6. 誘拐事件

 幼い頃。

 ボクがまだダンジョンに潜らずに普通に生活していた時のお話。


 休みの日になるとお母さんが決まって近所の公園に連れて行ってくれた。

 公園には沢山の子供達がいたけれど、ボクは人見知りだったから一人で隠れるように遊んでいた。


 そんなある日のこと。


「一緒に遊ぼう!」


 そう声をかけてくれた女の子がいたんだ。

 ボクは恥ずかしくって逃げちゃったのに、その子は『追いかけっこ?』なんて言って追って来た。当時は力も体力も無かったからすぐに捕まって、お話しする羽目になっちゃった。


 顔を見れない、上手くしゃべれない。

 それなのにその子は何も気にせずに話をしてくれた。


 そしてどうにかボクが自己紹介をすると……


「すくい……じゃあ『す~ちゃん』だね。私はゆうだから『ゆ~ちゃん』って呼んで良いよ」


 ボクとは違いコミュ強だったゆ~ちゃんはどうしてかボクが気に入ったらしくて、この日以来積極的に遊びに誘ってくれるようになった。


 最初の頃はあまりにもぐいぐい来るから苦手で公園に行きたくないと思っていたけれど、段々と慣れて来て一緒に遊ぶのが楽しくなってきたんだ。


 ゆ~ちゃんとの遊びの大半が『探索者ごっこ』だった。

 二人で強い探索者になりきって強い魔物を次々と倒す冒険活劇。男の子が好きそうな遊びだったけれど、ゆ~ちゃんは勇敢な探索者を見事に演じていた。


「絶対に探索者になってみんなを守る!」


 それがゆ~ちゃんの口癖だった。

 堂々としたその姿に、ほんのりと憧れを抱いていた。


 いつも笑顔で、凛々しくて、公園内でケンカがあれば仲裁に向かい、年下の子供達の面倒をみて、それでいて勉強も頑張っているってゆ~ちゃんのお母さんが言っていた。


 ボクにとってのヒーローだった。

 ゆ~ちゃんみたいな人になって、一緒に探索者として活躍出来たらって思っていた。


 そんなある日、あの事件が起こったんだ。




 それはゆ~ちゃんと二人でいつものように公園で『探索者ごっこ』をしていた時のこと。

 

「ゆ~ちゃん!」


 突然ゆ~ちゃんが消えてしまいそうな嫌な予感がして、反射的に強く抱き締めた。

 その直後にボクの視界は暗転して気を失ってしまったんだ。


 どれくらい経ったのか、目が覚めたボクはどこかの廃倉庫のような場所に倒れていた。

 慌てて周囲を確認すると、禍々しい雰囲気を漂わせている二人の大人の男性がボクに背を向けて立っていた。

 そしてその大人の目の前で、ゆ~ちゃんが横になっている状態で宙に浮いていた。


「この生命体が最後の勇者スキル付与対象ですか」

「ああ、探すのに苦労したよ」

「わざわざマスターがここまでしなくてもよろしいのでは?」

「このスキルは特別だからな。万が一にでも失敗しないように直接作業したかったのだよ」


 男達が何を言っているのかボクには分からなかった。

 でもそれよりもゆ~ちゃんのことが気になって仕方なかった。


 だって男達の雰囲気が怖く怖くて泣き叫び出しそうな程に『悪い』感じだったから。


 ボクに声をかけてくれて一緒に遊んでくれたゆ~ちゃんが何か怪しい事をされようとしている。

 探索者になる夢が絶たれるようなことだったらどうしよう。

 それよりももっと酷い事だったらどうしよう。


 今ここにいるのはボクだけだ。

 ゆ~ちゃんを助けられるのはボクしかいない。


「うわああああああああ! ゆ~ちゃんを返してええええええええ!」


 無謀にもボクは男達に特攻してその足にしがみついた。

 でも非力な僕はバランスを崩すことすら出来なかった。


「なんだこの生命体は」

「ほう、私の領域に入って来れる存在がいるとはな」

「…………なるほど、どうやら勇者と共にいた生命体のようですな。勇者を呼び寄せた瞬間に偶然近づきすぎて巻き込まれております」

「はは、万が一を考えて行動した結果、万が一のミスが起きるとは笑えないな」

「この程度何も影響はありますまい」

「だと良いがな」


 ボクがどれだけ力をこめても、男達は冷静に良く分からない会話を続けていた。


「ゆ~ちゃんを放して! ボクたちを返して! 酷いことは止めて!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら男の足を強く押しているのに相変わらずビクともしない。


 ボクの力ではゆ~ちゃんを助けられない。

 それが辛くて悲しかった。


 力が欲しいと心から思った。

 ゆ~ちゃんを守れる力が欲しいと。

 大切な人を守れる人になりたいと。


「案外この生命体の方が勇者に向いているのかもしれませんな」

「いや、勇者は予定通り変えない。だがそうだな……」


 男の一人がボクに手を伸ばした。


 あまりの恐怖で思わず目を瞑ってしまったけれど、次に来たのは痛みや衝撃では無く雑に頭に手が置かれた感触だった。


「それほどにコレを守りたいと思うのなら、救済者にしてやろう」


 その言葉を最後にボクの意識はまた暗転した。


 次に気付いた時、元々遊んでいた公園に戻っていた。

 隣を見るとゆ~ちゃんが立っていた。


 ゆ~ちゃんが無事だったことに安心したけれど、様子が明らかにおかしくて顔面蒼白で、慌ててお母さんの元へと走って行った。

 ボクも不安で不安でしょうがなかったから、お母さんの所へ走った。


「お母さん! ボ、ボ、ボクたちっ……!」


 お母さんの胸の中で号泣しながらたどたどしく体験したことを説明した。

 でも驚くことに、お母さんはボクたちのことをずっと見ていてどこかに連れ去られたなんてことは無いだなんて言うんだ。


 あれは夢だったのかな。

 でも夢と思うにはあまりにも生々しかった。


 後でゆ~ちゃんに聞いてみよう。

 そう思っていたけれど、その日以来、ゆ~ちゃんが公園に来ることは無かった。


――――――――


「それがまさか高校で再会していたなんてね」

「私もびっくりだよ」


 ゆ~ちゃんをオークから助けた後、ボクたちは昔話に花を咲かせていた。

 襲われていた子供は疲れたのかボクの腕の中ですやすやと眠っている。


 皆に連絡したので直に誰かが来るはずだ。

 それまでの間、色々と思い出したゆ~ちゃんと答え合わせをしているんだ。


「す~ちゃんがあの日の事を思い出したのはゲームマスターに会った時?」

「うん。それまでは漠然としか覚えていなかったよ」

「私は誘拐されてたなんてことすら覚えてなかったなぁ」

「そりゃあ仕方ないよ。だってゆ~ちゃんはあの時ずっと寝ていたし」


 ボクは意識を覚醒してあの男達に攻撃を仕掛けたインパクトのある想い出があったからこそ、全て忘れなかったのだろう。ボクが意識を失っていた前後は分からないけれど、ボクが知る限りではゆ~ちゃんは寝ていただけだから覚えているも何もないはずだ。


「ううん、私もあの時、少しだけ意識があったんだよ」

「そうなの?」


 それは気付かなかったよ。


「声が聞こえたの」

「声?」

「す~ちゃんが私を呼ぶ声が」

「あ……」


 男達に立ち向かった時の叫び声。

 あれでゆ~ちゃんが起きちゃったんだ。


「す~ちゃんが助けに来てくれたんだ嬉しい大好き!」

「ぷぎゃ!?」

「なんてヒロインっぽく思えたら良かったんだけどね」

「もう、びっくりさせないでしょ」


 当時はそういうキャラじゃなかったでしょ。


「……怖かったの」

「え?」

「あの男の人達から感じられるオーラって言うのかな、それがとても怖くてたまらなかった」

「あ……ボクが叫んだせいで」

「違うよ! す~ちゃんは悪くない!」


 今思えば、あの男達の雰囲気は『魔物』に近かった。

 それも隠しボスと同等レベルのプレッシャー。


 ボクが耐えきれたのはゆ~ちゃんをどうにかしなきゃって気持ちが強かったからだ。

 でもゆ~ちゃんは何が起きているのか分かっていない状態であの男達の雰囲気を感じ取ってしまった。

 だから恐怖が身に染みてしまったんだ。


「もしかして公園に来なくなったのも、探索者を目指していないのもそれが理由?」

「あはは、そうみたい」


 そういうことだったのか。


 成長したゆ~ちゃんは探索者を目指していなかった。

 あれほどに探索者になりたいって願っていたゆ~ちゃんが夢を諦めただなんて、余程のことがあるだろうからそっとしておきたいって思っていたんだ。


 その理由こそ、あの誘拐事件にあったんだね。


 強大な魔物の恐怖を刷り込まれてしまったから、公園にまた行くのが怖くなってしまった。

 魔物と立ち向かおうにも、あの日の恐怖が思い出されてしまう。

 雑魚相手なのに隠しボスレベルのプレッシャーに襲われてしまう。


 だから探索者への道を諦めざるを得なかったんだ。


「それにしてもす~ちゃん、良く私があの時の女の子だって分かったよね。性格も雰囲気も大人しい感じに変わっちゃったし」

「そんなことないよ、ゆ~ちゃんは当時と変わらずゆ~ちゃんのままだよ。それに面影すっごいあるもん」

「そ、そうかなぁ」

「そうそう、むしろゆ~ちゃんこそ、ボクが当時のあの子だって良くすぐに気付いたね」

「変わって無いもん」


 すごい自信ありげに言われたんだけれど、あれほど幼い頃と全く変わってないのは流石に困るよ。


「変わって無いもん」

「どうして二回も言うの!?」

「だって変わって無いんだもん。当時も今も凄い可愛い!」

「ぷぎゃ!? も、もしかしてあの頃にあんなに話しかけてきたのって……」

「めちゃくちゃ可愛かったから!」

「!?!?」


 ボクが独りぼっちだったから手を差し伸べてくれたとかそういう話じゃないの!?


 だって当時のゆ~ちゃんってそういうキャラじゃ……あ、あれ、おかしいな。記憶の中のゆ~ちゃんの姿が変わってる。お姉ちゃんと同じような怖い笑みを浮かべてる。違う、違う違う違う、これはゆ~ちゃんの話を聞いて記憶が勝手に改ざんされてるんだ。そうに違いない。


「それにしてもす~ちゃんが助けに来てくれて本当に助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

「でもどうして魔物が外にいたんだろう。溢れてきちゃったのかな」

「それは無いと思うよ」

「でもそれならやっぱりどうして」


 そりゃあ気になるよね。

 どうして魔物が一体だけここに居て、ゆ~ちゃんを襲ったのか。


 その理由が分からないと、ゆ~ちゃんだけじゃなくて多くの人が不安になってしまう。

 もしかしたら自分も同じような目に遭ってしまうのではないかって。


 だからそうならないために、と。


「それは魔物を召喚した本人に聞こうよ」

「え?」


 これは本来ならばあり得ないこと。

 魔物が外に出るのはダンジョンを放置した時か、あるいはこの前のスライムのようなバグによるもの。とはいえこれまで百年近くも問題無く稼働して来たダンジョンが今になってバグが多発するのは不自然だし、あのオークは普通の魔物で特殊な感じも無かった。


 つまりあの魔物は誰かが意図的に召喚したものなんだ。

 そしてそれが出来る存在は限られている。




「ゲームマスターさん! いるんでしょ!」

「ええええええええ!?」




 ゆ~ちゃんは驚いているけれどボクは確信している。

 この事件には絶対にゲームマスターさんが絡んでいると。




「やぁ、しばらくぶりだね」




 そしてボクの想像通り、ゲームマスターさんが呼びかけに答えて現れた。

 何故か以前のような白衣ではなくスーツ姿だったけど。

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