4. 道場でまったり

「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」

「わっとと、なにこれ」

「おいコラ避けるな!」

「避けるに決まってるでしょ!?」


 ガムイが左足を軸足にして無数の蹴りを放って来た。蹴りがあまりにも早いから残像が出来てるけれど、その場から動かないなら避けるのは簡単だ。


「それならこれでどうだ!」

「どこから金網出て来たのさ」


 何故か突然出現した金網を掴んで高いところまで登りボクの方に向かって跳んで来たので、アッパーで迎撃した。


「ぐはぁ!」

「一体何がやりたいの」


 新しい技を覚えたから試したい。


 そう言われて対戦相手になったのだけれど、効果が良く分からない奇妙な技を連発して来た。これなら普通に戦った方が遥かに強いよ。


「付け焼刃では上手くはいかんか」

「そういう問題なのかなぁ」

「お主達の世界では主流の戦い方なのだろ?」

「え?」


 そんな話聞いたこと無いんだけど。


「手足が伸び、炎を吐き、瞬間移動をする。まさかスキルを与える前から特殊能力を持っていたとはな」

「何の事!?」


 全く意味が分からないけれど、なんとなく原因は想像出来る。

 多分探索者の誰かがガムイにプレゼントした何かに影響されたんだと思う。

 この前は酔拳をやろうとしてたしね。


「もう少し技を磨き上げて来るから、また後で来い」

「は~い」


 良く分からないままにガムイは満足して控室に戻っていった。


 ちなみにボクがガムイだけ『さん』をつけていないのは、ガムイからの要望だ。

 『ガムイさん』って呼んだら物凄い嫌な顔をされて呼び捨てを強制させられた。


 一方で『さん』付けで呼んでも嫌な顔をする隠しボスもいる。

 もっともその隠しボスは呼び方云々じゃなくてボクと相対するのが苦手らしいけどね。


「スクイ・ヤリスギ! 今日こそぶちのめす!」


 噂をすればなんとやら。

 その隠しボスがやってきた。


「こんにちは、ソーディアスさん。凄い格好をしてるね」

「…………え?」


 今にもボクに斬りかかってきそうな雰囲気だったのに、動きがピタっと止まった。


「へ、変か?」

「とても似合ってるよ」

「と、とと、当然だ!」


 褒められて嬉しさを隠せずに頬が緩んでしまいそうになってるのが可愛いなぁ。


 でも変なのは間違いないけどね。

 だってどうして道場で女子高生のブレザー制服を着てるのさ。

 めちゃくちゃ似合っているけれど、場所的に違和感が半端ない。


「例の人にはもう見せてあげたの?」

「は、はぁ~~~~!? なんのことだか分からないし。適当に通販で買っただけだし!」


 通販で自分で買ったんだ……


 ちなみに例の人っていうのはいつの間にか仲良くなっていた男性探索者。

 探索者としてはそんなに強い方じゃないのに何故かソーディアスさんに気に入られて、いつもボコボコにされて横たわっている。


 何故か何度か『助けて』って言われたことがあるけれど、そっとしておきなさいって女性陣に言われたので温かく見守っている。最近になってようやくその意味が分かって来たのだけれど、隠しボスもボク達と似たような感性の人がいるんだね。あるいはそう作られているだけかもしれないけれど。


「仲良くするのは良いと思うけれど、自分でボコボコにして膝枕するのはどうかと思うよ」

「なっ……! 貴様……見てっ……!」


 残念ながらあの時はかのんも一緒に居たから映像で記録されちゃってるよ。

 プライバシーの問題があるから絶対に配信しないようにってかのんには言い含めてある。


「~~~~っ! 殺す!」

「うわ、いきなり斬りかからないでよ」


 それにそんなに顔を真っ赤にして動揺して攻撃しても当たるわけがないでしょ。


「このまま戦ったらその服が汚れちゃうけれど良いの?」

「…………」


 おお凄い。

 またピタっと動きが止まった。


 悔しそうにボクを睨んでプルプルと震えているけれど、ほぼ自爆だと思うんだ。


「着替えてくるから待って……ん?」


 控室に戻って本気モードの服装に変えてこようとしたソーディアスさんだけれど、何かに気付いたかのような反応をしてポケットからスマホを取り出した。


「速っ!?」


 そして物凄い勢いで指を動かしてスマホを操作し始めた。

 明らかにボクよりも文明の利器を使いこなしている……なんか悔しい。


 しかしまぁ、その服装でスマホに夢中になっていると本物の女子高生に見えて来るね。


「こんな感じ……いや、この角度の方が……」


 ソーディアスさんはボクがいることを忘れているのかな。

 凄い悩みながら自撮りをしている。


 ついさっきまでボクとお話ししていたのに例の人から連絡が来ると忘れるほど夢中になっちゃうとか、最初の頃の凛々しい姿とのギャップが堪らない。


 もしかして女子高生姿の写真を送ってあげるつもりなのかな。


「よし、この角度が良さそうだ……あ」

「あ」


 目が合っちゃった。

 ボクの存在を思い出したソーディアスさんは羞恥によるものかみるみるうちに顔を真っ赤にしてしまう。


「~~~~っ! 後で絶対コロス!」


 ありゃりゃ、逃げちゃった。

 しばらくは近づかないようにしておこう。


 他にここにいる人は……キングさんがいる。

 ソーディアスさんとの話が終わるタイミングを見計らっていたのかボクの方にやってきた


『スクイ。そろそろ俺様とも戦え』

「ガムイじゃなくて良いの?」

『……最近妙な格闘技にハマっていて練習にならんのだ』


 なるほど、謎の技をボク以外にも試してるんだね。


「戦うのは良いけれど、キングさんはアメリカに帰らないの?」


 あの勇者会合以降、キングさんは日本に滞在したままで隠しボス道場に入り浸っている。

 アメリカのダンジョン攻略が滞っているのではと心配だ。


『俺がいなくとも何も問題は無い。アメリカの探索者は強者揃いであるし、何よりも俺の女達がいるからな』


 あの付き添いで来ていた女性探索者達がキングさんの代わりに頑張ってるってことか。他の人達でどうにかなるなら、その間に勇者を鍛えて封印ダンジョンやラストダンジョンに備えるってのがアメリカの、もしくはキングさんの方針なんだね。


「アメリカは救済者って判明してるの?」

『知らん。それに居たとしても引き継ぐつもりは毛頭ねぇ』

「だよねー」


 キングさんの性格なら間違いなくそう言うと思っていた。

 ちなみにキョーシャさんも勇者としての自分に誇りを持っていそうだから引き継がないと思う。


「キングさんは勇者と救済者の関係について公開した方が良いと思う?」


 セオイスギールさんからの提案を受けて、勇者と救済者の関係についてを公開しようかと思っているのだけれど、正式に公開する前に勇者本人の意見を聞いてみたかった。


『好きにしたらどうだ。ごちゃごちゃ言う奴がいたらぶっ飛ばせば良い』

「あはは……」


 キングさんらしいというかなんというか。

 ボクもそのくらい大胆に考えた方が良いのかな。


『俺は俺のやりたいようにやるだけだ。スクイも自分がやりたいようにやれば良いだけの事だろ』

「ボクがやりたいように……」

『俺から言わせてもらえれば悩む意味が分からん。近いうちにラストダンジョンに挑むなら、今更勇者だの救済者だの関係ないだろ』

「そっか……そうだよね。ありがとう」

『お礼なんていらねぇからやろうぜ!』


 ラストダンジョンの攻略を目指して探索者を育て、すでに勇者に匹敵する強さの探索者が何人も出て来ている。確かに勇者の力は強いかもしれないけれど、勇者に頼らずとも戦える土壌が作られつつあるんだ。


 世界を救うのが勇者だけの責任では無くなってきているのだから、あまり気にすることは無いのかもしれない。


 京香さんやおばあちゃんも言い方は違うけれど似たようなことをアドバイスしてくれた。


「じゃあやろっか。ルールは?」

『バフ無し。限突なし。武器無し、魔法無し』

「いつものだね」


 相変らず格闘戦が好きだなぁ。

 それじゃあキングさんを楽しませてあげようか。


――――――――


『ぐっ……また一段と強くなってねーか?』

「ボクだってトレーニングしているからね」


 自分相手のトレーニング効果がとても高くて自分でもびっくりしている。

 隠しボスも強くなっているけれど、まさかそれ以上のペースで強くなれるとは思わなかった。

 無茶……じゃなくて強度の高いトレーニングをしているからかな。


『もう一回だもう一回!』

「え~まだやるの?」


 かれこれ二十戦はやってるよ。

 疲れてはいないけれど、マンネリ特訓は成長に繋がらないから変えた方が良いのに。


「今日はここまで」

『チッ、しゃーねーか』


 キングさんは口調は荒いけれど無茶苦茶を言って来ないから実はとても話しやすい。

 この道場で一番戦っている相手が隠しボスじゃなくてキングさんなのはそのせいかもしれない。


 そのキングさんの実力もかなり上昇して来たし、ここで訓練出来るレベルの探索者も増えて来たし、封印ダンジョンの解放は近いかな。


『そうだスクイ。南極ダンジョンを知ってるか?』

「南極? 最難関ダンジョンだよね」

『行ったことは?』

「一度だけ。でも魔物が溢れる雰囲気が無かったからほとんど探索してないよ」


 ボクは世界中の最難関ダンジョンを一通り巡って溢れそうなところが無いかだけ確認をした。

 でも流石に数が膨大なので探索はしていない。


『ということは詳しくは無いのか』

「うん」

『南極ダンジョンはとにかく広い。しかもボス級の魔物がそこら中にうろついているらしい』

「へぇ、そうなんだ」


 だとすると良いトレーニングになるかもしれないね。

 中に入るまで寒いのが問題だけれど……


『それでだな。今度俺達で南極ダンジョンを攻略しようって話が出てるんだ』

「キングさんのパーティーでってこと?」


 それともアメリカの探索者でってことなのかな。


『いや、世界中の実力者を集めた大規模探索だ』

「それは良いね!」


 封印ダンジョンやラストダンジョン攻略前に、皆で協力してダンジョンを攻略する経験をしておくのは大事な気がする。それにボス級の魔物と戦えるなら訓練にもなって戦力アップにつながるもんね。


『スクイも参加しねーか?』

「うん、行く!」

『うっし、なら決まりな。詳しい話が決まったら連絡するわ』


 世界中の実力者ってことは勇者会合で集まった人たちが来るのかな。ボクのギルドの人も参加させてあげたいな。


 あれ、待てよ。

 世界中の実力者ってことは……


「セオイスギールさんは参加するの?」

『あ~打診はしたが難しいって言われたな』

「やっぱりかぁ」


 セオイスギールさんは一人でアフリカ中のダンジョンを対処しているから長期間離れることが出来ないんだ。南極ダンジョンの大規模攻略ともなれば会合のように一日二日で終わる話じゃないと思う。まだ他の探索者はそれほど育っていないし、今回の参加は難しいかな。


「ひとまず了解。準備しておくね」

『おう』


 それまでにやるべきことを済ませておこう。

 最優先なのは勇者と救済者の話を世間に公開することについて。


 今日はこの後、特に予定が入っていない。

 それなら勇者に会いに・・・・・・行って相談しようかな。


 そう決めたその時、ポケットの中のスマホが『ガオー』と鳴った。

 どうやらLIONの通知が来たらしい。


 京香さんかな、家族かな、それとも……




 友1『たすけて』

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