5. 友1「え、私?」

「ゆうちゃん、今日これから遊びに行かない?」

「いいね! って言いたいところだけど、今日は例の日なんだ」

「救様の配信日だっけ?」

「そうそう、良かったら一緒に見ない?」

「それも捨てがたいけど、夜中にバイト入っちゃってるの~」

「救様の配信っていつも長くなっちゃうから無理かぁ」

「じゃあまた今度遊ぼ」

「うん」


 大学に入って数か月。

 幸いにも直ぐに友達が出来て、悲しいぼっち生活という羽目にはならなかった。


 大学に行って、友達と遊んで、家に帰って救様のリアタイ配信を見る。配信が無い日は過去の配信を見返すのが最近のルーチンになっている。


「今日も元気にぷぎゃるかなぁ~」


 最近の救様の配信はダンジョン攻略が多いけれど安心して見ることが出来る。

 私達がことあるごとに自分を大事にしてって言い続けた成果が出ているようで嬉しいな。

 いくらエリクサーを飲めば治るからって、救様が傷つく姿なんて見たくないもん。


 最初の頃は酷かった。

 隠しボスにボコボコにされて何回も死にながら戦った時なんか、見ている私の方がショックで死にそうだったよ。


 救様には戦いの無い平和な世界で穏やかに過ごしてもらいたい。

 でもその平和な世界になるには救様の力が絶対に必要。

 それに救様はダンジョン探索が好きだから、本当は制限したくない。


 だから私は救様を止めないで見守るって決めたんだ。

 もちろん、不必要に自分を傷つけるようなことをしたら怒るけどね。


 あ~あ、私も探索者になれたら救様のそばにいられるのになぁ。


 実は探索者になりたいって何度も何度も考えたことがある。

 それこそ、救様に出会うよりも前から。


 大切な人を守りたい。

 友達や家族を守りたい。


 そのために探索者になりたいと思って、初心者ダンジョンに見学に行ったことが何度もある。


 でもダメだった。


 魔物を見るとどうしても足が竦んでしまう。

 怖くない見た目の魔物が相手でも、何故か体が勝手に恐怖で震えてしまう。

 勇気を奮い立たせて頑張ろうとしても慣れることは無かった。


 配信とか写真で見る分には何も感じないのにどうしてなのかな。


 だから泣く泣く探索者への道を断念して、大学に進学して普通の人生を歩むしかなかった。


 正直なところ、探索者として活躍している友達が羨ましい。

 そして社会のために何も出来ない自分自身がとてももどかしい。


 皆のために行動したい。

 救様を手助けしたい。


 いずれは探索者協会に就職して裏方として皆を支えたいと思っているけれど、それは大学卒業後の話でまだまだ先。大学に通いながらも出来ることを探してコツコツと活動しているけれど、これだけで良いのかと不安になる。もっと自分に出来ることがあるんじゃないかと悩んでしまう。

 

 そんな澱んだ気持ちも救様の配信の時だけは消えちゃうけれどね!


「はぁ~救様今日もぷぎゃわいい!」


 高校の時は毎日お話し出来ていたのに、卒業して会えなくなったから沢山コメントするようになっちゃった。


 それにしても高校の時は本当にびっくりしたよ。

 だってあのシルバーマスク様こと救くんちゃんが同じクラスにいただなんて思わなかったもん。


 救くんちゃんが初めて姿を隠さずに登校したあの日、緊張と羞恥でプルプルと震える救くんちゃんがあまりにも愛おしくてハグしたくなっちゃった。あの教室の誰もが似たようなことを感じて、でも怖がらせちゃいけないよねって距離感を悩んで、奇妙な空気になっていたのを今でも覚えている。あのままだと救くんちゃんが特別扱いされすぎちゃって、救くんちゃんが望む普通の生活とはかけ離れ過ぎちゃうかもって思って勇気を出して話しかけたんだ。


 多くの人を救った英雄ではなく、クラスメイトとして。

 神様のように敬いたいのではなく、友達になりたいって思って。


 そのおかげで本当に友達になれたんだから、当時の私にグッジョブって言ってあげたい。


「あれ、この女の子……あはは、またかぁ」


 ゲストと一緒に三陸沖ダンジョンの紹介をするっていう配信を見ていたら、そのゲストさんがどう見ても救様を心から慕っていた。また何かして助けたんだろうね。


 しかも相手は探索者だからこれからも一緒に探索出来るし、救様と一緒の救済者とやらで境遇が似ていて、すでにかなり仲が良さそうな雰囲気なのもあって、少しだけ嫉妬していたずらコメントしちゃった。

 救様は分かってくれなかったけど、もちろん想定内。というか、分かっちゃう救様なんて救様じゃない、なんて言うのは流石に横暴かな。


 救様は幼い頃からダンジョンで一人で暮らしていたから、まだ何処となく感性が子供っぽい。

 だからなのか、恋愛的な話にはとても疎くて意味が分からず困惑するのがいつもの流れになっている。


 でもいずれ救様も成長して誰かを好きになる時が来るはず。

 その時はきっと修羅場になってるんだろうな、あはは。


「今日の配信はここまでかな?」


 ゲストさんをアフリカに送り返してあげて間もなく、配信は終了した。

 今日はいつもよりも短めだったけれど見どころが沢山あったな~


 よ~し、寝るまでヘビロテしよっと。


――――――――


「ふわああ、ねむ」

「何々、彼氏でも出来たの?」

佐場さばちゃんじゃないんだから違うよ。いつものだって」

「うん知ってる。ゆうちゃんも好きだねぇ」

「大好き」


 救様の配信を見ているとつい夜更かししちゃう。

 この日も寝不足で辛かったけれど、どうにか講義を乗り切った。


 念のために言っておくけれど、これでもちゃんと勉強してるんだからね。

 本当は探索者協会でバイトしたいけれど、そうするとついていけなくなるから空き時間は予習復習にあてているくらいだもん。

 もちろん救様の配信視聴時間を減らすのはありえない。


「その調子だと今日も遊べないかな」

「うん、ごめんね。流石に帰って寝る。あ、でも明日は大丈夫だよ」

「じゃあ明日の講義終わったら遊ぼうよ」

「りょ~」


 明日の講義は午前中で終わるし、沢山遊べそうだ。


「それじゃあ帰るね」

「また明日」

「ばいば~い」


 眠いけれどお腹が結構減っている。

 少し頑張って起きてご飯を食べてお風呂に入ってから寝ようかな。

 でもご飯を作る気力が無いからスーパーでお惣菜でも買うかそれともコンビニか……


 なんてことを回らない頭で考えていたら、突然意識がはっきりする出来事に巻き込まれちゃった。


「助けて!」


 住宅街の中を歩いていたら、突然叫び声が聞こえて来た。

 慌てて声が聞こえた方に向かったらとんでもないものが目に入った。


 驚きのあまり地面に腰をつけて動けないでいる小さな男の子。

 そしてその子の前に立つ……魔物・・


「!?」


 オークと呼ばれる二足歩行の豚の魔物が棍棒を手に立っていた。


 どうして魔物がこんなところに?

 近くのダンジョンから溢れた?

 ううん、そんなはずない。だってこの近くのダンジョンは多くの探索者が毎日探索してるもん。

 ならどうして。


 それよりもあの子を助けないと。

 そう思うのに足が動かない。


 怖い。

 足がガクガクと震える。

 心臓が弾け飛びそう。

 全身から嫌な汗がにじみ出てくる。


 怖い怖い怖い怖い。

 いやだ、逃げたい、誰か助けて。


「いや……いや……」


 これは私の口から洩れた言葉……?


 違う、恐怖に怯えるあの子の声だ。


 お願い動いて。

 私の体、動いてよ。


 あの子を守らなくちゃ。

 皆を守りたいってずっと思っていたのに、こんな時にも動けないなんて最低だよ。


 救様、私に力を貸して。

 恐怖に打ち勝つ勇気をください。


『ブオオオオオオオオ!』


 魔物が棍棒を振り上げる様子が、まるでスローモーションのように見えた。

 あれが振り降ろされれば、あの子はぐしゃりと潰されてしまうだろう。


 ダメ、ダメダメダメ。


 そんなの絶対にダメ!


「ダメええええええええ!」


 ああ、良かった。

 ようやく体が動いてくれた。


 でもちょっと遅かったかな。

 どうにかあの子に駆け寄ることは出来たけれど、オークの攻撃を避けられそうにない。

 振り下ろされる棍棒がすぐ目の前まで迫っていた。


 私の人生ここで終わっちゃうの?

 こんなにあっけなく終わっちゃうの?


 この子を助けることも出来ずに、救様の手助けも出来ずに、誰一人守ることも出来ずに。


 悔しい。

 悔しいよ。


 ごめんね皆。

 私はもう……


 諦めて目を瞑ったその瞬間。


 瞼の裏に私を失い悲しむ皆の顔が映った。

 友達が、家族が、そして救様が。


 なに……諦めようとしてるの!

 救様にあんな顔をさせるなんて絶対にダメ!


「ああああああああ!」


 目を開き、迫りくる棍棒に手を伸ばして力を込めた。

 ただの一般人の私が受け止め切れるはずがないって分かっているけれど、それでも一縷の望みをかけて立ち向かった。


『ブオオオオオオオオ!?』

「え?」


 奇跡は起こった。

 オークが吹き飛ばされて離れたところに倒れている。


 何が起きたのか直ぐには分からなかったけれど、よくよく周囲を観察してみると私を中心に透明なドームが生成されていることに気が付いた。


 これはまさか結界スキル?


 ううん、違う。

 直感的にこれが何なのか理解出来る。

 この力は……そんなまさか……


「え、私?」


 力の正体に気付くとともに、忘れていた記憶まで蘇った。

 この一瞬で色々なことが分かって頭が混乱している。


『ブオオオオオオオオ!』


 でもオークはまだ生きていて、立ち上がりこちらに向かって来た。

 考えるのは後、今はこの状況をどうにかしてこの子を守り抜かないと。


『ブオオ!ブオオ!ブオオ!』


 オークは棍棒で透明なドームに殴りかかるけれど破壊出来ず私達の方には近づけないでいる。

 それもそのはず、このドームは結界よりも遥かに強力な特殊なスキル・・・・・・なのだから。


 今の私がこのドームをどれほど長く発生させ続けられるか分からない。

 早く助けを呼ばないと。


 スマホを取り出して、ぷぎゃ友グループにメッセージを送った。


『たすけて』


 これできっと皆が助けに来てくれるに違いない。

 救様なんか文字通り飛んで来るかもしれないね。


 でも今日は確か東京の隠しボス道場に行くって言ってたから来るには時間が……


『ブオオ!?』


 いやいや、待ってよ。

 まだメッセージを送ってから十秒も経ってないんだよ!?


「大丈夫?」


 どうして救様がもうここに居るの!?

 オークが一瞬で消し飛ばされちゃった。

 格好良すぎてときめいちゃうじゃない!


「これは……覚醒しちゃったんだね」


 その言葉で分かった。

 救様は気付いていたんだって。

 そして私よりも先に思い出してくれていたんだって。




「もう大丈夫だよ、友1さん。それとも勇者さんって呼んだ方が良いかな?」

「あはは、私は勇者なんて名前じゃなくて真野しんの ゆうだよ。昔みたいに・・・・・ゆ~ちゃんって呼んでくれても良いんだよ、す~ちゃん」




 驚くことにどうやら私が日本の勇者だったみたい。

 しかも幼い頃にす~ちゃんこと救ちゃんと会っていたことを思い出した。

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