7. 特別でなくても強くなれるんだよ

「私がいると良く気付いたね」

「そりゃあ気付くよ」


 むしろ気付いてもらえるように敢えて不自然な状況にしているのかと思ったくらいだもん。


「まず、助けを呼んだのに誰も来ないのが明らかにおかしい。人避けのスキルか何かが使われているっぽいけれどボクらはそんなスキル持ってない」


 探索者はダンジョン探索に有効なスキルしか覚えないから、魔物を避けるスキルはあっても人を避けたり近づかせないスキルは無いはずなんだ。


「それにゆ~ちゃんが外で魔物に襲われたのも変だし、そもそも魔物に襲わせて勇者の力を無理矢理覚醒させようとしたようにしか見えない状況だった。そんなのゆ~ちゃんが勇者だって知っている人しか出来ないことだもん」


 ゆ~ちゃん本人ですら気付いていないことだったのに、あの誘拐現場に同行したボク以外の他の人が知っているはずもない。


「しかもボクたちを誘拐してゆ~ちゃんに勇者の資質を授けた人って、ゲームマスターさんだよね」


 あの時の大人の男性の一人がゲームマスターさんだったことをボクは既に思い出して気付いていたんだ。


「ということで、ゲームマスターさんが絡んでるってことは間違いないって思ってたんだ」


 この場にいるかどうかは半々くらいかなって思ってたけれどね。


「ふむ、なるほど。確かにその通りだな」


 やっぱり隠すつもりは無かったんだね。

 すぐに自分が犯人だって認めちゃった。


「どうしてこんな強引なことをしたのさ」

「私が直々に勇者の資質を与えたことが逆効果となり、覚醒を妨げる結果になっていたので修正をしに来たのだよ。ピンチによって覚醒するのはこちらの世界では常識なのだろう?」

「それはそうだけど、わざわざやらなくても良かったのに」


 ゆ~ちゃんは探索者としての夢を絶たれていたけれど、それを受け入れて生きると決めていた。それなのにとても怖い思いをさせてわざわざ覚醒させる必要があったのかな。せめて本人にどうしたいかを聞けば良かったのに。


「ふむ。またしても余計なお世話だったか……すまなかったな」

「え! ええ!? あ、ああ、頭をあげて下さい!」


 あはは、ゲームマスターさんに謝罪されてゆ~ちゃんが戸惑ってる。

 ゲームマスターさんを謝らせた女性ってことで歴史に残るかもしれないね。


「そうだ、謝罪の意を示すためにも何か一つ願いを叶えてやろう」

「ね、願い?」

「うむ、何でも言うが良い」


 これはチャンスだ。

 ゲームを終わらせてください、なんて願いは無理だと思うけれど、ゲーム全体の進行を壊さない程度の願いならば何でも叶えてくれそうな気がする。


 例えばゲームには直接関係ないトラウマを解消してください、とか。

 そうすればゆ~ちゃんも一緒にダンジョン探索を出来るようになる。


 あるいはゆ~ちゃんは優しいから自分の事じゃなくて世界を優先して皆が喜ぶようなことをお願いするかな。


「それじゃあ……す~ちゃんの願いを叶えてあげてください」

「なんだって?」

「ぷぎゃっ!?」


 どうしてそこでボクに振るの!?


「待ってよゆ~ちゃん。自分の願いを叶えてもらって良いんだよ?」

「うん、だから私は自分の願いを叶えて貰うよ。私の願いはす~ちゃんが喜んでくれることだから」


 太陽のような笑顔でそんなことを言われたら断れるわけないじゃないか。

 相変らず想いが重いよ。


 だったらボクだってゆ~ちゃんのことを願いにしちゃえ。


「私のことをお願いしたら怒るからね」

「ぷぎゃ!?」

「す~ちゃんが今必要としていることをお願いして」


 ボクの考えなんてお見通しで先回りされちゃった。


 仕方ない、ここはゆ~ちゃんの希望通りにしようか。

 後で別の形でお礼をしよう。


「ふむ、実に興味深いな。それで願いは決まったのか?」


 パッと思いついた願いがあるけれど、叶えてくれるか微妙。

 でもせっかくだから聞いてみることにした。


「これから一年間、世界中のダンジョンから魔物が溢れないようにして欲しいんだけど」

「なに?」


 もしそうなれば探索者達は鍛えることに集中できるし、セオイスギールさんを始めとした多くの探索者が南極ダンジョンに挑戦できる。


「本当にその願いで良いのか?」

「出来るの!?」

「可能だが、そもそも一年以内に溢れるダンジョンなどほとんど無いぞ」

「それでも良いよ」


 多くのダンジョンがしばらく溢れないのは、世界中の探索者の皆が頑張っている証だね。


「よかろう。では現時点を持って、こちらの世界での一年間、ダンジョンの浸食状況を停止させる。その他のルールに変更は無いので探索に励むが良い」

「ありがとう!」


 その他のルールに変更が無いってことは、ダンジョンが活動を停止するんじゃなくて魔物のリスポーンや隠しボスの出現とかはあるってことだね。そっちの方が訓練になるから助かるよ。


「では帰るとするか」

「その前に一つ聞いて良い?」

「なんだ?」


 ダンジョンに関係ない話だから答えてくれるはず。

 これだけはどうしても聞いておきたかったんだ。


「どうしてスーツなの?」

「謝罪の場にはこの姿になるのがこの世界の常識なのでは?」

「……似合ってないよ」

「なん……だと……?」


 胡散臭い詐欺師にしか見えない。


「前の白衣の方が似合ってたかな」

「では次回からはそうしよう」


 あっ、帰っちゃった。

 一体何をしに来たのだろうか。


 謝罪だなんて言っているけれど、そもそも悪いなんて全く思ってそうに無かったもん。

 願いを叶えてくれたのもサービスが過剰で気味が悪い。


 おっと、今はそれよりもゆ~ちゃんだ。


「あ~びっくりした~」


 ゲームマスターさんと会うことでまた恐怖が蘇って来るかなって思ったけれどそうでもないみたい。

 誘拐された時にゲームマスターさんの顔を見てなかったのと、今日はゲームマスターさんがプレッシャーをゼロにしてくれていたからトラウマが発症しなかったのかな。

 あるいはトラウマまでこっそり解消してくれた、なんとこともあるのかな。


 ゆ~ちゃんにやんわりと聞いてみよう。


「これでゆ~ちゃんも探索者になれるね」


 まだ魔物に対して恐怖心があるのなら、無理って言うに違いない。


「ううん、私は探索者にならないよ」

「やっぱりまだ怖いんだ……無理しない方が良いもんね」

「あはは、そうじゃないよ」


 どういうことだろう。

 魔物への恐怖が無いなら、夢だった探索者の道を選ぶはずなのに。

 それとも勇者の力を持っているなんて目立つのが嫌なのかな。


「私のこの力はす~ちゃんに引き継ぐよ」

「え?」


 目立つのNGの方だったのかな。


「この力があればす~ちゃんはもっと安全になるから。だから受け取って欲しい」


 ボクのために夢を手放すって言うの?


 確かにゆ~ちゃんの勇者スキルがあればボクは更に安全に探索出来る。

 チラっとしか見て無いけれど、多分ゆ~ちゃんの勇者スキルは結界よりも強固な防御スキルだと思うから。


 でもゆ~ちゃんの夢と引き換えになんて貰いたくないよ。

 ボクは努力して勇者スキル無しでもっと強くなるから、その力でやりたいことをやってよ。


 そう言おうと思ったけれど、ゆ~ちゃんの眼差しがあまりにも真っすぐで言えなかった。


「私は探索者になりたいけれど、それよりもす~ちゃんの方が大事だから」


 ズルい! だからそんなこと言われたら断れないじゃん!


 でもどうしよう、実は引き継ぎたくない別の理由もあるんだ。

 それを説明すればゆ~ちゃんは分かってくれると思うけれど、せっかくボクのことを心配して譲ってくれようとしているのに……


 そうだ、別に今すぐに引き継ぐ必要は無いんじゃないかな。


「引き継ぐのは少し後でも良いかな?」

「どうして?」


 良かった、この提案に悪い感じを受けて無さそうだ。


「これから勇者と救済者について世界中に情報を公開したいって思ってるんだ」

「うん、私のことも言って良いよ」


 あはは、あっさりと言うね。

 勇者って決まった瞬間から世間に注目されることを気付いていない訳が無いし、それを分かっていて軽く受け入れられるってのもまた勇者の資質なのかなって思うよ。

 ボクには無理な話だ……


「ボクは救済者だけれど、まだ誰からも引き継いでいない普通の探索者だって宣言したいの」

「す~ちゃんは普通じゃないよ?」

「ぷぎゃ! 普通だよ!」


 そりゃあ経験したこととか性格とかは普通じゃないかもしれないけれど、ボクが言いたいのはそういうことじゃないの!


「特別な能力を授けられてない普通の探索者ってこと。勇者の力とか、特別な力が無くて、コツコツとダンジョンを探索して普通に強くなったって言いたいんだ」

「普通じゃないよ?」

「普通なの! そこは気にしないで! ボクと同じことを他の人がやったら同じだけ強くなれることが大事なの」


 強くなるための方法が普通じゃないかもしれないけれど、そこはどうでも良いの。

 誰でも強くなるチャンスがあるっていうことに意味があるんだ。


「ボクが『救済者』っていう特別な存在だから、特別な力を与えられていて強いんじゃないかって勘違いしている人がいるらしいんだ」


 特にボクのことをあまり詳しくない海外の人に多くて、『勇者』と『救済者』が中心となって世界を救えば良いのではって風潮が生まれ始めているらしい。

 大事なのは誰かに任せる事じゃなくて自分で頑張ることだけれど、特別な存在が目立って活躍しちゃったら任せるべきだって思っちゃうのも自然なことだと思う。


「ボクも普通の探索者だって宣言すれば、世界中の探索者がもっとやる気になるんじゃないかって思うんだ。頑張ればボクみたいに強くなれるって」


 自分で言うのもなんだけれど、才能のある勇者よりも努力した普通の探索者の方が実力が上回っているという事実は、多くの探索者の希望となると思うんだ。


「つまりす~ちゃんは『世界最強のボクを目指して皆頑張れ!』ってイキりたいの?」

「ぷぎゃ!?」


 言い方! 言い方!


「冗談だって。す~ちゃんが私を拒絶したい理由が分かったよ」


 言い方! 言い方!


「拒絶したいわけじゃないんだよ!」

「冗談だって。でも今新しい力を受け取ったって言えば良いだけじゃない? 受け取る前から強かったことはもう知られてるわけだから」

「日本ではそうかもだけれど、海外ではまだ浸透してないらしいよ」


 友3さんからの情報なのできっと正しいはずだ。

 『浸透』がどこまでを指すのかが怖くて聞けなかったけれど……


「配信文化の無い国もあるからかな……す~ちゃんのことを知らない人がいるなんて勿体ない! こうなったらサミットに出席してもらって……」

「ぷぎゃああああああああ! 何言ってるの!?」


 実は外国の偉い人から会いたいっていうオファーが来ているけれど断っている。

 それに海外でも勲章を用意しているなんて噂が耳に入って聞かなかったことにしてるんだから。


 そんな絶妙にありえそうなことを言わないでよ!


「それより勇者の力のこと!」

「分かってるって。じゃあ、この力は私が鍛えておくね」

「いいの?」

「もちろん! その方がす~ちゃんの役に立つでしょ」


 引き継ぐときにはスキルの熟練度もまた一緒に引き継がれるらしいから、ゆ~ちゃんが鍛えてから引き継がせてもらえると強いスキルを直ぐに使えるようになるから確かに助かる。


「救様!」


 おっとようやく助けが来たのかな。

 腕の中のこの子を休ませてあげて、詳しい話をしないと。


「ちぇっ、もっとす~ちゃんとお話ししたかったな」


 だけどそれは後で良いよね。

 この子を預けたらゆ~ちゃんと一緒に逃げちゃおう。

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