分あの男性探索者が脅威と思われなくて、危険な方に攻撃をしたのだと思う。


 もちろんソーディアスさんならあの程度の攻撃を防ぐことなんて容易いこと。

 全く慌てることなく迎え撃とうとしていた。


 でも。


「なん……で……?」


 激しい戦闘音が鳴り響く中、ソーディアスさんの小さな声がどうしてかボクの耳に届いた。


 レーザーがソーディアスさんに到達するその直前。


 男性探索者が盾となり割り込み、彼の体を貫いたのだった。

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